⑤ー9インサイダー
9 インサイダー
駐屯する騎士の数が多いという第二コロニーをひとまず通過し、飛行船は第三コロニーに到着した。第一コロニーで出会ったウバ・47通りのビジネスパートナーなる人物がいる聞いたので、まずはそのツテを探ろう。なにせ全くのよそ者で、その上お尋ね者になっているかもしれないのだ。その人物もネグロ商会に好意的な人物であることを祈ろう。
「アルクさん…。やっぱコレってかなりヤバい状況じゃないですか?」
シャッツがこわばった顔で僕を見る。
「うん、ごめん」
強面の男達に囲まれて、僕はただシャッツに謝るしかない。いや、どうしてこうなったか考えるんだ。状況把握、分析。
第三コロニーについて、まあ第一と同じ様な街並みだとか、いや、道の舗装が行き届いているだとか、そんなことを話していて。それから二人ずつ組み分けして探索する事にしたんだ、僕が。シャッツと僕。エミスとシーラ。フェリオとイエン。そして別れた途端にこの怖い人たちに囲まれた。あっという間だった。逃げるとか戦うとかいう選択肢が出る前に、十数名の男達に連行されることとなった。そして通された部屋で、誰かが来るのを待たされている。
「やっぱりさ、トバリがいないっていうのがね、」
飛行船の隠蔽の為、このコロニー巡りではトバリがずっと船内に残る事になってしまう。潜伏偽装危機察知臨機応変対応能力の不足が過ぎる。
「そんなこと言ってる場合じゃないっすから。どうするんですか、コレから」
「うーん」
騒ぎを起こすのはまずい、と言うのは言い訳か。もう既に騒ぎの渦中にいる。壁を覆う様に立ち塞がる強面男達を倒して逃げる。いやー、それもなぁ。まず彼らの強さが全くわからない。屈強な体つきではあるが、腰に剣などの魔具は見当たらない。騎士教育を受けている様には見えないが、何かしらの武術を身につけている様にも見えるし、そうでもない様にも見える。ウバの様に拳銃の魔具を持っているのかもしれない。うーん。強いのかこの人たち。わからん。何より魔力に疎いので見た目に見えないと、魔具を装備しているのかもわからない。困った。
「…アルクさん、ぼく、煙幕持ってます…。」
シャッツが小声で耳打ちしてくる。
「僕も瘴気でそんな様なことできるよ」
「張り合わなくていいんすよ。使います?」
「いや、張り合うとかじゃないけど…」
「ちょっと、優柔不断してる場合じゃないんすから。戦えるのアルクさんだけなんすからね。合図ください」
「よし…」
腰のウルクに魔力を流す。足裏で踏み込み準備をする。
ガチャ
ドアノブが音を立てる。
「あ、ちょっと待った」
「えぇ…!?」
扉が開くと、恰幅の良いやたらと身なりの整った男が、部下を引き連れて部屋に入ってきた。室内の強面たちも顔がぐっと引き締まる。どうやら彼らのボスらしい。
部屋奥の堅牢で重そうな机に回ると、これまた重厚な黒皮の椅子にとっぷりと腰を沈めた。
「悪いな」
ボスらしき男は手元で葉巻の口を切ると、横に立つ部下の男に火を付けさせる。ゆっくり間をとって煙を吐くと、甘く、苦々しい匂いがこちらまで届いた。
「それで、うちのシマに何の用件かな」
ジロリと両の目が鈍く光った。嫌な感じがする。切ってもいないのに口の中で血の味がした気がした。
「僕らは、ディケにおけるネグロ第一商会の通商の調査と支援を行っておりまして…。本日もその一貫でこちらのコロニーに寄らせていただきました。何か行き違いがありましたでしょうか」
口の中がカラカラにながらも、言葉はつらつらと出た。ラクスの営業周りの成果だ。ありがとうカルタさん。隣でシャッツが、心配そうに僕を見ている視線を感じる。顔にハラハラと書いてある。今は無視して、正面の男と目を合す。さあ、どう来る。
「ほう、そうでしたか。ネグロの商会の…、いや、失礼」
いけたか。
「おい、テメェら。ネグロからのお客は全員始末しろと伝えておいたはずだがな」
室内に緊張が走る。やばい空気だ。
「ただまあ、いくつか聞いておく事もある」
シャッツが僕の服の裾を引いて合図を促す。
「なぜ今、来た?目的は何だ」
「現地調査ですよ。それより始末って何です。ネグロ商会の人たちに何をしたんですか」
「商会の護衛ってわけでもない。こんな夜に突然現れた。聞いた話によると、勇者様をつけ狙う賊がいるって言うが」
「勇者?」
転生者のことか。なぜ今そんな話が出る。この街にきているのか、新しい転生者が?
