プロローグ ――私掠宇宙船≪大顎≫号
天の川銀河、オリオン星腕。人類の祖となる太陽系地球が所属し、宇宙に人々が進出した後も人類の活動場所となっている星腕。
現在オリオン星腕にある数多の星々には、多くの人々が入植している。居住可能惑星しかり、環境調節惑星しかり、人工衛星や人工惑星しかり。
その星々を繋いでいるのは、恒星間航行技術で作られた星腕宙道と、現地住民の渡航経験で作られた星間脇道である。
もちろん宇宙にあるため、この二つの道は惑星の地上のような物理的な道は存在せず、データ上存在する道となっている。
その星腕宙道を、一隻の船が航行していた。
輸送船≪ハープン・ホエール≫。乗組員上限3万人。運用最低人数2千人。収容積載量約2000万OCU――5億トン。船内福祉施設完備。
速度は出ないが、大量の荷物を乗せることのできる、一般的な輸送船――地球時代の船に当てはめると超大型のコンテナ船と言ったところの船だった。
輸送船≪ハープン・ホエール≫は、所有会社が経費削減を理由に人員整理をした関係で、最低人数よりやや多い3千人で運行中。これは二千人が作業し、千人が休憩し、時間が来れば五百人ずつ作業と休憩を入れ替えるという、 必要十分とは言えないが必要最低限よりかはマシといった運用方法である。
輸送船≪ハープン・ホエール≫が、こうも人員削減を行っているのには、理由があった。
まず、星腕宙道を航行する際に運行料を、宇宙に進出した人類を統括する国家であるところの、人類統一国家スペース・ユニオンに支払わないといけない。これが、かなり高額で経営を圧迫する。
もちろん高額な料金を払うに足る道ではある。
宇宙図は公証データを用いることが出来るし、指標となるビーコンがこまめに配置されているため、道の上にいる限り迷う心配がない。SUの宇宙軍が一定頻度で巡回しているため、宇宙海賊が寄り付かずに航路が安全。人工衛星を始めとする休憩場所も多く作られていて、万が一に船が故障して航行が難しくなった際には避難して修理することもできる。
物資を運搬する船としては、安全かつスケジュールに狂いが出ない星腕宙道は、経営を圧迫するほどの高額を払ってでも使いたい道なのだ。
そうした安全な道であるため、輸送船≪ハープン・ホエール≫の乗組員は、誰もが暇を持て余していた。
エンジンは好調で、機関士がご機嫌を伺う必要がない。船内保安要員も、搭乗者は同じ会社の社員で顔見知りばかりなので、取り締る対象がいない。物資を詰め込んだコクーン――地球時代でいうと馬鹿みたいに大きなコンテナのようなもの――の点検作業も、次の機会はかなり先。
それらの乗組員が暇をしているように、船を動かすブリッジクルーもまた暇だった。
「船体の脅威になるようなデブリの姿は無し。航路を予定通りに消化中――はあ、モニター見るのも飽きなぁ」
「そっちは見る必要があるものが存在する分いいだろ。こっちは法規定に則って舵輪を握っちゃいるが、自動航行でやる意味すらないんだぞ」
「舵輪がある分だけいいじゃないですか。二人に比べ、こっちは双発エンジンの調子の監視ですよ。機関士が直に様子を見ているってのに、これいる意味あるのか謎なんですけど」
ブリッジで、誰が一番意味のない仕事をしているかで、会話が盛り上がる。
しかしそんな会話も、段々と下火になっていく。なにせ暇な時間は、今に始まったことではなく、この船が航行を開始してからずっとなのだ。いよいよ会話のネタが尽きてしまったのだ。
「はぁ。安全安心の宇宙航行を会社が願っているのはわかっちゃいるが、こうもメリハリのない航路だとやる気が削がれて仕方がない」
「衛星に休憩に行きましょうよ。暇つぶし――ならぬ、刺激ある休息が必要ですよ」
「馬鹿言え。スケジュールはカツカツなんだよ。衛星に立ち寄っている暇なんてねえよ」
舵輪を持つ男が手を振ると、休憩を要望した男の目の前に、空間投影モニターが出現した。映し出されているのは、輸送船≪ハープン・ホエール≫の航行予定と現在ある余剰時間。
余剰時間だけに目を向けると、プラス一分とマイナス一分の間で振幅している。
つまるところ、予定通りに運搬場所までノンストップで進む必要があることを示していた。
「あーあー。星腕宙道の人工衛星には酒も女もあるってのに、横を通過することしか許されないなんて」
「人工衛星に止まったところで、お前の貯金残高じゃ、いい酒もいい女も手にできねえだろうに」
「行けない場所を思うだけで惨めになりますから、やめましょう」
このまま暇で暇で仕方がない時間を、他愛の無い会話で潰していくのか。
そんな懸念が生まれた直後、ブリッジのモニターが警戒音を鳴らした。
その瞬間、クルーの面々が大慌てになる。
「何の警報だ!」
「エンジンは問題なし!」
