94話 休憩中
ドーソンの艦隊が近づくと、≪ハマノオンナ≫からは内の港に入るようにとの通信が入った。
しかしドーソンは、艦隊の数が多いからと、外の桟橋に全艦隊を停留することにした。
「久しぶりに中に入ります?」
オイネの意地悪な微笑みでの問いかけに、ドーソンは首を横に振った。
「ここを拠点にするわけじゃない。やることをやったら帰る気でいるから、入る気はないな」
「ヌードルを食べに行かないんですか?」
「その点については、≪雀鷹≫の食堂にある自動調理機で、うどんが食べられるからな。行かなくていいだろ」
ドーソンがドライな返答をすると、なぜか周りの面々が落胆したような表情に。
「あー。もしかして、皆は≪ハマノオンナ≫に入りたかったりするのか?」
ドーソンが問いかけると、ドーソンとオイネ以外の全員の首が縦に振られた。
「言っておくが、≪ハマノオンナ≫は観光に適した場所じゃないぞ?」
ドーソンの忠告にも、他の面々は引き下がるつもりはないようだ。
「行儀の悪い海賊拠点で、どんなファッションが花開いているのか興味があるかな~」
「ひ、非合法の、危ない、映像作品が、あるはず」
「大量の船を抱えることのできる、移動可能な超巨大母船なんて、滅多にお目にかかれるもんじゃないからな」
「危険なところに行くことで、度胸を付けようかと!」
『やっぱり武器でありますよ! ブラックマーケットに行きたいであります!』
ベーラ、コリィ、ヒトカネ、キワカに加えて、別の艦に居るエイダまでわざわざ通信を繋げての言葉に、ドーソンは分かったと身振りする。
「なら全員で言ってくるといい。それで一応の忠告するが、≪ハマノオンナ≫にいる海賊は犯罪者だと、飲食店は違法薬物の販売所だと覚悟していけよ」
ドーソンの言葉に、キワカはキョトン顔を返すが、その他は理解が及んだようだ。
「無礼な輩には、容赦するなということよな?」
「性的な目を向けられないように、ズブい姿に変えておこうかしら~」
「変な真似をしてくるようなら、削ぐ」
『暴漢は銃殺刑であります!』
海賊の道理を弁えた発言に、ドーソンは大いに満足して、ベーラたちを≪ハマノオンナ≫へと送り出した。
「はー。これで久しぶりに、オイネと2人っきりだな」
「艦体各部を担う人工知能は居ますよ?」
「ブリッジではってことだよ。ともあれ、部下の目を気にせずに羽を伸ばせる機会だ。存分に堪能するとしよう」
「そう口では言いつつも、次の作戦に向けての草案を作っているじゃないですか」
「こんなのは休憩中の手慰みだ。らくがきのようなもんだ」
ドーソンが艦長席に背を預けてだらけると、オイネは少し笑った。
「でも、本当に良かったんですか。ベーラたちを≪ハマノオンナ≫に向かわせちゃって」
「良い経験になるだろ。絡まれるにせよ、怪しい物を売りつけられるにせよな」
「トラブル前提で送り出したんですか。呆れました」
「行きたいと言い出したのは、あいつらだ。発言の責任は自分で取るものだろ?」
ドーソンは意地の悪い笑みを表情に出しつつ、≪百舌鳥≫に通信を繋げた。そして望むのなら、≪ハマノオンナ≫の中を観光すると良いと伝えた。もちろん、海賊の危険性についての注意喚起を沿えて。
『……申し出は有り難いが、止めておこう。わざわざ危険な環境下に部下を派遣する意味はない』
ジンクは艦長として、ドーソンの提案を拒否した。そして直ぐに、≪百舌鳥≫の乗組員の全てに、≪ハマノオンナ≫への上陸の不許可を言い渡した。
ドーソンはその動きを、賢明な判断だと評価する一方で、乗組員の不満を逸らす方策を立てないと士気が低下するのではと危惧した。
しかしその危惧は伝えない。
≪百舌鳥≫の艦長はジンクであり、ジンクの判断の下で騒動が起こるのなら、その処理をするのはジンクでなければいけないからだ。
ここで下手にドーソンが手助けしたら、≪百舌鳥≫の乗組員はジンクではなくドーソンをあてにするようになり、ひいては艦の運用に支障がでることに繋がる。
だからドーソンは敬礼の後に、ジンクとの通信を切ってしまった。
