⑥ー2鳥
2 鳥
「よっこらせっせ」
飛行船から降りてきたフェリオが、魔術で編んだ綱で投擲男を縛りあげる。
「むんっ」
僕の横に立ったエミスは何を言うでもないが眉間に眉と鼻を集約したような独自の表情で反感の意を表明している。とてもその辺に転がった騎士の剣を貰っちゃえばなどとは言えない。
「これが勇者、いや転生者か…?」
投擲男を覗き込んだイエンは疑問を呈する。
ヴァネッサはイエンの鍛え上げられた腕と投擲男の腕とを見比べて茶化す。
「うわー、凄腕」
ベタベタと触ろうとするのをイエンは音がするほど腕を振って回避する。
ほとんど砂嵐のような砂塵の中、船の方を見ると、トバリがかすかに頷くのが見えた。今回はこのメンバーで偵察ということでよいらしい。確かに眼前に構える古城の内部がどういう状況かわからないし、転生者もいる。飛行船内にトバリ、ヨル、シャッツ、シーラ、ゼン、船医を残して、僕ら五人で古城を目指す。(あ、ちなみに例の如くトリトンはどっか行った。)
「なんだ!貴様らは」
城壁の前に立つと上から声が降ってくる。
「捕まえてあげたよーん」
フェリオが投擲男を縛った綱を持った手を挙げて答える。そう言えば髪色を隠してもいない。城壁の上で審議が始まる。
「しっかしホントに転生者なんですかね。何と言うか…俗っぽくないすか?」
気を失ったまま引きづられる投擲男は、確かにこの世界の住民と言われても違和感がない。いや、今までの転生者達に何か明確な見た目の違いがあったわけではないのだが。何というか…、雰囲気?異質感がない。食べ物の違いだろうか。
黙って扉が開くと、憮然とした表情の男達が武器を持って立っていた。訓練を受けた騎士ではないようだ。統一感のないノーブランドの魔具。中には例のお手軽銃「ピークアップ」を持つ者もいる。すなわち魔術教育を受けていないと言える。
「入れ」
男達に囲まれ、ほとんど連行されるように城内へ進み入る。
通路には物や人が区切りなく雑然と配置している。一時的な避難所のようでいて、たまに窓や開けっぱなしのドアから見える洗濯物や食料備蓄の様子から年季の入った生活感を感じる。
奥の広間、おそらく元は祈りを捧げるための教会だったであろう場所に作戦本部が置かれていた。
僕らを連行していた男の一人が、椅子に深く腰掛けた老人に向かって小走りで近づいていって耳打ちする。老人はごちゃごちゃに伸びきった髭の合間で口をゴニョゴニョする。それを聞き取った男は僕らに向き直って背筋を伸ばす。
「我々は人魔共存の為に戦う義勇軍である!」
「なんだー急にぃ、びっくりしたー」
フェリオのツッコミは無視して、男は憮然とした表情で続ける。
「貴殿らは噂に聞く“黒き空賊団”か」
そんな噂が出回ってしまっているのか。確かにディケではずいぶんたくさんの人たちと関わったし飛行船の存在も知られた。ただ、教会側に移動手段が知れてしまったのは痛いな。
「違うっ!俺たちは“黒の団”だ!」
エミスが訂正を入れると周りの男達がヒソヒソ話出す。
「いや、いいよ細かい呼び方は」
「おほん。教会國の傀儡たる自称勇者と戦う物同士、諡号同担するところもあるだろう」
「…なんて?」
「わからん」
「同志となり共に戦うというのであれば、歓迎しよう」
僕らは顔を見合わせる。なんというか、彼らには独特の空気があって怖かった。人魔共存。その言葉の解釈はどうなっているのだろうか。安易に同調も反発も出来ない。話をそらそう。
「僕らはたまたま通りかかっただけでして。ほらこの男。必中の勇者とやらが現れて、魔族を襲っていると聞いた物ですから」
周囲に集まってきた古城の住民たちを巻き込む形で男は演説のように声を張る。
