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士獅十六国物語 〜“黒”の転生者狩り〜  作者: ホラナカチリ
⑤【重なる声と灯火】

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⑤ー6ニッカポッカ

6 ニッカポッカ


 雲にとっぷりと沈むように、飛行船は下降する。

 とつとつと酒樽が軋むような音が船内に鳴る。

 遠くまで幾つかの山が間隔を置いてそびえ立つのが、うっすらと見えてくる。

 そのうち手前の一つに近づくと、微かにトバリの瘴気を感じた。“隠蔽”の魔術によって船体を隠したのだろう。艦橋へ向かおう。


 山頂付近に近づく。

 かつての火山口、カルデラに築かれた生存可能地域、コロニー。山のてっぺんの窪みにあると聞いて、小規模な集落を想像していた僕は、実際にその“街”を目にして、自身の認識を改めさせられた。火山土の荒涼とした山肌とは対極的に、突如として整然とした街並みが現れたのだ。山頂の概ね円を描く大きな窪みの中に、どこかの街を切り取って嵌め込んだようだった。

 その淵の外側、少し下ったところにサンドドラゴンを休ませ、船を繋留する。


 「ういー」

 一番に梯子から降りたフェリオが興奮気味に大地を踏んだ。

 僕も続いて降りる。黒々とした山肌は、かつての火山によるものだろうか。荒々しく固く、しかし滑らかさのような踏み心地もあった。何にせよ、長い船旅で、地面に足をつけるだけでも嬉しさがある。山の下の方を見下ろすと、霞がかってはっきりとは見えないが、足元の黒っぽい地面が延々と続いているだけで何もない。何もないまま遠くの山までつながっている。噂に聞く魔獣の群れも、今はいない。魔獣一匹見当たらない。いや、保護色か?数匹いたところで見つけられないんじゃないか。

 「アルク殿、行きましょう」

 後ろからイエンに声をかけられドキッとする。この人からはまだ、疑いの目と殺気を感じる。でも、上を見ると、僕がぼーっと遠くを眺めているうちに、みんなとっととコロニーへ向かっていっている。わざわざ声をかけてくれたのか。

 「ありがとう。あと、アルクでいいですよ。物々しい呼び方は緊張してしまうので」

 イエンは腰の剣に手を置き(なぜ?)、少し目を細めて考えると、顎を落とすようにうなづいた。


 「すごいね、ちゃんと街だ」

 船内待機組を残して、上陸部隊は二班。

 「うんー」

 「…。」

 こちらは僕、フェリオ、イエン班。

 人見知りで静かになったフェリオと、元から喋らないイエン。

 (「けったいな場所だぜ!」)

 耳元にウルフ。

 あちらはシャッツ、シーラ、ゼンの商会チーム、プラス護衛にエミスの班で、この第一コロニー内にいると思われるネグロ商会のツテを探りに行った。

 「ムー…。」

 「…。」

 街並みはアナモニスに近い。四角い建物が所狭しと詰まっている。すれ違う人がまばらで俯きがちなのが違う点だ。気候の問題もあるが、みなフード付きの外套に身を包んでいる。夜間は特に冷え込むらしい。あと、特徴といえば…、

 「あれ、何だろうね。上の、ロープみたいなの」

 コロニーの淵から淵へ、街中へ、ロープは張り巡らされている。おそらく鉄製の頑丈なワイヤーと思われるので、物干しの為ではなさそうだ。遠くの方で何かカゴのような物がぶら下がって移動しているのが見えるので、おそらく物資の運搬用と思われる。どこも狭そうな路地を大型の荷物を運ぶのは難しそうなので、土地の有効活用の為に編み出されたコロニー独自の文化なのだろう。

 「なんか想像してたような殺伐としたところではなさそうだね、」

 おっと。子供がぶつかって、そのまま走り去っていく。大丈夫かな。

 「アルー、すられてるよー」

 「え?」

 腰袋、の中身がない。トバリから預かったお金も。盗られた!

 子供と思われる人影は、道の先を曲がった。

 「追いかけますよ」

 イエンがそう言って走り出す。さすが現役の騎士。体づくりが違う。走るのが早い。僕も走って何とかついていく。

 「まーっ、まってー」

 背後からフェリオのヘロヘロ声が聞こえてくる。

 イエンは突き当たりに到着すると、その場で立膝をつき、腰の騎士剣に魔術を込め始める。折れた道の先を見ると、先ほどの子供と思われる人影の手から紐が伸び、空中のワイヤーにかかっている。子供が足を浮かすと、つられたまま移動し始める。どうやらロープの先に滑車が付いていて、ワイヤーに引っかけることで移動できる道具のようだ。どんどん加速していく。

 「切りますか」

 イエンが僕に聞く。距離があるが、そう聞くということは、彼の魔術なら射程内で、まだあの子供に攻撃できるということか。

 「ちょっと待って」

 子供を斬るわけにはいかない。事情もわからないし、できれば騒ぎを起こしたくない。ウルクで疾走すれば追いつける。でも、また暴走して意識を失ったら…。

 (「へっぴりごしにぶら下げられるのはゴメンだぜ」)

