⑤ー3声
3 声
廊下に出て、ふらふらと歩き、壁に寄り掛かる。
ここ数ヶ月の未使用期間中に、ゼンが飛行船内の改修を行なってくれていて、部屋が増えた。おかげで船内でも一人の時間が過ごせるようになっている。もう積荷でスペースを区切る必要もなくなった。
「何をうだうだやっていやがる」
耳元で大声で喋られているような耳鳴り。くぐもって聞き取りづらかったりする事もあるが、それは確かに意思を持って話していた。
「ウルフ、もう少し声を抑えてくれないか」
声の主、といっても姿はなく、あるのは手に持った不可思議な形をした魔具だけだ。ウルク。勇器ウルフとホークが重なって一つになった魔具。そのウルフの部分が話かけていると言う。
「んだよ」
「変に思われるだろ。それにみんなの声が聞こえづらくなるんだよ」
「んなこと知ったことかよ」
ウルクを手にしている間中ずっとこんな感じで悪態をつかれる。僕のことが気に入らないらしい。そして何より、この声は他のみんなには聞こえないから、僕が変になったと思われ始めている。
「いつまでうだうだやってるんだ。いくんちか様子を見ていたが、あのねーちゃんと変な踊りを踊るくらいで、刀を握りもしねぇで。鍛錬はどうした鍛錬はっ」
「言われなくてもわかってるよ。今はとにかく瘴気の扱いになれないと、」
「馬鹿言ってんじゃねぇぜっ!刀をふらねぇ剣士があってたまるかよ。オメェの剣技はまるでなってねぇんだ。あんなまじないみてぇな小細工に頼ろうなんざ、片腹痛いぜ」
「今の僕にできることだよ。剣術は、やれることはやったんだ。何も知らないお前にとやかく言われたくないね」
「んだとおら!てめえなんざ俺が生きてりゃ叩き斬ってやったわ」
「…大声だすなよ。ずっとこんな調子じゃないか。うるさいだけで話にならない」
「なんもわかってねぇ小童がよく言うぜっ」
「大丈夫かい」
「船医さん」
皆世話になったアズマの医者。悪い人ではなさそうなのだが、頑なに名乗らず、皆に自分のことを船医と呼ばせている。
「トバリ女史に様子をみるように言われてね」
「はは、おかしくなったと思われてるんですかね。魔具の声が聞こえるなんて」
「さてどうだろう。まあ、ラクス城での戦いで、君の体に大きな負担がかかったのは事実だ。体に負担がかかれば、心にも影響がある。その逆もまた然り」
そう言いながらも船医はペタペタと僕の顔を触って診察する。
「異常なし。私の知る範囲ではね」
「ありがとうございました」
軽く頭を下げると、船医はなんてことなかったように懐から取り出した本を読み始める。
「あぁ、そうだ。アズマにこんな言い回しがある」
去り際に立ち止まると、船医は本を剣に見立てて構える。
「決して錆びることのない名刀にかけて、“刀の錆”ってね。刀には、斬った者の魂の一部が付着すると言う考えだ。君に話しかけてくるのは、自分を斬った刀に怨念を持った霊の類かもな」
「怖いんですけど…」
「そう気に病むのはやめたまえ」
あなたが言い出したんじゃないか。
(「誰が悪霊じゃいっ!」)
うるさ。