「質問に答えろ、本当の目的は何だ、こぞう。俺はこの葉巻が切れたら機嫌が悪くなるぜ」
「断る。あんたこそ、こちらの質問に答えろ。ここで何を、」
コロン…
「あ…」
シャッツの服の内側から筒状の物が転がり落ちた。
「すみません、緊張で手元が…」
シャッツお手製の魔具から、白煙が勢いよく吹き出し始める。
周りの男たちが一斉に腰から銃を抜いて構える。
「いや、悪くないタイミングだったよ。この人たち好きじゃない」
「ぼくもです!」
「撃てぇー!」
発砲に合わせてウルクを前方に振り滞留する瘴気の壁をつくる。ほとんどの弾は防げたが、瘴気の合間を貫いて、数発の弾丸が後方に飛んでいった。
「シャッツ!」
「大丈夫です!」
カバンを前に掛けて防ぐつもりだったのか、僕の後ろに身を引いたシャッツは幸い被弾していない様だった。ただ全てを防ぎ続けられるわけじゃないのはわかった。
「逃げよう!」
「はい!」
僕とシャッツは、各々後方に煙を撒き散らしながら一目散に逃げ去った。息を切らしながら、謎の達成感と連帯感が生まれつつあった。
「魔術使える人っ、一人はいないとキツいっすね」
「うんっ。ほんとごめん」
「いやっ、悪くないっす。また組みましょうっ」
銃声を背に受けながら、僕らは夜の町をひたすらに走った。
「第三コロニーの駐屯兵から連絡です」
第二コロニー内、連合騎士団詰所で、その指揮官であるジリンは部下の報告を受ける。早朝の詰所にはまだ二人だけだ。
その内容は魔族検知能力に優れた騎士からのものであった。
「ヌワラ・エリアが小競り合いか。その相手が空飛ぶ船で飛び去ったと」
「聖騎士殿の仰っていた“転生者狩り”ですかね」
「あぁ。しかし空飛ぶ船とはな。そんな物内地の貴族も持っていないだろう。いよいよムート・ネグロか。彼とは?」
「相変わらず連絡は取れません。商会の仕事は完全に彼の弟子が引き継いでいる様です」
「教会にとって都合のいい人間がか」
「…ヌワラ・エリアって、第三のマフィアですよね。探らせてたんですか?」
「ここを見張るのが我々の任務だろ」
「隊長、あんまヤバいことに首突っ込まないでくださいよ」
「わかっているよ」
誰かが走ってきて勢いよく扉を開ける。
「隊長に手紙って?!出世?出世の辞令?」
「お前朝からうるさいぞ」
「やれやれ」
ジリンは一息つくために朝一のカップをすすった。波立つ水面に吉凶を見る。曲げられない信念などない。ただ今日一日の幸不幸があるだけだ。そんな彼の信条を、彼自身気に入っていた。
(「さてどうなることかね」)
デスクの奥にしまわれた押収品の拳銃。ムート・ネグロと交わした書簡。胸元の勲章。背後の壁に立てかけてある騎士剣。山積する課題。今はただ、出勤してくる部下たちの顔色を窺っておこう。