「警報はこっちだ! 高エネルギー警報! 砲撃だ!」
監視モニターのクルーが声を上げた直後、船外を映していたモニターが、船首を掠めるように通過した太く明るい光の帯を投影した。直後、船体には振動が走る。付近を通過した砲撃の威力で、船体が揺すられたのだ。
「どこからの砲撃だ! かなり光が太かったぞ! 宇宙軍の誤射か!?」
「軍なら警告なしの発砲はないですよ! これは宇宙海賊の仕業のはずです!」
「ああくそっ、モニターに敵船が映っらねえ。対レーダー迷彩か長距離砲撃かだ!」
不測の事態に、休憩中だったブリッジクルーも入ってきた。そして補助機能を立ち上げて、砲撃をしてきた相手を補足しようと試みる。
その行動が実を結ぶより先に、独りでにブリッジのモニターの画像が切り替わった。
宇宙空間を移していたはずが、いまは顔に仮面をかぶった人物が映し出されている。その仮面は上半分は白一色でつるりとしていて、下半分は黒く大きい昆虫の顎になっていた。
突然の怪しげな人物の登場に、ブリッジクルーは目を白黒させる。
当の怪しげな人物は、そんなクルーの様子を意に介さず、語り始める。
『当方は、私掠宇宙船≪大顎≫号。貴船に要求を突きつける。コクーンを二つ放出するべし。聞き入れる場合は見逃し、聞き入れない場合は砲撃にて撃沈する。猶予は3分とする』
一方的な宣言の後、モニターに『3:00』と制限時間が現れ、すぐに『2:59』とカウントが始まった。
ブリッジクルーの中にいた船長が、怪しげな人物へと大声を放つ。
「3分では短い! 判断する時間を、もっとくれ!」
『言い忘れていた。星腕宙道だからといって、軍へ緊急通報をしても無駄だ。この場所だと、軍の船が到着するまで10分はかかる。3分後に貴船を撃沈しても、当方が逃げる余裕は十分にある。いや、もう2分後のことだな』
時間稼ぎには付き合わないという宣言に、輸送船の船長は歯噛みする。
「くそっ。こっちの対応は織り込み済みか……」
判断に窮する船長に、他のブリッジクルーが意見する。
「船長。要求はコクーン2つだけです。すぐに放出しましょう。それでこの船は逃げ切れるんです」
「そうですよ。2000万個積んでいるうちの、たった2つです。会社も必要な損害だったと納得しますって」
「放出するなら、保険がかけてある奴にしましょう。海賊特約のかけてあるやつ!」
ブリッジクルーのほぼ全員が、海賊の要求を飲むようにと言ってくる。
船長は一瞬、このクルーたちは海賊の仲間なんじゃないかと疑いかけたが、それはあり得ないと考え直した。
そしてモニターのカウントが『0:59』に変わったのを見て、船長は決断した。
「コクーン2つを、緊急パージ。保険適応されているやつをやれよ!」
「既に選定は終えてます。船長、認証を!」
船長の前に現れた空間投影モニターには、『許可しますか』の文字。船長ま迷いなく『YES』を押した。
すぐにコクーン2つが輸送船≪ハープン・ホエール≫より射出され、宇宙空間を漂い始める。
その光景が見えているのか、変な仮面の海賊が言ってくる。
『賢明な判断だ。では、そのまま通過を。旅の無事を祈る』
画面が宇宙空間の投影に切り替わった。
ほっと安堵の空気がブリッジを包むが、再びの警戒音。
「今度はなんだ!」
「近場に短距離跳躍の出現警報だよ! コクーンを回収しにきた海賊船だろ!」
監視モニターの船員が言った通り、輸送船≪ハープン・ホエール≫の直ぐ近くに跳躍出現してくる船があった。
その船は、先ほどの砲撃を放ったとは思えないほど、法規定的に恒星間航行がギリギリ許される下限に位置するような、小さい船。
船体の黄色と船頭と下部の異様な膨らみによって、熱帯魚を思わせる見た目である。
あの船が熱帯魚だとすると、ヒレに当たる部分からアンカーが射出され、宇宙を漂っていたコクーンに張り付いた。そしてアンカーの綱が巻かれ、コクーンが黄色い船体の両端にくっ付いた。
その状態で、黄色い船は再び空間跳躍した。一度の跳躍の後、対して間を置かずの跳躍。これだけで、あの黄色い船は普通の船ではないことが分かる。普通の船なら、短距離跳躍であろうと10分は跳躍機関の充填に時間が必要となるからだ。
「あの黄色い船が、海賊の言う≪大顎≫号なんですかね」
「まさか。あの砲撃を見ただろ。ありゃ駆逐艦の主砲レベルだ。そんなの積んでなかったじゃねえか」
あの黄色い船はともかく、高い金で安全を買ったのに、海賊に襲われてしまったのだ。
星腕宙道の安全を保証しているSU宇宙軍に抗議するべき案件だった。
「いまもこれからも、大いに暇は潰せそうだが、こんな騒動は望んでなかったぞ」
船長が疲れが含まれた声を放ち、背もたれに体を預ける。船長室に戻り、人工重力を切って無重力を体感したくなるほど、船長は体に疲れを感じていた。
