①ー9出航
①死と転生
9 出航
「離せ!カロスに戻る!」
屋敷内にレッタの怒鳴り声が響き渡る。
「まだ動いてはいけません」
玄関でトバリが、外に出ようとするレッタを引きとめている。
皆が、声を聞いて集まってくる。
「おぉ、気が付いたか、レッタ」
「ムート!何でこんな所まで連れてきた!私は、」
レッタは、まだ足が痛むのか、その場に倒れ込んでしまった。
「まだ動いちゃだめだよー。ぎりぎりなバランスでくっついてんだからさー」
フェリオは膝をついて、レッタの足に埋め込んだ魔具の様子を確認する。
「こんなことやってる場合じゃないんだよ!リーニャに戻るって約束したんだ!」
レッタは涙を流しながら、皆に訴えた。
暴れるレッタを何とか部屋まで運んで、僕、トバリ、エミス、フェリオ、ムートは、カロス国で何が起こったのか、レッタから話を聞いた。ヨルはオーロがみていてくれている。
「ずいぶんめちゃくちゃな勇者が来たみたいだねー」
「許せん!」
「ふぅむ…」
トバリは何も言わずに、レッタの足に回復魔術をかけ続けていた。
「行こう」
僕が言うと、エミスとフェリオはうなづいてくれた。
「待て待て。いくら勇者に問題があるとはいえ、裏には教会がおるじゃろう。おまえたちは、そのことがわかっとるのか?」
「じじぃは黙ってろよ。話は決まったな。リーニャはこれを渡してくれたんだ」
そういって、レッタはポーチから紙を取り出した。それは、手書きの城内の地図に、警備や、人の居場所を書き記したものだった。警備にあたる騎士の数が異常に少ない。とはいえ、リーニャが魔術を使って偵察したのであれば、正確だろう。城全体を指し示して、「上級魔術使いに注意!」と書かれている。
「ばっと行って、さっと帰れば大丈夫だろう!」
「大丈夫ではありませんよ」
トバリは立ち上がると、僕らをみて言った。
「勇者にはギフトがあるのですよ。遭遇したらどうするつもりですか?レッタさんのように何とか潜入できたとして、ご婦人方をどうやって連れ出す算段ですか?城内に入れば、魔術使い見つかるのですよ?」
皆黙ってしまう。
「それでも行くんだ!私は、リーニャをあんなところに置いておけない」
「レッタさん。あなたその足でどう戦うおつもりですか?」
「戦う!」
レッタはベッドの上で、大粒の涙を流す。
「まぁなんにせよ、よく考えにゃならん」
僕は皆を残して、部屋を出た。中庭に行くと、オーロとヨルが、ボールで遊んでいた。
「オーロさん。走竜をお借りできますか?」
「…はい。ご案内いたします」
「アルク?どこか行くの?」
ヨルはじっと僕を見上げていた。僕は一人でも、とにかくカロス国城に向かおうとしていた。その先のことなんて、まるで考えていなかった。何をやってるんだ僕は。ヨルの心配そうな顔を見て、やっと冷静になった。
「アルクさん」
いつの間にかトバリも中庭に来ていた。
「行くなとは言いません。勝つためには作戦が必要です」
「…うん。ごめん」
僕らは、リーニャ救出の手立てを模索し始めた。
「これがうちで一番大きな竜車です。八匹の走竜で引きます」
ムートの邸宅の裏には、商会の巨大な倉庫があった。僕とトバリは、オーロに中を案内してもらっている。
「人が数十人乗った状態で、先日の竜車と同じくらいの速さは出せますか?」
「まず無理でしょう。何も載ってない状態でも、二匹で引く通常の竜車より遅いんです」
カロス国に着くまでの時間、仮に女性たちを救出できたとして、その逃亡にかかる時間。どう考えても、それに必要な移動手段が見つからない。
「トバリの魔術で、この大きな竜車は隠せる?」
「私自身が乗っていれば“隠蔽”は可能です」
