④ー9帯刀
④湖の城と海の島
9 帯刀
流動する高密の魔術が、いくつも襲いかかって来る。
その集中砲火に、頬の肌がひりついた。
一人目を右腕で。二人目、左腕。瘴気を纏った腕を全力で振り、シャの魔術とぶつかるのを無理やり振り抜いた。だがそれが限界だ。無茶な瘴気の噴射は、連発できず、この二発で打ち止めだった。だが、シャは間髪入れずに次々魔術を打ち込んでくる。異様に重く、ダルくなった両腕に鞭を打って、ウルクでなんとかいなすも、相手の数が対応できる手数を超えている。
(「かなりやばい」)
眼前に迫る拳が、ゆっくりと感じられ、視界が歪む。
「気張れ 生きようと、誓ったならば 理不尽に切り倒されようとも 骨肉はやがて土となり その血は大地に染みる “きっぱり”」
襟首を掴まれ、後方へ引き倒される。それと同時に、視界を覆っていたシャ達の影が一掃され、一番星の点る夜の始まりの空が開けた。
「ごめんね。待たせちゃったね」
「…シオさん?」
見上げた逞しい背中では、すぐにはあの柔らかなシオさんの印象と結びつかなかった。
「匂いで気がついて、すぐにかけつけたんだけどね」
シオさんは前方に向けて構えを崩さずに、話しかけてくる。足手まといになるわけにはいかない。僕も何とか立ち上がる。
それは相手も同じようで、シオさんに吹き飛ばされたシャ達も続々と立ち上がる。
「今みんながハナフダさんを呼びに行ってくれてる。それまでの辛抱なんだけど、どうかな」
「大丈夫です」
シオさんの横に並び、ウルクに魔力を込める。
両腕に瘴気の布を纏わせるのは、悪くないアイデアだったが、重くて連発出来なかった。今の状況には不向きだ。瘴気を噴射する疾走と、濃密に織り込んだ黒い布の強度を両立させるんだ。ちょうど、目の前の連中の、独特の魔術のように。速く、重い。そんなイメージを。
ウルクの刀身から生じる瘴気は、薄く、流れるように、自分の上体の周辺に、ゆるく滞留させる。任意の一瞬のタイミングに合わせ、さらに噴出し、厚く強度を持たせる。緩急のタイミングが重要だ。少しでもズレれば、攻撃を喰らう。敵の攻撃は重い。一撃でも喰らうわけにはいかない。リズムを掴むんだ。敵の動き、攻撃と防御。それに対する自分自身の行動の。
「不思議な瘴気だね。魔術に焦がれた、呪いみたいな感じがない。それより、何だろう…。いい匂いだよ」
「えっと…、ありがとうございます?」
シオさんの体にも、魔術が這っている。彼女の柔らかな肌を締め上げるような、太く力強いものだった。
「来るよ」
「はい」
シオさんの移動は、無茶な速さを感じない。しなやかな体重移動で、最短で一歩前に出ると、二、三人をいっぺんに薙ぎ払った。伸びた足の対応範囲は広く、魔具を持たずとも、ほとんど槍のようだった。彼女に護られるような位置どりになっている。なら…、
「あ、こら」
疾走で一気に前に出る。次に控える敵集団の内へ突っ込むと、周囲に瘴気を撒き散らす。
すかさず、突き込んでくる相手に、瘴気で巻いたウルクを打ち込みつつ、背後から迫る相手に対しては、その場で生成した瘴気の布を巻いた腕で対応する。
戦闘スタイルが似ている。ほとんど鏡のようで、対敵するも、師範のようでもあった。体に纏う魔術、その緩急のタイミング。こちらの攻撃と相手の防御がぶつかり、相手の攻撃へのモーションが、こちらの瘴気噴出のタイミングを誘った。手合わせは決められた型のように連続し、その度、動きが洗練されてゆくのを実感した。
(「何だろう、すごく楽だ。闘ってるのに、遊んでいるような。見て、合わせて、学んでる」)
瘴気が流れ、寄り集まって硬くなり、攻撃を防ぐとすぐさま霧散する。必要な場所に、必要な時、噴出する。寸でのところで、的確に対応する。
まだ戦える。彼らから学べば、まだ強くなれる。今は肌のひりつきすら心地良い。
「悪いけど、負けてるわけにはいかないんだ」
瘴気をきつく織り上げて、ウルクの刀身を延長する。騎士剣の長さになったウルクを、構え直す。
「“みずうり”」
医師の手に生じた高密度の魔術は、触れたシャを弾き飛ばした。
「んなろーがっ!」
ショーンは銃身を杖武術の要領で巧みに回し、物理的にシャの侵入を食い止めている。
「君ねぇ、もう少し何かあっただろうに。銃である必要があるかい?」
「うるせっ。オレの魔術じゃこんなボロい建物、吹き飛んじまうだろがっ」
「ボロとは失礼な。アンティークと言ってくれたまえ」
