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士獅十六国物語 〜“黒”の転生者狩り〜  作者: ホラナカチリ
③【湖の城と海の島

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③ー4泉の城

③湖の城と海の島


4 泉の城


 月あかりが城の輪郭を夜の闇に映す。

港町アナモニスから離れ、海上に建造された巨城は、静けさに浮かぶ。遥かな水平線の真ん中に城だけがポツンと浮かんでいるように見えるのが、ラクス第一の城が「泉の城」と呼ばれる所以(ゆえん)だった。

 離島には、増改築を繰り返しながら、今なお肥大化するいくつもの棟がひしめき合って、一つの城を構成している。

奇怪なその輪郭は、夜の静けさの中にあっても、周囲の海と港町を統治する威圧感があった。


 その城内では、王家の兄弟たちによる食事会が、粛々と行われている。

 領内の運営について事務的な連絡が済むと、会話はなく、メイドが配膳する食器の音と、室内の温度調節をする為に城中を張り巡らされた水の通る配管が、時々カンカンと特徴的な音を鳴らすのみだ。寒い季節に温水を通すと鳴る配管と、メイドの給仕。どちらも彼らにとっては当たり前の、日常的な音であり、気にはならなかった。

 いま話し合うべき問題は…。

 ラクス国王の子、六人兄妹のうち、ひとりは欠席。六人が最後に集まったのはいつだったろうか。

 「お姉さまのこと、どうなさるおつもり?」

 ほとんど会話の無い食事会で、欠席者の話題を切り出したのは次女のセレナだった。

 上座に座す長男のヴィーゲンリートは何も答えなかった。ただ黙ってカトラリーを皿に置く。これが「黙れ」の合図と知る次男のナハトムは冷や汗がでる。久々の兄弟の食事を何事もなく終えたい。セレナを諫める言葉を選んでいるうち、先に三男のプレルが焚きつける。

 「しばらく引きこもっていたかと思えば、近頃は我が物顔で城内を闊歩なさっていると聞く。一体何がしたいのやら」

 端正な顔立ちと流暢な語り口。三男プレルは兄のナハトムよりよほど政治に向いている。歳の離れた男子三人のうち、長男のヴィーゲンリートは寡黙だが実力者で、自分ひとりの能力で騎士団をまとめ上げている。普段は隣国プレナ側の海に面する港イソピオンに城を構えている。教会国プレナに面する地を任されるというのは最高の名誉であり、当然、それだけの毅然とした力を要求される。三男プレルは、騎士学校を卒業したばかりだというのに、すでに領主として頭角を現している。魔術こそヴィーゲンリートに及ばないが、広い人脈と人心掌握術によって、独自の組織力を国内に有していた。イソピオン城とは対岸。ラクス国北側の領地エスサを任されている。間に挟まれるナハトムは気苦労が絶えない。

 「ふさぎ込んでいるよりいいじゃないか、何年も過酷な戦いを強いられていたんだ。やっと、」

 「今こそ!…魔族を討つべき時では無いでしょうか。その旗振り役としての責務を全うしてもらわなければ。魔王討伐によって時代は動き出したのです。次の世界地図に、ラクスの名を確実に刻み付けねばなりません」

 プレルは顎の角度を上げ、自身のセリフに満足げだった。妹のセレナもうなずいて同意を示す。ナハトムは周りに悟られぬよう、鼻から細くため息を逃した。

 「姉様は戦っていなきゃね。城内にいられてもねぇ」

 セレナはクスクスと両手で口元を隠して嘲笑した。それに合わせてプレルも口を歪める。

 末席の妹、三女シンフォニアは居づらそうに俯いて料理をつついている。

 ヴィーゲンリートは沈黙を貫いた。次期王の風格を持つこの男が言葉を発する時は、すなわち決定事項だ。欠席の長女ラプソディアと怪しげな魔術儀式については、現状不問とされた。


