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士獅十六国物語 〜“黒”の転生者狩り〜  作者: ホラナカチリ
⑤【重なる声と灯火】

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⑤ー16らしさ

16 らしさ


 「…いくよ」

 「おう!」

 「りょー」

 陽が落ちる。魔獣流が始まる。低いとことから瘴気が濃くなり、遠くの呻き声や足音が近付く。

 それでも、斜面を上がる聖騎士リヒト・ルーチェの歩調は変わらない。ただ一歩一歩、確実に近づいてくる。

 「まずは色々試すねー」

 フェリオが両手の杖を宙へ放ると、それぞれに違う魔術が発現し槍となってリヒトへ放たれる。

 それをリヒトは一振りで薙ぎ払う。微妙に着弾にズレがあったその瞬間、刀身の光が複数にダブって見えた。

 「やっぱ相性どうこうの問題じゃなさそうだなぁ…、ぼく足引っ張るから、ふたりで行ってみる?」

 足を引っ張る?フェリオは元々後方からの魔術攻撃っていう役割分担だろ?その疑問はフェリオの次の魔術を見てすぐに納得した。

 杖を使わず両手を組み合わせる。その詠唱は断片的な言葉を延々と積み重ねていくお経のようだった。続け、積み重ね、廻る。

 「悪手喝采」

 魔具を用いない魔族としての魔術。足元の石が揺れ、返され、押し上げるように地面から手が生える。ぬらりと照りのある陶器のような質感の片腕。それが僕らの足元からリヒトの所まで。おびただしい数の腕が異常成長する植物のように一面に生え広がる。

 「しゃ!」

 エミスがそれを合図に一気に斜面を下って行く。圧倒的な魔術に目を奪われて出遅れた。僕も後に続く。

 フェリオの魔術の手はリヒトの体に縋りついて動きを抑える。そこへエミスが勢いそのままに燃える剣で突きを放つ。

 それを先ほどまでと全く同じモーションでリヒトは剣の一振りで弾き飛ばす。怯むな。その隙を狙って僕も正中線ど真ん中に突きを放つ。が、恐ろしい速さで切り返して来たリヒトの剣に防がれる。こちらの加速の勢いを完全に殺してなお余り有る力で押し返される。その剣の輝きはリヒトの全身に広がりフェリオの魔術を断ち切ると、その場でリヒトが踏み込む。

 刀身は多彩な魔術が入り混じり、幾重にも爆けている。

 その後方で、フェリオの手に掴んでもらって大幅な落下を免れたエミスが戻ってくるのが見える。僕はリヒトの一撃に備えて前面を瘴気で覆って防御の構えをとる。リヒトが僕に斬りつける隙にエミスが仕掛ける。悪くない位置取りだ。

 だが次の展開は僕の想定とは違っていた。フェリオの手が足下からエミスを押し上げる。飛び上がったエミスはリヒトの上を飛び越えると僕との間に斬撃を振りおろした。さらに下からはフェリオの魔術の手が湧き上がってきて壁を形成する。

 激しく散る光に思わず目を閉じ、衝撃を全身にくらう。やっと目を開けると、横にエミスも倒れこんでいる。光る方を見ると、リヒトは先ほどの場所で剣を構えて立っている。僕とエミスは吹っ飛んだのだ。防御した両腕が痛む。見込みが甘かった。エミスとフェリオの二人に守ってもらわなければこの程度では済まなかっただろう。三人がかりでも彼の一振りを防ぎきれなかったのだ。

 神器L-right(エル・ライト)。リヒトの構える剣は輝いていた。全属性の魔術を同時に、複合的に発現することが可能な唯一の魔具というのが、事前にトリトンから聞いている情報だ。魔術に疎いので分析はフェリお任せだが、とにかく刀身に常に濃密な魔術を発現し続けているというのはわかった。抜いてからずっと光ってるし。剣を組み交わすのは無理だな。

