③ー16海門
③湖の城と海の島
16 海門
カーン カーン カーン
海が燃えている。
海面を伝播して広がる炎が、騎士団の船を焼いている。
「滔々と打ちゃれ、滔々と。打ち年止まん、火焔の宴」
両腕の燃える剣を、振り回し、エミスの魔術が広がってゆく。炎はエミス自身の肉体をも焼く。限界を超えた魔術はその使用者を蝕む。
船を焼く炎の灯りが、夜の海を照らし上げる。
灯りの中心である小舟に、フェリオを抱えて何とか転がり込む。
「おうおうおう!やばいぞこりゃ!」
「無茶なことするなー」
「ごめん!遅くなって」
ラクス城から鳴らされる、警告の鐘の音が海上に響き渡っている。
チラリと船内奥を覗くと、毛布に包まれた小さな塊がモゾモゾしている。この騒ぎにも関わらず、ヨルは眠ってくれていた。
「トバリは…」
舟が大きく揺れる。
騎士団の船から放たれた大砲の弾が、近くの海面に落ちたのだ。
「こんにゃろー!」
エミスが大手を振って魔術を放つが、その炎に勢いはない。
舟を守っていた周囲の炎も収まっていく。
「フガー!」
エミスは尻もちをついてその場に倒れ込む。
「無茶苦茶するからだぞー」
フェリオが右腕を舵にかけて、魔力を注ぐ。連動して舟は動き始めるが、行き程の速度がでない。フェリオも消耗しているのだ。
「瘴気で船を覆う?」
「いやー、匂いに敏感なやつも結構いそうだぜー」
何かしようとしての申し出だったが、今、僕にできることはなさそうだ。せめて飛んでくる攻撃を防ごうと、甲板に立つ。
小舟でラクス城から離れようと進路をとるが、みるみるうちに騎士団の船に囲まれていく。
飛んでくる矢を弾く。もう矢が届く距離だ。
海上に逃げ場はない。いざとなったら、接舷してきた騎士団の船を奪って逃げるしかないな。僕は覚悟を決めて、腰布をほどいて、それでウルクを手に縛り付けた。
「さてさて、いってみよー」
いつの間にかフェリオが隣に立っていた。
大砲による揺れは収まり、騎士団の船がゆっくりと近づいてくる。僕らを捕まえるつもりのようだ。
「フェリオ、怪我は?」
「大丈夫さー。魔族は丈夫なんだよ」
フェリオはニヤリと笑ってみせる。少し悲しそうな笑顔に見えた。
終わってしまう。僕らの時間が。何をしたって、ヨルだけでも逃す。せめて最後まで命を尽くそう。
「曇天に、枯れ木の杖。避雷針、絶空を貪れ。その身を尽くし、その身を尽くせ」
「疾れ、ウルク!」
「お待ちなさい」
騎士団の船に乗り込もうとする僕らの腕を、どこからか飛び降りてきたトバリが掴んで引き止める。そのままの勢いで船内にひきずり込まれ、トバリが舵に手をかけると、船は急激に加速する。
「逃げなさいと言ったでしょう」
「トバリ…、助かったよ」
「ちぇー、いいとこだったのにさー」
「まだ助かってはいないですよ」
波に舟が揺れる。砲撃が再び始まり、続々と騎士団の船が追ってくる。
トバリの魔力で加速したが、それでもこの小舟ではいずれ追いつかれてしまう。
「迂回して東側の海に出ます」
泉に例えられる城の西側の静かな波に対して、大海にひらけた東側は波が荒い。
荒海に出て、撒くつもりなのか。それにしても後方の騎士団の船は集結し、いまや大船団となっている。逃げ切れるだろうか。
ドン
「ん?」
今までの大砲とは異なる音が響く。騎士船団のうち一隻が、帆を折られ、そこから発火している。
「なんだー?」
進行方向、暗い海に何かいる。
「おうおうおうおう!てめーら!なにしでかしたらこんな事になるんだぁ!?」
海賊船。その船首に、例のうるさい海賊が仁王立ちして、こちらを見下ろしている。
