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士獅十六国物語 〜“黒”の転生者狩り〜  作者: ホラナカチリ
②【黒の団と舞踏】

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②ー15巌となりて

②黒の団と舞踏


15 巌となりて


 レノエルフたちは谷を抜け、隣山に入っていた。レッタ一人を残し、僕らはそれを追う。

 早足で進みながら、準備を整える。

 フェリオは、創り出した短剣をトバリに投げる。

 「恐れ入ります」

 トバリは刀身を指先でなぞって魔術構文を確認する。

 「フェリオ!俺にも!」

 「ん。ほらよー」

 「そんな魔具をひょいひょいと…」

 シャッツは背中から飛び出る魔具に、なんとも言えない表情を浮かべている。

 「これで俺も二本だ!」

 エミスは両手に持った騎士剣を天に掲げた。

 「ボクが弓兵はなんとかするからねー」

 フェリオは段々と調子が戻ってきたのか、シャッツの背中でぴょんぴょん跳ねる。

 「足止めさえできれば、レッタさんに策があるようです。ボレア氏と転生者は私が」

 「あの速いやつは僕が抑える」

 「よし、両腕マンは俺だ!シーラ、ついてこいよ!」

 「は、はい!」

 役割分担が決まったことで、僕らは歩調を速める。


 レッタは一人、みなの進行方向に背を向けて、黙々と山を登ってゆく。体が温まり、白い息を吐く。その度、自分の中の雑念が排出され、思考が整理されるように感じた。


 「まだ追ってくるな…」

 デュシスが複雑に弦の張り巡らされた改造弓に矢を込めながら言う。

 「構わん」

 ボレアは後ろを見向きもしない。

 レノエルフ達は追跡者の存在を感じ取りながらも、取るに足らないものとして先を急いでいた。

 「次向かって来た時が、最後だ」

 両腕の魔具の爪を研ぐノトスの横を歩く、リューだけが、この状況に胸騒ぎを感じていた。体に描き巡らされた魔術紋章(タトゥー)には血が滲んでいた。身体の限界を超えた力を引き出す彼らの魔術は長時間の使用に耐えない。皆も同じように身体に痛みを感じているはずだった。にもかかわらず、他の三人の顔は、異常なほど戦いに向いていた。

聖域の三エルフにも拒絶され、どこへ向かうのか。

それでも…、

 リューは前を歩く転生者の薄い背中を見つめた。


 「アルクさん」

 「何?」

 茂みの中で、隣に屈んだトバリが小声で話しかけてくる。

 「何でもありません」

 「ん?何」

 トバリが後ろを向くのに合わせて、僕も後方をみる。みな疲れ切って、地面に腰を下ろしている。これから攻め込もうという状況には見えない。でも何だか、その様子を見ていると、心が落ち着いた。殺伐とした空気になるよりよほどいい。

 「貴方は私が守ります」

 トバリはいつの間にか真顔でじっとこちらを見ている。

 「わかった。じゃあ僕はトバリを守るね」

 トバリが少し眉を寄せると、整った彼女の顔の、見たことのない表情に親しみを感じた。

 「練習通りに、ですよ」

 「練習通りに」

 息をととのえてみんなを見る。

 不安そうな顔も混じっているが、その立ち姿から負けるつもりはないようだ。

 「行こう」

 先を行くレノエルフ達に、攻撃を仕向ける。


 僕とトバリが強く踏み出して並走する。

 相手が展開する隙を与えない。全力の疾走。木々を次々と追い越して、一気にレノエルフの集団に追いつく。距離を取ろうとする弓のデュシスと、鞭のノトスに、トバリと僕で同時に攻撃を仕掛ける。遠・中距離攻撃の二人を足止めする事で、転生者の山崩しを抑制するためだ。ノトスの両腕に、広がる余地を与えない。後方に回り押さえ込む。

 ノトスは露骨に不快感を表情に浮かべる。近距離でも両腕にびっしりと嵌め込まれた刃物は脅威だ。ウルクを押し当てて瘴気の噴出する力で押さえつける。その間にもう片方の腕が迫るのをステップで体勢移動することでかわしつつ、

 (「ここからテンポを上げる」)

 ノトスの背中越しに、デュシスを足止めするトバリと目が合う。

 ウルフの柄から噴出していた瘴気を一旦閉じる。魔力を直線的に流し込むイメージが、“ウルフ”の疾走だった。トバリとのダンスレッスンの中で覚えた滑らかな体躯。リーニャの“ホーク”が合わさったことによる、重厚な魔術の重み。自分の体の動き、身体感覚に“ウルク”を沿わせる、魔力を手の中に握り込むイメージへ。

 ウルクは、刀身から生じた瘴気を纏い、ノトスの魔具の表面の刃を欠きながら弾いた。

 「なっ、」

 動揺するノトスを蹴りながら反転し、背後から突進してくるリューを弧を描くウルクで、地面に押さえつける。

 「ゔゔっ」

 まだだ。ノトスが体勢を立て直す前に、追撃をかける。両腕の魔具を弾きつつノトスの両肩に膝を置き、馬乗りになって地面に倒す。両腕の魔具は複雑に腕に絡み付いていて、ウルクの力では壊すことはできない。戦闘不能にできない以上、僕の役目はここまでだ。

