④ー6宝物堂
④湖の城と海の島
6 宝物堂
ぼんやりとまぶたを開くと、部屋には薄明りが広がっていた。
少し頭を傾けると、扉の隙間から、朝日が差し込んでいる。
まだ、朝の早い時間と思われるが、目は冴えた。
状態を起こすと、隣の布団でヨルが小さな息をたてて眠っている。
起こさないよう、静かに寝床から出る。
部屋を出て音を立てないように扉を閉じると、廊下もまだ静寂の内にあった。あてもなく建物内を歩き回る。統一されたどこも同じような内装で、迷いそうになる。
「おはよう」
「あ、おはようございます」
僕らの宿泊を許してくれた、この寺院の住職が、どこからともなく現れた。高齢のこの女性以外、昨日からこの寺の中で誰にも会っていない。まさかこの女性一人で、この広い寺院を管理しているのだろうか。それにしては隅から隅まで掃除が行き届いており、手入れが行き届かずに、朽ちているような場所もない。
「おいで」
とっとと進む住職について行く。
招き入れられた部屋は、他の独特のアズマ風の寺院の造りとは異なり、大陸の机やソファ等が雑然と置かれている。この部屋だけ、ネグロの、各国の工芸品の収集物で埋め尽くされたムートの家のようだ。
住職は暖かいお茶を二つ用意すると、一つを僕の前のテーブルに置く。自分は、おそらく自身の定位置となっているのであろう椅子に収まると、その前に積まれた本の一冊を読み始めた。何か話をする様子はない。ただ黙って本を読み、お茶を飲む。その沈黙が、嫌ではなかった。僕もぼーっとソファに沈み込むように座り、たまにお茶を飲んだり、近くに散らばった本を拾い上げて、パラパラとめくってみたりした。
やがて引き戸の隙間から漏れる光が、ぼんやりとした早朝の日の出の薄明かりから、はつらつとした朝陽にかわる。そろそろヨルの様子を見にいこうかと立ち上がると、住職も本を置き、すっくと席を立つ。
「朝にしようかね」
目をこするヨルの手を引いて、厨房へと向かうと、きっちり三人前の朝食がすでに用意されていた。
中央の寺院に隣接するこの建物には、僕らが泊めてもらった部屋以外にも、同じような部屋がいくつもあるようだったが、それに対して厨房のサイズは、ゼンの実家のものとさほど変わらない大きさだった。部屋数は多いが、寝泊まりを想定した建物ではないのだろうか。アズマにおけるこの寺院や、建物の意味合いがイマイチわからない。
「お食べ」
「「いただきます」」
立ち振る舞いについて、考えていても仕方がない。今は、エミスたちを待って、この場所で待機するだけだ。
会話もなく、三人で粛々と食事を済ませる。
全員が食べ終わるのを待って、住職が腰をあげる。自身のお椀と一緒に僕らの分も回収しようとする。
「あ、やります」
そう言って自分の分の食器を流しに運ぶ。ヨルもそれに倣って食器を持ってきてくれる。
「ん」
住職は、食器洗いに必要な道具の場所を教えてくれた。
食器が一通り片付くと、住職は三人分お茶を淹れてくれる。
それをまた、三人揃っていただきながら、今後のことについて質問してみた。
「あの、僕らはこちらにしばらく滞在させていただけるのでしょうか?」
住職は黙ってお茶を飲む。
昨日からなのだが、住職は時々、返答がないのだ。聞こえていないのか、無視されているのか、考えていらっしゃるのか。まだこのお方のペースを掴めない。
「あの…、お手伝いさせていただける事があれば、おっしゃってください。置いて頂けるなら、なんだってやります」
「わたしも、お手伝い、します」
ヨルも遠慮がちに加勢する。
すると、住職はコップを握る両手のうち、左手を、指を揃えて開くと、僕らを制するように前にだした。
どういう意味だ。手伝い不要?それとも宿泊拒否?