「まーそんなことはどうでもいい。今日こそはその黒刀っ!そいつをいただくぜ!…っておい!行きすぎてんぞ!」
海賊船の脇をスルーして、東を目指す。トバリは海賊船には目もくれず、舟を進める。
「おい!戻せもどせ!」
ドーン
騎士団の船からの砲撃が、海賊船に当たる。侵入者の仲間と判断されたのか、砲撃の標的は海賊船と小舟の二つに増えた。というか、僕らへの砲撃を海賊船に押しつけた。
「やろー!やりやがったなー!」
「アニキ!ヤベェっすよ!船壊したらロイバー船長に殺されるぅ!」
「うっ、わかってらい。おいオメーら、反撃だぁー!」
「「「「「おーっ!」」」」」
海賊船は僕らの小舟を追いかけつつ、後方の騎士船団に応戦し始めた。
「遠吠えよ。七つの海を股にかけ、雲をくゆらす、遠吠えよ。悠久の約束を果たし、今この時に、足を下せ。発破っ!」
海賊船の、対船の戦闘力は高く、追いせまる騎士団の船を足止めし、数を次々減らしていく。
「あいつら意外と役に立ってるねー」
「うん…。何だか申し訳ないけど」
「つかまって!」
トバリの警告と同時に、舟の前を閃光が走り、海を破る一撃から大波が起こる。
後方の船団とは別に、騎士団の船が一隻、別航路から現れた。
甲板には、白銀に輝く剣を持った転生者がいる。彼が魔術を放ったのだ。
いたぶるようにゆっくりと腕を上げると、振り下ろし、次の一撃を放つ。
僕、トバリ、フェリオの三人で、その白光の斬撃を防ぎにいくが、吹き飛ばされて、小舟は大破する。
海に投げ出される。
波の音。水の音。
もがいているうちに、何とか木片に掴まる。みんなは?
「ヨルっ!」
船内いたヨルとエミスは?
揺れる波で、周囲の状況がわからない。冷たい海水に体温を奪われる。
遠くの火が、空の雲に反射している。
逃げないと、次の攻撃が来る。
「おい!こっちに来い!」
声のする方へ振り向くと、闇の中に一艘の漁船を見つけた。
「こっち来い!こい!」
甲板から初老の男が乗り出して、腕伸ばしている。
荒波の中、何とか近づいて腕を伸ばす。
男の太い腕に掴まれ、引っ張り上げられる。
「よーし。これで全員か?」
「うー。そうだよー」
甲板では唇を蒼くしたフェリオが、毛布に包まれてブルブルと震えていた。
「みんなは!?」
「中だよー」
フェリオが指差した船室に皆すでに回収されているようだ。
「それじゃあ、出すぞ」
男が合図を出すと、漁船は加速する。
「あの、あなたは?」
「あ!また増えてる!」
「増えてるー」
船内から女の子が二人駆け出してくる。
フェリオは首をかしげている。状況を理解できていないのは同じか。
「おい、あぶねーから出てくるなって言っただろう!」
「だって面白いもん!」
「わー、怒られたー」
「入っとけ。ほら、君たちも中にいなさい」
男に押されて船内に押し込まれる。
室内のみんなの顔を見て、無事を確認すると、和やかな空気感と相まって、緊張の糸が切れた。急激に身体が重くなり、座り込んでしまう。
ヨルを寝かしつけて、立ち上がったトバリが僕の頭に手をそえる。
「助かりました。ありがとうございます」
「あぁ、まあいいってことよ」
「あなた方は?」
「息子に頼まれたさ!」
船室の最前で舵を握るふくよかな女性が答える。
ラクス騎士団、旗船。
ゲントは、小舟が大破した水面を見つめている。夜の暗さに紛れてしまった。
「追いましょう」
「は!」
側の騎士が、進行の合図を送る。しかし、
流動的な海の上で、不自然に船の動きが停まる。
「体が…」
