8話 海賊母船≪ハマノオンナ≫
『ドーソン。ドーソン、起きて。跳躍完了するから、操縦桿を握らないと!』
オイネの呼びかけに、ドーソンは自分が寝ていたことに気づき、目を開けた。
「悪い、寝ていた」
『お仕事で長距離砲撃の後だから、疲れていても仕方ないよ。いい夢は見れました?』
「俺とお前が出会った時の夢だった」
『わーい、それは間違いなく良い夢ですね。今日は一日、良い事があるかも~?』
「……俺たちの出会いを良い思い出ねえ」
ドーソンはブリッジの椅子で一伸びすると、操縦桿に手を乗せた。
『跳躍完了まで、5、4、3――通常空間に戻りましたー』
「空間回帰振動検知――姿勢制御完了。船体バランスチェック、問題なし」
『船体構造に異常なし。ちゃんとコクーンも持ったまま。その他もオールグリーン♪』
「さて、ここから先は、的避けをしながらの航行だ」
ドーソンは推進装置を吹かし、≪大顎≫号を進ませていく。進行先には、多数の金属デブリやら隕石やらが漂う、危険な宙域がある。その宙域の中に用があるのだ。
「周囲の光学監視は任せる。衝突軌道の物があったら知らせてくれ」
『軌道予測をモニターに映しておくから、運転ミスらないでくださいね』
「誰に言ってんだ。この船で戦闘機動もやってんだ。漂うゴミを避けるぐらい、お手の物だ」
ドーソンは宙域に突入すると、船の速度を半速で維持したまま進んでいく。
宙域に入って直ぐに、上下左右、斜めや後ろから、次々と隕石やデブリが飛来してくる。
ドーソンは船を巧みに操り、大きなものは確実に避け、小さなものは対デブリ用の障壁で弾いて進んでいく。
そうしてスイスイと危険宙域を攻略していくと、やがて視界の先に隕石もデブリもない空間が現れる。
空間へと≪大顎≫号が侵入すると、この空間の異常性が分かるようになった。
デブリや隕石がある場所を通り抜けたのではない。周囲にデブリや隕石がある宙域のど真ん中に、そのデブリや隕石が避けてできている空白地帯が、人工居住衛星一つ分の広さだけ作り上げられているのだ。
そしてその不思議な空間の中に、巨大な金属建築物が漂っていた。
見た目は下膨れの壷で、その首から口の先に細かな線が外へと伸びているという、金属製のイソギンチャクのような姿。その体積は、≪大顎≫号を1万倍にしても足りないほどの巨大さだ。
この異常な空間に、異様な金属の巨大物体。明らかに二つには関連性がある――つまりは、この金属イソギンチャクが何らかの力で、近くの空間からデブリと隕石を排除していることは間違いなかった。
そんな一見して怪しい物体へと、≪大顎≫号は近づいていく。
そしてある程度の距離まで近づくと、金属イソギンチャクから≪大顎≫号へ通信がやってきた。ドーソンが白黒仮面を被りながら通信を許可すると、ブリッジの物理モニターに目鼻のないマネキンのような姿が現れる。
『こちら≪ハマノオンナ≫です。私掠免状の掲示をお願いします』
マネキンが声を出している。いや、この画面の存在はマネキンではなく、無人格電脳を搭載したアンドロイドだ。
そのことを、ドーソンは知っていた。
「よお、ローレライ。こちらは≪大顎≫号のドーソンだ。免状の情報を送る。確認してくれ」
『情報、確認しました。おかえりなさい、ドーソン船長。今日の釣果はいかほどで?』
「コクーンが二個だけだ。何時もの通りな」
『最大積載量まで獲れたこと、お喜び申し上げます。売却先のご予定は?』
「もちろんハマノオンナに卸す。中身は芸術品だから、買いたたかれることを覚悟でな」
『では自動査定の後に、ドーソン船長の口座に振り込みをしておきます。電子マネーで宜しいのでしたね?』
「ああ。船の積載に余裕がないからな。他の海賊みたいに、金属で持ったりしたら、船が動かせなくなる」
『了解いたしました。桟橋の空きを確認しましたので、135番桟橋にどうぞ。今後とも、良い関係でありますよう、願っております』
「こちらも、そちらと長い付き合いでいたいもんだ」
交信を終えると、モニターの画面も消えた。
ドーソンが操縦桿を操って、金属イソギンチャク――ハマノオンナという名前の超大型母船にある指定された桟橋へと、≪大顎≫号を向かわせる。
それからすぐに、オイネの声がスピーカーからでてきた。
『つーん。つーんつーん!』
変な言葉を、怒り口調で言ってきていた。
