④ー16世界報道
④湖の城と海の島
16 世界報道
「勇者が死んだ 転生召喚から魔王討伐まで十三年。そのたった半年後のことだった」
「勇者死亡説」
「勇者タロー死去。昨年秋ごろにはすでに…」
その日世界に、勇者の訃報が同時多発的に広まった。
それは疑いをもって、或いは悲しみと共に、時に人々の混乱を呼ぶ。
不自然な世界的報道には、それでも人々に事実と確信させるような真実が散りばめられていた。まるで全てを見てきた人物が、その情報の震源地を特定されぬよう、わざと砕いて混ぜ込んだような。
「いやー、しかしまあ予想はしていたが、街は大騒ぎですな」
カーテンの閉まりきった部屋で、品のいい身なりの、それでいて貪欲な眼を包みきれていない紳士が、満足げに語る。
「なかなかの大仕事、華々しい栄光の蜜を独占できないのも、まあ、悪くはない。他社にも恩を売りつけられた訳だ。いや、ほんと貴方さまのおかけです。はい」
テーブルに並べられた各国の新聞を前に、紳士は自社の新聞を手で丸めて筒を作ったり、もみしだいたりしながら、興奮した様子で部屋を行ったり来たりした。
一方、ソファに深く腰掛けたもうひとりの人物は、紳士の新聞社の紙面をじっくりと眺めている。
「いやー、これから面白くなりますよー。教会国による情報統制も完全なものでないと証明されてしまいましたからなぁ。我が社も今度こそ、独占スクープ!いいですねぇ〜。何かいいネタがあるんでしょう?」
「そうだね…」
ソファの男は新聞紙を閉じると、立ち上がる。
「知りたいという欲求は、気がつく頃には手遅れなところまで人を引きずり込んでしまう。あなたもくれぐれも気をつけてくださいね」
高身長のトリトン・ハスタに見下ろされる様な位置取りになり、ラクスの新聞社代表の紳士は、一瞬ゾッとした。人界四天王たるトリトンが、教会国の意に反して、勇者タロー死亡の情報を世界にばら撒いたのだ。口封じのために彼に殺されてもおかしくない。
しかし、トリトンは紳士に軽快な笑顔を送ると、手を振って部屋を出て行った。
「うぅむ、食えんお人だ…」
紳士はトリトンの目的に思案を巡らせるが、読みきれない。それよりも、この、勇者の訃報を受けて世界で巻き起こるであろう事件をスクープする方へ頭を切り替えた。
「ひどい有様だな」
ラクス城襲撃の数日後、ヴィーゲンリートは歴史あるラクス城主塔の損傷や、その周辺に広げられたテント群の野戦病院の様な状況に、言葉をこぼした。
その兄の言葉に、ナハトムは血の気が引いた。しかし、流石のヴィーゲンリートも、まさか賊を招き入れたのが城を任される第二王子であるナハトムであったとは、思い至らなかったようで、国王の様子などを聞いてくるのでひとまず安心はした。
大量の負傷者を出した今回の事件の真相を理解するものは少ないであろう。突如として城内に現れた被害者達。城仕えのメイドや執事、任務中に消息を絶ったラクス騎士団の団員、逮捕し投獄されていたはずのポートマフィアや罪人、魔獣、アナモニスの住人。その多くは、自分が“行方不明”となっていた間の記憶を持ち合わせていなかった。未だ目を覚まさないものや、意識の混濁が続いている者も多い。まずはその治療と事態の収集に追われる島内を見渡しながら、ヴィーゲンリートは大穴の空いた主塔を上がっていく。
最上階の灯台の部屋には、ラプソディアがひとり、遠くの海を眺めていた。
声をかけず、また、振り返ることもなく、二人は海を見ながら並んだ。
沈黙が続いた後、ヴィーゲンリートが口を開く。
