③ー8ステータス3
③湖の城と海の島
8 ステータス3
コップ一杯の水を、勢いよく流し込む。気がついていなかったが、体は乾いていたようだ。
机上にコップを置くと、横にあった白剣を手に取る。人差し指で包み親指で押さえるようにして摘み上げてみる。軽く前後に振ると、チリチリと魔術がかすかに散った。その音とリズムが心地良く、なんだかいい気持ちだ。ゲントは、閉じ切った部屋のカーテンの中央に立つと、左右に両手で大げさに開け放った。一身に陽の光を浴びると、ようやくこの世界に自分の体が馴染んだように感じた。
「おはようございます!ゲント殿」
塔を出ると一番に話しかけて来たのが、ラクス第二騎士団のプルソという男。他にも二、三人の騎士が塔の護衛にあたっているが、あまりこの任務の事をよく思っていないらしい。姿勢には決して出さないが、気だるげな態度で、目に活力がない。
「おはようございます、プルソさん」
他の騎士の様子は気にせずに、ゲントはプルソに挨拶を返す。
プルソは二十代前半、熟練揃いの第二騎士団の中では若手だ。護衛任務では対象との連携も重要と考える彼は、任務に懐疑的な他の騎士に代わって、ゲントとコミュニケーションを取ろうと試みていた。
「どちらへ?」
「今日も訓練場に行こうと思って。いいかな?」
「はい!お供しますよ。にしてもずいぶん勉強熱心ですね」
「できることはしておきたいからね」
第二騎士団の団員には、ラプソディアから直々にゲントが転生召喚によってやってきた勇者であること、彼の命が狙われる可能性があること、“ギフト”という特別な力を有している事は伝えられていた。団員の中には魔王討伐軍に加わっていた者もいる為、先の勇者との関わりや、帰国したラプソディアの振る舞いについて疑念を抱くものもいた。一方で、魔王や勇者の戦いを直接は知らない若い騎士たちは、祖国の英雄からの勅命であり、また、“勇者”と共に戦えることに興奮を覚えていた。
訓練場に着くと、暇を持て余した騎士達が体を動かしていた。元は海上の安全を護る任に当たり、日々、海賊や魔獣に目を光らせていたのだ。突然その任務から外されて休暇のような心持の者もいた。
(「レベル20から37、順当だな。スキルは“波動”“赤光”“円熱”…、あとは全部空きスロット1か」)
「見た事ない人もいますね」
「えぇ、第二騎士団は人数が多いですからね。ここだけの話、第一より多いんですよ。騎士学院の優秀生が毎年入って来ますから。あ、でも、皆実力者ばかりですから、安心してくださいね」
「騎士学院?」
「あ、ご存知なかったですか。エスサに騎士学院がありましてね、周辺国から騎士を目指す若者達が集まってくるんですよ。そこで優秀な成績を修めた者が国直属の騎士団や、貴族家の騎士になるわけです」
「へぇ…。行ってみたいな」
「ちょうどゲントさんくらいの年頃から通い始めるので、入学されるのも良いかもしれませんね。学ぶことは多いですよ。他国出身の学友もできますしね」
プルソはそう言いながら訓練場で剣を振るっていた一人の男に手を振った。男はそれに気がつくと手をとめて近づいてくる。上裸で筋肉付きの良い男は肩にかけたタオルで顔の汗を拭う。
「イエンは学友で、東の島国出身なんです。同窓生じゃなきゃ仲よくならなかったかも」
プルソがイタズラっぽく笑う。
「勇者殿、コイツに迷惑をかけられておいでで?」
イエンはプルソのからかいを無視してゲントに向かって話す。
「大丈夫です。あの、イエンさん。良かったら手合わせをお願いできますか?」
イエンは一瞬戸惑った表情をプルソに向けるが、プルソの様子から問題ないと判断しその誘いに乗った。
「私でよければ」
「おい、見てみろよ」
「イエンとやるのか」
訓練場にいた他の騎士たちが、向き合う二人の様子に気がついて手を止める。
ゲントは腰の白剣を抜くと、体の中央に構えた。まだ少年と言える年頃の子が、騎士剣の半分の長さもない細い剣を構えている。
相対するは浅黒い肌に、健康的に鍛えられた肉体の青年。若さが最も輝く瞬間を切り取ったような体つきだった。騎士剣の刀身をじっと見て、魔術を確認すると、剣を持った腕を下し、逆の手を前に突き出した。
「さて…」
二人の間に立っていたプルソが後ろに下がると、状況を察した周囲の騎士たちも離れて、訓練場の壁にもたれかかったり、座り込んだりして観戦の姿勢をとる。
「いつでも大丈夫ですよ」
「…えぇ」
明らかに体格に優れたイエンの方が、攻め手に迷っていた。
肉体、剣術。この二点は騎士にとっての基礎ではあるが、勝敗を分けるものではない。肉体はいずれ老いるし、剣術にも限界がある。魔術。その練度こそが騎士の格付けだ。分かってはいるが…。