ヨルと二人、固唾を飲んで、次の発言を待つ。
しかし、老女はそのままの姿勢で微動だにしない。
ぐーっ
と、突然大きな寝息を立てる。
寝た…。
「…自分の事をしなさい」
起きた。
「自分の事とは?」
「人ひとり生きるのに必要なことさ。まずそれを知りなさい」
「はい」
「はい」
よく意味はわからなかったが、突然の凄みに押され、とりあえず返事をしてしまった。ヨルと顔を合わせる。
「えっと、それじゃまず、掃除と洗濯を…しよっか」
「うん」
「場所をお教えるよ」
こうして寺での暮らしが始まった。
掃除洗濯炊事。家事全般を複合的にこなす。経験が乏しく、手際の悪いせいもあるだろうが、生きるために必要なことを一つ一つ丁寧に片づけていくと、気がつけば夕方になっている。これに子育ても加わると思うと、ゼンのお母さんなんかの大変さは、相当なものだろうと、考えさせられる。
「ヨル、裏山の探検でもしてきたら?」
二日目の午前に洗濯の水の冷たさに顔をしかめているヨルに提案する。
住職の話では、寺院の裏手の山は、魔獣や獣も出ないし、穏やかな勾配だという。
「いいの」
ヨルは僕の隣でずっと同じように家事をこなしていた。今後に役立つとは思うが、子供らしい時間も過ごさせてあげたい。どうしたものか。
「わたし、しあわせだよ」
その晩、眠る前にヨルは言った。
「全然遊んだりできてなくない?」
「いいの。いまでいいの…」
ヨルは二日目にして、この生活から何かを掴み取ったかのようだった。それでも、家事ばかりというわけにもいくまい。トバリから引き継いだ保護者としての責任を果たさねば。僕には、ヨルと一緒に裏山を散策するという目標ができた。
三日目、一日にすべきことの全体像は把握した。あとはいかに効率を上げるかだ。
洗い物、洗濯、掃除、昼食の準備、住職に頼まれた雑務、掃除(部屋多すぎ)、昼食準備、昼食片付け。よし、今日は早い!
「住職!ヨルと裏山の探索に行って参ります!」
「ます!」
「ああ、いっといで」
ずんずんと歩く。山道も手入れが行き届いており、未開の領域を開拓しているような感じは無かったが、それでも外を歩いてまわるだけで、なんだか充実感があった。
「楽しいね」
「ねー」
ね。自分一人分の家事全般をこなせるようになると、自分の存在の生活に必要な分量がわかったような感じがして、なんというか、これまでとは違う、自分を生かす?ような感触を得る事ができた。ような気がする。
「きゃーー!」
山奥で女性に悲鳴を上げられる。淡い色合いの簡素なアズマの民族衣装を身につけた女性たちが集まって来る。なんだか尋常じゃない目線を向けられている。
「うっ」
突然視界が暗くなり、意識が遠のく。何者かに攻撃されたんだ。ちょっと家事ができるようになったくらいで調子に乗ってるから…。
「大丈夫?」
気がつくと、女性が僕を見下ろしている。床に寝かされているのか。見知らぬ建物の中だ。体を起こそうと手をつくと、頭がぐらぐらとして、再び倒れそうになる。
「おおっと」
激しく頭を打ちつけそうになるのを、その女性が抱き止めてくれる。
「無理しないほうがいいよ」
女性は僕の頭を抱き止めたまま頭を細い指で撫でた。柔らかな体に抱かれ、なんだかいい香りもする。頭の中がぐるぐるするのも相まって、意識が遠のいていく。
「アルク、ノゾキなの?」
「ん?」
ヨルの声。
目を開くと、少し離れたところにヨルがちょこんと座り、その後ろに十数人の女性が、怯えながら、こちらの様子を窺っている。
「おほん。違うよ?違います。そんなんじゃないです」
「そうなの?」
距離をとろうとする僕に対して、先ほどの女性が手をついて迫る。前屈みになると、一枚の布を前で合わせて留めているだけの民族衣装がたわみ、胸元が露呈する。
「姉様!気をつけて!」
「やっぱり獣だわ」
「やっつけて!」
女性たちが声をあげる。
