⑥ー8クエストラ
8 クエストラ
早朝、初仕事。
フーモ傭兵ギルドのある町外れ、本隊である荷馬車がずらりと並ぶのが遠くに見える。イエンとヴァネッサ、それとライトエルフの二人はあちらの本隊での護衛の仕事についた。
それに対して僕らが指定されたのは、さらにそこから離れた高台。ずっと後ろには魔界へと繋がる鬱蒼とした森がある。
馬に乗った者がやって来る。手綱を持って後ろにも二頭連れている。フードを取ると例のファイトエルフだ。彼の跨る雄々しい若馬は僕らの前に着くと大きく息を吹き、鼻を鳴らした。
「おう、あんたらか。よろしくな」
彼はそういうと僕とエミスに手綱を投げ渡す。二頭は落ち着いた馬で、ファイトエルフのより歳がいっているようだった。僕、エミス、フェリオ、トバリの四名。それで二頭の手綱は僕とエミスとなると、双子が一緒で、僕はトバリと乗る感じか。視線をやるとトバリはスッと馬の傍に立ち僕が乗るのを待つ。
「よっと」
「うぃー」
エミスが馬の扱いに慣れているのか心配したが、双子は木登りでもするように連携して素早く馬に跨る。馬の方も嫌がるそぶりもなく、ただただじっとしている。
僕も馬に跨り、トバリに手を貸す。が、背の高いトバリを前に乗せると前方の視界が遮られる。と同時に馬が突如として後ろ足を跳ねる。馬に跨ったままの姿勢で中空に浮かび上がった僕は重心を失いそのまま地面に落ちた。馬が鼻を鳴らす。馬よ、なぜ今このタイミングで準備運動を。幸いエミスフェリオは乗馬に夢中でこの失態には気がついていないようだ。
「はい」
手を差し出すトバリ。今度は僕が手を借りて、トバリの前に座る。すると今度は馬が両前足を挙げ、たけぶ。そのまま後ろにスライドさせられる。トバリの懐にすっぽりと収まった。結局、揺れの少ない前が僕で、トバリが後ろから僕を包み込んで手綱も握るという、騎士としてはなんとも不名誉な乗馬スタイルとなった。
僕らが乗馬したのを確認すると、ファイトエルフは本隊に向けて腕を上げて合図する。それを確認すると、本体の方から一人、馬に跨って近づいて来る。その間にファイトエルフが説明を始める。
「俺たちの仕事は遊撃だ。本隊から離れて並走して、魔獣が出れば迎撃する。本隊は何があっても止まらずに進み続ける。一週間近くほとんど走りづめになるからな。とにかく生きて本隊についていくことだけを考えろ」
「魔獣がよく出るルートなの?」
「魔獣の事は俺がなんとかするからあまり考えなくて良い。本隊も傭兵が護衛してるしな。まずはこの一週間、馬を傷つけず、生き残ることだ。馬を返せなければ報酬から差し引かれて赤が出るぜ」
「説明は済んだかな」
本隊から馬で走って来た男が声をかけてくる。ガタイの良い落ち着きのある男だ。
「あぁ」
「悪いな“イヤー”。新人のおもりと頼んじまって」
「いいさ。俺は俺で勝手にやらせてもらう。ノルトス、あんたこそぶっ倒されたくせに、そいつを使うのか?」
「はは、“地道に稼ぐのノルトス”だからな。使える奴は大歓迎さ」
ノルトスは僕ら全員の顔をよく見渡すと、確認が済んだのか口元で口角を少し上げた。どうやら彼が今回の護衛仕事の責任者的な役割のようだ。
「頼むぜ、新人ども」
「大丈夫っすかねー」
「何がだ」
荷馬車の上に仰向けに寝そべって、首だけ下ろすヴァネッサが、荷馬車の確認をするイエンに話しかける。
「べつにぃー」
「…。」
馬の駆ける音が近づいて来る。
「さあ、イエナ、ヴァネッサ。出発するぞ」
「あいあいさー」
「了解した」
傭兵達が護衛する荷馬車本隊が出発する。
僕らもかなり離れてはいるが、その距離を保ったまま並走する。
「“イヤー”さんは、護衛の仕事長いんですか?」
「“ザ・イヤー”は俺の二つ名だ。名前はリオ・レオン。ファイトエルフだ。その辺はあの二人に聞いてるだろうがな。二つ名がつく程度には、長くやってる」
「じゃあリオさん、レオンさん?」
「どっちだって良いさ」
「そういえば僕ら、ファイトエルフの里に行った事あるんですよ」
「…そうか」
リオレオンは、あまり会話する気はないようで、馬を先に進ませ僕らの先頭を位置取る。余計なことを言っちゃったかな。
そこからはただひたすらに馬に乗って進み続ける一日だった。本隊に合わせて進むのだが、僕らの通る道の方が悪路なので、馬を傷つけないように、疲れさせないように計画的に進む必要がある。リオレオンは特段地図などは見せてくれないし指示もない。周囲への警戒はトバリやフェリオが優れているので、ただついていくだけだ。日暮れ前に本隊が停止すると夕方までの少しの時間休憩。夜に向けた装備の点検が入る。夕刻に動き出した本隊は、昼間と比べて速度を上げて走り始める。リオレオンも一気に加速し、本隊の斜め前を陣取る。太陽が最後の光を影らすと、本隊の方で早鐘が鳴る。光る魔術を帯びた矢が放たれると斜め後方から迫り来る獣の近くに落ちて、一瞬その姿をはっきりと照らした。魔獣だ。