 「僕が行く」

 ウルクを腰から引き抜くと同時に加速する。後ろ方向に噴出する瘴気をコントロールして地面を強く蹴る。空中で瘴気を編み込んで左手を包むと、その手でギリギリワイヤーを掴んだ。子供を追ってワイヤー伝いに滑空する。

 「熱っ」

 ワイヤーを掴んだ手が痛む。手を包む瘴気の量を増やすと速度が落ちるので、ウルクから後方へ噴出す瘴気も増やすことになる。風を切る音が、大量の瘴気を噴射する音に思えてくる。うるさい。

 制御できなくなる恐怖で胸の辺りが冷たくなり始めた時、後ろを振り返り、追いつかれそうになっていることに気がついた子供がロープを外し、地面に着地した。路地に逃げ込む。

 僕も瘴気を切り、慣性で地面に転がり落ちる。受け身を取りながら追う。


 ひったくり犯を袋小路に追い詰めた。フードで顔を覆っているが、体の機微な動きや、呼吸の音から、やはり子供だとわかる。

 「盗ったもの、返してもらえるかな。危害を加えるつもりはないから」

 そう言って手を伸ばして一歩近づくと、外套の下から両腕が突き出された。勢いでフードがズレると、やはり少年の顔だった。その手には銃が握られていた。

 「近づくなっ!」

 拳銃の表面に微かに魔術が浮かぶ。

 とても騎士学校で魔術を履修している様には見えないが、銃のような複雑な魔具を扱えるのだろうか。少年の心配をしつつ、暴発した場合に備えて服の下から瘴気を胸から腹へ広げて硬めていく。互いに動けないまま膠着する。あ、「きる」って、「斬る」じゃなくてロープを「切る」って事だったのかな。イエンの事がわからないせいで判断を誤ったのかも知れない。結果的に危険な状況に陥ってしまった。後でちゃんと聞いてみよう。

 「マック!」

 上方から声が響く。ロープを伝って建物の上の方から人が降りてくる。

 「マックっ、お前勝手に銃を持ち出しやがって」

 「オレだってやれるよっ!」

 「そうか?じゃやってみろよ」

 男は射線からどいて少年の横に立つ。おいおいおい、少年の保護者じゃないのか?

 「ちょっと待って下さい。僕はその少年に取られたものを取り返したいだけなんです。危害を加えるつもりはありません」

 「いいか、しっかり狙えよ」

 男は手で銃の形を作って少年に指示を出す。こちらの事は完全に無視。

 急に動いて少年の銃が暴発して彼が怪我をする。打ち込まれても防げるくらい潤沢な瘴気で身を包んで、この前みたいに暴走して大変なことになる。嫌なイメージが頭の中をグルグルする。

 「ういっしゅー」

 少年と男の足元から突如生えた木の幹が、彼らを拘束する。振り返ると、汗だくのイエンにおぶられたフェリオが、杖を突き出していた。

 「ありがとう、助かったよ」

 「ダメじゃんかー。だから待ってって言ったでしょうがぁー」

 フェリオが歯を剥き出しにする。

 「ありがとって」

 「ございますますー」

 「…。」

 イエンが無言でそっとフェリオを降ろす。

 パンッ

 一瞬誰かが撃たれたかと思ってゾッとしたが、拘束された男が隠し持っていた銃で足元の幹を撃ってフェリオの魔術から逃れていた。そのまま銃をこちらに向けて構える。

 「お前その髪、魔族か。よく入って来れたな」

 銃口はフェリオに向けられている。

 「君ら人族とは出来がちがうんでねー」

 「フェリオ、そんなこと言わないの。だいたいムートのおかげじゃない」

 「あんな爺さんに出来るもの、ぼくにだってつくれるもんねー」

 「えー、嘘じゃん」

 「できるもーん。ネグロには無理だろうけどねー」

 「あ、こら。悪いよ」

 「…おい、お前ら、」

 男が銃を下ろす。

 「ムート・ネグロを知ってるのか?」

 ニカっと笑った男のやけに白い歯が、彼の黒い肌に不自然によく映えた。


 「いやー、悪かったな。まさかネグロ商会の関係者だったとはな」

 男に案内され、彼らのアジトなる場所に連れて来られている。商会の人間と思われているのは若干の嘘まじりだが。

 「オレはウバ。ウバ・47(よんなな)ストリートって言やぁ、この辺じゃ通り良いぜ」

 歩きながら不機嫌そうな少年に手のひらを出す。少年は不機嫌に僕から盗ったものを返してくれた。

 「ここがオレたちのアジトだ」

 複雑に連立した建物群の、さらにその内部の通路を入っていた先の一室に通される。とてももう一度来れるとは思えない。中にはウバと同じくらいの歳の、青年と大人との間くらいの歳の端の住人たちが集まっていた。