 策を考えている暇はない。リヒトは僕らのことなどまるで相手にしていない様子で、上へ上がっていく。とにかくあの剣を躱して、体に打ち込む。瘴気を噴出し加速する。一直線で最短距離を疾る僕を、再び振り払おうとリヒトが剣を握り混んだ瞬間に、横方向へ瘴気噴射、さらに踏み込んで死角へ回り込んで胴体を狙いウルクを振るう。一瞬で、まるで僕に吸いつくように現れたエル・ライトの刀身が目の前で爆ける。振り上げられた刀身を後ろへ飛んで躱そうとするが間に合わず、その切っ先が、僕がまとった瘴気を引き裂いた。後ろからフェリオの魔術に引っ張られる。それでも胸から肩へ切り裂かれた。完全に対処不能な二撃目をエミスが引き受けてくれる。一瞬エミスが剣で受け止めたようにも見えたが、そのまま放たれた魔術ごと後方へ吹き飛ばされていく。その間に体を低い位置に保ったまま瘴気の噴出で間合いを詰めて放った突きも振り下ろされる刀身に阻まれ、僕はリヒトに蹴り飛ばされた。さらに放たれるリヒトの追撃を僕の瘴気とフェリオの手で逃げ、距離をとるので精一杯だった。

 「邪魔な魔術だ」

 そう呟いたリヒトは見上げたフェリオに狙いをつける。振り込むと、輝きと共に沸き立つような加速でフェリオに迫る。まるで斜面を板にでも乗って降って行くようなスピードだ。

 さらに最後の間の詰めかたは一段速度が上がる。一瞬でフェリオの目の前にたったリヒトは予備動作なしでフェリオの首を落とした。

 ボトボトとフェリオの頭が坂を下っていく。そのことにまだ気づいていないように立ち尽くしていた胴体もバランスを崩してバッタリと倒れる。その陰からフェリオが顔を出す。

 「うそぴょーん」

 「っ!?」

 咄嗟に斬りかかるリヒトの剣が触れるより前にフェリオの身体はバラける。周辺に生い茂る魔術の腕と合わさって複数人のフェリオが形成される。そして各々魔術を纏い始める。

 「じゃりきん…」

 「つちもちー」

 「びくにぃ」

 「みずうりー」

 想定外の魔族然とした高度な魔術に警戒し、リヒトは自身の足元に倒れた胴体から注意が離れていた。

 首なし胴体の頭の位置に生えた手が指で狐の顔を表すゼスチャーをすると、それはしゃべった。

 「パクパクパク(きっぱり)

 五曜魔術を纏った足でリヒトの身体は蹴り上げられる。周辺のフェリオも飛び上がり一気に空中のリヒトへ魔術を放った。

 体勢を崩したリヒトがこちらへ落ちてくる。僕はウルクの刀身に瘴気を纏うと、それをリヒトが落下してくる付近へ振り放った。攻撃の力は無いが、煙幕となって地面へ広がり上っていく。その中をフェリオの魔術の腕が這い上がる。煙幕の中いきなり現れる腕にリヒトの身体は押し上げられる。

 地面ではエミスが構えている。

 「びくに・呪解“炎上”」

 エミスは燃える刀身をその場で突き上げる。立ち登る炎は刀身を越え炎の槍となってリヒトを突き上げる。突き飛ばされたリヒトの体はそのまま山の下の方。魔獣流の黒い潮流へと落ちていった。


 「ふぃー、まずは一回」

 斜面上方、第六コロニーの縁でフェリオの本体がため息を吐く。

 「すごい。本当に聖騎士を追い払った」

 その護衛についたベルガモットが嬉しそうに声をあげる。

 「いや、まだだ」

 さらにその護衛のモンスが下方の魔獣流をじっと見つめる。

 「そらそうさー」


 漆黒の潮流に淀みができる。ちょうどリヒトが落ちた所だ。おびただしい数の魔獣達が獲物に覆いさっている。しかし、黒雲の中の稲光のようにバチバチと光が散る。海を割るように光が広がり、魔獣流が開ける。そこからリヒトが上がってくる。マントが破れ、中の甲冑があらわになったが、傷ひとつない。