「おまえのおかげで世界は救われた。…だからもう、とらわれるな」
波の音だけが絶え間なく続いた。
「父上も、あれで省みるところもあるのだろう。自省する気持ちがあるから、おまえの城内での振る舞いを許したのだ」
下の方で若い騎士の声がした。被害者達の治療のため懸命に働いている。
「世界は変わった。おまえ達が変えたんだ。その誇りを胸に、生きてほしい。うちの子供が魔王に怯えずに済むのは、おまえのおかげだよ」
「…子ども、いらしたの?」
やっとラプソディアが反応を示す。
「…凱旋パーティーの時に報告したろう、結婚して、子どもも授かったと」
「そうだったかしら」
「おまえは…」
ヴィーゲンリートの表情の変化が珍しく思えたのか、ラプソディアは少し微笑んだ。その様子は間違いなく兄妹の、気心の知れた会話の風景だった。
「私は…失ってしまったわ」
その言葉の意味が、悲しみの真意が、今のヴィーゲンリートにはわかった。勇者の死。妹の心をかき乱していた原因が。
だからもう、英雄に対する敬意だと距離を置いて様子を伺うのはやめた。今はただ、並んで同じ海の遠く彼方を眺めた。
「若いもんが老爺を追い出すってのは、まあ、わかるわい。正しい働きだろう」
夜半に、ネグロのムートの自室には来訪者があった。教会のシンボルマークの入ったローブを纏う二人組。
飄々と警備を抜き破った者。全身に甲冑を装備した巨体の者。
「然しよぉ、若者って風じゃねぇな、お前さんら」
ムートの鋭い眼光が、甲冑の奥の瞳を見抜く。装備の影に隠された内側に爬虫類のように硬くシワが寄っている。
「いやはや。さすがは元人界四天王ムート・ネグロ。言葉をこねくり回した戯言程度ではどうにもなりませんな。わたくし、必要でした?」
言の葉使いは、甲冑の騎士に話しかけるが、相手にされない。すでに臨戦体制に入っているのだ。
プシュー…
甲冑の内部から蒸気機関の様な音が漏れ出す。
「わたくし、失礼してよろしいのかしら」
「おう、待てや小僧。お主らには聞かにゃあならん事があるでな。まあ、だいたい見当はついとるが…。人んちに土足で上がり込んだからには、わかっとろうな」
「ヴォー!」
甲冑の騎士がムート目がけて突進する。重い踏み込みが床を割る。すかさず言の葉使いの魔術師も、杖を抜きムート目がけて魔術を打ち込こむ。
その夜、都市郊外のムートの邸宅から、空へ轟音が響いた。
落ち着く木の匂い。思い当たるのはアズマの恋寺。
軽い足音が近づいては離れる。これはヨルだな。よかった。
みんな無事だろうか。僕は…?
今どこで、どれくらい時間が経ったんだ?転生者は?
体を起こそうにも、こわばって、重い。
「おまえさん、何がしたいんだ?」
声がする。誰だ?
「折り紙みてぇに折り曲げられて、妙ちくりんな仕付けにされたり、やたらめったら引かせて、ぶつかんのも、まあ、構わんがな。いぬっころになって尻尾振るのはごめんだぜ」
(「誰だ」)
また近くをヨルが通った。近くに他に人の気配も感じる。声の主は、はっきりと音には聞こえるが、実体がない。
「オメェさんヨォ、人の気も知れねぇで、無茶苦茶しやがる。やたらめったら魔力を注ぎ込みやがって、おかげでこちとら目が覚めちまったってもんよ。硯屋ヒョウエ。お前さんらが黒刀と呼ぶもんだ。あとはなんて言ったか、異国の言葉で、“ウルフ”」
“ウルフ”?
「生半可な根性で握られたんじゃたまったもんじゃねぇ。おいらがお前さんを“鍛え直して”やるよ」
第一部 人界四天王編 完
第二部 黒の団編へ続く




