⑤ー15祭り
15 祭り
夕景。
部屋からでたホマレは肌寒さに上着を羽織り直す。
見れば空の色が段々と薄くなってきている。
背後で扉が閉じた。その音がやけに響く。
いや違う。外が異様に静かすぎる。
見渡す範囲に人影はない。護衛の騎士や労働者達の姿も、声も。
「え…」
自分のいる道の先。何かいる。微動だにしないので気が付かなかった。独特の仮面を被り体をマントで覆っている。置物だろうか。さっきまでそこにあんなものはなかった。不均整に作られた顔で、じっとこちらを覗いている。その視線の不快感に眉をしかめる。
「あなた…」
こちらが声を発する前、唇の動いた瞬間に、それは走り去っていった。
「何なのよ。ちょっとリヒトっ…」
文句を訴えるより前に、気がついた。
まだいる。
遠くの家々の窓の内。路地の陰。仮面がこちらを見ている。何をするでもなく。距離をとって、ただじっと。仮面達の眼がホマレに向けられていた。
「おもしれぇじゃねぇですか、旦那」
数日前。第一コロニー。
イエンと僕は、ウバのアジトを再訪していた。
「いやね、ちょうどオレらも文句入れようとしてたんすよ。仲間がずいぶんひでぇ目にあってるもんでね」
ウバの仲間を含め、第一コロニーから第二コロニーへ出稼ぎに出ている人がずいぶんいるらしい。その労働環境は過酷なようだ。肉体的な問題は転生者の人を蘇らせる能力によって超越され、その価値は希薄になり、心に異常をきたす者がでているという。
「治るって言っても、ありゃまるで別人だ。仕事に都合のいいように作り替えられてんだ」
「ごめん。僕らは正しさの話をしにきたわけじゃないんだ。みんなにとって何が正しいのか、それを議論している時間は、今はない」
視野が狭くなっているのかも知れない。転生者狩りの目的の為に、本当は必要な大事な時間を蔑ろにしてしまっている。そのことを横に立つイエンに咎められそうな気が勝手にして、彼の顔が見れない。
「いいさ。俺らもただ、俺たちの故郷で好き勝手されたくねぇって気持ち。ただ伸るか反るかって話にしようぜ」
「命の保証はできないんだ」
「そいつはいつだってそうだぜ、旦那」
一番星が輝く。坂道の階段を下っていく。
コロニーの中央に騎士達が集まっているはずだ。ホマレは降り注ぐ不気味な視線を無視してリヒトの元へ向かう。
街中央の集会場。以前この第五コロニーの連中達が楯突いてきた場所だ。
両腕で扉を押し開けると、中はがらんどうだった。灯りもついていない室内で、影が揺れると、彼らの表情が頭の中で一瞬チラついた。しかし自分の影だ。後ろを振り返ると、またコソコソとマントが物陰に隠れていった。
「黒の団?」
「はい。例の転生者狩りの連中がそう名乗っているそうで、第二でも噂が流れてます」
「ふむ」
部下の報告にジリンは目線をあげた。「黒」か。黒、黒髪。魔族を連想する色だ。カロスやラクスに奇襲をかけるあたり、並みの魔術師ではない。やはり魔族が関与しているのか。
「住民はほとんど気にしてませんがね。ただ、一部で人魔共存思想とやらと結びつける者もいるようですから、注意が必要かと」
「ここの住民達と心が通じ合っているとまでは思わんが、皆教会の教えの元で暮らしているのは違いない。下手な思想弾圧を行うほうがよっぽど住人の反感を買うことになるだろう」
「例の転生者護衛の件はどうしましょう。人数を増やしますか?」
「いや…」
情報は必要だが、自分の部下達をできるだけあの転生者に近づけたくない。そもそも不死身のギフトを持った勇者に護衛は不要だろう。労働者達の扱いを見ていれば、人員に出した騎士達がどんな目に遭うか想像に難くない。