 「全身ピカピカだな!あいつ」

 「なんでちょっと嬉しそうなの。これかなりキツいよ」

 僕らの聖騎士攻略作戦。決定打が見つかるまで、とにかく魔獣流の中に突き落とす。だったのだが、全然効いてないように見える。

 「まあやるしかないんだけどさ」

 「おうよ!」

 エミスと並んで斜面を駆け降りる。

 近づくとリヒトの眼光は先程までの侮蔑や見下しから怒りにシフトしているように見受けられた。

 「熱剣っ!」

 エミスが最高温まで高めた騎士剣で一閃を放つ。リヒトは地面に突き立てるようにエルライトを振り下ろすと、多彩に輝く刀身は複数に分かれ、壁となってエミスの剣を防いだ。僕は背後に回り込む。ワンパターンな連携は完全に見切られたおり、僕が背後に回ると同時にリヒトの次の斬撃が振り下ろされる。僕の移動範囲ギリギリの場所で待機していたフェリオの魔術の腕が僕を引っ張ってその斬撃を躱しつつ、体を支える。そう何度も打ち込めるチャンスはない。僕は全魔力をウルクに流し込んだ。その勢いのまま放った斬撃はリヒトの甲冑に阻まれたが、後から後から噴出する瘴気で刀身を押し込んでいく。若干リヒトの胴体を揺らしたような手応えはあったが、リヒトの次の斬撃を交わすために素早く身を引く。

 リヒトは甲冑の僕の斬撃を受けた部分を見るが、傷一つない。神器の剣だけでも厄介なのに、甲冑の魔具も一級品だ。僕の全力の一撃も通らない事がわかった。どっちにしろ今の一撃でほとんど魔力切れだ。でも、仕込みはできた。今の一撃がもし甲冑の継ぎ目にでも入ったらそれなりのダメージにはなるんじゃにかという認識と警戒は与えたはずだ。その証拠に僕の魔具を、ウルクを目で追ってる。なら今、ここから仕掛ける。

 リヒトの斬撃の射線を警戒しながら距離を詰める。エミスが相変わらず無尽蔵の魔力で熱剣を打ち込みまくるが、エルライトでいなされる。二人の間で爆ぜる熱気で目がチカチカする。

 「フェリオ、仕掛けるから回収お願い」

 「わかってらー」

 二人に向かって走り込む。僕へ向かうエルライトの剣先をエミスが防いでくれる。体勢を低くしてリヒトの懐へ潜り込む。ウルクを振りかざすと、先ほどのような一撃を警戒してリヒトは一歩引きエミスと僕との位置関係を取り直す。こちらの斬撃に対して防ぐというより薙ぎ払うような一振りに僕は抗わずウルクを手放す。ウルクは後方へ弾き飛ばされる。フェイクで振り抜いた右腕の力を抜いて、瘴気で固めた左腕に意識を集中する。

 「(とつ)…!」

 無茶な体勢ではあるがそれでも出来るだけ正しくまっすぐに突きをくり出す。

 リヒトの甲冑に当たる手応えと同時にその魔術の熱で手が焼ける。素早く身を引きフェリオの手に投げてもらったウルクを受け取る。瘴気で覆っていたとはいえ左手を火傷した。リヒトは依然として全身から魔術の輝きを放っている。

 「ダメだ、効いてない。もう一回」

 ひたすらに攻撃を続ける。攻撃の手が止まれば一撃で薙ぎ払われて終わる。

 息がきれる。心臓がバクバクして胸が痛い。腕も足もだるく、重い。それでも動き続ける。それでも二、三回甲冑に突きを当てたところで体力の限界がくる。動きが鈍れば即死だ。フェリオがその時を見極めて僕とエミスを腕で回収する。

