93話 演説の衝撃
逃げ切ってみせた≪雀鷹≫を含む5隻の艦隊は、≪百舌鳥≫の艦隊と隕石地帯の中で合流を果たした。
「上手くやってくれて、大変に助かった。やはり、ちゃんとした艦長がいる艦隊だと、仕事が楽でいい」
『ああも見事に囮をやってくれたんだ。最初の砲撃でしか戦果を挙げられなかったことを、こちらは恥じるばかり』
ドーソンはジンクと通信で会話を交えながら、≪ハマノオンナ≫の場所へと艦隊で進んでいく。
「これから先の作戦も、頭に入っているよな?」
『もちろんだ。ムラガ・フンサーが民へ身の危険を呼びかける記録映像を流し、撃破してこようとする敵を隕石地帯の中へ誘引。そこで敵艦を航行不能ながらも乗組員を殺さない程度に被害を与える』
「航行不能艦を見捨てれば、他の艦の兵士の疑念が育つ。助けに来るなら、それが新たな獲物となる」
『数艦での接近であればだ。大艦隊で来られたら、対処のしようがない』
「艦を助けるためだけなら良い手ではある。だが捨てる気でいる存在を助けに、そこまでするとは思えないな。隕石が邪魔で艦隊行動が取りにくい」
『狭い路地に大軍を突っ込ませるが如く、詰まって動けなくなってしまうと?』
「対応策はある。被害を受けた艦を助けるため、全方位に砲撃をばらまくんだ。破砕して散る隕石は危険だから、どんな艦船も近づきたがらない」
『そこまでやる義理を、敵側は仲間に持っていないと?』
「話を聞くに、SU政府と宇宙軍の内部は足の引っ張り合いや蹴落とし合いをしている印象だ。仲間の失態を喜びこそすれ、危険を冒してまで助けようとは思わないはずだ」
『なるほど。アマト皇和国でいうところの草った貴族ばかりというわけか。まったく、嫌な場所だ』
平民出身の士官学校出かつ艦長という間柄なので、お互いに気安い会話を交換する。
そのとき、オイネから報告が来た。
「ドーソン。海賊から通信です」
「何の用かは聞いたか?」
「先ほどの演説内容についての話が聞きたいと」
ドーソンは通信理由に首を傾げつつ、ジンクに会話終了の挨拶をしてから通信を切った。
続けて、上半分がつるりとした造詣の白色で、下半分が昆虫の顎を模した形の黒色の仮面を被る。そして軽く身なりを整えたところで、海賊からの通信を繋いだ。
「こちら、ドーソン。私掠免状の確認か?」
ドーソンが自分の免状の情報を相手側に送ってみせると、海賊側から変な反応がやってきた。
『げぇ! お前は『白黒仮面』! 生きてやがったのか!?』
唐突な異名に、ドーソンは仮面を被ったまま首を傾げる。
「なんだお前。俺らは初対面だろ?」
『初対面でも、お前のことは知ってるんだよ! 宇宙軍狩りの白黒野郎が! よく来てくれたな! しかも、めっちゃ海賊艦を連れてきてよお!』
口悪く歓迎されて、ドーソンの困惑は深くなる。
「歓迎される理由に心当たりがないんだが?」
『ケンソンすんなよな。≪ハマノオンナ≫の海賊は知ってんだぜ。≪チキンボール≫で、お前は宇宙軍の艦艇を奪って、こっちに流してくれてるってことはよ』
言われてようやく、ドーソンは思い出した。
そう言えば≪チキンボール≫から海賊を追い出すために、多くの艦艇を供与したなと。そして狙い通りに、海賊たちは与えられた艦艇に乗り込んで、≪チキンボール≫へと向かったなと。
「功績を誇ったことはないが、≪チキンボール≫からの連中に聞いたのか?」
『おうとも。しかも立役者が例の白黒仮面だって知って、こっちじゃお前は人気者だぜ?』
「むさ苦しい海賊共に好かれてもな」
『ははっ、違いねえ!』
機嫌よく笑っていた海賊が、仲間に何かを言われたようで、表情を改めてきた。
『おっと、いけねえ。お前に聞きたいことがあったんだよ』
「通信理由は、演説の内容についてだったか?」
『ああ。さっきの演説の人、お前の艦に要るんだろ?』
ドーソンは、ベーラの姿形がムラガ・フンサーのままであることを確認すると、通信の添付画面にベーラを映して手を振らさせた。
「彼女のことか?」
『そうそう、こいつのことだ。それで、あの内容は本当なのか?』
ベーラはムラガ・フンサー本人ではないことを、ドーソンは知っている。
知っているからこそ、通信相手に嘘だとバレないような言い回しをすることにした。
「演説は本当のことだと思っている。少なくとも、移民艦隊が全滅しているという点について、俺は信じた」
『どうして、そう信じた?』
「理屈で考えただけだ。SU政府は毎年のように移民を送り出しはするが、艦隊を送る間が空く年もあった。惑星開発や居住用の人工衛星の建設には絶え間ない援助が必要なのにと、間が空く点を不思議だと前々から思っていたんだ。移民艦隊がその都度全滅していると聞いて納得した」
『移民艦隊が全滅しているんなら、毎年援助物資や追加の艦隊を送る必要はないってことか』
「加えて言うのなら、移民するための広報はあるが、移民した先の光景を使った広報を見たことがない。いや、最初期はあったのだったか?」
ドーソンがオイネがまとめた移民艦隊についての情報を思い返しながら呟くと、海賊が反応した。
『そういえば、最初期の移民の様子って画像は捏造だって、度々都市伝説として話題に上っていたっけな』
「どこそこの開発惑星の映像からの流用だと、突き止めた記事もあったはずだ」
『そういった諸々と、演説の人の話が合致して、信じたってわけか』
海賊が納得した様子なので、今度は逆にドーソンが質問する。
「やけに食いつてくるが、どうしてだ?」
『そりゃ、当たり前だろ。移民の話が全くの嘘だったら、SUに失望してTRに賛同する奴が出てくる。そうすりゃ、海賊仕事もやり易くなる』
ドーソンは海賊の理屈がいまいちわからなかったが、あえて深掘りする必要性を感じなかった。
しかし別のことについて気になった。
「お前と同じように、他の海賊も演説を気にしているのか?」
『当たり前だ。むしろ嬉々として、全宙域へと演説映像を流しているぜ。消されても消されても、再投降をし続けるぐらいにな』
ドーソンがオイネに視線を向けると、すぐにオリオン星腕の通信網の情報がきた。
それによると、いま一番の注目はムラガ・フンサーにまつわる情報らしい。演説以前には存在しなかったムラガ・フンサーのまとめ記事が、いまはあることが世間の関心の高さをうかがわせる。
先ほどの演説の映像も広範囲で拡散されているようで、このまま行けばオリオン星腕で知らない人がいない演説になりそうな勢いだ。
演説についての議論も多く、賛否両論混じり合っている。
ドーソンとしては、この議論の行きつく先がSU政府や政治家たちへの批判であることが望ましい。
「演説1つで全世界が混乱しているようだ」
『SU政府が推し進めていた移民政策が、実は人を投棄しているだけだったと知ったら、誰だって大慌てだろうさ』
海賊の言葉にそれもそうだなと思いつつ、ドーソンは自分の艦隊を≪ハマノオンナ≫へと進ませ続けるのだった。