⑥ー3燻る
3 燻る
「そんじゃ、始めんぞ」
それは生前、刀鍛冶の仕事を始める時に誰にともなくかける言葉でもあった。
「うん」
飛行船の船室。他に誰もいない、ほとんど明かりもない部屋で対話する。
スズリヤ・ヒョウエ。ウルクに憑いた刀鍛冶の亡霊、“刀の錆”。
ウルクを握って、がらんどうの部屋に座る僕。ふぅー…。呼吸を整え、全身の状態を把握する。
「まずは体の使い方の基本だろうな」
ヒョウエがそういうと、ウルクから瘴気が噴出して、それが人の形を形成する。細部まで形作られたその表情が瘴気の中から顔を出す。
「何これ!?誰?」
「オレはどうやらお前さんが瘴気と呼ぶこいつを少し手繰れるらしい」
ディケでの戦いの最後、半魔獣化出来たのはヒョウエが力を貸してくれたからか。
「朴念仁。五葉の型っつう武術を作った男がいてな。そのずっと弟子を辿ってオレが知るのがこの真青だ。はじめ朴念仁の方を造ろうとしたが、どうやらオレのしらねぇ奴は造れなんだ」
瘴気で作られた影人形の真青は僕に向かって拳を合わせて挨拶をした。エルフの聖域で襲われた影達とは違って、どこか人当たりのよい表情が汲み取れた。しかしその柔らかい微笑のまま足をすっと引き、僕に向かって構える。
「えっと…、ヒョウエ。僕に剣技を教えてくれるんじゃなかったっけ?」
彼は僕が瘴気に頼った戦い方をするのが気に入らないらしい。あと今はウルクとなった元刀。彼が生前に造った刀の使い方が悪いと、散々、耳元で文句を怒鳴られた。
「だぁほぅ!!まずは体の使い方がなってねぇっていってんだ!」
「わかったから怒鳴らないでって…」
刹那、真青の突きが腹に食い込む。普段なら反射的に瘴気を巻いて防御するところが間に合わなかった。今日はやたら動きが重い。ヒョウエが邪魔をしてるのか。
「根性叩き直してやるぜ」
むかつく。ウルクを床に投げ置くと、真青に向かって構える。
真青の連撃はとどまる所を知らず、一昼夜にも感じられる時間、ボコボコにされ続ける。
剣を使わない戦い方をほとんど知らない為、普段の動きに、剣で切り込む所を“凸で置き換える、という組み立てにしようとしたが、真青の流れるような連撃にそれをさせてくれる隙はない。百万回殴られて二、三こちらから仕掛けてみたが完封される。策が尽きて朦朧とする意識の中で唯一できるのは真青の動きを真似る事だった。こちらからの動きはまるで無駄。できるのは真青の攻撃の型を真似てそれを合わせる事で少しでもボコられの回数を減らすことだ。
「ほぉ…」
これに何の意味があるのかわからない。ただ真青の攻撃を反芻して返して、でもただのマネだから当然こちらの方が浅い。たまに五分五分になる瞬間があって、一回殴られるのを防げるだけ。でもあんまりボコられるもんだから嫌になってとにかくやられる回数を減らしたいが為に真青の動きを見る。見て真似る。真似て真青からの攻撃にあてる。タイミングが合えばたまに防げることがある。でも真青の攻撃はそこで終わらないからまた殴られる。
その間何度か飛行船は着陸して、給水や物資の補充などの仕事があったはずだが、トバリが気を利かせたのか、僕のいる部屋には声がかからなかった。一旦、作業休憩が欲しかった。何日も続いているのだから、眠っている時間があるはずだが気絶しているようで、よくわからない。体が痛く、だるく、重くなっていく。
とにかく真青にボコられる時間が続き…、いつからか僕と真青の動きは一致した。
ピタリと殴られることがなくなると、同じ真青の動きで撃ち合っては止め合う時間が続く。不思議だ。すごく感覚が鋭敏になって、台本も無く僕と真青が打ち合ってみせる。その奇跡の連続が面白くなって気分が高揚すると、トバリとの舞踏のステップを思い出し、アドリブで入れ込む。真青もそれに対応してくるが、ある一瞬、足をかけられたようにつまづく。流れが途切れないように、この舞台の熱気が醒めぬようにと取り繕うように差し伸べたこの手は凸となって真青に放たれる。僕の拳が真青の体を貫いたことによってこの打ち合いは終わった。
瘴気となって消えていく真青ははじまりとは違う、本当の笑顔を見せてくれる。
「…次を始めるぞ。剣を取れ」
「趣味が悪いぞ、こんなの」
「うるせぇ、オレは武闘家でも剣士でもねえんだ。おまえさんを鍛えるとなったら、誰かの手を借りるしかねんだ。それもよく見知った顔のなぁっ。無駄骨にしたら承知しねぇぞ!」