「じゃあ、トバリには車内で待機していてもらって、僕と双子で場内に乗り込むのは?」
「魔術使いはフェリオに何とかしてもらったとして、勇者と、護衛の騎士達はどうしましょうか。私はふれているものしか隠せません」
「あれ?家に使ってたのは?」
「あれは獣除けのおまじない程度です。ある程度魔術が使えれば、簡単に見つけられてしまいます」
「会敵が避けられないとなると、戦い方を考えないとだね」
部屋に戻ると、レッタ、エミス、フェリオの三人も頭を抱えていた。
「移動手段は決まったー?」
「大きな竜車があったよ。速度は出ないけど、それで何とかするしかなさそう」
「俺が魔術で押そう!」
竜車の後ろで、エミスが剣から火を放出する姿が頭に浮かんだ。
「車が燃えるよ」
「こっちは勇者対策を考えてた。それでフェリオが」
「んー。普通の攻撃はまず効かないと思った方がいいねー。魔具、魔術、素手で殴るとかもねー。なくなっちゃうー」
フェリオは服の袖をパタパタした。
「でもー、なぜかレッタの守り石は当たったんだよねー」
「…守り石は、ガラーのエルフに代々受け継がれているものだ。子孫が健康であるように祈りを込めて、子に渡す。自分に子供ができたら、また祈りを込めて持たせるんだ」
レッタは俯いて悲しそうな顔をする。レッタにとって、とても大切なものだったんだろう。
「祈りっていうのはー、魔術の始まりだからねー。守りの魔術が、代を重ねるごとに何層にも重ね掛けされた物だったわけだよー」
「つまり、魔術を連続で打ちこめばいいんだな!」
「違うよー。レッタも同時に矢を当ててるからねー。話聞いてたよねー?」
「…!」
「すでに何層もの魔術でコーティングされているものなら、消し切られる前に、勇者に当たるのかもなんだよー」
「長寿のエルフが、何代にも渡って祈りを込めていたものだから、相当な数だよね」
「勇器ですか」
「そだねー。勇器に込められた強化の魔術の数は異常だよー。ギフトもなんだけどー、タローの根性がねー」
「勇器なら勇者に当たるってこと?」
「おそらく?表面の何層かは消えるけど、数がすごいから、消し切れないんじゃないかってゆー仮説?」
コンコン
部屋の扉がノックされた。
「どうぞ!」
「失礼いたします。アルクさんにお手紙です」
「僕に?」
オーロから手紙を受け取る。差出人…トリトン・ハスタ?
(「やぁ、こんにちは。カロス国のことは、リーニャから手紙をもらった。僕は今、所用でラクス国に来ている。すぐにでも向かいたいが、間に合わないだろう。君たちがもし、カロス国に攻め入るのであれば、ムートに秘蔵の船を借りるといい。ではまた」)
「アルクさんは、トリトン・ハスタと仲がよろしいのですか?」
手紙を読み終えると、トバリが不思議そうな顔で、僕を見た。
「いや、ほとんど話したことないよ。葬儀の時くらいかな」
「状況を知ってるなら、彼に何とかしてもらいたいよねー、別にいいけどー」
「“船”をお借りしよう!」
「とりあえず、聞いてみようか―」
僕らはムートを探しに行く。
「フェリオ。ちょっと待って」
「んー?」
レッタがフェリオを呼び止めていた。
「ムートさん、船をお借りしたいです」
「ん?なんじゃいきなり」
ムートは、自室で水たばこをふかしていた。
「トリトンさんが、手紙で船を借りろと」
僕はトリトン・ハスタからの手紙をムートに手渡した。
「…何のことじゃろうか」
ムートは手紙を読み終えると、すぐに僕に返した。
「あぁ、倉庫のでかい竜車のことか、あれなら好きに使ってくれて構わんよ」
「あれは秘蔵と言うには、よく使われているようでしたが?」
「ゔ…。首都に行けばのぉ…。もっと大きな竜車があるんじゃがぁ…」