 この間に、山を登って距離を取ろうとするボレアを追いかける。

 「待てっ!」

 リューが背後から追ってくる。

 「ふざけやがって…」

 ノトスも体を起こすと、追いかけようとするが、

 「お前の相手は俺だぁ!」

 追いついたエミスが両手の剣を振り上げて、飛びかかる。


 ボレアと転生者の前に立ちふさがる。巨腕の魔具で振り払われるのを、瘴気を纏ったウルクで受け止める。背後からトバリが蹴りを振り下ろすが、やはり感知され避けられる。

 トバリとリズムを合わせて、絶え間なく連撃を撃ち込む。攻撃は読まれているが、全てを受けきる事ができずに、ボレアはついに膝をつく。

 「アルクさん」

 「わかってる。任せた」

 「かしこまりました」

 下方から物凄い勢いで、リューが突っ込んでくる。ウルクで勢いを抑えきれずに、ボレアから引き離される。

 「魔族が何故、人族に味方する」

 「そんなことはどうだっていいと思わせてくださるからです」 

 トバリは短剣を魔術で微発光させると、構え直した。

 「怒りはないのか。抑圧への、この世界への。俺たちは、俺たちのための世界を作る。それを成す為の力だ。貴様らは邪魔だぁ!」

 「躾が必要なようですね」


 リューのグローブを受け止めたウルクに捻りを加えて攻撃を逸らして、引き剥がす。

 全身の魔術装飾を異常なまでに発光させるリューからは、その熱によって蒸気が上がっていた。殺意のこもった眼で、こちらを睨みつける。

 とても対話ができる状態じゃないな。手の中でウルクの感触を確かめると、指先で魔力が弾けるような手応えを感じた。大丈夫。状況に飲まれてはいない。今までで一番、魔力に対しての感度が高まっているように思えた。息を吐きながらウルクに魔力を通すと、刀身から瘴気が湧き出し、握り込んだ柄からはより濃密で重厚な瘴気が、連なって帯のように空気に揺らされたがら垂れた。

 「ヴヴっ!」

 リューが唸り声をあげて踏み込むと、次の瞬間には眼前に拳が飛んでくる。身を引きながら振り上げたウルクで弾く。次の瞬間には次の拳が的確に飛んでくる。こちらも一歩、踏み込む。連撃を躱し、ウルクで受け流しながら、動き続ける。一撃一撃を間に受けず、自分のリズムを乱さない。むしろこちらの動きに引き込んでゆく。相手の殺意の中を、冷静に踊ってみせる。そして、一連の流れは最後の一撃へと帰結する。柄から垂れる濃密な瘴気を刀身に絡めながら後ろへまわりこむと、リューの首筋を殴り落とす。

 「ヴっ」

 倒れ込んだリューに切っ先を向ける。


 「おらおらオラァー!」

 エミスは両腕の熱剣で、ノトスの両腕を防いでいた。剣から立ち昇る煙と、刃物が激しくぶつかりあう音で、現場は騒然としていた。

 「エミスさん!」

 「いい!集中しろ。一発でいい!」

 「はい!」

 シーラはエミスの背後にピッタリとついて、斧に魔力を込める。

 飛来する矢は、滑らかに地を這う木の幹が防いでいる。トバリがボレアを追っていった時に、デュシスはこの木の魔術で捕まえていたのだが、いつの間にか抜け出され、今も木陰から軌道の読めない矢を飛ばしてくる。

 「フェリオさん!まずいですよ!」

 シャッツは自分の背中をぐっしょりと濡らすのが、自分の汗だけでないことに気づいていた。

 「ここでぇー、止めなきゃー…、ダメでしょ、」

 フェリオは痙攣する手で杖を握りしめた。

 「ねぇ、レッタ、」


 山頂付近に到達したレッタは、隣山に向け弓を持った左腕を伸ばす。裸眼では微かに立ち昇る煙が確認できるくらいだ。あれはエミスか。腰から望遠鏡を引き抜くと、特注の支柱を使って弓に固定する。こんなデタラメな発注に答えてくれるのはムートくらいだな。自然と口元から笑みがこぼれる。

 息を吸って、吐く。

 白い息は強風にすぐかき消される。冷たく吹きつける風を寒いとは感じなかった。

 ゆっくりと背中から矢を取り出すと、弦に合わせて引き絞る。望遠鏡の筒を覗き転生者を見つける。矢を送り出すように手を離すと、放たれた矢は、ちょうど隣山との間付近で風に煽られて勢いを失うと、山間に落ちていった。向こうの戦況に変化はない。