 「おれはまだやれるぞー!」

 叫ぶエミスと僕は、魔獣流近くまで一気に斜面を引き摺り下ろされた。リヒトはそんな僕らには構わずに上へ登って行く。

 「フェリオ」

 「だいじょぶよーん。はい、栄養栄養―。とにかく今は休むんよー」

 腕達はどこから運んできたのか食べ物や飲み物を盛んに勧めてくる。

 「わかった。やばくなったらすぐ呼んでね」

 「りょー」

 「ふがふがふがっ!」

 エミスは戦闘中のテンションを維持したまま食べ物を詰め込んでる。


 「さーて、踏ん張りどころねー」

 フェリオ本体は襲来するリヒトに備えて立ち上がる。

 「永久、心を捧ぐ 永遠、命の巡り…」

 魔術紋様が浮かび上がったフェリオの右目のまぶたを閉じるように、ベルガモットが手を置く。

 「ダメよ、それは。自分を見失ってしまったら、戻って来れなくなること、あなたもわかってるでしょ」

 「むー」

 フェリオが不満げな顔を向ける。

 「今は休んで。貴方もね」

 そう言うとベルガモットは自分のローブを羽織り直した。それを見て、モンスはやれやれと言うような様子だったが、制止することはなかった。

 「私が時間を稼ぎます」


 第六コロニーの縁の近くまで登ってきたリヒトの前にベルガモットが立ち塞がる。正確には彼女は浮いていた。

 「また魔族か。一体これはどういう企てなんだ。まるで無駄だぞ」

 「あら、そんな事はやってみないとわからないじゃない。少なくとも私はこちら側に賭けたわ」

 「…。」

 リヒトに会話の意思はない。ただ黙って降りかかる厄介ごとを拒絶するように剣で薙ぎ払った。その不快感の乗った一撃で地面が大きくえぐれたが、ベルガモットは空中に回避した。

 古いエルフ語の詠唱。直後、重たい空気の塊がリヒトにのしかかる。

 空気精霊エアリーベル。その使役によって、ベルガモットは空を手繰る。

 剣で狙いをつけるリヒトに対してさらに空気圧をかける。

 「精霊殺し」

 リヒトは手首の少しの捻りの動きでエルライトから魔術を放つ。目には見えない次元で空気の重みから解放される。その構図はまさしく人対魔族の戦いの歴史でもあった。

 「砲」

 ベルガモットが空中自在の身のこなしに合わせて圧縮した空気の塊を放つ。剣と甲冑にかき消されるが、位置を変えて放ち続ける。その動きは武術の型と上手く混じっている。動き回るベルガモットに狙いを定めきれずにいたリヒトだったが、苛立ったように剣と地面に突き立てるとそこから周辺に魔術が爆ぜ広がって彼女の連撃を遮った。しかしその直後の一瞬でベルガモットは距離を詰める。

 「毒」

 ベルガモットの手がリヒトの口元にかざされた。吸い込む空気を毒に換える魔術。顔をしかめたリヒトだったが、逆にベルガモットの首を掴み上げた。

 「…賊物が。貴様らごとき蛮族の穢れた術が、聖騎士に通ずると思うなよ」

 リヒトの手がベルガモットの首に食い込む。その手にはめた魔具の輝きが肌を焼く。

 「とぉーつ!」

 猪突猛進で突っ込んできたモンスの突きがリヒトの腹の甲冑で止められる。モンスの拳が焼け、しかしリヒトが一瞬ぐらつく。その隙にベルガモットは拘束から逃れる。

そのまま距離を取るという選択肢はふたりにはなかった。

 モンスは全身に魔術を巡らせる。たぎる筋肉に血管が浮かび上がる。

 (「娘のことは頼む」)

 かつて孤独だった不安や怒りを、暴力でぶつけた。暴力だけが自分を生かした。そんな自分を諫め、導いてくれた恩人の、たったひとつの最後の頼みごとは今、こんな世界での生きる灯火となった。

