③ー3「アプローズ」
③湖の城と海の島
3 「アプローズ」
まだ朝霞の出る頃、目が覚めたので何となく街を歩く。まだ土地勘が無く、迷うのは嫌なので通りを一つ二つまたぐ程度にとどめて近くをぐるりと簡単に一周した。店の前に戻ってくると、朝の早いエミスが独特の体操をしているところに出会した。
「おはよ」
「おう!珍しく早いな」
「何となく、そわそわしてさ」
少しずつ陽が差してきて、見上げると店の看板が朝日に照らされる。
『アプローズ』
この店が僕らのラクスでの拠点かつ職場。そして今日はその初出勤だ。
ラクス行きを決めた僕らに、ムート・ネグロは新たな仕事をくれた。それは、ラクスでネグロ第一商会が経営する店舗に住み込みで働くというもので、商会からは引き続き、シャッツ、シーラ、ゼンの三人がついてきてくれる事となった。
数週間の飛行船での移動の後、街に乗り入れる訳にいかない飛行船と飛竜は、ラクス外縁の第一商会の所有する倉庫に匿って貰う手筈になっていた。教会国近くに飛竜を連れてくるのには不安もあったが、ゼンが飛竜の世話を買ってでてくれ、サンドドラゴンの方も案外悪くはないようでおとなしく倉庫に収まってくれた。問題といえば、唯一土地勘のあるというゼンが、倉庫番になって抜けてしまったので、全員がラクス初入国のメンバーになってしまった事だろう。かろうじてオーロが用意してくれた地図を頼りに「アプローズ」に辿り着いたのは、年末の店終い後だった。疲れ切った僕らは、店の裏手の宿舎に案内され、年初めの開店日まで英気を養っていた。
そして開店日の朝。僕らは全員、店舗一階に招集されていた。
「それじゃ、仕事を割り振るぞ」
アプローズの店長、ラウゾは恰幅の良い中年男性で、ムート・ネグロからこの地での商売を任されるほど信頼の厚い男との事だ(シャッツいわく)。漁師と言われても疑わない体付きだが、身につけている衣服はピシッとアイロン掛けされた一級品で、なんだか良い匂いもしてくる。ワイルドな風貌と洗練されたファッションで上に立つタイプの人間だとわかる。
「まず、」
腕組みしていた腕を少し解くと、二本の指で僕とエミスを指さす。
「二人は営業部配属だ。詳しいことは上長に聞いてくれ」
僕らを指していた二本の指を合わせると、事務所の奥を指し示した。そちらへ進めということか。正直、ムートの紹介とはいえ、見知らぬ土地であまりみんなと離れたくない気持ちはあったが、すれ違い際にトバリが軽くうなづいたので、大丈夫だろう。
雑然とした事務所内を進んでいくと、一人の女性が声をかけてくる。
「おう、きたね。アルクにエミス。よろしく」
こちらも整った身なり。商人と言うより、良家の執事のような服装をしている。
「カルタだ。君らに仕事を教える。と言ってもまあ、うちは自分で仕事を切り開いていかにゃーならんから、まあ、なんだ、とりあえず着替えよっか」
渡された服装に着替えると、二人して見習い執事のようになってしまった。いかにも慣れてないですという記号のようで、恥ずかしくなる。エミスも別の理由ですでに脱ぎたがっている。
「カッコよくない!」
「ふーむ。まあまあだね」
カルタさんはアゴに手を当てて僕らをまじまじと確認した。
「細身の若造と思ったら、案外いい体つきだね。エミスくん、その格好をカッコよくするか否かは君次第だよ。そしてアルクくん、背筋を伸ばしなさい。自信のない人から、人はモノを買わない」
指摘を受けて、その場でまっすぐ立つ。エミスはまだ少し横で不満そうにはしていたが、彼女を上司とすることに問題はなかったようだ。
「よろしい。では、仕事の説明をするね。私たち営業部はこの店の商品を売り込むのが仕事だ。店先に立ってその場で商品を売買するんじゃなく、うちの商品を、ある程度まとめて導入してくれそうな所へこちらから乗り込んで行くのさ」
カルタさんはアプローズで扱う商品の載ったカタログを見せながら説明を進めていく。
「うちは主に調度品を扱ってる。国内外の工房やクリエイターの作った、ちょっといいやつをね。使えればなんでもいいってのじゃ困るのよ。それじゃ他所より安いかどうかだけになっちゃうからね。使い良いだけじゃなく、品格もセットで売るの。そんで使うたびいい気持ちになれば理想的かな。どうだろう、わかるかなこの感じ」
物への愛着のようなものの事だろうか。人にもらったもの、受け継いだ物への執着のような感情はあるが、カルタさんの言っている事とは違うような気がする。
「わかるぜ!」
エミスは鼻息を荒くして即答した。わかるんだ…。
「かっちょいい剣がいいもんな!」
「ケン?キミは剣術やるのか。どうりで筋肉ついてるわけだ」
あまり僕らの正体がバレるような事言わないでくれよ。というか、ガラーでフェリオの即席剣喜んでたじゃないか。
「まあ、思想的なところは働きながら身につけてくれればそれでいい。はいこれ」
カルタさんが僕に紙の束を手渡す。「企画書」?
「既存客の継続営業もあるんだが、提案にセンスが求められるんだよねー。先日あちらのメイドさんに聞いた話だと、キミらセンスは“低”との事だから…」
トバリ…。いつの間にそんな残酷な真実を流布していたんだ。もしかして僕ら二人が真っ先に店の奥に追いやられたのはそのせいではなかろうか。
「新規開拓営業。まずはそこから、行ってみよう!」
カルタさんは、ちょい落ち込んだ僕を励ますように明るく背中を叩いた。
「アル!もぉ飽きたぞ!」
「早いよ、まだ初日なんだから…」
とはいえもう夕方に差し掛かってきた。そろそろ店に戻らなくては。見知らぬ土地での飛び込み営業一日目は、一件も成果を上げずに終わろうとしていた。こんな事でやっていけるのだろうか。エミスは文句を言いながらも、製品のサンプルが入った箱を一日中持ってくれている。頑なに譲らないのでわからないが、結構重そうだ。
「大丈夫?エミス」
「大丈夫に決まってる」
「なんでそんなに気合い入ってるの」
普段ならよそ見脇道外れ道のエミスが、仕事をちゃんとするのが意外だった。
「働いた金でいい騎士剣を買うんだ!」
「それで頑張ってたのか」
うん。こんなに純粋に目を輝かせているエミスに悲しい思いをさせる訳にはいかない。騎士剣って、基本は王家や貴族の主から賜るものだけど。そんなことエミスは気にしないだろう。
「よし。もう一件だけ行ってみようか」
街の店舗にはちらほらと明かりが灯り始めている。営業で忙し時間になれば、話を聞いてもらうのも難しくなるだろう。僕はまだ灯りの灯らない飲食店に目星をつけて突入した。
「お忙しいところ恐れ入ります。アプローズのアルクと申します。少しお時間よろしいでしょうか」




