⑥ー9“ザ・イヤー”
9 “ザ・イヤー”
陽が落ちるのを合図に、荷馬車本隊は速度を上げる。遠くからそれを確認し、僕らも見失わないように馬に合図を送る。ガラーの近くは、背の高い草木が生い茂り、周囲を取り囲み、夜は本当に視界が悪い。先導するリオレオンの持つ明かりを頼りに夜の闇を駆ける。その間、不定期に訪れる魔獣の襲撃への対応を余儀なくされる。それはほとんど毎晩のことで僕らの神経をすり減らす。視界の悪い夜道でいつ魔獣が飛び出してくるか。夜は体が冷え筋肉も萎縮する。馬に乗りっぱなしで腰も痛んできた。とても万全の状態で動けるとは言い難い。それでもリオレオンは粛々と仕事に取り掛かると慣れた作業を片付けてしまう。僕らも勤めを果たそう試行錯誤し対応策を探したが、トバリの瘴気を高密度に固めて、黒い壁を作る“ノックス”は、この速度で発現できるのは一瞬、フェリオの魔術も、この速度で重量を持って襲いかかってくる魔獣に対して有効な一撃を見つけられずにいるようだった。唯一エミスの炎をまとう剣は魔獣たちが僕らに追いつこうとするのを何とか振り払っている。とにかく襲撃があればリオレオンが仕事を片付けてしまう間、何とか走って、馬を傷つけないように耐え凌ぐと言うのが毎晩の恒例になってきている。
陽が昇って魔獣の襲撃が落ち着く昼前になると本隊は停止してようやく休憩に入る。最初の一日二日は、ヴァネッサが遠くに見えた魔獣や、食糧になりそうな獲物を狙撃する銃声が聞こえることもあったが、眠ろうとする同僚たちに注意を受けたのか、三日目以降はその音も鳴りやんだ。その静かな時間の明るさ、日差しが神経質に疲れきった僕らには僕らは不快すら感じられた。
そんな時はリエレオンのする焚き火の炎のゆらぎを眺めを見つめるのが心の癒しになる。彼は昼間の休憩時間になると、その辺に落ちている石を組んで火を起こすと、鞄から出したロープを使って独自の簡易的なテントを張るのだった。
「なんだそりゃ」
エミスがロープに吊られたものを見つける。
「いいから、寝ておけ」
「うぇっ、不味いぞこれ毛がついてる」
「おい食いもんじゃねーんだ」
「なぁにこれ、変なの」
フェリオは口元までそれを近づけると、匂いを嗅いで少し舐める。嫌そうな顔。
「魔獣の耳だ。討伐の証としてギルドが換金してくれる。片耳いくら、両耳揃いの一匹分だとその三倍の報酬が出る。討伐報酬ってやつだ」
あのリオレオンが使うあの特殊な形状の魔具は魔獣の耳を効率よく回収する為の物だったのか。そんな副収入があったとは。
「えぇ〜、ずるいー。なんで自分だけさぁ」
「この仕事に慣れるまではとにかく生き延びることだけを考えてろ。余計な欲が出て、馬を傷つけてもしたら、成功報酬から差っ引かれて赤が出るぜ…、おい食べるなって言ってるだろ」
「ずるじゃんよぉ」
「けちー」
討伐報酬を齧る双子。魔獣ってどんな味なのかな。やめとこう、いやちょっと舐めるくらいはしてみようかな。何事も経験か。
「やめろ」
リオレオンが怒った。目がマジだ。
「カロス領に入ったようです」
トバリに前抱っこされて運ばれた約一週間の行路も終わりが見えてきた。
その夜も魔獣の襲撃を受ける。僕ら遊撃隊は、リオレオンを中心に効率的な陣形をある程度は組めるようになっていた。リオレオンの耳ジャーキー獲得報酬の話を聞いたフェリオは少しやる気を出したのか、エミスに背中を守ってもらいながら、いろいろな魔術を試しては失敗している。トバリは、リオレオンが効率的に魔獣を討伐する事ができるように連携の仕方を見つけ始めていた。トバリの“ノックス”を魔獣と間で遮るように展開し、魔獣達の動きに一瞬の隙を作りると、リオレオンが馬上から身を反り狙撃する。
特にできることのない僕は、遠くから別の襲撃がないか周囲の闇を見渡していると、一瞬、雨も降っていないのに雷が落ちた。ように見えた。
また一瞬光るそれは、こちらに近付いている。何だ。次の一瞬でそいつの姿が見える。そいつは肉食の獣が、捕まえやすい子供の草食獣を咥えるように、僕らが必死で追い払っている魔獣の首元を噛んで運んでいた。
「何か来る」
闇の中、僕らの方へ飛んできたのはそいつが首を食いちぎった魔獣の体だった。
光る。今度はそいつの躍動に合わせて断続的に。はっきりとその全体像が見える。今までの魔獣より体格からして四、五倍はある、見たことのない魔獣だ。稲光を身に纏いながらこちらへ突進してくる。
すかさずリオレオンが矢を放つが、魔獣の近くで不自然なほど勢いを無くし弾かれた。
「魔獣が雷閂だと!?」
構わず突っ込んでくる魔獣の前にトバリが黒い壁“ノックス”を立てるが、激しい落雷のような音と共に突き破られる。
双子の馬が割り込む。
「でらい!」
フェリオに体を支えてもらい馬の上で完全に後ろ向きで立って構えたエミスが振り下ろした剣が、その大型の魔獣と激突する。
大型魔獣は額のど真ん中でエミスの剣を受け止めて、弾いた。走りを止める。
稲光は動きを止めて遠ざかっていく。追い払ったと思ったが、向きを変えてまた走り始める。
「まだまだぁ!」
火柱をあげて魔術を放とうとするエミスをリオレオンが制する。
「やめておけ、無駄撃ちになる」
距離をとって観察を続けるリオレオンの判断を仰いでいる時間はない。本隊に魔獣が迫っている。
僕は足で馬に合図を出すと魔獣を追う。
一気に詰め寄る魔獣に対して、本隊の傭兵達が魔術を放つも、弾かれている。
「あれは魔術です。魔術を潰す魔術」
トバリが耳元で囁く。
「なら僕の出番だ。足場をお願い」
「かしこまりました」
本隊の荷馬車と、魔獣との間に割って入る。瘴気噴出の疾走は邪魔されるから戻っては来れない。一回だけだ。一撃で仕留める。タイミングを合わせろ。
「切れ味悪けりゃ終わりだね」
(「誰に物言ってやがる小僧」)
馬から飛び降りると同時に足元にトバリの“ノックス”が敷かれ足場となって着地の衝撃を緩和する。そのまま身を低くして狙いを決めると力を込めるように下半身を低く構える。食らいついてくる魔獣の牙を体を捻り交わしつつ、威力がのるように地面から切先までの支えを意識すると、ぬるりと刀身は魔獣の喉元に入る。突如物凄い重さが刀身から腕に伝わってくるのを刃を立てて捌く。最後にずるりと巨体が傾くと、後ろで魔獣は倒れ、その勢いでもう一度体を少し浮かせて落ちた。
「何とかなった」
(「ったりめぇよ」)
「お見事です、旦那様」
そう言いながら念のため魔獣の頭を潰そうとするトバリを慌てて止める。
だってこの一週間、僕の唯一の稼ぎだから。
こうして僕も何とか魔獣耳ジャーキーを手に入れて、初クエストラを終える。




