③ー11“モンキーズ”
③湖の城と海の島
11 “モンキーズ”
日が暮れはじめると、アプローズの店先で閉店の準備が始まる。店舗奥の事務所でその音を聞いていると、今日も一日が終わったという気分になる。僕も手元の仕事の片付けに入る。
「お疲れ様です」
帰宅する同僚たちと挨拶を交わし、見送る。そうこうしているうちに、日は暮れて、外は暗くなり、街灯が灯り始める。
切り上げて帰っても良いのだが、今日は何となく残ってしまう。見渡すと周りの席の人たちは皆帰り、少し離れた席にカルタさんが残っているだけだ。今日の業務の締めの作業をしているのだろうか。真剣な顔つきで、机上の書類と向き合っている。飲み物でも差し入れようか。いや、そんなことしたら、「さっさと帰れ」と怒られるな。用もないのに残っていると指摘されてしまう。別段急ぎでもない仕事を見つけてきては片付けていく。
こうして残務処理をしていると、なかなかに悪くない日々だったと思える。新天地での二月程で、初めての仕事がたくさんあった。騎士の仕事とは違う意味できつかったが、良い経験になった。あるいはこんな暮らし方もあったのかも知れないと思わせてくれた。騎士学校に入学していなかったら、剣術に魅せられていなかったら、違う未来があったのかも知れない。どうしてもやらなくちゃいけないと、胸を突き動かされることがなければ。
「何ひたってんだ?」
いつの間にかカルタさんが横に立っていた。僕はといえば、片付いたデスクに両腕を置いて、ぼーっとしていたのだ。恥ずかしい。
「いや、何と言いますか。この場所にも慣れてきたなって」
「ほうほう。では仕事を増やさせて頂こうか」
「勘弁してください」
「ふっ、冗談だよ。君はよくやってくれてるよ。上等さ」
「よかったです」
「やることないならとっとと帰りな。あんまり遅く返すと、君んとこのメイドさんに小言を言われるんだよ」
カルタさんはデスク周りの書類を弄りながら帰宅を促す。
「…ありがとうございます」
店舗内は静かだ。席を立つと鞄に自分の荷物を詰める。
カルタさんは、自席に戻ると、机に軽く腰掛けた。
「自分が身に付けた仕事は、どこへだって持ち出せる。いつでもまた始められる」
カルタさんの表情は、こちらからは見て取れない。どういう意味だろうか。
「それは…」
「キリのいいところでとっとと帰れって事だよ」
振り返るとおどけた表情で、カルタさんは送り出してくれた。
月夜の水面が揺れる。小舟はその見た目から想像のつかない速さだ。川下りのような激しさと正面からの風に耐えかねて、簡易的な屋根の内に入る。
「シーラには無理だね」
今の状況に、あまりよくない発言かと思ったが、みな少し笑顔を見せてくれた。トバリ、フェリオ、エミス、そしてヨル。結局は始まりのメンバーに戻った。シャッツたちを連れては来れない。今度こそ、取り返しのつかないことになるかも知れないんだ。彼らを巻き込む訳にはいかない。
「それでは作戦の確認を」
トバリは、以前の商会での仕事の時に潜入して手に入れた簡易的なラクス城の見取り図を広げた。明かりが漏れぬように覆いを被せたランプを灯して照らす。
「まずはこの船で島の北側の停泊所に紛れ込みます。騎士団や城の従者が使う船が複数格納されている洞窟で、夜の闇と船影に隠れれば、しばらくは見つからずに潜入できるでしょう」
地図にはかなりの数の船が描かれている。逆に見つかってしまった場合は、小舟一艘では逃げ切れないだろう。
「エミスとヨルはそこで待機を」
(「むっ!」)
エミスは黙ってむすっとした顔をする。隣でフェリオに寄りかかって寝かかっているヨルに配慮してのことだろう。ヨルはいつもならとっくに寝ている時間だ。それでも大事な“黒の団”の活動に参加しようと目をこすっている。
「騎士なら姫を護るのが仕事だろー。エミスの魔術は目立ちすぎるしぃ」
確かに、暗がりで発火すれば敵に居場所を教えるようなものだ。
「城内別塔への潜入は、そのほかの三人で行います。ある程度候補は絞ってありますが、実際に転生者のいる塔がどれなのか、探しながら動き続けることになります」
「トバリの魔術にくっついて、全員で行動した方が安全ってことはない?」
トバリの魔術“隠蔽”は自身と自身の触れている者を他者から見えなくすることができる。
「完璧とは言えません。おそらくラプソディア・ラクスには勘づかれてしまうでしょう」
人界四天王ラプソディア・ラクス。タローさんと共に魔王を討伐した騎士。彼女に遭遇したら一巻の終わりだろう。頼みの綱のトバリの隠蔽すら見破られる可能性があるのか。
「かなり厳しいよねー。彼女が城内にいるのは確定事項なんだねー?」
「ええ。城から出たという情報はありません。遭遇した場合は私が対処しますので、みなさんは逃げてください」
「そういう訳には、」
「ラプソディア・ラクスと会敵したら逃げる。これは絶対です。背中を気にしていては、彼女とは戦えません」
トバリは厳しい表情で僕を睨む。
「わかったよ。その時は舟で合流するからね」
「はい。それから、皆さんでこれを」
トバリは皮の袋を地図の上に置くと、広げた。中身は大小様々な刃物だ。
「ドワーフエルフにお願いしてあった品です。砕けた“コング”の破片を暗器として加工し直して頂きました。もはや“勇器”とは呼べませんが」
騎士の長剣の七分丈程の剣二本、長剣半分の長さの先の尖った杭のような錐棒が二つ、短いナイフが三つ、計七つ。砕けた大剣からよくここまで使える形に加工できたものだ。
まずエミスが剣二本を両手で掴み上げると、魔力を通そうとしてフェリオに棒で叩かれた。火を起こせば灯りで気づかれてしまう。エミスが夜の護衛役で大丈夫だろうか。
「アルクさんも、念の為持っておいてください」
一応、僕もナイフを一本手に取る。
「一番肝心なことが決まってないよねー」
フェリオが先の尖った棒をふりふりしながら問う。
「転生者を見つけて、どうするのさ」
沈黙。これは僕に対して言ってるな。
「…話をしよう。僕らの事、世界の事。その上で、何を考えているのか。どうするのか。話をしないと、何も始まらないじゃないか」
「甘いんだよなー、死ぬかもよ?」
フェリオの視線を堂々と見返せるほどの意見は持ち合わせていない。でも、今の僕にできることといったらそれくらいじゃないのか?他にどんなやり方があるのかわからない。話してみて考える。完全に後手に回っているが、それくらいしか思いつかない。考えなしの自分の行動が恥ずかしくなって、甲板へ出る。
みんなを巻き込んで、危険に晒して、こんなことでいいのだろうか。いいはずない。でも、思い出すのはガラー山脈でのリューのあの顔。大切な人を奪われた者の怒り。痛いほどわかる。だってこの胸にもあるんだから。もうこんな思いは誰にもしてほしくない。
トバリが気を遣って出てきてくれる。
「なんかごめんね、ごめん。何が最善なのか、考えがまとまってなくてさ」
トバリは黙って海風で乱れる前髪を手でおさえた。ただ、じっと僕を見つめる。何も言わずに、僕の行動に寄り添おうとしてくれてる。後悔はさせたくない。
無意識に強く手に握りしめたナイフを腰紐に収めると、トバリが膝をついて、落ちないように固定しなおしてくれる。
「タローさんならこの魔具達にどんな名前を付けたでしょうね」