(「一振りで大怪我をさせてしまう」)
細腕の少年を前に、感覚的理解により、一歩が踏み出せない。
「おいプルソ、勇者殿は大丈夫なのか?」
一向に動かない二人の様子を遠巻きに観ながら、一人の騎士が言う。
第二騎士団がラクス城内での任に就いて数日、ゲントが訓練場に顔を出すことはあったが、プルソ以外と手合わせをした事はない。それも基礎的な動きを確認する程度の簡単な練習程度のものだ。
「まあ観てなよ」
プルソは余裕の表情に、少し興奮が入り混じった声で答えた。
(「“ステータス”コントロール。スピード+10」)
「来ないならこちらから行きますよ」
ゲントの語気に力の込もったのに気づき、ようやくイエンが刀身に魔術を現す。
踏み込んだ一歩で距離を詰め、ゲントの白剣が振り下ろされる。
イエンは驚きながらも前足を引いて距離を取りつつ、騎士剣でゲントの白剣を振り払う。すると白剣はゲントの手を離れ、観戦している騎士の方へ飛んでいってしまう。
今度は冷静にイエンが切先をゲントに向ける。
「魔具との繋がりが甘いですね」
ゲントはただ、じっと剣が離れた自分の手を見つめている。
「勇者殿…?」
「イエンさんのスキルは、“円熱”ですよね、」
イエンは顔をしかめる。
「…ええ。勇者殿にはそれがわかるのですか」
「スキルは魔術の癖のようなもの…。一人に一つ。でも…」
ゲントはぶつぶつと口元で呟きながら、審判役のプルソの方を見る。
「プルソ、お前止めてこい」
「フォローしとけよ」
周りの騎士たちは当然の結果につまらなそうに言葉を吐く。
しかしプルソは動じない。彼だけは、連日の手合わせによって知っていた。ゲントの持つ“ギフト”の底知れぬ深さを。
「もう一度構えてください」
ゲントは腰から新たに白剣を引き抜いた。
付き合おう。そういった態度でイエンが再び剣を構える。
「“ステータス”」
「?」
「コントロール。スピード、パワー+10。MP+20」
今度はイエンの方が先に動いた。と言うのも外見から想像もつかない脚力で距離を詰めてくることは分かっていたし、どういうカラクリかはわからないが、詠唱もなしにゲントの手に持った白剣に強力な魔術が発現したのを感じ取ったからだ。
先ほどと同様にイエンの剣が、ゲントの白剣を受ける。しかし今度は弾き返せない。体格差があるにも関わらず、交わる刀身は拮抗している。
「“ステータス”コントロール。S,P+10」
ゲントが呟くと、踏み込んだわけでもなくいきなり刀身がその位置から力を増して、イエンの騎士剣を振り払った。
周囲の騎士たちから驚きの声が上がる。
「何を…」
不自然な剣の動きに困惑するイエンを尻目に、ゲントは手中で白剣を転がす。手のひら、指先から、魔術が弾けた。
「これだ…、これがこの力の使い方…」
ゲントは手から白剣をこぼれ落とす事も厭わずに、両掌を掲げる。
「廻れよ回れ、島唄に。焦がれた羽の、風切り音…」
イエンは魔術を刀身に発露し、ゲントの背後に回る。ゲントの首筋に騎士剣を当て、この試合を終わりにするつもりだった。
「ステータス、オブジェクトコントロール」
寸止めするつもりの刀身が、突如として引き寄せられた瞬間、イエンはゾッとして後ろに飛び退くと、バランスを崩して膝をついた。異常事態にその手を見ると、騎士剣がない。唖然としながら見ると、騎士剣は意思を持ったようにゲント首に沿ってぐるりと半回転すると、腕を滑り、手に吸い寄せられ、そこに収まるのが当然であるかのようにゲントに握られた。
「繋がり…。良いヒントでした」
ゲントは握った剣と手の間に、魔術が弾けるのを感じていた。
「僕が支配すれば良かったんだ」
周囲の騎士からは見えなかっただろう。イエンが見上げたその顔には年端に似合わない
恍惚とした表情が浮いていた。
「勝負あり…ですかね?さすがです勇者殿」
プルソは歩み寄るとゲントに話しかけながら、イエンに手を貸す。
(「そいつはダメだ、やめろ、プルソ…」)
「ありがとう」
ゲントがプルソに笑いかけると、周囲の騎士たちも興奮して声をあげる。
「勇者様がイエンに勝ったぞ」
「何て魔術だ!?」
「あの力があれば、魔族を殲滅出来るんじゃないか?」
「俺たちの勇者様だ!」
圧倒的な力を目の当たりにし、不安や目的のやりどころに導かれる。
「…ステータスコントロール、フルカウント。はい、どうぞ。前よりも使いやすくなったはずです」
立ち上がれずにいたイエンに、ゲントが剣を差し出す。
「皆さんの魔具も、よければ僕に調整させてください。きっと良くなるはずですよ」
ゲントがそういって軽く両手を広げて見せると、今度は人が吸い寄せられるように集まっていく。
彼の光が騎士たちを照らす一方で、イエンはその陰の深さを感じていた。