船員の身動きが取れないうちに、船体に大砲が数発撃ち込まれる。
横を海賊船が通過してゆく。
離れると体の硬直が取れるが、今度はダメージを負った船体が傾き始める。
「修復急げー!」
船員は船を沈めまいと、慌ただしく動き始める。
「勇者殿!中にお入りください」
「今のは一体なんだったんですか」
「対場魔術でしょう。かなり珍しいですが、他国の騎士が使うのを見たことがあります。魔具だけでなく、それが触れたものに対しても魔術の効果を及ぼすものです」
「へぇー…」
ゲントは白い騎士剣を腰に戻しながら、不敵な笑みを浮かべた。
その様子を、イエンは黙って見つめていた。
夜が白んでゆく。
ずいぶん荒波に揉まれた。追っ手から距離は稼げただろうか。
一人、甲板に出て遠くの様子を窺うが、濃い朝霧で何も見えない。
エミスもフェリオも酷い怪我だった。漁師の家族に簡易的な手当てはしてもらったが、療養が必要だ。トバリも、隠してはいるが、傷を負っているようだった。彼女の疲れた顔を初めて見た。無理をさせたんだ。
「おはよう…」
ヨルが眠い目をこすりながら出てくる。
「おはよう、ヨル。早起きだね」
「うん…。アルクは寝てないの?」
「うーん、あんまりね」
船の揺れでふらつくヨルの体を支える。
「うみだぁ…」
海に喜ぶヨルの髪を撫でる。かわいそうなことをしてしまった。夜中にいになり冷たい海に投げ出されて、さぞ驚いただろう。不満を言うこともなく、僕に体を預けてくれる。もしも昨晩、最悪の事態になっていたらと思うとゾッとした。
「わぁ…」
突然、霧の中から船が現れて、こちらと並走する。海賊船だ。
「おうおうおう!やってくれたなぁこのやろー。騎士団なんぞ引き連れやがって!おかげでこちとら散々な目に遭ってんぞ!」
「アルク、知り合い?」
「んーん、知らない人。目を合わせちゃダメだよ」
「おいこら聞いてんのかっ!」
朝の静かな海に、男の声が響く。
「ん?」
海賊船だけじゃない。周囲に黒い影がいくつか見える。大きい。
「何だろう…」
そのうちの一つの近くを通過する。
黒い大きな壁。船よりも大きな壁が海上に突き出している。海中から出ている。浮かんでいるような揺れはない。海底から生えてきているのだろうか。
「みぃーぎぃー…」
遠くから声がする。
「…みぃーぎぃー…」
それも一人じゃない。大勢の人の声。
「みぃーぎー!」
「「「「「みぃ〜ぎぃーっ」」」」」
「ひだぁーりー!」
「「「「「ひだぁーりぃーっ」」」」」
掛け声に合わせて、大勢の人が、何か力をこめているような声。綱を引っ張るような、漁師が網を引き上げる時のような声。
「みぃーぎー!」
「「「「「みぃ〜ぎぃーっ」」」」」
「ひだぁーりー!」
「「「「「ひだぁーりぃーっ」」」」」
「ひらぁーけぇー!」
掛け声に呼応して、波がうねる。
低い唸り声のような音が響き渡る。
海面が震えている。
そびえ立つ黒い壁が動いているのだ。
「これは…」
騒ぎを聞きつけてトバリも船内から出てくる。
「おい小僧っ!運が尽きたなぁ。入港したらとっ捕まえてやらぁ」
入港?周囲に点在する黒い壁の先に島が見えてくる。壁の動きによって生じた波がぶつかり合い、新たな流れが生まれる。まるで吸い寄せられるように、島へ向かう。
「うぅ…、アニキ、まずいんじゃないっすか…」
「何がぁ?」
「船こんなんにして。この有り様を見られたら…」
「ゔぅ、取り舵いっぱーいっ!」
海賊船は離れてゆく。
「覚えてやがれよ!必ず行くからな!」
海賊は声高に宣言する。
「アズマで待ってるからなぁーっ!」