「あの、いったい何がどうなってるのか」
頭がいたい。そういえば、誰かに殴られたんだ。とりあえずヨルは無事。というか女性たちに慕われている感じすらある。あとは…、女性しかいない。一様に皆同じ民族衣装。港町で見かけたものと比べると、がらもなく、無染色のような淡い色で統一されている。この傍の女性がリーダー格なのだろうか。長い髪を後ろで結いている。目が合うと、首を傾けて微笑する。
「姉様!」
「姉様!やっつけて!」
「アルク…悪いことしたの?」
皆さん、大きい声を出さないで、頭がガンガンする。あと、いい匂いがする。じゃなくて。
いったん落ち着こう。近くに扉がある。そこから外に出られるはずだ。いったん外に出て、状況を整理しよう。
足に力を込めると、ふらつきながらも立ち上がって扉に駆け寄り、引き戸を開け放ちながら、勢いよく外に飛び出した。
「わぁっ!?」
外へ飛び出すと同時に、ちょうど反対側から中へ入ろうとしていたと思われる女性とぶつかる。勢いよく飛び出した僕が、荷物を持ったその女性を押し倒すような格好になる。
「痛いなあ。なんでこんなとこに男が…、ん?あなたこのあいだの?」
「あら、イヅルちゃん、大丈夫?」
イヅルと呼ばれたこの女の子は、見覚えがある。あの海賊船に乗っていた。
「お姉が手荒な真似して悪かったわね」
縁側に海賊の少女と並んで腰をおろす。
ヨルと女性たちは、室内で何やらこのクニの遊戯をしている。ヨルが楽しそうでよかった。
「どうぞー」
先ほど僕を介抱してくれていた女性が、お茶を運んできてくれる。
「ありがとうございます。おねえって?」
「お姉でーす」
女性はにこやかに下がっていく。
「あれ、私の姉なの。シオ。わたしイヅル。よろしく」
「あぁ、どうも」
なんだかわからないが、軽く会釈をする。
「あんたをやったの、たぶんお姉よ」
「え」
シオさんはゆったりとした動作で、皆の分のお茶を淹れている。気配もなく一撃で意識を奪うような攻撃を放つ人には見えない。
「マジで気をつけなー」
「まじ?」
「君の魔術もなかなか面白いよね。あれってどうやってやるの?」
親しげに話しかけてくれる彼女だが、聞かなければいけないことがある。
「えっと、イヅルさん。あなたは海賊船に乗ってたよね?」
「そだよ。君たちがお城から逃げてた時も、いたよ。あれヤバかったよねー」
「ここは海賊のアジト的な場所なの?」
「いやいや、違うって。わたしはお姉に会いにきただけ。ここの人たちに荒事は無理よ。あ、もちろんお姉は除いてね」
「それじゃ、みなさんはお寺の関係者の方なのかな」
「そだよ。みんなここでお寺の仕事しながら暮らしてるわけ。あたしには無理だな。てか、そんなことも知らないでここまで入って来たの?どうしてここにいるわけ?よく入ってこられたね」
「えっと…」
下の寺院に泊めてもらっている事は、言ってもいいのだろうか。まずは彼女に敵意があるのか確認したいが。そういえば、彼女の船に乗っていた男は何だかウルクを狙っているような口ぶりだった。居場所がバレると面倒だろうか。
「あ、ショーンの事なら大丈夫。あいつここ出禁だから」
「君らのリーダーのことかな」
「うーん、リーダーっていうか、まあ、あのうるさい奴のことね」
「なんだかよくわからない事だらけだ」
「それなら、宝物堂に行ってみたら?」
いつの間にかシオさんが後ろにいて、肩に手を回してくる。
「あの…」
背中にやたらとやわらかいものがあたるので、背筋が伸びる。
「お姉…。なんか彼のことめっちゃ気に入ってない?さっき会ったばっかでしょ?」
「うーん。なんかいい匂いがするんだよねぇ…」
「あの…」
後ろから回された腕でシオさんがしがみつくと、硬さの一筋もない、あたたかな物体を、どうしたってその存在を感じてしまう。背中のやりどころに困る。
「あそこもいい匂いがするよね」