「部下の御機嫌取りをするのは、俺も同じだけどな」
ドーソンは、己の艦隊にある艦艇――その運用を行っている人工知能たちと通信を繋ぎ、別命があるまで休憩と言い渡した。
これで人工知能たちは、思い思いに趣味の時間を過ごすことが出来るようになり、不満感も解消されることだろう。
ドーソンは一通りの艦長仕事が終ったので、大欠伸をしながら席を立つ。
「自室で寝ることにする。問題が起きたら、遠慮なく起こしてくれ」
「了解です。ドーソン、いい夢を」
「オイネも、作業はほどほどにして、記憶の整理に入っていていいからな」
ドーソンはブリッジから出ると、艦長室へと入り、ベッドを展開して中に潜り込んだ。
そして目を閉じると、すっと寝入ってしまった。
ドーソンは睡眠から覚めると、艦長室を出た。
その際に、ふと視界の端に、食堂の中の光景が入ってきた。
どうやら≪ハマノオンナ≫に行っていた面々が返ってきているようだ。
ドーソンは感想を聞こうと食堂の中に入ろうとして、≪雀鷹≫の乗員ではないエイダまでいることに気づいた。そして返ってきた面々の顔が疲労に塗れていることにも。
「どうやら、大変な目にあったようだな」
ドーソンが言いながら中に入って改めて確認すると、その顔の疲労にも2分類ある事に気付く。
ベーラとキワカは心底≪ハマノオンナ≫に入ったことを後悔する疲れで、コリィとヒトカネは満足感のある疲れ。エイダは、戦闘用アンドロイドの見た目なので表情がないのだが、雰囲気から満足の方のようだった。
エイダたちはドーソンが食堂に入ってきたのを見ると、真っ先にベーラとキワカが苦情を言ってきた。
「ドーソン様が≪チキンボール≫とは違うって言ってたの、肌身で理解することになったかな~」
「二度と無理です! 海賊が次から次にナンパしてきて、僕は男だって言ったのに、男でも良いとか言ってくるし! 変な薬まで渡そうとしてくるし!!」
ベーラのいまの外見はトップモデルになっているし、キワカも顔に仮面付けてはいただろうが線が細めの少女な体型だ。
そんな2人の見た目は、大多数の海賊にしてみれば、好意を向ける対象として十二分だったわけだ。
「それはご愁傷様なことだ。変な真似をしてくるようなら、拳で分からせてやった方が、海賊たちが引き下がり易いから覚えて置けよ。コリィとヒトカネとエイダも同じ感じか?」
「い、いえ、ドーソンさん。良い物が、多くて、あちこちを巡って、充実してた、です」
「中々に興味深かった。本国にはなかった類の古い機械が、ジャンク品で売れていてな。その検分をするだけでも楽しかった」
「携行武器の改造品も面白かったであります。作動保証がないので、買うことはしなかったでありますが」
この3人は楽しめたらしく、長い休憩が取れるのなら再び≪ハマノオンナ≫に入りたいと思っているという。
「しばらくは、この宙域で活動する予定だからな。何度か≪ハマノオンナ≫に停留することになるだろう。その際は観光を楽しむといい」
ドーソンは皆に食堂での休憩を許してから、自身はブリッジに入る。
オイネが椅子の上で目を瞑っているのを見つけたので、ドーソンは静かに艦長席に座ると空間投影型のモニターを展開して情報収集に入ろうとする。
オイネが休憩する前に大まかに情報をまとめていたようで、ドーソンが知ろうとしていた情報へのアクセス先が目の付く場所にメモ書きで置かれていた。
ドーソンは声を出さずにオイネに感謝の目礼を送ると、情報を見ていくことにした。
ベーラ――ムラガ・フンサーの演説は、オリオン星腕の全域に渡って波紋を広げているようだった。
貧民に分類される人たちと、末端の兵士が大騒ぎしている点は予想の内。
だが、中産階級に属する人たちも戦々恐々としていることが、ドーソンには不思議だった。
よくよく調べてみると、過去に送られた移民艦隊の中に中産階級の人たちも多く乗っていたという証拠があり、それが恐れを発生させている理由だった。
つまり『貧民だけじゃなくて、過剰気味な労働者の削減も狙っているじゃないか』と疑っているわけだ。
