95話 大攻勢
SU宇宙軍の艦艇が、全軍で隕石地帯へと入ってきた。
その威容に、海賊たちはパニックを起こしている。
『くそっ、なんで行き成り! こんな大勢、対処しきれねえ!』
『罠を作動させろ! 少しでも倒すんだ!』
隕石地帯の際で監視仕事を任されていた海賊が、大慌てな通信を送ってきている。
それから少しして、爆発する光が多くの隕石に遮られながら、微かに≪ハマノオンナ≫がある場所まで届いた。
いよいよSU宇宙軍との本格的な戦いに、ドーソンは自分の艦隊の掌握を心掛けた。
「出港する。敵は大艦隊だ。真正面から当たらずに、横合いから叩く。隕石地帯の中での戦いだ。隊列は効果が薄くなる。隕石の裏に隠れながら、それぞれが敵艦を狙い撃つ形になる。心して欲しい」
ドーソンは号令と指示を与えると、SU宇宙軍が進行してくる横へ回り込むように移動を開始する。
一方で≪ハマノオンナ≫と海賊たちは、敵の侵攻を食い止めるためか、正面で戦う選択をしたようだ。
しかし正面で戦うといっても、そこは海賊だ、真っ当な艦隊戦はしない。
その戦いの様子を、オイネが実況してくれる。
「海賊の罠が作動しています。浮遊する隕石に隠していた宇宙魚雷が、SU宇宙軍の艦艇の接近に反応して自動発射されています。続けて、超大型の隕石が推進装置で移動させられて、SU宇宙軍の艦隊へと突進していっています」
まともに食らえば戦艦級でも大破確実の魚雷と、その大質量で対処が難しい隕石爆弾の連携。
ドーソンは、もしもこの罠に自分が狙われたらと考えて、その対処の難しさに眉間にしわを寄せそうになる。
「罠で敵艦隊の動きは鈍るはずだ。この隙に横合いから叩ける位置に移動する。それと、ベーラ」
「はーい。なんです~?」
「ムラガ・フンサーの姿で、再び演説してもらう。今回は戦いを止めるよう呼びかけるものだから、台詞は簡単だぞ」
「そういうことなら、やってみる~」
ドーソンは、理想主義者が言いそうな停戦の呼びかけを幾つかつくると、状況に合わせて選んで使えと注釈をつけてベーラに送った。
その間にも、ベーラはすっかりとムラガ・フンサーの見た目になっていた。
そして、ドーソンが率いる艦隊がSU宇宙軍の旧型艦へ第一砲撃を加えた後で、ベーラがSU宇宙軍へ向けて通信を送る。
『戦いを止めてください。どうした貴方たちを殺そうとしている人たちのために、貴方たちが最前線で戦わなければいけないのですか。貴方たちが死んでも、貴方たちに戦えと命じた人達は、感謝をするどころか死んで清々するだけです』
ベーラの演説の効果か、SU宇宙軍の最前列を形成する旧型艦たちの動きが鈍ったように見えた。
しかしここで、SU宇宙軍の後方から何十本もの荷電重粒子砲の砲撃がやってきた。その輝きは、大多数が周辺を浮遊する隕石を破壊しただけで終わったが、何本かは旧型艦の周囲を通過した。
その戦わなければ背後から撃つと言いたげな威嚇に、旧型艦たちの動きが復活。むしろ我武者羅に海賊船や隕石を破壊しようと砲撃や銃撃を始めた。
「味方に後ろから撃たれて殺されるぐらいなら、敵と戦って死ぬって感じだな。兵士だろうち一般人だろうと、生き残ってこそだろうに」
生きていなければ給料は発生しないし、給料がなければ孤児院への仕送りも出来ない。
それに死を命令してくる相手に、素直に従ってやるのも癪でしかない。
ドーソンは不機嫌になり、少し戦い方を変えることにした。
「エイダ。人工知能搭載型の艦艇を40隻預ける。できるだけ、旧型艦を撃破しろ。ただし、乗員に致命的な被害は出さないようにしてくれ」