 届かない距離と、自然の摂理に則って落ちた矢。しかし、状況を監視していた仲間のライトエルフだけは見ていた。矢が落ちる寸前、何にも当たっていないはずの鏃の薬莢が爆ぜたところを。


 「エミスさん!フェリオさんがもう限界です!」

 シャッツがかすれた叫び声を上げる。

 エミスはノトスの猛攻の中で答えない。

 激しさとは裏腹に、戦況は絶妙なバランスで成り立っていた。ノトスの猛攻とデュシスの的確な狙撃。どちらかを止めに行けば、もう一方の攻撃にやられる。

 「ううっ!わかってるんだけどよぉ!」

 やれるか?この戦況のバランスを崩して、二人同時に仕留めることが。苦悶の末、エミスは後ろで静かに、しかし確かに魔術の灯が灯るのを感じ取った。

 「やるぞ!」

 エミスは両腕の剣を同時に斬りつけてノトスの片腕を弾き飛ばすと、そのままノトスの懐に向かって突進した。迫るもう片方の腕には見向きもしない。しなって加速する腕が、直撃する寸前で、エミスが屈み込むと、その背後から、斧を振り上げるシーラが姿を現す。

 「いづれ来る訪れに。打ち落とせ、祝福を!」

 熱で赫く染まった刃が振り下ろされると、直撃したノトスの魔具を引きちぎりながら地面に達した。

 「よっしゃ!」

 エミスはジャンプしてノトスの頭を踏みつけると、そこから背後の森へ発火した騎士剣を投げつける。

 剣が着地した付近で、痛めた足を庇いながら身を潜めていたデュシスは、燃え広がる炎に怯む。

 「よお!」

 たどり着いたエミスが、もう一本の剣をデュシスに向ける。ノトスの攻撃で服も剣もボロボロだったが、剣先の炎は確かに、安定して灯った。その後方で、シーラはへたりこんだ。

 「ナイスー…」

 限界を超えたフェリオは、その言葉を最後に眠りについた。


 リューは怒りを剝き出しにして突進してくる。その感情の昂りに呼応するように速度も上がっていった。それを流れるような動きで捌く。彼の連撃の方が早い瞬間もある。それでも、この戦闘の調子(リズム)は、すでにこちらが掌握していた。

 「ヴヴ!ヴォーーー!!」

 連撃を防ぎ、弾く度に、こちらの瘴気は濃く、滑らかに空気を漂った。もはやハッキリと視認できるほどに。黒い波間の内で、リューのタトゥーがチラチラと光り、濃密な瘴気が段々と光を飲み込んでゆく。

 「そんなに大切なら…、離れちゃダメです。いつもそばにいないと、失うことになる」

 口をついて出た冷酷な言葉に、自分でも傷つきながら、この痛みは忘れてはいけないものだと、漂う瘴気ごと胸に引き寄せる。

 リューが上方に目をやると、転生者による大地の崩壊が始まっていた。

 ボレアを中心に、周囲の木々が倒れ、山の斜面が押し流される。


 “破壊”の始まりを、レッタは見逃さなかった。

 崩れる山を見ていると、足が痛み、不快な記憶のフラッシュバックが頭を痛めた。

 魔王討伐の戦線を離脱したこと

 何百年も受け継がれてきた守り石を、自分の子に渡せないこと

 愛するこの山々(クニ)を、壊されること


 それでも、最強の戦士じゃなくても、完璧なエルフじゃなくても、やるべきことをするんだ…

 (「エルフの子よ」)

 飽きたセリフが風の音に混じって聞こえた気がした。

 レッタの(まなこ)に覚悟が宿る。

 「わたしは“親”だ」

 放たれた矢は加速しながら空を裂く。空気抵抗の限界に達すると、上空で鳴る。

 その魔術による再加速に耐えない羽根は千切れ、節はパラパラと山間に落ちる。

 非接触魔術。エルフ三百年の魔術史の境地に、レッタは確かに立っていた。

 矢を放った右手を、前にのばす。

 手先はレッタの視線に添うと、目標を確かに捉えた。

 やじりは、レノエルフの感知能力の外から、狙撃する。

 胸を突いた瞬間、“破壊”によって砕けたやじりの勢いはそのままに、破片は転生者を貫いた。


 身体が、音も立てずに地面に落ちると、破壊による崩壊の広がりも押し止まる。

 「そんな…」

 リューはこちらに見向きもせずに転生者に駆け寄る。

 「そんな…、なんで…」

 リューが彼女の手をとる。その手は冷たく、体は崩れ始めていた。

 ボレアは傍でその様子を確認すると、無表情のまま焦点のあわない目で遠くを見遣った。

 「勇者さま…」

 リューはそれでも彼女に声をかけ続ける。

 「…。」

 彼女は口を開いて何かを言いかけたように見えたが、その声は音にならなかった。

 崩れ落ちた転生者の亡骸が、風に吹かれて消えてゆくと、レノエルフたちも静かにこの場を去って行った。ただリューだけが、その亡骸の最後の一粒が見えなくなるまで、その場にうな垂れていた。


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