輸送船≪ハープン・ホエール≫から2個のコクーンを奪取した後、黄色い私掠船は少し離れた航路上に跳躍出現した。
その船のブリッジでは、一人の男性が椅子に座っていた。
より正確に記すなら、人ひとりが入れるぐらいに狭いブリッジ――もはや人型兵器や高速艇のコックピットのような場所に、一人だけで座っていた。
「周囲探査――他船の影なし。長距離跳躍機関および主砲機関への充填再開。エンジンの出力安定、問題なし」
狭い部屋の中で、物理モニターを手で触りながら、次々とチェックと作業を行っていくのは、短い茶髪と釣り上がり気味の黒瞳を持つ、二十歳にもなってなさそうな顔立ちの青年だ。
部屋の壁面には、輸送船≪ハープン・ホエール≫に映っていた人物が被っていたのと同じ、上下で白黒ツートンな仮面がかけられている。
そう、この青年こそが私掠宇宙船≪大顎≫号の船主であった。
青年が作業を行っていると、不意に第三者の声がやってきた。この部屋には青年以外の誰もいないにもかかわらず。
『新しい仕事場に来て、初めての戦果ですね。船には大した損害もでなかったわけですし、これは大戦果では!』
殊更に明るい女性の声は、狭い部屋に備え付けられたスピーカーから出ている。
青年は、その声を耳にして、大仰な溜息を吐きだした。
「はぁ~。もう少し声量を落とせと最初の会話の時から言ってんだろ。耳に痛いんだよ、お前のアニメ声は」
『ひどーい! この声はドーソンに対して必要だと人工知能が判断したから、こう設定されているんです! 横暴だ、おうぼうだー!』
ワザとだと分かる大声で抗議されて、ドーソンと名を呼ばれた青年の顔には苛立ちが現れる。
「コミュニケーション用の人工知能なんぞ、俺には必要なかったんだ。それなのに、どうして船に初期配備されていたんだか」
『へっへーん。それは法律だからですー。宇宙船を単独航行させる場合、会話ができる人工知能を同乗させることが、法律で義務付けられているんですー』
「それはアマト皇和国の法であって、こっちの――人類統一国家スペース・ユニオンの法じゃないだろ。そもSUでは、人格のある人工知能は認められていないんだしな」
ドーソンが苦情を言うと、人工知能らしき女性の声が声質を硬くした。
『なにを言っているんです、ドーソン・イーダ"特務少尉"。この私掠船での活動は、当国の軍事任務です。であれえば則るべき法は、ユニオンのものではなく、皇和国のものであるべきでは?』
「分かってるよ。俺の役目も、お前が監視役だってこともな。まったく、コミュニケーション用人工知能なら軽口くらい分かるだろうし、俺の監視役なら俺が裏切らない理由もわかってんだろうに」
『……えへー、なんちゃって♪ どう、少しはビビった? ビビったかなー?』
「あのな。それは言い訳が苦し過ぎだ。さっきのは、明らかな本気トーンだっただろうが」
『むぅ! 少しの判断違いは、仕方ないんです! だって私、生まれて一年未満の子供ですし~、別の星腕に来ているから大元と常時繋がることができませんし~』
拗ね始めた人工知能に対し、ドーソンは後ろ頭を掻いた。
「人工知能だって成長に時間は必要ってことか――"オイネ"。船体の状態の報告を口頭で頼む」
オイネと名前を呼ばれて、人工知能が喜びに満ちたアニメ調の女声で報告する。
『報告するよ! 主砲と跳躍の双方の機関は満充填。船体に損傷個所はないから、直ぐに跳躍可能だよ。それとコクーンの中身は、両方とも芸術品。片方は絵画で、もう片方は車だよ』
「了解――って、車は芸術品じゃなくないか?」
『アンティークカーは芸術品扱いなんですー。知らなかったんですかー?』
「悪いが、知らなかった。俺は孤児で、幼年から軍学校だからな。軍用車以外の車は良く知らないんだ」
『なんという悲しい生い立ち! そして小さい頃から軍人になるよう叩き込まれたから、ドーソンは優秀なんですね。特務少尉に任じられるぐらいですし』
「階級上はそう見えるかもだが、私掠船一つで敵地に放り込まれるなんていう、左遷も良いところな扱いだぞ」
『ドーソンなら生きて帰ってくると思っての抜擢に違いありません。自信もっていきましょう!』
「調子の良い事ばっかり言いやがって」
ドーソンは苦笑いすると、≪大顎≫号を長距離の空間跳躍に移る。
向かう先は、宇宙海賊の根城の一つで、小取引専門の拠点。そこでコクーンの中身を売却するのだ。
通常空間から跳躍空間へと船が入ると、後は自動で脱出までやってくれるため、ドーソンはブリッジで目を瞑る。
どうして自分が私掠船の船主となったのか、その理由を思い出すために。
宇宙ものを書いたことがないなーと思って、書いてみることにしました。
見切り発車ですが、よろしくお願いいたします。
頑張って更新します!