「わかってるよ」
床に置かれたウルクを手に取ると、再び瘴気が人形を形作る。
その人物は一本の刀を手にしていた。
「ジン・グレン。吾妻最強の剣士だ」
その人物は脱力しているようでいて、背筋はスッと通っている。騎士とも違う立ち姿でこちらをチラリと見る。ヒョウエの言ったアガツマはおそらくアズマのことだろう。ヒョウエ生きた昔のアズマで一番強い剣士。ヒョウエが魔術を毛嫌いしているからには騎士とは違って魔術を使わないのだろうか。
「いいか、構えるな。構えた途端に切られて終わるぞ」
「また素手で戦うって事?」
「いや、ここからは刀の使い方だ。おいらの刀を使っていい。だがな、仕掛ける前、構えるずっと前に、どう斬るか考えろ」
「ん?どう動くかをイメージしろってこと?」
「まあそんなもんだ。やってみろ」
真青の動きを取り入れたおかげで攻め手は大幅に広がった。瘴気の噴出を使った疾走がなくても、相手がどう反応しようがウルクで斬り込むところまで持っていけると思う。
踏み込んで、近づいて、相手がどんなに速く反応してきたとしたって、かわすいなす抑えこむなりして、体制を整えてウルクで斬り込む。までは行ける。
「できた」
それと同時に僕の首はジン・グレンに落とされた。
景色がひっくり返る強烈な目眩を感じながら落ちると全身に痙攣が走って元いた場所に引き戻される。
「!?」
恐る恐る首筋をなぞると、まだ繋がっているようだ。
「わかったか。今のは勝ち筋じゃねぇな」
今のは何だ。部屋の端にジングレンは依然として立ち続けている。一歩たりとも動いていない。では今、首を斬られたのは?錯覚、魔術?いや、ジングレンは瘴気で作られた虚像だ。魔術は使えないはず。そもそも動いてすらいない。じゃああの感覚は僕の?僕のイメージか?こちらからの攻め手が自らの死につながっていた。いやまだだ。もっと速く、無駄を削ぎ落として、確実に凸を決めれば…。
踏み込みと同時に、ジングレンの刀は僕の喉元を突き刺した。
幾度となく臨死体験を繰り返す。
真青の時の肉体的な疲労とは違い、今度は精神が削がれていく。床に倒れたまま立てなくなり、そのまま眠る。流石にぶっ続けというわけにもいかないと判断したのか、ヒョウエもジングレンを引っ込めた。きつい。グラグラと揺れる意識の中に落ちる。
「アルクは?」
「まだこもっているようですね」
「今日も何も食べてないよ」
「そうですね」
ある程度の状況を把握しているトバリに対して、ヨルは不安そうな顔をする。
「大丈夫ですよ、彼は」
「うーん」
意識が揺らいで、自分が起きているのか眠っているのかも分からない状態で、ただ寝そべった床に耳を当ててぼーっとしていると、足音が近づいてくる。部屋の外、力強い。船員にしては…硬くて重い音。甲冑?慌てて立ち上がろうとしてバランスを崩した先で固い物にぶつかって支えられる。甲冑の騎士が部屋の中に立っている。誰だ?顔には靄がかかっていて認識できない。だがこの黒い甲冑、そしてスラリと構えたエルフの剣。ガラーの聖域で僕を助けてくれた騎士だ。なぜここに?
「あなたは…」
僕の言葉を遮るように騎士は両手で騎士剣を握ると、僕に打ち込んでくる。咄嗟にウルクで受ける。軽い剣撃。受け止めると、次はより速く、強い剣撃を繰り出して来る。二回、三回と数を重ねてより速く、重く。反応速度を見るや、今まで相対したことのない独特のリズムや技を組み込んでくる。僕は必死でそれらの剣撃を受けるが、ジングレンと違って、殺意のようなものは感じられなかった。この打ち合いの感じ、タローさんに少し似ている。ドアのノックの音で目を覚ますと、あの黒い騎士は消えていた。でも確かに手には独特の撃ち合いのリズムが残っている。
「…アルク?」
「あ、ごめん。ヨル?」
「あのね、その…邪魔してごめんね」
「いや、」
急いで立ち上がって部屋の扉を開ける。
そこには不安そうな顔で僕を見上げるヨルがいた。
「ごはんを、一緒に食べたいの」
「…うん、ごめん。そうだね、僕も一緒に食べたい。そのために頑張ってるんだもん」
「うん!」
ヨルと一緒に部屋を出て廊下を進む。そうだよな。転生者や敵と戦ういつかのための準備も大切だけど、それってこんな今を守り続けるためだもんな。大切にしたいことを大切にしないと。
「おヒゲ…」
「伸ばしてるの。かっちょいい?」
「…嫌」
まずは身だしなみを整えよう。




