③ー5港町の教会
③湖の城と海の島
5 港町の教会
宿舎の調理場で、簡単な昼食を用意していると、窓のカーテンの隙間から朝日が差し込んでくる。シーラはふと、皆の分の朝食でも用意しようかと思ったが、それはいつもトバリの仕事だし、休日の朝は皆仕事疲れで起きてくるのが遅いだろうからと、用意し終えた自分の分を籠に収めると、皆を起こさないように、そっと部屋を出た。朝食を取らないでおく事が、自分の中での帳尻合わせだった。
いつもなら一日の仕事に向けて支度を始める街が、今日は出遅れている。路地を行く途中で会うのも、朝の散歩する人くらいだ。休日のまだ人通りの少ない街が好きだ。歩調も軽くなる。別にここでの暮らしが嫌いなわけじゃない。初めての街、暮らし、仕事でも、見知ったメンバーと一緒なら、苦にはならなかった。
「アプローズ」の内勤として、日々、忙しなく動き回っているのも楽しい。仕事の合間に、店頭でお客様対応するトバリさんやフェリオ君から魔具について教えてもらったり、ヨルちゃんと遊んだり。魔具の工房に出入りしているシャッツ君にたまにお土産を貰ったり。外回りに出ているアルクさんとエミス君は、毎日クタクタで大変そうだけど。
複雑に張り巡らされた小道を行く。坂道と階段。小高い丘の上に、この街の教会はあった。毎週末訪れているので慣れた道だ。
ゆっくりと扉を開くと、蝋燭の灯りに小さくとも荘厳な内観が照らされていた。教会独特の匂い。蝋燭と花。でも、使っている物や種類が違っているはずなのに、不思議とネグロの教会とこの教会は同じ匂いがした。心が落ち着く。教会内には二人、間隔を空けて、先客が椅子に座って俯いていた。シーラは後ろの端の席に着くと、籠を足下に置いて、手を合わせた。
祈りを捧げることは、教会で生まれ育ったシーラにとっては、生活に織り込まれた必然的な行為だった。魔獣に命を奪われたという両親の顔が思い出せないくらい幼い時から、シーラは孤児として教会で育てられた。ネグロのラミ教会が家であり、シスターたちが親であり、姉妹でもあった。休日に教会へ祈りにやってくることで、そんな家族との繋がりを感じられる様な気がした。
ネグロ第一商会に仕事に出て、護衛の仕事で数日教会に帰れないことがあっただけでも心細かったのが、今は心に余裕がある。むしろもっと成長した自分になって、その姿をネグロの家族達に見せたいと思う。そう思えるのも、飛行船メンバーのおかげだ。仕事仲間だけじゃない、もう少し近い間柄になってきた様に思うのだが、みんなはどう思っているだろうか。
いけない、いつの間にか個人的な思考に陥っている。今は祈らなくては。この世界の安寧を。
「神は人をつくり、十六の国を与えた…」
祈りの時を終えて教会を出る。周りは原っぱで、近所の子供達が遊びにきている。少し早いが昼食にしよう。シーラは街を見渡せる丘のベンチに腰を下ろした。籠から手製の弁当を取り出す。慣れ親しんだ教会は、異郷の地であってあっても入る事ができたが、それ以外の、特に飲食店などには、まだ一人で入って行く勇気がない。陽が高くなって暖かいまではいかないが、外で食べるのも悪くない。うん。そう自分に言いきかす。風はまだ冷たい。
眼下に広がる港町には、ネグロとはまた違った活気がある。髪色の明るい人が多いし、何よりまず魔族を見かける事がない。人族の街だ。あとはネグロの砂埃に対して、海の風、潮の匂いがする。遙かな水平線が、見える範囲ずっと続いている。広い海に、城が浮かんでる。あれがラクス第一の城だそうだ。あそこまで行くのは大変そうだ。水は冷たそうだし。わたし泳げないし。
取り止めのない事を考えているうち食事が済む。水筒の飲み物を飲み干すと、元通り籠に納める。
「さてと」
普通の女の子なら、これから友達と遊びに出かけるのだろうか。いや、私はもう社会人なんだ、一人でショッピングにでも出掛けるのが、大人の女性か。
一息つくと、シーラは来た道をおとなしく宿舎に帰って行った。
「おっ」
アプローズの近くで、シャッツと出会す。
「シャツ君、今回の出張終わったんだ」
「あぁ。なかなか勉強になってよかったよ」
帰る場所は同じなので並んで歩く。
「みんなはどうかな、特にアルクさんとエミスさん」
「うーん、大変そうだよ。毎日歩き回って。今もまだ寝てるかも。でも今週は仕事取れたみたいで、みんなでちょっとお祝いしたんだ」
「おー、そっか。よかったよかった。意外と向いてるのかもね」
アルクさんとエミスさんの、かっちりした服装を思い出して、思わず二人して笑いがこぼれてしまう。同い年のシャッツは話しやすい。
「このまま…」
シャッツが何か言いかけて止めてしまう。二人の間に沈黙が流れる。ずっとこのままというわけにはいかないだろう。アルクさん達には、目的がある。事情はガラーでの一件で、何となくはわかってはいるが、それはもしかしたら…。
「教会に行ってきた帰りなんだ」
「そうなんだ。教会育ちなんだもんな。偉いよ。俺なんて子供の頃親に無理やり連れてかれてたくらいでさー」
シャッツは、私の抱えている漠然とした不安を理解してくれるだろうか。いや、そうでなくてもいい。こうして話を聞いてくれる人がいるだけで、救われているのだ。
「ただいまー」
「た…、ただいまです…」
宿舎に帰り着いたのは昼過ぎだった。昼食を取り終えたところと思われるトバリさん、ヨルちゃん、フェリオくんがテーブルについていた。
「フェリオさん、仕入れのことで話がありまして、」
「おいー、休みの日は休みの日だぞー」
シャッツが早速フェリオ君に工房から持ち帰った仕事の話を始める。
見渡してもアルクさんとエミス君の姿はない。
「アル寝るって、エミスも」
「そうなんだ。大変だね」
「シーラはどこにいってたの?」
「ちょっとね。おでかけ」
容易に街へは出かけられないヨルちゃんへの返答に少し困る。
「ヨル、さすがに二人を起こしてきてくれますか?」
「うん!」
トバリさんが的確に助け舟を出してくれる。
「あの、」
「シーラさんも、お茶でも飲まれますか」
「あ、はい」
トバリさんの給仕の内にいると、ふらつきがなくなって、自分までしっかりした様な気分になれた。
「早く早くっ」
「うーん、」
ヨルちゃんに手を引かれてアルクさんが何とか起きてくる。
「…」
途中で力尽きたエミス君は、そのまま廊下で寝始めてしまう。
「エミスも来るのっ」
ヨルちゃんは、アルクさんを椅子に引っ掛け終わると、今度はエミス君を引っ張ってきて、せめてソファに寝かせてあげている。
「みなさん。お茶の時間にしましょうか」
トバリさんの合図で、各々席につく。
ティータイムの香りが部屋に広がる。シーラは休日のこの時間が好きだった。