『注文が厳しいでありますな。でも、了解であります。しょせん連中は、背中に銃を突きつけられて無理矢理に従わされているであります。ちょこっと艦が動かなくなったら、戦意を喪失するでありましょう』
エイダに指揮を委譲した後で、ドーソンは≪雀鷹≫と護衛戦艦と≪百舌鳥≫を含む10隻の艦艇で、さらに隕石地帯と通常空間の際へと向かった。
その行き先から、ドーソンの目的は明らかだった。
「後方で督戦隊の真似をしている艦隊を狙うわけですね」
オイネの確認の言葉に、ドーソンは不機嫌な顔のまま頷く。
「本国のクソ貴族を思い出して腹が立つ。ここは戦場であり、どこにいようと命の危険があることを教えてやる」
「まったく、八つ当たりも良いところですね。でも、ああいった非道な真似をする輩が好きになれないのは、このオイネも同じですが」
≪雀鷹≫の10隻の艦隊が移動していくと、程なくして敵の後方艦隊が見えてきた。
どうやら最前線の旧型艦たちを督戦して砲撃で脅すために、隕石地帯の中まで足を踏み入れていた。
ここでドーソンは、絶好の好機だと感じた。
「敵の後方艦隊を撃って散らすぞ。そうすれば、最前線の旧型艦は督戦がいなくなって、白旗を上げやすくなるはずだ」
ドーソンの思惑に従って、10隻の艦隊がそれぞれ宇宙軍の艦隊へと狙いを定める。
見るからに最新型だとわかる綺麗な装甲へと、10隻全ての艦砲の照準が合った。
「砲撃、開始!」
ドーソンの号令と共に、最初は≪雀鷹≫が、続いて護衛戦艦と≪百舌鳥≫が、そして残る7隻の巡宙艦から荷電重粒子砲の輝きが発射された。
半分ほどが隕石に邪魔されて命中しなかったが、それでも残りの半数は敵艦隊に被害を与えることに成功。
特に≪雀鷹≫が放った荷電重粒子砲は、前後3門ある砲がそれぞれ別の艦艇を狙い、その狙った艦のど真ん中を撃ち抜いてみせた。
「砲撃続行! ただし、隕石の裏から裏へと移動しながらだ!」
ドーソンの新たな命令に合わせて、10隻の艦隊は移動と隕石に姿を隠しながらの砲撃を行う。
ドーソン側の砲撃の光で、どこからの攻撃かは分かるためだろう、SU宇宙軍の後方艦隊から反撃がきた。しかしどこに居るのかを明確には確認は出来てはいないようで、怪しい場所を総ざらいするように、広い範囲に渡る砲撃を行っている。
そんな空間的に疎らな攻撃では、広い宇宙空間で艦艇に命中させる幸運が発動することを願う事すら難しい。
事実、ドーソン側の各艦が隠れている場所とは見当違いな場所を、敵側からの荷電重粒子の砲撃が通過していく。
すると、ドーソンの側の砲撃だけが当たり、SU宇宙軍かrなお砲撃が当たらない構図となる。
「このままチマチマと撃破を続けて、敵の後方艦隊を隕石宙域から追いやる」
「しかしですね、ドーソン。当初の予定では、あまり実力者や有名人が乗っていそうな艦に被害は出さない方向だったはずですよ?」
オイネの冷静な問いかけにも、ドーソンは命令を撤回しなかった。
「俺が敵の実力者を殺すことを嫌がった理由は、宇宙軍と海賊とが本格的な戦争状態に入ることを抑止するためだ。しかし敵は、全軍でもって海賊を討伐しにかかってきている。すでに状況は、戦争状態の抑止を気にする段階じゃなくなっている」
「どうせ海賊と宇宙軍とで戦争が起こるのだから、思う存分に殴りつけてやろうってことですね」
「むしろ、ここで大被害を与えられれば、海賊討伐に及び腰になる可能性が出てくる。だから、あの無駄に綺麗な外装の敵艦隊を撃破しない理由がない」
ドーソンは攻撃の続行を命じ、10隻の艦艇は絶え間なく砲撃を放っていく。