 食事会が終わると、セレナ、プレルの兄弟は早々に部屋に戻って行った。あるいは彼らのことだ、王である父の元へ、直接意見陳述に行ったのかもしれない。

まだ魔術学校の学生であるシンフォニアも、朝が早いからと兄二人に頭を下げると自室に帰っていく。

 席の空いたテーブルに残されたヴィーゲンリートとナハトムは、何を話すでもなくグラスを傾ける。

ナハトムのグラスが空になり、メイドが継ぎ足そうとするのを断ったのを見て、ヴィーゲンリートが左手で人払いする。

 「ラプソディアはどうだ」

 ヴィーゲンリートの問いは、先ほどまでの会話のニュアンスとは違ってナハトムには聞こえた。普段離れて暮らしている兄が、この地に住まう弟に近況を尋ねる。そんな兄妹の会話だった。

 「そうですね…。魔王との戦いから帰って、兄さんもその時に会いましたね。彼女は以前とは随分変わって見えた。子供の頃から魔術も剣術も、才能はあったけど、あの時は、本当に立派で。人界四天王など、教国の謳い文句と思っていたけれど、彼女は本当に輝いて見えた。騎士として、一つの到達点に至ったんでしょうね」

 ナハトムは嬉しそうにゆったりと話す。ヴィーゲンリートも相槌こそ打たないが、促すようにグラスを揺すった。

 「様子が変わったのは、去年の秋口ごろだったか。しばらく城を離れたかと思えば、帰る頃には昔の彼女に戻ったような。わかりますよね。精神を張り詰めて剣術と魔術だけしか見えていないような、以前の彼女に戻ったかと思えば、別棟に籠るようになってしまって」

 ヴィーゲンリートは、手元でグラスに反射する光の色を確かめている。興味がなく、話を聞いていない様にもとられるが、ナハトムには、それが兄が本当に興味のあることに耳を傾けているポーズだとわかったので、話を続けた。

 「メイドの話だと、あの例のカロス襲撃事件のことを気にしている様子だとか。兄さんはカロスでの出来事を何かご存知で?」

 ナハトムは自身が一方的に話すばかりでは、兄が本当に聞きたいことには辿り着かない様な気がして、話を振ってみた。

 しかし、ヴィーゲンリートは答えない。悪意があって無視すると言うのではなく、答えを持ち合わせていない、もしくは答えあぐねているという様子だったので、ナハトムは構わず話を続けた。

 「あとは先ほどまでの話に繋がります。教会国から使者がやってきて、勇者召喚に成功したと。私も後で聞かされた。王はご存知だった様ですがね」

 「他に…」

 ヴィーゲンリートは魔王討伐後からのラプソディアの動きの流れを確認すると、やっと口を開いた。

 「何か気になることはあったか?」

 「ふむ、教国から使いが来るのはいつもの事で、王が私に断りなくことを進めるのもいつもの事でしょう。父様はいつまで経っても私のことを領主としてお認めになってくれないのですよ。アナモニスもこの城も、私に任せる気がない。そのくせプレルにはエスサをくれてやるのですから。私への期待値は相変わらずですよ」

 ナハトムは今になって空のグラスの中身が恋しくなって、口惜しそうにグラス横のクロスを指先でノックした。(これは給仕に対してのおかわりの合図だったが、この部屋にはふたりしかいない。当然、注がれるはずもなかった)

 その様子を見てヴィーゲンリートがメイドを呼び込もうとすると、最後にナハトムが一言漏らした。

 「そういえば、トリトン・ハスタを見かけましたね。彼も元パーティメンバーとして姉さんを支えてくれればいいものを…」

 ヴィーゲンリートにはいくつかの疑問が浮かんだが、メイドがやってきてしまったし、ナハトムも酒が回ってきて、話を続けられる状態ではなさそうだ。

 自身の杯を開けると、テーブルに突っ伏してくだを巻くナハトム置いて部屋を出る。

 廊下の窓からいくつもある別棟を眺めるが、ここからではラプソディアのいる塔は見えない。ヴィーゲンリートは目を閉じて何かを確認すると、廊下を進み始めた。彼が追想した景色を誰も知る由もない。




挿絵(By みてみん)




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