数匹の魔獣が一気に本隊へと迫り来る。まっすぐと。狙われていた。陽が落ちるのを待っていたのだ。
「いいから走れ!」
リオレオンが僕らに向かって叫ぶ。速度を上げる本隊に合わせて馬の速度を上げ並走を続ける。本隊は走り続けながら、その荷台に待機していた傭兵達が遠距離魔術を放ち、魔獣を追い払う。独特の銃声もした。ヴァネッサだ。
「先輩、やることないならこっち来て私の体支えてて下さいよ。揺れてしゃーない」
「自分でなんとかしろ」
「じゃ先輩も働いて下さいよ。あ、先輩の魔術ってその剣投げちゃうんでしたっけ?一回投げたら終わっちゃうんか。ありゃー」
ヴァネッサは次の弾を込めながら、イエンをおちょくる。
先行するリオレオンは本隊に迫る魔獣を放置して走り続けていたが、周囲の状況を眺め、何か確認を終えたのか、後ろを走る僕らに手で合図を送る。「本隊の方へ」そこからの切り返し、方向転換は早かった。斜め後ろへ、一気に本隊への距離をつめる。
「僕、遠距離の攻撃特にないんだけどっ」
「ボクもこの速さで移動しながらじゃな〜、うぇ、酔いそう」
「ならばオレの出番か!」
「この方向から魔術を放てば荷馬車に当たります」
馬から飛び降りて魔獣に斬りかかり、瘴気の噴出で荷馬車に飛び乗る。行けるか。ウルクに瘴気をこめると、すぐにその場で霧散した。
(「ふっ」)
ウルフ、いやヒョウエが邪魔をする。
「よっし、一匹ぃ」
ヴァネッサの放った銃弾が、魔獣の額に命中し、そのまま足をもつれさせて後方の闇に消えていった。が、それを飛び越えてより大型の個体が、荷台上のヴァネッサに襲いかかる。
「ぎゃー!」
その鋭い爪を光らせる魔獣の腕を、イエンが黒い布を巻いた騎士剣で払う。
「なにをやってるんだ」
「うえー、先輩ありがとう。まぢ感謝っす」
「まだ終わってないぞ」
イエンに腕を振り払われた魔獣は、再び速度を上げて近づいて来る。そこへ前方から矢のようなものが横切ると、魔獣の耳をちぎった。矢はロープを牽引している。
リオレオンは特殊な矢を放ちおえると、それにつながるロープを馬具に引っ掛けて固定した。地面に落ちた特殊な矢は撥ねては金属音を鳴らして引きづられている。耳を撃ち抜かれて怒る魔獣をよそに、リオレオンは別の個体に矢を放つ。また魔獣の顔面横を抜け、ロープに繋がれた矢を牽引する。その間にも他の傭兵達が放つ魔術によって、襲って来る魔獣の数は減っていく。
「こんなものか」
そう言うと、リオレオンはまたもロープの付いた特殊な矢を構えて、自分が耳を抉った魔獣の足元に放つ。今度の矢はロープを牽引していない代わりに、魔獣の足元にロープを展開し、魔獣の足を引っ掛けて突き刺さった地面に固定した。疾走の勢いのまま足をかけられた魔獣は不自然な格好で地面に叩きつけられる。それで荷馬車を襲って来た魔獣数匹は全て撃退された。その事を確認するとリオレオンは牽引していたロープを回収し、自分の鞄に仕舞い込む。
「戻るぞ」
特になにもできなかった僕たちに対しても、表情を変えずに、再び荷馬車と距離を取った並走に戻っていく。
夜中、真っ暗でほとんど何も見えない状況の中で、再び魔獣の襲撃を受ける。今度は本隊とは距離をとった僕たちの方へ。リオレオンがロープを牽引する特殊な矢を放ち、足をかけて転ばせる。魔獣の群れの合間を縫って終始位置取りを変えながら、時に魔獣に接近し、剣よりも短い鉈のような特殊な魔具で直接魔獣を攻撃する。その動きを真似ながら、なんとか僕らも魔獣を払い退ける。襲われている僕らに対して、本隊は速度を落とすことなく、援護するでもなく先へ進んで行く。それを必死に追いかける。そうやって精神を張り詰める夜を走り抜ける。
朝方、陽が登ると魔獣の襲撃は止んだ。色々聞きたい事があって、リオレオンに話しかけるが返答はない。少し距離を詰めて覗き込むと、彼は馬に乗ったまま目を閉じて、眠っているようだった。主人が眠っている間も彼の馬は荷馬車本隊と一定の距離を保ちながら、僕らを先導した。ねむい。
気がつくとボクはトバリに背中を預けて眠っていたようだ。見上げるとトバリがボクの顔を覗き込んだ。僕らの顔の合間に影ができる。陽が高い。
「何か飲まれますか。先ほど停車時間があったので、水を汲んでおきました」
「ありがとう、起こしてくれてよかったのに」
いっぱいになった水筒を受け取る。乾いた空気に冷たい水がおいしい。周りの風景は粉塵だらけのフーモから、地面には岩が露出した場所があったり、遠くには緑が見える風景に変わりつつあった。
「フーモを出て、ガラーの近くを通り、カロス国の辺境へ入る行路との事でした」
「そうなんだ」
ガラー方面ということは、だんだんと山深くなっていくのか。そうなれば視界も悪く魔獣の対処も難しくなるだろう。
相変わらずリオレオンは僕らの前方を毅然と進んでいる。
大変な仕事だ…。