それはドーソンが考えても、あり得ると思えてしまう事。
生産性の低い労働者を解雇し、生産性のある労働者を残した方が、経済的な利益になり得る。
しかし労働者を容易く解雇はできない。法的な問題もそうだが、経営者の胸先三寸で解雇を決定できる仕組みでは労働意欲が低下して生産効率が落ちるからだ。
そこで、移民の話だ。
誰もいない星系を開発するからには、専門の技術者は必須だ。専門でなくても、少し勉強すれば勘所を押さえられるぐらいの知性が必要だ。
その点を誇張して生産性の低い労働者に伝えて、自ら移民艦隊に乗るよう仕向けていけく。
いまの職場に居場所がないと教えられたうえで、新たな場所では望まれていると吹き込まれれば、その労働者は自主退職してでも移民艦隊に加わるようになる。
こうして不要な労働者を排除しつつ、必要な労働者だけを残せば、生産性は向上する。
現実はそう上手くはいかないだろうが、向上を期待できる段階には持って行ける。
資本主義者なら、不要な労働者を移民艦隊に送らない理由がないわけだった。
ムラガ・フンサーの演説に対し、貧民と労働者以外の人たちの演説への反応の多くは疑問だった。
ムラガ・フンサーという人物が移民艦隊に居たのは本当か。演説者は本当に本人なのか。演説内容は事実なのか。どうやって別星腕から帰ってきたのか。生き残りは他にいないのか。演説者と海賊との関係は。などなど。
大量の疑問の中には、演説の真偽の裏付けに走った者の返答もある。
ムラガ・フンサーは実際に居た人物であり、見た目だけは本物なこと。移民艦隊からの通信や報告の話は、もの凄く少ないこと。別星腕から帰ってくるための現実的な方法。など。
ネットの海に転がる情報を拾い集めて、演説に合っている点や合っていない点を積み上げている。
ドーソンは、良い感じに話題が熱くなっていることを見取って、もっと話題の火に薪をくべるべきだろうかと悩む。
ちょうどそのとき、≪雀鷹≫に通信が入ってきた。≪ハマノオンナ≫からだ。
ドーソンは仮面を素早く被ると、通信に出た。
通信画面に現れたのは、ドーソンが≪ハマノオンナ≫に居たとき、良くやり取りをしていたアンドロイドだった。
「よお、ローレライ。久しぶりだな。旧友を温めに通信してきたのか?」
ドーソンが冗談口調で用件を問いかけると、ローレライは無人格電脳搭載型のアンドロイドらしい感情のない声色で返答する。
『この通信は≪ハマノオンナ≫に停泊ないしは係留している艦船全てに送っている、緊急なものです』
「緊急? SUの宇宙軍が攻めてきたのか?」
『はい。それも、今までとは打って変わり、全軍で隕石地帯へ入ろうと進軍しているようです』
全軍と聞いて、ドーソンは驚きを隠せなかった。
「隕石地帯の中は≪ハマノオンナ≫と海賊の庭だ。無理に全軍で押し入ったら、ひどい被害が出るだろ」
『構わないのでしょう。ムラガ・フンサーの演説で、宇宙軍の旧型艦乗りは使い捨てだと知られてしまいました。反乱を起こされる前に使い潰そうとしているのでしょう』
「……だから全軍でか。旧型艦が逃げようとしたら、最新鋭艦が後ろから撃つと、そう脅しながらの突撃なわけか」
隕石地帯に入って海賊に撃破されても、逃げようとした罰でも、不要な艦と人員を減らすことには繋げられる。
「それで≪ハマノオンナ≫の方針はなんだ。前みたいに、跳躍で逃げるのか?」
『その案も検討されましたが、今回は可能な限り戦うことになりました』
「海賊の戦力で宇宙軍と戦うと?」
『≪ハマノオンナ≫所属の巡宙艦や駆逐艦もありますし、ドーソン船長が率いている艦隊もありますので、可能だと判断されました』
「あんまり、あてにはして欲しくなんだがな」
ドーソンは≪ハマノオンナ≫を守るために、過度な危険を冒す気はない。
しかし、今の状況が好機なのも確かだった。
SU宇宙軍の旧型艦に乗せられている、不要と判断された人員を捕まえて、反乱者に仕立て上げるという、その方針を実現するために。