②ー11細石の
②黒の団と舞踏
11 細石の
この辺りの木々の中でも、樹齢を重ねていて、太く落ち着いた佇まいのこの木は、レッタのお気に入りで、上の方まで登ったところにある手触りの良い幹から、山々の様子を観察したり、昼寝をしたりするのがお気に入りだった。大樹に身をまかせ、陽を受けて輝く枝葉に抱かれると、なんとも言えない幸福感に満たされる。「エルフの子」とはよく言ったものだ。ガラーのエルフは皆、聖域のエルフの子孫であるという教えは、バラバラの個性を持つガラー山脈のエルフたちを繋ぐための教典であるが、こうも過ごしやすい場所に何十年、何百年と生かされているのでは、いつまでも「子ども」という表現も腑に落ちる。
「誰か来る…」
誰に言うでもなくそう呟く。あるいは、周囲の木々に警戒を促しているのかもしれない。この山の木々は家族も同然だった。傷つけるような侵入者なら、追い返さなくては。レッタは枝に掛けた弓矢を取り出して、やってくるもの達の様子を伺いながら待ち構えた。
「何のようだー!」
位置を悟られぬように出鱈目な方向に向かって叫ぶ。
二人組のうち、ガタイの良い騎士の身なりをした男が答える。
「私はジュアン国騎士団のドゥガーと言うものだ!女王陛下の勅命で、ライトエルフの族長に会いに来た!」
ドゥガーが話をしている間、もう一人の男は周囲の様子を観察している。こちらを捕捉しようとしているにしては、何か魔術を用いているわけでもない。そもそも横に立つドゥガーと比べると背丈は同じくらいだが、かなり薄い体つきで、戦闘員とは思えない。
「もう一人の男は何だ!」
そういうと、その男はまっすぐとこちらを見た。しっかりと目が合ったがわかる。しかし攻撃の意思は拍子抜けなくらい感じなかった。
「俺はタロー。魔王を倒しにこの世界に来た」
それがタローとの出会いだった。
ライトエルフの里へ案内したのがきっかけで、その後も、長老会のところへ向かうことになったタロー達の案内役となる。遠距離の攻撃手段を持たない二人の腕っぷしバカ。焼く以外の調理法を知らない。やたらと旅好きで遠くに行きたがる。そんな二人のサポートをするうちに、呆れることも多かったが、レッタ自身の胸の内にも冒険への憧れがあることに気付かされた。
「レッタ、俺たちと一緒に来ないか?」
ガラー山脈を後にする時、タローにそう声をかけられた。
それが、レッタの人生の時間に比べれば短く、最も長い冒険の始まりだった。
いろんな場所に行った。見たこともない景色。出会うはずもなかった人々。
大変なことも、楽しいことも、みんな輝いていた。
世界を変えようとする勇者の役に立てることが誇らしかった。同じ目標を掲げる仲間も増え、恋もした。
しかし、時を重ねるごとに、旅は重く、苦しいものに変質していった。
戦闘のレベルは跳ね上がり、子を授かったのを期に、パーティーを抜けた。それも自分の役割だ。後悔はない。ただ、旅を終えてエルフの里に戻った時、何かが引っかかった。自分のやるべき事はやった。パーティーのレベルも上がり、もはや自分の役目も終わったのだ。これでいい。後悔はない。
なのに何かが、頭の中に疑問として残った。それは魔王が倒されたと言う知らせを受けても消える事はなかった。だからタローのところへ戻ったのだ。答えを見つけるために。正体の掴めない、うっすらとした疑念。まるで…
「こんな霧みたいな」
レッタは、よく手入れされた庭園の植物達で造られた迷路を、確かな足取りで進んでゆく。
「やっと…、やっとわかったぜ。おかげさまでな」
霧の奥にいる相手をはっきりと捕捉する。
「何を望む。エルフの子よ」
声の主に動揺はない。レッタは距離を詰める。