「えっと…」
「えー、めんど。いいけど」
イヅルは僕の手を引くと、シオさんから引き剥がすように縁側から降ろした。
「いこっか」
女性たちが共同生活を送っているという木造建築の平屋の裏手から、さらに山道を登って行く。ここから目的の場所まですぐということで、女性たちと楽しそうに遊んでいたヨルは残してきた。魔族や、よそ者である僕らに対して敵意はないようだ。それでもヨルを一人残していくのはまずいだろうか。裏道を少し上がってから、建物を見下ろす。
「大丈夫だよ。お姉が付いてれば、大抵のことは何とかなる」
少し先を歩くイヅルが、振り返って言う。
「そんなに強いの?」
「強いよー。でもそれ以上に、お姉の魅力が勝る。君も、ソワソワしてたし?」
「…。」
坂道を上がってゆくと、あるところから、足元の感覚が変わった。山道の踏みしめられた土の道から、下に何か固いものが敷き詰められているような硬さへ。
「着いたよ」
道が平らに開けると、一つの建造物が現れる。木々はこの建物の周囲から、ぴたりと生い茂ることを止められ、上方の空もぽっかりと空き、不自然に開けている。所々、地面の土の薄い場所があり、見ると直線で切り揃えられた大きな石がきっちりと敷き詰められていることが分かる。
「あら、閉まってるわ」
白と黒でデザインされた建造物の、入口の扉に手を当てたイヅルが呟く。
「なんかね、ここを管理してる人がいるんだけど、今はちょうど留守みたい」
こんな山の中にあるにも関わらず、その白い壁に汚れは見当たらない。そのことがこの建造物の異質さを増長しているのだが、よく手入れが行き届いているのだろう。
「ここはどういう場所なの?」
イヅルは周囲を見渡して、近くに管理者がいないことを確認しながら近づいて来る。
僕の目の前までくると、何だか急に二人きりであることを意識させられて、息がつまる。
彼女も同じ事を感じたのか、目が合うと、少し俯いて目線をそらした。
「また今度、来てみたらいいよ…」
坂を下り、シオさんたちの居所に戻る頃には、陽が傾き始めていた。
「またおいでね」
優しいほほえみを向けてくれるシオさんと、ヨルにだけ手を振る女性たちを後に、帰り道が同じイヅルと三人で、寺へ帰る。
「ん?日が沈んでるってことは、あっちが西だっけ?」
何となく寺の方向を方位で把握していたつもりだったが、思っていたのと全然方向が違っている。寺院が近づいて見えてくると、違和感が増す。奇妙な倒錯感で、鳥肌が立った。
「その疑問は間違いじゃないよ。あれは本物の太陽じゃないんだよ」
イヅルが説明してくれる。
「“纏いの技術の応用ね。島全体を覆う霧に魔術をかけて、太陽をランダムに投影してるんだ。その霧で外からはこの島を隠してるわけ」
「すごい大規模な魔術だね」
「ちなみに私が船を隠したり、幻覚を見せたりするのも、この魔術の応用だよ」
「“纏い”ってやつ?」
「そ、五行魔術とか、言い方は色々あるけど、ようは体の周りに魔術を纏わせるってこと」
「纏わせる…」
「君もあの黒いの、剣に巻いてたよね?あれってどうやってるのかな。纏いっぽいけど、少し違うよね。ずっと聞きたかったんだ」
「うん。というか僕は魔術は使えないから、あれはただの目眩しだよ。魔具から瘴気を吐き出してるだけ」
「瘴気かぁ、魔術を使ってなくて、あれだけ出るものなんだね。というか魔術を使えないって、いよいよ君たち何者?」
「僕は落第ギリギリで騎士学校を何とか卒業した元騎士、かな」
「わたしはヨル。これアルク」
遊び疲れてトボトボ歩くヨルが、雑に紹介してくれる。
「ヨルちゃんと、アルクくんね…。私はイヅル。よろしくね」
改めての自己紹介に少し照れて、イヅルは歩調を早める。
「また君の魔術のこと聞かせてね、アルクくん…。そんじゃまたね、バイバイ」
「バイバイ」