そう言いった側から、医師の吹き飛ばしたシャの着地点にあった机が破壊される。
「ボロじゃねぇーか」
「直して使うのさ」
「…けむいな」
坐禅を組んだエミスが、目を開く。
「やっと起きたか!お前も戦いやがれっ」
「ダメだ、意味のない戦いはしない。そういう約束なんだ。それをもう一回思い出した」
エミスはゆっくりと立ち上がると、肩を回して自分の体の状態を確かめる。
「どうだい。うまく付き合っていけそうかい」
スーっ ハァー
エミスははっきりと自分の呼吸を確かめると、シャの攻め入る外へ向かって歩き出す。
そしてほとんど無意識に、頭に思い浮かんだ言葉を、或いは聞き齧ったシャ達の詠唱から、呟いた。
「灯火はあとを引く…」
上半身に、薄く、ほとんど透明の炎が広がる。
「お前…、まさか」
「火を制する為の五行。みずうりでも覚えてくれたらと思ったが、まあいい。それが君なんだね」
「誓うは約束のかがり 与うは公然の節理 奪うは友なきけぶり!」
その手に騎士剣はない。それでも右手を握り込み、左手でそれを支えた。
「“びくに”っ」
空白の剣を振るうモーションで、炎が巻き起こる。
熱された風は、診療所の壁ごとシャ達を吹き飛ばした。
エミスが構えを解くと、体の炎は一瞬で引いた。もう、術者自身の体を灼く事もない。
「アルたちのところに戻るぞ!」
「サラサ様、もうおやめくだされ!」
「んあ?」
提灯ともる酒場通りに、戦闘不能になったシャ達が、あちらこちらにへたり込んでいる。
「ん〜。やっぱり人族の魔術はおもしろいなー」
いつの間にか酔いどれフェリオは酒を片手に店を出てきて、喧嘩を肴に呑んでいた。
「そうなのか?俺たちからすりゃー魔界こそ魔術の本場って感じだがな」
制止するシャを押しのけながら、サラサはフェリオに話しかける。
「いやいやー。確かに魔族の魔術の方がレベルは高いとは思うんだけどー、あいつらにとっちゃ運動することと変わらないからなー。脳筋ばっかりだよー」
「そうかー。まあ体ん中から起こす訳だからなぁ。手足動かすのと同じような感覚ってことか?」
「そゆことー。だから脳筋ばっかりー。ちゃっかり砂利金拾ったりー」
フェリオは路端に転がったシャに顔を近づけて、その装束をつまんでみる。
「はぁ、動いたら喉が渇いたぜ。次の店行くぞ、フェリオ!」
「ラジャラジャー」
二人はシャ達をおいて、夜の街に消えていった。
「あの」
「なぁに」
クジョウ・フブキは簾を越え、トバリの顔をじっと見つめていた。
「綺麗な髪ねぇ。触ってもいいかしら」
「お断りいたします」
「あら、随分はっきりとものを言うのね。残念だわ」
フブキは奇妙な体勢になりながら、トバリを360度から舐め回すようにじっと見た。
これにはトバリも困惑していた。
「魔族はね、この島においてはある種、崇拝の対象なのよ。超常の者。その力を借りながら、このクニは今日まで存続してきたの」
フブキはトバリの傍らに寝そべると、そこから見上げるような格好で、トバリから目を離さない。
「あなた黒壁に興味があるんですって?」
「えぇ…まぁ」
「それよ、その曖昧模糊な受け答え。アズマ風の口調。それでいて頂戴。たまらないわ」
「それはどういう、」
「黒壁もまた、魔族の力を借りて造られたと伝わっているわ。つまり、あなたと私。二人もまた出会ってしまったのよ」
「…。」
遠い目をするフブキと、目をそらすトバリ。
「鱗頂戴」
「…。」
「ねーウロコ頂戴な。ね?」
「…。」
「ちょーだい、ちょーだい」
「客人を困らせるとは、もてなす家主の器量が知れますよ」
「コクトウ。何の用かしら」
襖を少し開けた奥の影から、一人の男が話しかけてくる。
「…外が騒がしいようで、イチカゼ様より様子を見てくるよう申しつかりました」
「だったら見てらっしゃいよ」
フブキはトバリから目を離さずに、片手を振って追い返すサインをした。
「しかし、我がシャを私的に利用されるようでは困りますな。そのような事があれば、お兄様にお伝えしなければ…」
コクトウは静かな口調でフブキをたしなめた。
「ふんっ、いいわよ。わかったわよ」
そう言うとフブキは側女に指示を出す。
「撤収よ」
「かしこまりました」
指示を受けた側女はさっそく裏へ下がった。
「ご思慮ありがとうございます」
そう言って頭を下げると、コクトウも去って行った。
部屋に静けさが戻る。
「綺麗な黒髪ねぇ」
「…帰っていいですか?」




