④ー15噛む
④湖の城と海の島
15 噛む
「疾れ、ウルク!」
柄を持つ右手を強く握り込んで、瘴気を噴射する。加速し、室内の机を蹴って、ゲントに飛び掛かる。触れてはダメだ。予想と常識の遥か上にある力、“ギフト”。触れた瞬間に消えたり、破壊が起こったりする。全力の加速に振り落とされそうになりながらも、なんとかウルクの刀身を厚い瘴気で包む。練り上げられた瘴気に包まれ、漆黒の騎士剣となった刀身で、ゲントに突きを放つ。
直後に腕から肩にかけて衝撃を受ける。
ゲントが片腕で軽く上げた純白の剣が、こちらの刀身を防いだのだ。しかし、腕に受けた衝撃は、刀剣同士のぶつかり合いで生じるものとは違う。何かとてつもなく固く、大きなものに、一方的に突っ込んだような衝撃。易々と構えた白剣に、それだけの力があると、思えない。自分の視覚が、感覚の常識が理解の邪魔をする。
(「びくともしないっ」)
さらに瘴気で加速し、刀身を押し込むが、まるで動かない。少年の細腕の力じゃない。
ゲントはようやくこちらに目線を遣る。
攻撃を受けるわけにはいかない。
直ちに別方向に瘴気を噴射し、距離をとる。向こうに攻撃の意思が生じた以上、こちらは動き続けるしかない。ギフトは、一撃でも食らえば、どんな効力を生じるのか予測出来ない。疾れ。走り続けろ。
室内を縦横に走り続ける僕に対し、ゲントは行動を起こさない。目線もこちらを捉えきれてはいない。
(「今!」)
ゲントの横に低い位置から入り込み、ウルクを振り上げる。狙いはゲントが手に持つ白剣の柄。刀身と柄の間にある装飾の入った鍔の内側に、素早く的確に打ち込む。
白剣は下方から打ち込まれ、上に向けて大きく揺れるが、ゲントの手からは離れない。武装解除しようというこちらの狙いは失敗する。
切り替えてその場を離れると、若干の遅れがあって、ゲントが剣を振り下ろした。
こちらのスピードに対応しきれていないのか?
ウルクの疾走で動き続けるのは効果的なようだ。スタミナも付いてきて、まだしばらくは全力で動き続けられる。ギフトによる攻撃を受けなければ、いける!
ゲントの視線を完全に振り切ったタイミングで斬り込む。
後方から腕を狙った一撃に対して、今度は白剣が反応した。
完全に視界の外からの攻撃に対して、まるで白剣自身が意思を持ったかのようにゲントの腕を動かし、こちらの刀身を防ぐ。また、重い衝撃。ゲント自身はこちらの攻撃に当たってから気がついている様子だ。それでも白剣はびくともしない。だが、ここで怯んではだめだ。深追いはせずに、素早く離れる。
走って、視線から外れたタイミングで斬り込む。連続で攻撃を仕掛けるが、その全てを白剣に防がれる。白剣を弾こうにも、ゲントの手から離れる様子はない。
なら、威力を上げる。
ゲントの視界の外に立つ。こちらに気がつくまでには一瞬、間がある。
瘴気で織り上げた布を腕に巻く。その腕を強く引き絞る。腕から滲み出る瘴気を、一気に後方へ噴射する。爆発的に加速する腕に、握ったウルクをゲントへ打ちつける。
白剣は例によって不自然にこちらの攻撃に反応するが、ゲントの腕を無理に引っ張るような体勢をとらせている。
重い衝撃。
打ち込んだ腕に痛みが走る。
ゲントは不自然な姿勢で、こちらの最大威力の攻撃を受け止めていた。
(「これでもダメかっ」)
受け止められた衝撃と、腕の痛みで体がふらつく。この隙を、剣士ならば逃さなかったろう。ゲントは接触に気づき、悠々と剣を構え直した。
あえて、今度は離脱せずにこの場に止まって、こちらも剣を持ち直す。
ゲントが剣を振り下ろすタイミングを見計らって、内側へ入り込むように踏み込む。
白剣が振り下ろされるよりも前に、ゲントの胸に、ウルクを突き立てた。
切先が、動かない。
見た目には軽装のゲントが、中に甲冑など着込んでいるはずもない。愕然と視線を横にやると、ウルクの刀身は、ゲントの服を破り、生身の体に達したところで、止まっていた。
「“ステータス”コントロール。フルカウント、“アンデッド”」