眠そうに手を振るヨルに合わせて軽く手をあげてはみたものの、彼女が海賊であることを思い出して、何だか少し複雑だった。彼女は敵、なんだろうか。
「うぅ…、何やってんだろ私。魔術のことペラペラ喋っちゃってさ。変なやつと思われたかな…、いやいや、どう思われたって構わないし!」
帰り道。複雑な思いを抱いたのはイヅルも同じだった。
「「いただきます」」
「いただきます」
夕食は毎日決まった時間に、必ず三人でとる。
「今日、裏山の女性たちがいる平屋まで行ってきました。あと、宝物堂も、開いてませんでしたけど」
「…そうかい」
住職は一瞬何か考えたようにも見えたが、なんて事でもなさそうに食事を続けた。
ヨルは家事と遊びでだいぶ疲れたのか、食べながら寝かかっている。
こんな穏やかな暮らしもいいものだ。
すると、表で扉を開閉する音が聞こえてくる。ここ三日、この寺院を訪問するものはいなかった。何者かが廊下を歩く音が近づく。
「ババ様、帰ったよ」
現れた女性は、僕ら三人の様子を見渡すと、満足そうにして言った。
「めし!」
現れた女性も加わり、四人で食卓を囲む。
ゼンの母と同じくらいの年齢だろうか。年上の女性の年齢など、わからない。わかるのは、住職と同じような民族衣装を着ていることと、歳の割に体が鍛えられていることくらいだろうか。ガツガツと夕飯をかっこんでいる。
「えっと…、お邪魔してます」
「ん。んっん、んん」
食べながらなので、まるで何を言っているのかわからない。
「ごめっ、ん。朝からなにも食べてなくてさ、お腹すいちゃって。君たちのことは把握してるから大丈夫。その事でここ数日バタついてたんだけど、他の仲間もうまくやってるみたいだよ」
「みんなをご存知なんですか。エミスとフェリオの容態は?」
「生きてるよ。一人はとんでもない荒療治だけど」
「そうですか」
嘘を言っているような感じもないし、この人が嘘を言う理由も思いつかない。二人が無事なら、本当に良かった。
「ただ、今はまだ、別々で行動しておいた方が、んん。んっ、めんどうな輩に、ん、絡まれないようにね」
なぜ話している途中で次の一口を入れてしまうのか。詳しい話をするには、この人が食事を終えるのを待った方がいいだろう。
が、しかし。食事を終えると、彼女は勢いよく立ち上がったかと思えば、早々に立ち去ろうとする。
「あの!状況がまだ掴めていないんですが、」
「ん。まず、ここでしばらく暮らすこと。家事全般はババ様に教わりなさい。まず自分一人を生かすのに必要な仕事量を把握すること。それが出来なきゃ人に対してなんもできんよ。もっと身体を動かしたくなったら、私のところに来な。稽古つけてあげるから。裏手の女たちに宝物堂って言えばわかるから」
そそくさと食器を下げると、女性は部屋を出ようとする。帰り際に振り返ると、ひとこと言い残した。
「私はハナフダ。この恋寺の管理を任されている者だ。寺から何か奪いたきゃ、私を倒す事だね」
ハッハッハッと快活な笑い声を残して、ハナフダさんは夕闇に消えて行った。
「…。このお寺って、住職が管理されてるんじゃないんですか」
「しらないよ」
住職改めババ様は、気にするでもなく、食器を手に持ち片付けを始める。
「あたしゃ住職じゃないよ」
「えぇ…」
寺院を裏手へまっすぐ、お山へ向かう直線上に、宝物堂は位置する。
その現管理責任者であるハナフダによって、扉が開かれると、中にはずらりと、魔具が並んで保管されている。どれも長い時間を経た、歴史的にも価値のある品々だ。その中央最奥。刀を掛けて保管する為の棚がある。そのしつらえから察するに、かなり長い、一振りの大刀が置かれていたのだろう。今はその刀身の姿は無く、傍に、折れて刀身を失った柄が置かれている。鍔元に残った僅かな刀身の残りは、離れて久しい片割れを感じとったのか、その砕けた真髄から、微かに瘴気を溢した。