「なんだよ、一体」
『ドーソンの浮気者。オイネという立派な人工知能があるのに、無人格電脳なんかと親しくしちゃって。つーんつーん!』
台詞めいた言い方に、ドーソンはオイネの冗談だと受け取った。
「はぁ~。業務連絡をしただけの相手に嫉妬するとか、お前は面倒くさい性格の恋人か。というか、俺は電脳に恋するような性倒錯者じゃない」
『そうなんですね、よかったー。じゃあ、人工知能には恋愛感情どうなんです?』
「……ノーコメントで」
『ちょっと、ドーソン! そこは嘘でもいいから、可能性ぐらいは匂わせる場面でしょう!』
はいはいと会話を流しつつ、ドーソンはハマノオンナの口から伸びる桟橋へと≪大顎≫号を接舷させたのだった。
ドーソンは、桟橋のアームが≪大顎≫号の船体にくっ付けていたコクーンを回収し、自動査定された金額が自己の口座に入金された事を確認した。
「それじゃあ、ハマノオンナの中に顔を出してくる」
『了解です。宇宙服の気密をチェックしました? 光線銃は持ちました? 生意気な海賊をコテンパンにしてくる心の準備はできてる?』
「幼年学校の子供を心配する母親か!」
ドーソンはオイネのボケにツッコミを入れつつ、体の線がでるタイプの宇宙服姿で≪大顎≫号のエアロックへ。船の内扉が締まり気密が完了したのを見てから、外扉を開放する。そこには金属の橋と宇宙空間が広がっていた。
それもそのはず、≪大顎≫号が留まった桟橋は、宇宙空間にある開放型で空気がない。
宇宙服がなければ外に出れない場所で不便で仕方がないが、ドーソンのような新米の海賊に宛がわれるのは、だいたいこの開放型の桟橋だ。
ベテランや常に実入りの良い海賊だけが、ハマノオンナの船内にある空気のある港へと通されるようになっている。
多くの新人海賊は、この対応に不満を持っているらしく、港へ入れろと文句を言う者も多くいると、ドーソンはハマノオンナの船内で耳にすることがあった。
ドーソンはどうかというと、いちいち宇宙服に着替えるのが不便だとは思うものの、それ以上もそれ以下の感想はない。桟橋からのハマノオンナの船内まで移動取手が走っているので、そんなに不便ではないからだ。
ドーソンは取手を握ると、動き出した取手に体を任せて、無重力空間を泳ぎ進んでいく。
終点まで取手に運んでもらった後は、宇宙服のブーツにある電磁石を作動して、桟橋に電磁の吸着力で着床する。そして歩いて、ハマノオンナのエアロックへと向かう。
ハマノオンナの桟橋にあるエアロックは、≪大顎≫号のような隔壁型ではなく、半流動体を使ったジェル型と呼ばれるもの。人の出入りに一々開閉がいらないため、多数の人が通る場所に設置されているタイプのエアロックだ。欠点は、半流動体で空気と気圧の流出を防ぐ構造のため、通り抜ける際に粘液を突破するための力が要るし、通り抜ける際に粘液が宇宙服につくこと。
「この通り抜ける際の感触が嫌で、港を使わせろって苦情を言っているのかもしれないな」
ドーソンは半流動体へと体をくっ付けると、力強く床を踏み込んで半流動体へと入っていく。
ずぶずぶとネットリとした液体に入っていく感触は、人によっては嫌悪感を抱くであろう特異なもの。しかも粘液の厚みが三メートルもあるので、感触が少し長く続くことも嫌悪感を増長する事に繋がっている。
ドーソンはこの感触が嫌いなわけではないので、何も感じないまま、分厚い粘液の層を通過する。通過した後は、上下左右からやってくる空気噴出によって、宇宙服にくっ付いた粘液が払い落される。この粘液は回収され、洗浄後に再びエアロックに再利用される仕組みだ。
そんな手順を経て入ったハマノオンナの中は、海賊の拠点らしい汚さが目についた。
人工重力のかかった通路の端にはゴミや塵があり、壁には謎の染みが残ったままになっている。そして床の上で酔いつぶれた海賊が数人倒れていて、その一人の口からの吐瀉物が床を汚してもいる。
そうした諸々の汚れを誤魔化すためか、壁にも床にも極彩色のスプレーアートが描かれていて、見た者の目に独自の芸術をねじ込んでくる。
ドーソンはこの光景に、相変わらず慣れそうにもないと感想を抱く。
ドーソンは宇宙服のバイザーを開けないまま――吐瀉物の匂いを嗅ぎたくない――ハマノオンナの中を移動する。
