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①ー4胸騒ぎ

①死と転生


4 胸騒ぎ


 今日も“ウルフ”を扱う練習をしているうちに、いつの間にか辺りが暗くなっていた。練習というか、“ウルフ”に引きずり回されていただけなのだが。…家に帰ろう。


 家に帰ると、エミス、フェリオ、ヨルの三人は、テーブルでボードゲームをしていた。

 「また負けたぁー!!なんでだよー!もう一回やろう!!」

 「何の戦略もないのに、なんで勝てると思うんだよー。もういいよー、飽きたよー」

 「ただいま」

 「おかえりなさい。アルクも一緒にやろう?」

 「うん。着替えてくるね」

 ヨルに誘われたので、一度、部屋に戻って汚れた服を着替える。何となく一枚、部屋着を手に取ると、それは、リーニャが作ってくれたものだった。

 魔王討伐後の混乱の中で、この場所に転がり込んだ僕らの衣服は、ほとんどがトバリのお手製か、フェリオが魔術で器用に作ったものだった。この部屋着は、ここに住み始めて数か月がたったころ、リーニャが僕にくれたものだ。



 「これ…、よければ着てください。」

 「ありがとうございます。どうしたんですか?これ」

 「私が、作ったんですよ。アルクはジュアン国の騎士として、立派に戦ってくださいましたから、そのお礼に作りました」

 「作ったんですか、すごいですね。大切にします」

 「いっぱい着てください」

 「はい」

 「…。」

 リーニャは、僕より二つ年上の大人な女性で、人前では立派に王女としての立ち居振る舞いをしている。魔王討伐軍でも、ジュアン国王女、転生召喚の巫女として、指揮系統の重要な役割を担っていた。そんな彼女が、口ごもったり、うつむいたりする姿は珍しかった。

 「えっと、僕も何かお礼をしないとですね」

 「え?いえ、お気になさらず。私が、一方的にあげたかったんです」

 「いえ、リーニャも王女としてずっと頑張ってきたんですから、そのご褒美がないとですよ」

 「ご褒美?」

 「いや、リーニャはお姫様だから、何でも欲しいものは手に入るかもだけど…、何か頑張って探すよ」

 「何でもなんて、手に入りませんよ。本当に欲しいものは…」

 「なんですか?探してきますよ、僕今、暇なんで」

 「そんな、急に言われても、その、心の準備が…」

 「なんですか?何でも言ってください」

 「私はただ…」

 「おまえら、廊下で何やってんだ?」

 通りかかったレッタが、不審げな目でじっと見ていた。

 「はつじょ…」

 何かを言いかけたレッタを、リーニャが物凄い速さで連行していった。



 後で聞いた話によると、リーニャはトバリに裁縫を習いながら、時間をかけて、この服を作ってくれたそうだ。まだリーニャには、お返しができていない。その服を着ると、うれしい気持ちと、不甲斐ない気持ちとがないまぜになった、複雑な心境になる。

 皆がいる一階に降りていくと、キッチンで食事の準備をしていたトバリも加わり、四人がテーブルに集まっていた。

 「アルクさん」

 振り返ってこちら見るトバリの手には、魔術でつくられた連絡用の鳥が乗っていた。リーニャの魔術だ。細やかなガラス細工のようなだが、本物の鳥のような速さで飛ぶことができ、戦場では指令や状況報告に欠かせない魔術だ。人界の各国から騎士が集まっていた魔王討伐軍おいても、この魔術を使えるものは、数えるほどしかいなかった。初めのうちは、どの鳥が、誰によって作られたものなのか、見分けがつかなかったのだが、何度も見かけるうちに、鳥にも個性がある事がわかってきた。リーニャの鳥は、彼女に似て礼儀正しく、手紙を渡した後も、おとなしく待機しているのが特徴だった。

 テーブルで、おそらくその手紙を何度か読み直していたであろうフェリオが、顔を上げて、僕に言った。

 「新しい勇者が召喚されたらしいよー」


 (「皆さんへ ご無沙汰しております。お元気でしょうか。早速ですが、本題に入らせていただきます。私もまだ、状況がつかめていないのですが、カロス国に新たな勇者が転生召喚されたとのことです。周辺国には、このことについての話し合いを行う為に、カロス国城への召集がかかりました。その護衛と称して、カロス国の騎士達が、周辺国に続々とやって来ています。大丈夫とは思いますが、このようなご時勢ですので、混乱に巻き込まれぬよう、お気を付けくださいませ。皆さんのことを思わぬ日はございません。愛をこめて」)


 これがリーニャから届いた手紙の内容だ。万が一を考え、誰から誰への手紙かがわからないよう、ぼかされた文章であったが、カロス国の騎士が、この森にやってくる可能性が、心配されていた。それに新しい勇者とは?転生召喚の儀は、ジュアン国の秘術だったはずである。リーニャもカロス国城に行くのだろうか。