「私の出番っすね」
「あ、お前いつから」
いつの間にか部屋に入ってきた騎士はまっすぐジリンの目を見る。
「情報は欲しいけど、部下達を危険な目に合わせたくないって感じっすね」
「相変わらず鋭いねぇ」
「隊長、そんなんだから出世できないんすよ」
「お前失礼だぞ」
「確かにねぇ面目無いね」
「…一理ありますね」
「君ぃ」
ジリン達は通常営業で話を続ける。しかし、彼女の目は本気だった。
「潜入、行かしてください」
「ダメだよ」
沈黙。しかし彼女は微動だにしない。
「私たちは、この国に対して責任があります」
「…あくまで任務だよ」
「だからこそです。この国に変化が訪れようとしてるのだとしたら、私たちは責任を果たさなければいけない」
「まったく、誰に似たんだか」
「隊長っす」
ジリンは自分を指さして部下に見せる。「僕ぅ?」
彼女は腰に挿した騎士剣を抜くと、ジリンの机の上に置いた。
「本気なんだね」
ジリンは静かに、しかし鋭い眼光で彼女を見る。
「はい」
「やめときなさい」
「止めてもいくっす」
ジリンの管理職パワーをものともせず、そそくさと部屋を出て行こうとする。
「君の…」
ジリンが背後から声をかける。変わった声色に彼女も足を止める。
「任務中、君の決めたことは私の命令と思いなさい」
「はいっす」
彼女は満面の笑顔を残すと、騎士団の詰め所を後にした。
夜が始まった。
魔獣流の呻き声にコロニーが包まれる。それから精神を守るには、街の明かりは余りにか細すぎた。街灯はところどころ、まばらについているが、人がいないので余計寒々しい。
正確には気配はある。不気味な仮面達の。付かず離れず。ホマレが移動するのに合わせて確実についてくる。しかし何か攻撃を仕掛けてくるわけでもない。目的が不明だ。仮面以外の労働者や騎士を探し歩くが、仮面の存在感と数の多さを実感するだけで徒労に終わった。
第三コロニーはヌワラ・エリア率いるマフィアが牛耳る街だった。
トバリのフェリオは彼の武器庫に潜入し、ピーク・アップと呼ばれる彼らの商材。銃の魔具を調べていた。
「粗悪品ですが、確かにクティ製の様ですね」
「でしょー。魔族が人に魔具を売るなんてねー」
「本家ではないでしょう。それに、本当にただ、商売上の付き合いだけと思いますね」
「そっかー。トバリならそこら辺の詳しい事情?知ってるかと思ったんだけどなー」
「私は見たことのない製品ばかりです。いくつか危険なものもありますね」
「だしょー?アル蜂の巣になるとこだったよねー…、ごめんなしゃい」
トバリの巨竜の爪のような眼光に、調教済みのフェリオは反射的に謝罪した。
第三から集められた労働者は完全にヌワラ・エリアの手下達であった。転生者とウィンウィンの商売関係を結ぶ彼らが今回の作戦に加わるはずもなく、真っ先に対処すべき相手であった。作戦開始の合図直後、事前の誘導で集められた第二の騎士達をトリトンが、第三のマフィア達をトバリが、早々に捕縛する。銃声の一発も許さない状況であったが、それらを事前に使用不能にしておくわけにはいかない。彼らから没収した銃の魔具が、仮面から仮面へ、手渡しされる。
深夜。
徘徊を終えたホマレは一旦最初にいた家へ戻った。
灯りをつけたままにしておきたかったが、窓の外から中を覗く仮面の顔にいちいち怯えなくてはならなかったので、暗くして、とにかくもう眠ってしまうことにした。
ベッドに潜り込んだ途端、銃声と窓の割れる音がした。
割れた窓から夜風と魔獣流の呻き声が吹き込んでくる。