隕石に隠れながらの砲撃は、確かに敵艦隊に被害を与えている。
しかし攻撃をしているのは、たった10隻の艦艇だ。
対してSU宇宙軍は、後方部隊だけに限っても数百もの艦艇を持っている。
どれだけ10隻が奮闘しようとも、全体から見たSU宇宙軍の被害は微小といったところでしかない。
ここで本来の軍艦隊ならば、多少の被害を覚悟で、10隻をすり潰せるだけの大量の艦艇を派遣して撃破しようとしてくるもの。
しかしドーソンは、敵の後方艦隊がその選択を取らないことを理解していた。
「SU宇宙軍の基本方針は、壊れていい旧型艦と死んでもいい乗員とを戦争の矢面に立たせるものだ。果たして、将来の栄達が約束されて後方での戦争観戦が専門の人間が、果たして死にに来れるかな?」
我が身可愛く、自分の命が大事な連中が、率先して死ぬ危険がある場所へと移動することが出来るだろうか。
ドーソンは、決してできないと睨んだ。
その証拠に、跳躍してきた≪雀鷹≫と50隻の艦隊を、SU宇宙軍の後方艦隊が待ち伏せした、あのときを思い返せばいい。
最初、SU宇宙軍は意気揚々と襲い掛かろうとしてきた。しかしドーソン側の攻撃で、駆逐艦や巡宙艦が破壊されたのを見て、慌ててバリア艦の裏へと隠れてしまった。
あの安全第一な行動を見れば、いまこの場面で決死を覚悟して戦いを挑んでくる輩はいないことが分かる。
「ふん。やっぱり、あのバリア艦を出してきたか」
≪雀鷹≫を含む10隻の艦艇の攻撃に晒されて、SU宇宙軍の後方艦隊はバリア艦を展開して砲撃を防ごうとしている。
しかし、この宙域は隕石地帯だ。
ドーソンが看破したバリア艦の仕組みだと、この場所では十全な働きは出来ない。
「バリア艦が防衛に出てきましたね。しかし、なにやら艦体の表面に稲光が見えませんか?」
オイネからの疑問に、ドーソンはさもありなんと頷く。
「バリア艦の障壁の元の技術は、宇宙のデブリを防ぐものだ。そして、この場所には隕石やそのカケラという大量の障害が浮かんでいる。その大小様々な障害を全て障壁が排除しているとしたら、どれだけ障壁の装置に負荷がかかるんだろうな」
ドーソンが試しにと、≪雀鷹≫の主砲を一斉射、二斉射させた。
前後で計3門の荷電重粒子砲からの、合わせて6発の砲撃。
以前に戦った場所でだとバリア艦に楽々と防がれた攻撃だったが、隕石地帯ではこれの攻撃だけでバリア艦を貫けてしまった。
「どうやら耐久度は半分未満になっているようだな。このぐらいの硬さなら、全部のバリア艦を撃破できなくもないな」
このドーソンの感想は、SU宇宙軍の後方艦隊も抱いたらしい。隕石地帯ではバリア艦が役に立たないと分かって、ぞろぞろと隕石地帯からの脱出を始めている。
その情けない撤退の仕方に、ドーソンは呆れてしまう。
「命を懸ける覚悟がないなら、戦場に出てくるなよな」
ドーソンは愚痴を呟きつつも、これでSU宇宙軍の前衛と後方艦隊との切り離しができたことに満足した。
「さあこれで、後方からの督戦はなくなった。ベーラの演説を再開するとしよう」
再びベーラの呼びかけが行われ、そして戦いを止めても後方から撃たれる心配はなくなったとも伝えられた。
海賊と戦っていた前衛部隊は、やはり無理矢理に戦わされていたようで、勇気ある1隻が海賊への投稿を宣言し、その艦が後方から砲撃されないのを見ると、雪崩を打ったかのような勢いで前衛の全艦が投降した。
その様子を遠目に見つつ、≪雀鷹≫の艦隊は再び敵の後方艦隊が隕石地帯へと入ってこないようにと監視を続けた。