ゲントは自らの体に刃物が突きつけられた状況で、平然と語る。
こちらは圧倒的現実を前に動くことが出来ない。
「ギフトにも習熟度があるんだよ。前の勇者がどうだったかは知らないが、僕は僕自身のレベルを最高値まで引き上げた。この世界に存在し得る最高レベル。魔王や、それを倒した時の勇者と同じところまで。するとギフトに新たな表示が付け加えられたんだ。“アンデッド”。つまり、ゲームクリア後の最強状態、この世界に倒せる者のいない不死身状態ってわけさ」
「な…」
何を…。何を言っているんだ、彼は。不死身?死なないって事か。それどころか突き立てた切先で、傷一つつかない。魔術で防がれたとか、硬い甲冑で覆われているとか、そういうんじゃない。こちらの行動に一切応じない、圧倒的な存在の力。魔王と同じだって?そんなのかなうはずないじゃないか。それも、この世界に現れて、まだほんのわずかな期間じゃないのか。
「だからさ、」
ゲントが白剣を持っていない方の手で僕を押す。
異常な力で吹っ飛ばされて、僕は壁に激突した。理解が追いつかず、痛みすら感じる余裕がなかった。衝撃で壁の棚が揺れて音を立てる。
ゲントはその場で軽くスキップでもするように踏み出すと、次の瞬間には僕の目の前に立っていた。魔術によるものではない。超人的な身体能力。ただそれを呆然と見上げることしかできない。ゲントの蹴りを体の側面に受ける。その威力というよりも、落ちるような感覚で蹴り飛ばされ、部屋の壁にぶつけられる。耳元で石が砕けるような音がして、近くの棚が倒れる。さっきより強い衝撃だったようだ。意識が揺れる。棚が倒れて、中の魔具が床に散らばるのが、映像でも観ているかのように他人事に思えた。上体を起こそうとして、激痛でようやく現実に引き戻される。寄りかかった壁の一部が崩れ落ちる。壁にめり込んでいたのか。笑えない痛みだな。胸の辺りの骨がいくつか折れているようだ。吐き気がする。
「悪いが、僕はすでに世界最強になってしまったんだ。自分自身のステータスを弄るのには抵抗があったが、君たちの奇襲で覚悟を決めてね。そのおかげであっという間にカンストさ。これをつまらないと評する者もいるだろうが、僕は満足しているよ。無敵状態で世界を練り歩くのは、良い気分だよ」
ゲントの声が、所々聞き取れない。言っている意味がわからないのと、耳がどこかおかしいようだ。手を当てるとべっとりと嫌な手触りがあった。
僕がまだ動くのを見て、ゲントは再び一瞬で歩み寄ると、僕を蹴り上げて天井に打ちつけた。力なく落ちてくるのを白剣を持った腕で振り払う。刀身ではなく柄と手首の部分に当たった僕は、ほとんど平衡感覚を失っていたが、部屋のどこかの壁に激突したことだけはわかった。
痛い。体が痛むのを我慢できない。体を起こすことすらできない。血なのか汗なのかわからないもので体がぐっしょりと濡れて冷える。何とか目線を上げると、反対の壁際から、ゲントが歩いて近づいてくる。
「こんなに自分の事を話せる相手には、もう出会えないかもしれない。どこか違う場所で、違った出会い方をしていれば、友人になれたかも。君が困っているところを助けるとかさ。同じ事なのにね」
「暴力で…、解決するってところが?」
ほとんどため息とのような、呼吸にギリギリ混じった声を出す。
「そう。悲しいな。でも魔具にしたってね。君はスキルないし。あ、魔具は取ったりしないよ。しっかり壊しておく。前の勇者との絆なんだろ?ラプソディアもいつまでも持っていてやなんだよなぁ」
「こんなの…おかしい…」
「この世界の神は僕の存在を認めている。このギフトでそれがわかるだろ」
「そうやって、全部自分の思い通りに壊していくのか」
「だったらどうする」
「…腕を切り落とされようと、足を折られようと、お前の首筋に噛み付いて、喰い殺す」
足は…、まだ動くか。うまく床を踏み込めずに瓦礫を蹴るが、動きはする。ウルクもまだこの手に握っている。握り込もうとして、腕が痛む。上体がうまく起こせない。瘴気の噴出で、引っ張って動かせるか?