 「これ以上、私から奪うな」

 リヒトが振り放つ魔術の輝きを、モンスがひとりで受ける。増幅する剣身と幾重にも押し寄せる魔術がモンスの四肢を断裁する。

 地面に崩れ落ちるモンスの陰でベルガモットがゆっくりと目をひらく。

 「よくやりました、モンス」

 合わせた指で円を作る。それは異なる次元の断層を超越する魔術。あるいは裏世界へ通ずる門。

 「空気精霊(エアリーベル)アンチャーティドゼロ」

 圧縮空気の砲とは違う空間ごと捻じ曲げしまうような衝撃がリヒトに直撃する。

 弾き飛ばされたリヒトが空中で体勢を整えるよりも前に、長―く伸びたフェリオの魔術の腕が首根っこを掴んでさらに放り投げる。そのまま魔獣流へ落ちていった。

 「魔術とはよく相談しながら使わないとね」

 フェリオへメッセージを送りながら、魔力を使い切ったベルガモットはその場にへたり込む。手足を失ったモンスに遠慮なく体を預けている。

 「姫様、」

 「無事で何より」

 その屈託のない笑顔に、モンスは敵わない。


 フェリオの肩に勢いよく両手が乗せられる。

 「なんだよきみー、中の警備じゃなかったかい?」

 「いいの!こうなったらもう、やるしかないじゃない。姫様もモンスも出ちゃったんだからさ」

 息を切らして第六コロニーの下層から駆け上がってきたのはリモネンだった。

 「私の魔力を君にバイパスするから」

 そう言ってフェリオの肩に手を置いたまま集中し始める。

 「勝って」

 「へいへいよー」


 ゆっくりと、息を吐く。

 立ち上がりながら自分の身体の状態を確認する。うん、まだやれる。

 隣でエミスも準備運動をしている。

 フェリオが中継してくれていたので、状況は把握している。

 あとはもう、僕らで決めるしかない。

 ウルクを握り直して、魔獣流を見下ろす。相変わらずリヒトが無傷で上がってくる。

 「ちなみにだけど、いい作戦思いついた?」

 「特にはないかなー」

 「おれが倒す!」

 「オッケー、行こうか」

 僕らが近づく前から、リヒトのエルライトは魔術で膨張している。三度(一回目はトリトンのオマケだが)魔獣流に落とされるというのは聖騎士の彼にとって屈辱だろう。あの魔術の一振りで三人まとめて即死の量だ。その足下で地味にフェリオが魔術の腕を足に引っ掛けてみたりしているのも彼の怒りに油を注いでいる。だが怒りは大振りを誘う。向こうから攻撃してきてくれるなら、こちらはそれに合わせていく。しっかりと相手の初動を見定める。

 リヒトの薙ぎ一閃。山の斜面ごと大きく抉る一撃。足元からフェリオの腕達に押し上げてもらい空中へ躱わす。そのまま溜めもなく次の一閃を放とうとするリヒトの地面が抜ける。フェリオ“お手”製の落とし穴である。流石に踏ん張りが効かずに二撃目は回避することができた。僕とエミスで左右から距離を詰める。

 ヒットアンドラン。リヒトの魔術の輝きとは裏腹に、深夜にただひたすらに泥臭い戦いが続く。一撃食らえば致命傷の張りつめた緊張感の中を何往復しただろうか。空がしらみ始めた頃、とうとう体力も使い果たして倒れる。身体の重さも痛みすらも感じなくなった。ただただ空っぽになった。離れたところでエミスも倒れこんでいる。

 そんな僕らにうんざりしているのか、悪態かなにか呟きを残してリヒトは構わず上へ登っていく。ただそれが当初の目的であったから。もはやこの戦いのゴールがわからなくなっている。彼の魔術に対する決定打はなく、体力すらも無尽蔵のようだ。何度やったって、こうして地面に転がされている。

いいさ、何度だってくる敗北にはもう慣れた。

 だから何度だって、這いあがるだけだろ。動け。

 立ちあがろうとする僕の体を支えようとしたフェリオの魔術の腕にヒビが入って割れた。フェリオも流石に限界のようだ。支えを失って僕もその場に倒れ込む。

 動け。動け。

 (「行けば死ぬぜ」)

 いつもはうるさいウルフの声も、今はないよりマシに感じられる。意識を保て。動け。

 (「効かなかっただろうが、例の体術はよぉ」)

 できることをする。

 (「付け焼き刃でどうこうしようってのが気に食わねえな」)

 やれるだけのことはやる。

 地面に顔を擦り付けながら、それでもリヒトを目で追う。別の策を考える思考も停止していく。動け。動け。動け。

 (「…。」)


 「同じ刀を二本打てとはどういう了見だ。おいらの刀は予備が必要なほどやわじゃねぇぞ」

 「うるせぇぞヒョウエ。お前さんわかってないねぇ、このオレのひらめき、剣聖の領分ってやつがヨォ」

 「自分で言う奴があるかボケェ。バカも休み休み言いやがれってんだ」

 「いいかヒョウエ。刀ってのはな、片腕で振れるんだよ。それがわかるかい、お前さんによ」

 「あ?」

 「だからよお…」


 「「腕は二本ある」」

 ジン・グレン。かつて剣技を極め剣聖と呼ばれた男の道と、なぜか重なる。

 姿かたちを失ってなお、硯屋ヒョウエは思考する。刃の極致を。

 動け!

