④ー4上之町
④湖の城と海の島
4 上之町
中之町から西へ。いや、「中之町から山へ向かって左手へ」だ。
夕方になると、この違和感にフェリオも気がついたようだ。
「陽の動きがおかしくないかい?」
「そんな事より、寝ていなくてよろしいのですか」
トバリとフェリオの二人は、中之町の病院を出て、上之町と呼ばれる場所を目指していた。トバリはかねてより気がついていたようだが、このアズマに入港してから、陽の動きがおかしい。東から西への線移動ではなく、ランダムに点在、移動している。空には薄曇りの雲がかかっているが、島を取り囲む霧にも酷似している。
「おもしろいねー。逃げ込んだってゆうかー、閉じ込められた感じ?やばそうねー」
「そうならない為に、偵察するのです。私に任せてあなたはお帰りなさい」
「ぼくだって観光したいもんねー」
いつもの緩いローブで隠れてはいるが、先ほど手術を終えたばかりのフェリオの体には包帯が幾重にも巻かれていた。
病院での事。
「彼のことは私が預かろう」
丸メガネの医師の申し出を断る故はなかった。今はそうするより他ない。トバリにも、フェリオにすら、エミスの“炎上”のスキルによって身体を灼く炎を消す術はなかった。
「ただ、それには時間が必要だ。どれだけかかるかわからない。と言っても、あまりかかりすぎては手遅れになるがね。腕だけに…。おほん、失敬。そこでだ。このクニの権力者のうちの誰か、そのお家。どうかして取り入って、この島に滞在する許しを得なさい」
「かしこまりました」
「…。」
トバリは表情一つ変えずに彼の提案を了承した。調子が狂ったのか、口頭での説明を抑止し、医師は白衣の内ポケットから文庫本を取り出すと、最後のページにペンで道案内を書き記して破ると、トバリに渡した。
「上之町は夜動く。君らへの不当な評価が下される前に、根回しするといい。善は急げさ。君らが善性の者かは、私の預かり知らぬ事だがね」
「ぼくもー、いくよー」
廊下の壁に寄りかかりながらフェリオは自分のローブを着ることに苦戦していた。後ろについてきた無言無表情の看護師たちが、さすがに少し慌てているようにも見える。今ほど手術を終えたばかりだ。
「寝ていなさい」
陽が暮れて。あるいは空が夕方を投影して。
トバリとフェリオは、地図を頼りに上之町に到着した。
上之町に近づくにつれ、町へ向かう人々がどこからか集まって来て、メインストリートは賑わいをみせている。閑散とした中之町とはずいぶん違った様相だ。店舗が立ち並び、次々と店前の提灯に火が灯る。綺麗な石畳の上を、木製の靴で歩く音が繁華街の楽しげな雰囲気を演出している。
「行きましょう」
若干の上り坂となっているメインストリートの通り沿いの店は、飲食店が多いようだが、店内が外から見えづらい作りになっている店が多く、また、扉の近くにはっきりと「一見様お断り」と書いている所もあるので実態は分からない。地元の見知った客を相手に商売をする店が多いようだ。そもそも外部の人間を想定していないのだろうか。空気を察し、雑踏の中で、トバリは魔術で姿を消し、フェリオは髪色を周囲のアズマの人々に合わせて灰色に変えた。
外から得られる情報だけでは先に進めそうもない。次の段階に移るため、フェリオは一軒の飲食店の前で足を止めると、暖簾をくぐった。
「いらっしゃい」
店のものに軽く頭を下げると、空いている席に着く。
「何にしましょう」
「んー」
注文を取りに来た店員に、店の壁に貼られたメニューを指さして注文する。
「あれくださいなー」
「かしこまりました」
店員は厨房に発注を伝えに下がる。今のところ、特に怪しまれているような様子はない。
フェリオ店内を見渡す。
当然、アズマに住む人ばかりだろう。そういえば、海で襲ってきた海賊たちと同じ独特の服装を皆している。民族衣装だろうか。上質な生地を使い、整った身なりのものが多い。一方で、太腕に焼けた着物、港に住む漁師と思われる者も散見する。大衆的な店なのだろう。
「お待たせしましたー」
店員が料理を配膳してくれる。
「おぉー。食べてみなくていいのかな」
「内偵中は食事をとりません」
姿を見せないトバリの声だけが近くからする。
「ふーん。じゃあ、頂いちゃうねー」
フェリオが食事をとる内、完全に陽が沈み、店内は混み合ってきた。
「お客さん、相席よろしいでしょうか」
フェリオは食べるのが遅い。異国の食事が口に合わないわけではない。元より、食事中によく箸が止まる。注意散漫なのだ。
「どうぞどうぞ」
フェリオの了解を得て、一人の男が向かいの席に着く。
トバリの気配はない。別の店に移ったのだろう。
「混んでるねぇ、今日は」
男の世間話に、フェリオは軽く頷く。
会話は続かず、かと言って気分を害した様子もない。男も注文の料理が届くと、二人は黙々と食事をする。
向かいに座った男が食後の茶を飲み干した時、ようやくフェリオの皿も空になった。食べ終えたフェリオが顔を上げると、男が目を合わせる。
「おまえさん、アズマの人じゃないね。食い方でわかるよ」
敵意は読めない。フェリオは手を挙げて店員に会計の合図を送る。すでに他の客の様子から、ラクス国の貨幣が使えることは確認済みだ。いつでも席を立てる状態に持っていきつつ、男の発言に答える。
「だったら何かなー」
男はニヤリとしながら、胸元から巾着袋を取り出すと、自分の代金を机に置く。
「珍しいもんで、つい。どうだい、よかったら一杯やらないかい?」
男は親指で店の外を指し示す。
「遠慮しておこうかなー。知らない人に付いて行くのはー」
「九条サラサだ。いい店知ってっから、観光案内もできるぜ」
男を置いて席を立とうとしたその時、男は声を落として言う。
「いやね、セイの方で騎士団と賊がやり合ったって言うじゃないか。そこんところの話が聞きたくてねぇ」
ゆるりとした風体の男だが、その瞳の奥の鋭さに身構えてしまう。ラクス城での騒動は昨晩のことだ。一体どこでその情報を耳にしたというのか。
周囲の客が、チラチラとこちらに注目し始めていることに気が付く。そうか。常連客ばかりの店で、この男も常連客だから、通常運転だったのだ。しかし今、いつもとは違った動きが少しでも生じただけで、不特定多数の注目が集まる。この男、名の知れた人物か。面倒か、はたまた好機か。どちらにせよ、今ここで騒ぎを起こすべきではない。
「それじゃーご案内いただこうかなー」
「そんじゃ出るかね。アズマの酒はうまいぞぅ」
「ぼくお酒はなー」
店を出ながら、男はフェリオの肩に腕を置く。まるで逃がさないぞと警告するように。
「おいおい。このクニで俺の酒が飲めないってか」




