①ー8士獅十六国
①死と転生
8 士獅十六国
竜車の振動の仕方が変わった。
荷車の前、御者の方へ顔を出してみると、森を抜け、砂と岩の乾いた大地を走り始めていた。
「境界を越えました。ネグロ国領です」
御者が横目で僕を見ながら、教えてくれた。ジュアン国辺境にあった僕らの小屋を出てから、三日が経っていた。
「よかったら、これ、どうぞ」
そういって御者は、懐から地図を出して、僕に渡してくれた。
「ありがとう」
礼を言って、地図を開く。
僕は、幼い頃に父の商いに連れて行ってもらって、何度かネグロ国に来たことはあったが、今回は初めてのルートだったので、地図上に細かく書き込まれた中から、ルートを探した。
「外じゃ見づらいでしょう。中でご覧になってください」
外は吹きつける乾いた風が強く、日差しもまぶしかった。
「ありがとう。お借りします」
僕は荷車の中へ戻る。ムートは寝ているようだ。もう一度地図を開き、ルートを確認する。ネグロ国の主要都市には、後一日か、二日でつきそうだ。ネグロ国領に入ってから、走竜の速さが、一段階上がった。
ネグロ国は商業で栄える国家で、王を頂いていない。国家運営は、いくつかある商会の頭が寄合で決めるという。最も大きい商会の頭で、寄合を仕切っているのが、ムート・ネグロである。対外的にはムートが国の代表として、国王のような立ち回りをする必要がある為に、「ネグロ」を名乗っている。
「おう、ネグロに入ったか」
ムートが体を起こす。
「後一日か、二日で着きますかね」
「走竜の足には、ネグロの大地がよくかみ合うと言ってな、後一日もあれば着くじゃろ」
「それで速度が上がったんですね」
「アルク君は、商人の家の生まれだったの。普段は馬車かの」
「はい。ご存じでしたか。小さい頃の話ですが、その時は馬車でした」
「お父さんとも取引したことがある。今は別の商会と取引しちょるようだがね」
「すみません」
「いやぁ、謝るようなことじゃない。ネグロ国の商売は、自由だからのぉ。それがうちの売りだ」
ムートは快活に笑い飛ばす。
「しかしまぁ、士獅十六国か」
ムートは、僕の手元の地図を見て言う。
地図には、ラミ教の教典の文言が、大げさな書体で印字されていた。
『士獅十六国。かつて神は人をつくり、十六の国を与えた』
十六国と言っても、実際には、もっと細かい分割ができる国もあると聞くが、世界地図は十六分割で描かれることが多い。
「魔王がいなくなって、状勢も変わってきちょる」
「人界の領土は増えたんですか?」
僕は魔王討伐後、八か月も森にこもっていたため、社会情勢をほとんど知らなかった。
「フーモとディケは、人界と言ってもいいような状況になっとるよ。協会が人を送りこんでの」
「そうですか」
「これからどうなるかのぉ…」
ムートは遠い目をした。ネグロ国は商いで成り立つ国で、商売の上では人族も魔族も区別しない。実際、ネグロ国の国民の半数は魔族である。人界と魔界の、貴重な物品の交流地点となっている為、魔族の存在が黙認されている。人界に属していられるのは、ネグロ国の盛んな商業と、間に立って交渉するムート・ネグロの手腕によるものだ。人界と魔界との関係が悪化すれば、ムート達の国家運営は、より難しくなるのだろう。
「儲かるかのぉ…」
「はい?」
「儲かるならいいんじゃよ」
「…そうですか」
「ネグロで商いでも始めるか?」
「どうでしょう、これからのことは、まだ…」
「わしに任せておけぇ。立派な商売人に育てちゃる!」
「はあ」
それから一日、ムートによる商い講座を聞かされることとなった。僕は、結局は商人になる運命だったのだろうか。
遠くにネグロ国の都市が見えてきた。しかし走竜の進路は少しズレている。
「首都に向かうんじゃないんですか?」
「親父に、家に向かえと言われてます」
都市部から少し離れた岩場に、ムートの邸宅はあった。
「でかいな!」
エミスの感想通り、塀に囲われた巨大な邸宅であった。
「うー、酔ったー」
フェリオはずっと車酔いだったようで、ふらふらと歩きながらも、杖の先を噛んで、自身に回復魔術をかけていた。
「アルクさん、レッタさんを運ぶのを手伝ってもらえますか」
「はーい」
「大きなお家だねぇ」
「まぁ、好きにくつろいでくれ」
玄関に入ると、人界の物とも魔界の物ともつかない、豪華絢爛な品々が飾られていた。
「おかえりなさいませ」
「おう、そうじゃ、紹介しておこう。せがれのオーロじゃ」
「オーロと申します。よろしくお願いいたします」
金髪の整った顔立ちの青年は、皆に向かって深々と頭を下げた。顔をあげてからも、無表情で、何を考えているのか読めない。
「今、うちの商会はオーロがしきっちょる。何か必要なものがあれば、オーロに言ってくれ」
「…。」
「わしは酒飲んで寝る」
そういうと、ムートは、特に説明もないまま、奥の部屋に消えて行った。
「…。」
オーロは無表情のまま、突然の来訪者たちをみている。
「義父がお世話になっております」
そういうと、オーロはまたじっと僕らを見た。どうやらムートと僕らの関係性を探っているようだ。
「えっと、ムートさんには、僕らが大変お世話になっておりまして、というのも、」
「飯!」
「おふろー」
「ほかのお部屋も、見ていいですか?」
「…ご案内させていただきます」
関係を説明する前に、オーロは三人に連れていかれてしまった。
「アルクさん、私は家の中を偵察してきますので、レッタさんをみていてください」
「了解」
トバリも足早に行ってしまった。
僕はぎらぎらな玄関に、眠ったままのレッタと取り残された。
士獅十六国図
ラミ教『教典』冒頭部分
「士獅十六国。かつて神は人をつくり、十六の国を与えた」