「なんなのよ」
ホマレは足早に窓に駆け寄ると、反証のギフトで窓を直した。
銃声。窓の割れる音。家中にこだまする。自身を狙う攻撃の意図は無い。ただ、仮面達はホマレの滞在する家を狙って発砲を始める。
「私達は自分たちに出来ることをするだけです」
第四コロニーの住民の代表者達。そのほとんどが農家であった。彼らは少し渋い顔をして答えた。
シーラ、シャッツ。それに護衛のリナリル、リナロール。その来訪と問いに戸惑いを見せつつも、彼らは態度を変える事はなかった。
「くー、ダメだったな。説得失敗。彼らから作戦ばれちゃうかな」
シャッツは彼らをなんとか説き伏せる算段だったようで、悔しそうに熱弁に濡れた上着にパタパタと風を送り込んだ。
「ううん、大丈夫だと思う。なんとなくだけど、あの人たちにもやるべき事があって、それに誠実に向き合ってる感じがしたもの」
対してシーラは依然落ち着いた様子だ。
「でもさ、実際かなり厳しいよな。ほとんど転生者の味方じゃないか」
「味方っていうかさー。元々みんなで一つになってなんかしようって国じゃないんだわ」
「だわさー」
リナリル、リナロールははなから望み薄であるとわかっていたようだ。
「せめてオルド夫人と話せてたらな。あの人偉い人みたいなのに出て来ないし」
「そういう戦いもあるんだよ。…帰る場所を守るのも立派な戦いだって。わたしは信じるよ」
草木も眠る丑三つ時。
しかし今夜この場所は違う。
降り頻る銃声と銃弾。投げ込まれる爆竹。仮面達は沈黙を破り、声を荒げる。
「いいか、腕に自信のねえやつは隣家を狙え。絶対に当てるんじゃねえぞ!」
「まわりくでぇ事を…っう」
狙撃の腕を過信する者が指示を無視して暗闇の転生者の腕を撃つ。次の瞬間、彼の腕は射抜かれ血を吹いた。
「馬鹿野っ。ひでぇなこりゃ。おい!誰かコイツを後ろに下げてくれ」
狙撃の砲台とかした高台の家から、銃の魔具を撃ち、しばらくすると移動し場所を変える。何グループかに分かれた集団が、交代で常に転生者(周辺)を攻撃し続ける。
前日。
第五コロニーは空っぽの静寂だった。
僕とトリトンは、この誰もいない街を見下ろした。遠くで僕をここまで連れてきてくれたベルガモットが待機している。
「眠らせない。うん、実にいい作戦だね」
「決定打になりますかね」
転生者狩りと言うからには、最後に仕留めなくてはならない。
「寝れないってのはきついね。魔界でそれが一番辛かったよ僕は」
トリトンはクロウを構えながら、周囲の位置関係を図っているようだ。トバリの隠蔽と、トリトンの人を移動させる能力が、今回の作戦の要だ。
「まあこっちのことは僕に任せておいて、君は自分の心配をしたまえ。リヒト・ルーチェは強敵だぜ」
「聖騎士なんて、凄すぎて全然現実味がないですよ」
「まあ勝てないだろうね、ハハ」
トリトンはいつも余裕があって楽しそうだ。
「まあ頑張りたまえ。君には結構期待してるんだぜ」
夜明け。
穴だらけの家の壁から朝日が差し込む。
傷ひとつないホマレは、しかし一睡もできずに疲れ切っていた。
「ふざけんなよ…。無駄なことしやがって。無駄なんだよ。無駄だって分かれよ。クソが」
強い光が顔面を直撃する。遠くの家から鏡の反射でスポットライトが当てられたのだ。ホマレは目をしぼめ不機嫌に叫ぶ。
「リヒトぉーーー!」
何やってんだあいつは。
「なんだ…」
第六コロニー外壁面。
輝きの中でリヒトは呟いた。
周辺に倒れた僕らに目もくれず、リヒトは斜面を登る。
朝が来る。
彼を目で追う。
いいさ、何度だってくる敗北にはもう慣れた。