 「ムート・ネグロといえばオレ達からすれば神様みたいな存在さ。彼のようになりたいと、ビジネスに取り組んでるわけさ」

 「へー」

 フェリオは少年から奪い取った拳銃をいじっている。

 「彼のようにビジネスで国を動かす男になりてぇな。彼は今どうしてるんだ?」

 「えっと、いつも通りだと思うけど…」

 「そうか。ここ最近ネグロの商会員を見かけないからよ。何かあったもんかと思ってたが」

 「そうなんだ」

 「何だよ。この辺の事情のことはまるでシラねぇんだな。こちとら闇市もしけこんじまってよぉ。3とも上手く話をつけねぇとなんねぇ」

 「3?」

 「それよ」


挿絵(By みてみん)


 ウバが壁面のポスターを指差す。何かのデザインにも見えるが、これは…。

 「地図、なの?」

 「ディケでは駅図って呼ばれてる。隣のコロニーへの移動順路だな。一日一駅。何たって夜はこせねぇからな」

 夜は魔獣が出るから、日中に移動して辿り着くことのできる順路ということか。今いる1から行けるのは2と6。実際の位置関係というわけではないから、別の番号のコロニーを目指すこともできるのだろうが、それでは夜に間に合わないのか。

 「それで3って、」

 「まあ色々とな、俺たちにもビジネスがあんのさ」

 ウバと話している間にも、部屋の奥や、別の部屋からもゾロゾロと人が集まってくる。

 「ネグロだとよ」

 「食料か?」

 「おいあれ、魔族じゃないか」

 あまり好意的な目線とは思えない。

 「それよりもよ、ムート・ネグロのことを聞かせてくれよ」

 ウバや周りの青年たちは目を輝かせながらムートことを聞きたがる。彼らにとってムート・ネグロは本当にヒーローのようだ。しかし、困ったな。そう簡単にお暇できそうにない。


 「ムートさんが襲われた?」

 ようやく見つけたネグロ第一商会員の話に、シャッツ、シーラ、ゼンの顔は曇った。

 「大きな声では言えませんがね、新天地での振る舞いが教会の意向と合わなかったことに原因があるのではないかとも言われています。勝手に食料なんかも横流しして…。ここも引き上げになるかも知れません。すでに品物の輸送もだいぶ細くなってますから」


 外では日が暮れ始めている頃だと思う。この部屋には窓がないので時間感覚がわからなくなってきた。音楽と照明と煙の匂い。ウバの仲間たちに受け入れられたと言えるのか、はたまたこれが彼らの通常運転なのか。皆部屋の中で思い思いに過ごしている。僕らの存在はもはやあまり意識されなくなっていた。イエンは遠くのソファで水タバコをふかす一団に混ざっているし、フェリオは例の銃の魔具に詳しい人を捕まえて話を聞いている。僕はこの熱意と退廃が混じったような危うい空気感にあてられて、なんだかクラクラしてきた。


 「…それで、魔力を込めさえすれば、あとはあらかじめ魔具に刻み込まれた魔術構文にそった魔術が発現するってわけです。これなら騎士学校で魔術を学ばなくたって魔術を撃てる。これが“仕上げ品(ピーク・アップ)”の仕掛けですわな」

 「なるほどねー」

 フェリオは説明を受けて改めて銃を凝視した。

 「いろんな魔具を発明するのは人族の面白いとこだけどさー、これは…、この技術はさー。人じゃないよね?」

 「…アニさん。あんまそこんところは首突っ込まない方がいいですぜ」

 「ふーん」


 「おじさん、ガタイいいね」

 「…。」

 「クールじゃーん」

 「その剣さぁ、騎士剣じゃない?忠誠誓っちゃった系?誓っちゃった系なの?」

 「やば、うちら逮捕じゃね」

 「やばー、最後に一服じゃん」

 「すっとけー」

 煙に揺れる空間の中で、イエンは壁に飾られた仮面を指差す。

 「あぁあれ?“仮面祭り”っつて、みんな色々あるけど、この日だけは無しにしてみんなで楽しく盛り上がりましょうっていう、ラブアンドピース的なやつよ」

 「…そうか」

 「騎士さんもかぶっとく?」


 「ん…」

 人が動く気配で目がさめる。

 自分で吸った訳でもないのに、部屋に滞留する煙のせいで頭がぼーっとする。締め切られた部屋の微かな隙間から陽が刺している。もう朝になったのか。

 動き出したウバの仲間が次々と身支度を整えて部屋を出ていく。作業着に、フォーマルな格好。服装は様々だが、どうやら仕事に出かけるようだ。昨晩の様子から勝手に退廃的な暮らしをしているものだと勘違いしていた。ウバの言っていたビジネスに行くのだろうか。

 「さて、騎士殿。また来てくれよな」


 朝の人混みに紛れて外へ出る。こんなにたくさんの人が暮らしているのか。この時間帯は人の出入りが多いようだった。

 「つけられてますね」

 イエンが耳打ちする。

 ウバの仲間だろう。昨晩はそれなりに話してくれたが、決して最初の部屋より奥には招き入れようとはしなかった。突然現れた外部の人間を警戒するのも当然だ。利用価値を測られていると言ったところか。

 「まこう」

 早足で路地に入り込む。

 入り組んだ路地をどんどんと進んでいるつもりが、対岸を見れば街の縁が見えて、なんだか独特の閉塞感がある。空の青さも相まって、漠然とした不安に息が詰まった。



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