しばらく歩くと、喧騒が聞こえてくる。ハマノオンナの中に作られた憩いの場。海賊たちが集まる酒場街だ。
「今日も設けた儲けた! 傭兵どもで安全を買った気になっていたようだが、あの星間脇道はこちらの庭よ!」
「商船の積み荷と、傭兵の船と装備も、良い値で売れましたぜ、オヤビン!」
「そうかそうか。よし、お前ら。たまの贅沢だ、じゃんじゃん飲んで食うぞ!」
「「おおー!」」
大戦果を上げたらしき海賊たちが、酒と食い物を山のように買い込んで、大宴会を始めている。彼ら全員の服が私服ということは、ハマノオンナの港を使う許可が出た、ベテランということだ。
喝采を上げる人がいる一方で、沈んでいる者もいる。
「くそっ。傭兵共のひょろ弾にまぐれ当たりされて、船体修復で稼ぎがパーだ」
「クサクサするなよ。こういう日は、これだろ。一発で疲労がパンと取れる、これだよ」
「高純度のものが手に入ったんだぜ……ああー、いいー。エルドラドが見える」
首筋に怪しげなアンプルを打ち込んでトリップする、汚れた宇宙服の一団。宇宙海賊という非合法組織の母船で使うアンプルだ。その効果と内容物は、まともな物じゃないのが確定している。
こうして怪しげな物品を使っているのは、なにもその海賊たちだけじゃない。
酒場街のあちらこちらで、酒に青い粉を混ぜていたり、蛍光ピンク色の煙の電子タバコを吸っていたり、首筋に埋めた電極に電子スティックを指していたりと、思い思いの快楽に耽る者の姿がある。
中にはキマり過ぎた男女がおっぱじめ、突然の無料ポルノに周囲の海賊が色めき立つ、なんて場面も起こっている。
ドーソンは、一連の光景を見回した後、自分には関係のない事だと意識しなくなる。
ドーソンは酒場街の中を歩き、ある一件の食べ物屋で足を止める。看板にはデカデカと『ヌードル』とだけ書かれていた。
私掠免状のカードがあることを確認し、ドーソンはその店の中に入った。
店主は、左側が機械に置き換えられている顔を、無言で向けてくる。
愛想の欠片もないが、ドーソンは何時ものことだと気にしない。
「ヌードルを大、揚げもの付き」
「10クレジットだ。カードを置きな」
ドーソンが免状のカードを読み取り機に置くと、チャリーンと音が鳴り、10クレジット払ったと空間投影モニターが現れて知らせてくれた。
「待ってろ。直ぐ作ってやる」
顔面が半分機械の店主は、鈍銀色の丼を取り出すと、その中に包帯のような幅と厚みの麺を一塊入れ、その上に薄茶色のスープを注ぎ入れた。トングで軽く麺をスープの中で解した後、四角いキツネ色の揚げ物をポイポイと丼の中に三つ入れた。
「早く食って、食ったら出て行けよ」
客商売とは思えない口調と共に出された丼を、ドーソンは受け取りった。
ドーソンは宇宙服のバイザーを開け、海賊母船の空気の臭いに少し顔を顰めた後、つけている仮面の口元にあるスイッチを押す。芋虫の口のような真っ黒な仮面の下半分が、ギザギザになっている真ん中からパカリと開き、ドーソン本人の口が出てくる。
ドーソンは備え付きのフォークを取ると、幅広の麺の中心に突き刺してスープから引き上げ、すぐに口に運んだ。
「あぐあぐあぐあぐ――もぐもぐもぐもぐ――ずずっ、あぐあぐ」
麺を噛みちぎり、咀嚼し、スープを一口含み、揚げ物も口に入れて更に噛む。
合成小麦特有の強調された穀物臭さに、茶色の着色料と化学調味料の旨味と、可食生成油でボソボソ感を誤魔化した培養鳥肉。
決して美味いとは言えない組み合わせの味だが、アマト皇和国の郷土料理である『うどん』によく似ている麺料理。
ドーソンは故郷の味を思い出させてくれるこの店を見つけて以降、仕事終わりの締めに食べると決めて通っている。
瞬く間に食べ終えた後、ドーソンは仮面を元に戻し、店主へ声をかける。
「タマゴを5つくれ」
ドーソンの注文に、店主は生身が残る顔の右側を歪ませる。
「2つで十分だ。2つにしておけ」
「いいや、5つだ。5つ寄越せ」
「……200クレジットだ」
ドーソンが免状カードで支払うと、店主は紙袋を取り出し、中にウズラの卵のようなものを5つ入れた。ただし卵の殻は、まだらの虹色に輝いていた。
ドーソンは紙袋を手にすると、宇宙服のバイザーを元に戻す。その宇宙服姿を見て、店主が残念そうに首を振っていた。まだら虹色の卵に、どんな効能があるかを知っているがゆえに。