「…君が雑魚だから、話してるんだぜ」
突然ゲントが振り下ろした白剣を、この場を離れるために用意していた瘴気の噴出でウルクを動かし、なんとか受け止める。バチバチと魔術の弾けるゲントの白剣に、ウルクを当てがう。さらに瘴気の噴出を足しても、刀身がぐらついた。
白剣の放つ魔術で、周囲に風が巻き起こり、部屋中の棚の扉が、ガタガタと音を立てて震えた。近くのものは衝撃波に飛ばされる。杖のような軽い魔具は、床に散らばり、転がっていく。
白い閃光に、意識が遠のく。
ゲントの白剣が、肩に食い込む。
まだだ…。
こんなの勝てるわけないじゃないか。魔王と同じって、世界最強って。あのタローさんですら、十数年かかって、やっと手が届いたんだ。それも、命懸けで。無理だ、僕じゃ無理に決まってる。どんなに修行したって、努力したって、工夫したって。持ってるものが全てなんだ。これが現実なんだ。
肩が痛い。いや、身体中か。馬鹿げてるよ、こんなの。
…でも、まだだ。両足に力を込めて立とうとする。踏ん張っても、返りがない、感覚が、地面の感触が。ただその筋肉の痛みだけで、まだ両足がついていることがわかった。
弾ける魔術の煌めきで、白剣の向こう側にいるゲントの姿も見えない。本当に、圧倒的な力だ、ギフトって。彼なら本当に世界を変えてしまえるだろう。でも嫌なんだよ。僕は無力で、何も持ってない。駄々をこねる子供なのかもしれない。でも嫌なんだ。こんなのは。こんな思いが広がっていくのが。いやだ…。
最後の魔力が尽き、ギリギリで止めていた白剣が振り下ろされる。魔術で吹き飛ばされながら、剣は僕の体を切り裂いた。後方に飛ばされたおかげで、なんとまだ繋がっているようだ。嫌だな。弱い自分が。でも、圧倒的な力を持ちたいとも思わない。強がりかもしれないけど。ゲント、客観的に君を見たからかな。
「うん」
ゲントは静まりかえった部屋で、白剣の柄を何度か握り直して、その感触を確かめた。
「良いね。空きスロット二つの組み合わせとしては現状ベストだろ」
刀身に軽く手を当てると、満足げに剣を下ろした。
「そうだ、魔具を壊しとくんだった。まだ残ってるのかな」
すでに終わった戦闘、あるいはゲントにとってはただの魔具や自身のギフトの調整であったかもしれないが、散らかった部屋も、どうせこの場所を後にするのだ。瓦礫の中から先の転生者の残した魔具“勇器”を探し始める。雲が出たのか陽が入らず、部屋が暗い。先ほどの白剣の光から、目がまだなれていないのかも知れない。ゲントは軽く目をこすりながら、足先で瓦礫を蹴って、勇器を探す。
部屋の隅の暗がりから、それは現れた。
低い唸り声がしなければ、ほとんど影と同化していた黒い体がむっくりと体を起こす。漆黒の体毛のように見えるのは、獣の全身から滲みだす瘴気。
「魔獣?どこから湧いて出た」
獣は四肢を踏み出し、ゲントに飛びかかる。
咄嗟に振るわれた白剣は、獣の湧き出る体毛に、刃が食い込まなかった。
剣を振るったことでバランスを崩したゲントは、獣の力ではなく、自ら背後に倒れる。そこへ獣が覆い被さる。視界を完全に覆う獣の巨体から、濃密な瘴気が滴り落ちる。
ボタボタと垂れる瘴気をゲントが不快そうに拭っているうちに、瘴気が床に溜まって、その量を増やしてゆく。
「なんだっ、こいつ、うっ…。ゴホッ」
瘴気を吸ってしまったゲントが咳き込む。
白剣に魔術を込める腕を、黒い獣が脚で押さえつける。
「無駄だっ、“アンデッド”、僕は死なない」
フルカウント。この世界で最強の腕力で獣の腕を振り払い、立ち上がる。獣の脚は感触がなかった。体自体が瘴気で形成されているようだ。見ると、部屋には既に瘴気が満ちていた。
「ごほっ…なんだっ、うっ…、なんなんだよ」
瘴気の濃度が上がって、視界が黒く、濃く、埋め尽くされる。足元に溜まって、まとわりつくドロリとした瘴気も、あっという間に水位を上げる。
「ゴホッ、ゴホッ、くるしっ、ゴホッ、」