 刹那、リヒトの前に立つ。

 彼の驚きよりも、僕の方が動揺している。

 立つのもやっとだった足は瘴気に包まれ魔獣のような体毛で覆われている。

 (「多少覚えはある。今回だけだぜ」)

 両腕も瘴気の体毛で覆われている。手足のみ部分的にあの時の魔獣化が現れていた。

 拳を握り込む。

 この一撃はきっかけにすぎない。

 あの吸い付くようなリヒトの反応が一拍遅れた事は、僕ら三人とベルガモットとモンスの攻撃の蓄積があったからに違いない。

 ともかく僕の最後の突きは、“凸”になったかどうかはわからないが、リヒトを倒した。

 倒れた体を残り少ないフェリオの腕と駆け寄ってきたエミスが押さえ込む。傍らに落ちた神器エル・ライトをエミスが拾って魔獣流の方へ投げる。朝陽にはけて行く魔獣流の中からギャオンと悲痛な声がした。あの輝きは見当たらないので魔獣に突き刺さったまま運ばれていったようだった。

 「…貰っちゃえばよかったのに」

 僕は全身の力が空っぽになって倒れながら言ってみる。

 「だってアレ、火の剣じゃないだろ!」

 「たぶん炎の魔術も使えると思うよ…」

 「そうなのか!?」

 散々戦って、何を見てたんだよ、エミス。

 名残惜しそうに遠くの魔獣流を二、三歩だけ追いかけるエミスの姿を最後に、僕は意識を失った。


 「貴様らぁ…!あってはならない。蛮族を前に聖騎士が膝をつくなど、あってはならない!」

 第六コロニーの住民たちに組み伏せられながらリヒトが怒りをあらわにする。

 「あってわならないっ…。賊物はすべからく処刑だ。マスタ・…」

 「それ以上はやめておきたまえ」

 現れたトリトンが槍を当てて意識を失わせる。

 「こっちは済んだようだね。うん。上出来だ」

 トリトンの完璧な笑顔が朝日に照らされる。


 二日目。

 第五コロニーを出て、ホマレは単身徒歩で居城を目指す。食料も馬も隠され他に移動手段もない、いるのは不気味な仮面連中のみで、つかずはなれずの睡眠妨害。

 出て行くしかないという誘導線上にのってくれた。

 二日目夜。

 徒歩で日暮れまでに別のコロニーへ移動するのは不可能である。

 もしも傍らにそう言ってくれる人がいれば、あるいはそれの反証で可能にできたのかもしれないが、実際には魔獣流に飲まれることとなる。

 襲いかかる魔獣は瞬時に噛み殺される。行先も見えぬ闇。ホマレは無傷で夜中、来た道を引き返す。魔獣たちに噛み殺される痛みも傷も死も、全て反証で無に帰す。しかし存在しなくなったそれらの記憶はホマレの精神に無傷の傷となって蓄積される。


 三日目の朝、第五コロニーに辿り着いたホマレは傷ひとつなかったが、その顔はひどく疲れ切っていた。コロニーを見上げるホマレを、その縁にずらっと並び立った仮面達が見下ろす。言葉も発せず、攻撃もしない。あるのは無言の拒絶の眼。

 その重圧に、とうとうホマレの心は折れた。

 「何よぉ…、なんなんだよぉー。ふざけんじゃねぇよ。来てやったんだろうが、わたしがぁ!なんでわかんねんだバカどもがよぉ…。こんな世界来るんじゃなかった。“もう帰る”」

 そう言うとホマレは自身の反証のギフトによってこの世界から退場した。


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