 「とにかく、まずは夕食にいたしましょう」

 不安げな表情を浮かべる皆に向かって、トバリは穏やかな表情で提案した。


 食事を終えてしばらくしてから、エミスがヨルを寝かしつけに連れて行った。残った三人は、テーブルにつき、状況の整理を始める。

 「転生召喚は、ジュアン王家の秘術でしたよね?」

 「そう聞いております」

 「特別な魔術でー、前にタローを調べたけど、理解できなかったよー」

 フェリオにも読み解けない魔術があったとは。ジュアン国の王家が、カロス国に内容を伝えたのだろうか。

 「ただー、リーニャはその場にいたらしいからねー。幼かったリーニャをわざわざその場に連れて行ったということはー、特定のスキル持ちが必要なのかもねー」

 「今回、リーニャはその場にいなかったみたいだよね」

 「ジュアンの国王と女王は、タロー様の喪に服されているようで、ここ一か月は城の外には出ておられません」

 「あまり穏やかな状況ではないよね?」

 「人界に穏やかな状況なんてあったかなー?」

 「どういう意味さ」

 「別に―、ただ、人族は争いごとが好きなのかと思ってさー」

 僕とフェリオの間に、嫌な空気が流れる。

 「タローがいなくなって、まだ一か月じゃないかー。しかも、魔王もいないのにー、何と戦うんだよー」

 「場合によっては、境界を越えて、魔界側へ移動する必要もあるかもしれませんね」

 トバリはあごに手をあてて、何かを考えている様だった。

 「そうなったら君はどうするんだよー」

 「それは…」

 魔界で暮らすことについて、正直、考えたことがなかった。僕にとっての魔界は、魔王討伐軍での、戦場であった。

 「フェリオ、アルクさんを困らせてはいけませんよ。素直に、離れるのが寂しいと言ったらいいじゃありませんか」

 「うぅー」

 フェリオが本当にそう思ってくれているのであれば、うれしい。だが、この場所以上に安全なところがあるだろうか。ヨルにとって、人界の騎士も危険だが、魔界にも魔王軍の残党がいる。そういった存在に、魔王の孫として担ぎ上げられるようなことがあれば、ヨルの人生は、ますます争いに翻弄されてしまう。そうならないように、彼女を護るために、タローさんは僕に“勇器(ゆうき)”を託してくれたのではないだろうか。

 「アルクさんも、難しい顔をなさらないでください。そう簡単に人生の舵をきってはいけませんよ」

 トバリは終始冷静だった。超えてきた修羅場の数が違う。彼女の穏やかな表情をみていると、僕もフェリオも落ち着いてきた。

 「しばらくは様子をみましょう。リーニャさんも、すぐに逃げる必要があれば、逃げろと連絡をくれるでしょう。私も、街へ出て様子を探ってまいります。行動を起こすまでは、今まで通りの暮らしを続けましょう」

 結局、僕らの結論は「様子見」であった。リーニャのことが心配だ。カロス国の招集に、リーニャも出席するのだろうか。もやもやした気持ちのまま眠りにつくこととなった。

 「出陣か?!」

 女性の寝室のある小屋から戻ってきたエミスが、ドアを開けると同時に言い放った。ヨルはエミスの横で、ちゃんと眠りにつくことができているのだろうか。


 僕らは不安な気持ちを抱いたまま、今まで通りの暮らしを続けた。トバリはジュアン国城内に知り合いがいるらしく、城の様子を定期的に仕入れてきた。喪に服す国王と女王の代わりに、リーニャと、妹の第二王女が、カロス国での話し合いに出席しているらしい。その護衛の為にカロス国へついて行った、ジュアン国騎士団の二番隊と三番隊の穴を埋めるという名目で、カロス国の騎士団のもの達が、今も城内に滞在しているとのことだった。


 次の手紙が来たのは、三週間後だった。


 (「ご連絡が遅れて、申し訳ございません。そちらはお変わりありませんでしょうか。カロス国では、今後の人界についての会議が、連日行われておりました。そこで、古くから隣国してかかわりの深い、ジュアン国と、カロス国の同盟関係をより強固なものとするためにも、私と、新たな勇者様は、婚姻関係を結ぶこととなりました。お父様もカロス国王族の血を引いておりますし、自然なことと思っております。皆さまと直接お会いするのも、難しくなるかとは思いますが、これからは、人界の平和、そして、魔界と人界との平和の為に、尽力してまいります。皆さまも、どうかお幸せに」)


 自然なこと。そうだ、これでいいんだ。彼女が決めたことだ。リーニャは、もとはタローさんと婚姻関係を結ぶはずだった。それをタローさんが、ジュアン国王に直談判して断ったという。タローさんにとって、リーニャは妹のような存在だった。しかし、タローさんの転生召喚当時、子供だったリーニャも、立派な大人の女性になった。勇者が召喚されずとも、近いうちにジュアン国王女にふさわしい相手と、婚姻関係を結ぶことは、わかっていた。これでいいんだ。


 僕も、僕の人生を歩まなければならない。


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