「“秘蔵の船”を貸してください!」
「ムートさん、お願いします」
「ゔぅ…」
ムートは、だいぶ悩んだ末に、僕らを邸宅からしばらく歩いた所にある洞窟に案内してくれた。
僕、トバリ、エミスと、ムートに呼ばれたオーロの四人は、ムートの案内で巨大な洞窟の中へと進んでゆく。
「ここじゃぁ…」
ムートが手に持った灯りで前方を照らすと、そこには巨大な“船”が置かれていた。本で見たことのある、海をゆく船と違い、上部に白い大きな袋のようなものがついている。
「“飛行船”じゃ。空に浮かべることができる」
「…。」
いつも無表情なオーロは、無表情のままであったが、驚いているのがわかる。彼もこの船の存在を知らされていなかったのだろう。
「どうやって進むんだ!?」
「それはのぉ」
ムートは観念したのか、懐から変わった形の笛を取り出すと、強く息を吹き込んだ。
地面がかすかに振動し始める。
「…。」
洞窟のさらに奥から、何かが来る。振動が大きくなって、止まったと思ったら、闇の中から、飛竜が飛び出して来た。
「…。」
その巨大な竜は、ガラーの大地と同じ赤茶色の鱗で全身を覆われていた。背中の翼を折りたたむと、ムートに鼻息を吹きかけた。
「こいつは“サンドドラゴン”。タローがそう名付けた。旅の途中で出会ったんじゃが、魔王討伐には不向きじゃったから、うちで預かっとったんじゃ」
「…。」
飛竜にも驚いたが、何も知らずに近くに住んでいたオーロが、汗びっしょりで固まっているのが心配になる。
「空に浮かべた飛行船を、飛竜に引かせるんじゃ」
「移動手段の問題は、これでクリアですね。準備を始めましょう」
夜になり、外は暗い。トバリの魔術があるとはいえ、念のため、暗い中を出港したい。勇者に歯向かう戦いに、ネグロ国が関わっているなどと知られるわけにはいかない。
オーロは、倉庫から武器や防具など、戦闘に使えそうなものを集めて、持ってきてくれた。
「ありがとう」
「いえ、仕事みたいなものですから」
オーロは文句ひとつ言わずに、装備を点検してくれる。
「お待たせ―。わーお、飛竜かぁー」
「弓はあるか?」
フェリオに支えてもらいつつ、レッタもやってきた。
「その足、大丈夫?」
朝に見た時より、包帯が増えているようだ。
「不安定な足だったから、とっちゃって、フェリオに戦える足を作ってもらったの」
「“くるぶしくん”は僕の最高傑作だったのにさー。ひどいよなー」
「私も戦う。一番大きな弓をくれ」
「アルク、私も行っていい?」
ヨルもエミスに連れられて、やって来ていた。
「うーん」
トバリの方をみて、助けを求める。
「いいですよ。ただし、言うことを聞かないと、危ないですよ?」
「はーい。やったー」
ヨルは飛行船に乗り込んでいった。
「いいの?」
「置いていくわけにはいきません。あの子を守るのが、私の仕事ですから」
「わしもいくぞぉ」
ムートが大きな盾を背負って、戻ってきた。
「いいんですか?」
「おう、若いもんをほおっておくわけにもいかんからのぉ。若くないのもおるがのぉ」
「じじぃ、射貫くぞ」
「おぉ、またずいぶんと大きな弓に持ち替えたのぉ」
ヨル、エミス、フェリオ、レッタ、ムート、トバリ。皆次々と船に乗り込む。
「義父を、よろしくお願いいたします」
オーロは僕の目を見て、それから頭を下げた。
「はい。行ってきます」
僕が最後に乗り込むと、飛行船はゆっくりと、宙に浮かび始めた。
船に乗り込むと、先頭でムートが舵輪を握っていた。飛竜と飛行船とを繋ぐ、鎖を操ることができるようだ。
洞窟の上に空いた穴から、船が浮上して外に出ると、ムートは笛を鳴らした。
「出航じゃぁ」