「我々も教会國のそういった活動を危惧しているのだ。先の魔王によって保たれていた世界のバランスが乱れ、人の心は慢心している。それに漬け込んで教会國は一強支配を広めようとしているのである。我らは立ち上がらなくてはならないのだ」
「んー?」
男の演説が続く中、周囲の雑踏から一人、フェリオが引きずってきた投擲男に近づいて顔を覗き込む。
「こいつは…」
「知ってるんですか?」
「傭兵ギルドで顔を見かけた事がある。乱暴狼藉かなんかでお尋ね者になったとか何とか聞いたような気がするが…、いや、わからんな」
フードを頭に被った男が顔を上げるとアクセサリーに飾られていてはっきりとは見えなかったが、特徴的な耳の形をしていた。エルフだ。
「どこの誰なんです?やっぱり転生者じゃないってことか」
「知れねぇな。オレはただの傭兵だからこの辺りの事情にもそう詳しくはない。…ただ、ちょうど契約期間も終わって傭兵ギルドへ帰るところなんでな。よかったらこいつを連れていってやってもいいぜ。おまえさんら訳ありだろ?」
もし彼が本当に転生者であったとしたら、離れるわけにはいかない。そんな不安をもって仲間たちと顔を見合わせると、意外にも皆、このエルフに投擲男の身柄を引き渡すことに賛成のようだった。
「決まりのようだな」
「よろー」
フェリオが手綱を渡す。
「よろしくお願いします。くれぐれも気をつけて」
「新たなる魔王を擁立して、世界に均衡を取り戻すのだっ!」
演説は僕らを置いてきぼりにして男たちだけで盛り上がっていた。
「帰ろうか」
「あんまり長居したい場所じゃなかったすねー」
帰り道、まだ城内で人もいるのにヴァネッサは臆面なく言い放った。
「でもよかったのかな、投擲男、おまかせしちゃって」
「ずっと持っとくの邪魔だろー」
「おそらく傭兵ギルド内で懸賞金でもかかっていたのでしょう。少なくとも換金のためにギルドまで連れていってはくれるはずだ」
イエンが口を開く。傭兵ギルドの事に詳しいのだろうか。
「あの傭兵の人、エルフだったね。レッタの知り合いかな?」
「お知り合いのライトエルフでしたか?傭兵の男はおそらくファイトエルフだ。傭兵を生業いとするものが多い。それゆえ彼の話はある程度信用できる」
「つまり?」
「損得勘定で動く。裏は無いと見ました」
さすがイエン先輩、頼りになる大人。
まあミスチョイスだった場合は僕がトバリに怒られるんだけどね。
こうして僕らにとってのフーモ偽勇者騒動は幕を閉じた。
鳥が旋回する。
日差しを遮り、影を落とす、飛行の力学。
直下の岩に腰掛けた男は、背丈ほどの長さの杖を肩にもたれ掛けさす。
「くだんの者はマークした。これでどこに行こうが追跡できる。しかし、然り思いの外早く倒されてしまったものだ。欺者、ということで」
誰にとなく話す男の傍に、一羽の鳥がとまる。よく見るとそれは精巧な作りの魔術鳥であった。
「事は済んだ。…はて、しかし、異教徒どもは片付けておくとするか」
男が両手で杖を掴んで、それを支えに立ち上がると腰に敷かれていたマントが風にたなびいて一気に広がる。教会、そして聖騎士の紋章。手にした杖は神器“トルトーン”。その先端から、まるでパズルのピースがバラバラに解れるように増えながら風に舞う。その一つ一つが意図をもって形成し、魔術鳥の大群が昇っていく。無機物が有機的に動き出す様は、気持ち悪く感じた。飛び交い錯綜する。魔術鳥の大群となったトルトーンは、男が振るう杖の合図で一斉に古城へ突撃する。その攻撃形態は先の投擲男が投げていた楕円形の球そのものであった。圧倒的な数で、単なる投擲よりも場内のずっと奥まで飛来し、襲う。悲鳴は羽音にかき消される。