ゲントは咳き込み、その場にうずくまる。
「くるしい、やめろっ!やめろぉ!」
瘴気の中から獣がゲントに飛びかかる。
呼吸の出来ないゲントには、もはやそれを振り払うことはできない。
体に傷はない、魔力も十分。部屋に魔具はいくらでもある。ただ息が出来ない。
“アンデッド”
ギフトによって、死ぬことはない。
そのことがゲントを苦しめ続けた。その無限の体力ゆえに、どれだけ朦朧としても、意識を失うこともない。
永遠に思える苦しみに耐えられなくなると、ゲントは最後の言葉を思い描いた。
(「“ステータス”コントロール 解除」)
「うわっ」
「うおっ、お前!?」
突然、持っていた魔具が人に姿を変えると、戦闘中のラクス騎士団の騎士達は、現れた人にぶつかったり、その中に知っている人物を見つけたりして、動揺する。騎士達に供給されていた魔具に変えられていたのは、辺境での任務で行方不明となったはずの騎士や、逮捕されたポートマフィア、失踪したアナモニスの住民。
「なんだっ?何が起こってやがる」
突然の武装解除に、防風林の最後、島内の端の崖まで追い込まれたショーンたちにも、状況が掴めない。
「人を魔具に変える力。それが解かれたということは、転生者の身に何かあったのでしょう」
仲間を助け起こしながら、シャの一人が言う。
「よっしゃあ。俺たちも攻め込むかっ!」
「それより…、戦闘が終了したのであれば、フェリオ様を助け出さねばなりません」
背後の小さくなった湧き出す泥の塊に目をやる。
力を使い果たし、言葉の呼び掛けにも反応がなくなっていた。
「大陸の魔術の知識はありませんが、危険な状態のようです。今のうちに船に運びましょう」
城内でエミスが戦っている騎士達は、騎士団の中でも老練なもの達で、自らの意思、ラプソディアに対する敬意から、その側を護っていた。それでも、そのうちの数人の騎士剣は、突如として城使えのメイドに姿を変えた。転生者からの魔具の供与を受けていたのだ。
最前線でエミスと打ち合っていた騎士が、後方の異変と動揺に気が付く。廊下の窓からちらりと外を覗くと、あちらでも何か動きがあったようだった。力量差で追い込まれていたエミスは、この隙を逃さず、騎士の甲冑、ど真ん中に打ち込む。
後ろへよろめく騎士に、剣を持ち直し騎士剣の堂々たる構えを見せつける。「勝ったぜ」という顔。最後の一本になった剣は先の方が欠けていた。
エミスのドヤ顔をよそに、ラクス城内に動揺が広がって行く。
ラプソディアの猛攻と、それを防ぐ黒い扉。拮抗する戦闘の最中、上階へと続く階段から、瘴気が流れ出して来る。
それを見て、二人の手が止まる。
「アルク…さん」
トバリが両腕を下すと、連動して黒い二枚の扉も、ドスンと重い音で床に置かれた。
あまりに濃密な瘴気に遮られて、その奥の気配が探れない。しかし一瞬、闇の中に獰猛な獣の眼光か、鋭い牙がチラつく。
「そんな…アルクさん。私は貴方を…」
動揺するトバリを横目に見て、ラプソディアは細剣を腰の鞘に収めた。
「それ、みんな持っていってね、」
あごを軽くあげて指し示すのは、周囲の床に散らばったトバリの魔具たち。“コング”の破片。
トバリは、ラプソディアの落ち着いた様子を見て、それでも突然の攻撃を警戒しつつ、魔具を拾い集める。ラプソディアがその気になれば、一瞬で斬り込んでくるだろう。しかし、その意思はもうないようだ。
ラプソディアは、ただその場に立ったまま、静かに上の気配を探っているようだった。
「行かせていただきます」
去り際に、ラプソディアの背中に言葉を掛けるが、返って来ることはなかった。広間にラプソディア一人を残して、階段を駆け上がる。
黒く濃密な瘴気が、段々と霧散し、部屋の中の様子が見えてくる。
壁の破損は激しい戦闘を物語り、床には意識を失った人々がおり重なって倒れこんでいる。
その中に、転生者の姿はない。
ただ、彼がいたはずの場所には、覆い被さるような格好でアルクが倒れていた。