薄靄を抜け、相手の姿をはっきりと見つめる。齢三百年とも伝わるエルフの祖。ガラーのエルフの信仰の対象で、最も優れた能力を持つ者。パギは絵本に描かれたそのままの姿で、大岩の上から、レッタを見下ろしていた。
タロー、あの時のお前と、今の私は、同じ目をしているだろうか。
迷いは消えた。
「強くなろうと、思いもしなかったんだ」
自分の役目を果たす。それでよかった。でも今は違う。たとえ自分に与えられた役割じゃなくても。自分じゃ勝てない相手だとしても。私がやらなくても、世界が進んでいくとしても。それでも、
「強くなりたい。他の誰かじゃない、私がやるんだ」
レッタの言葉に呼応するように、周囲の霞が晴れると景色は目まぐるしく回る。草原、岩山、砂漠。永い時間の流れの中を同じ場所に立ち続けているような錯覚の中心で、レッタとパギは向き合った。
「では一つ、知恵を授けよう」
パギは手のひらに乗せた小石を、レッタに差し出した。手に取ってみるとなんて事のない、ただの石だ。訝しげな目を向けると、パギは指を下に向け、石を見るように促す。レッタが手の中の小石を見ると、透明のガラス玉が乗っていた。すげ替えられられたそぶりは無かった。魔術によって変質したのだ。
「守り石を失った事を、ずいぶん後悔しているようだ」
パギは高速で回転する景色の中をゆっくりと歩き出した。
カロスで転生者に消されてしまった守り石は、エルフが代々祈りを込めて子に受け継いでいく大切な物だ。
「祈りが魔術の始まりとするならば、合わせた両の手を離れた後にも、なにか残るだろうか」
レッタの手の上の小石は、濁りを生じたと思うと、水に流されるように手の中から消えてしまった。
「時が経てば、朽ちる。あの転生者が、少しそれを早めようとも、結果は同じ」
レッタは自分の装備品が変色していることに気がつく。腰に巻いたポーチは、力無くその場に落ち、中身の仕掛け鏃が散らばった。それらもまるで何年も放置された後のように、色を失ってゆく。
周囲の回転する景色も、緑が消え、砂漠に覆われてゆく。
どこか遠くで轟音がして、その反響がここまで届く。例の転生者だろうか。
「私の魔術でも押し出すのが精一杯のようだ」
パギは手を擦り合わせると、手から砂つぶを溢した。
「子どもは子どもらしく、外で遊びなさい」
そう言ってパギが片手で払うと、突如としてこの空間から弾き出された。浮遊感と目が回すような倒錯の後、レッタは庭園迷路に立っていた。
手に握った弓や、装備品は元あった場所に戻っている。
パギが見せたのは、すべて魔術による幻だったのだろうか。永い時の中で、やがて全ての物が朽ち果てる。そうだろう。そうだとしても、今の私にはやるべきことがある。
パギに貰ったヒントを考えながら、レッタは仲間と合流するため、庭園を歩き出した。
押し寄せる“木の蔦”を、次々と切り落とし、燃やし尽くす。エミスは騎士剣を炎上させ霧と攻撃を払っていた。
「行ったぞ!」
エミスの大振りの間を、細く素早い蔦がすり抜ける。
「はい!」
シーラがタイミングを見計らって、熱を帯びた斧で確実に処理する。炎と熱、二つの魔術が霧の中で刃を灯す。
二人は猛攻をなんとか凌いではいるが、敵の正体も見えない一方的な攻撃に体力だけが削られていた。その後ろではシャッツが、倒れたフェリオを運べるように鞄を流用して体を縛っている。
「なかなかやるな」
霧の向こうから声がする。
「いま!そっちに行ってやるぅ!」
応酬する大木を切り倒しながら、エミスは前に進もうとする。
「エミスさん!離れちゃダメです!」
シャッツが鞄に括り付けたフェリオを引きずりながら、前に出る。
「なんだかわかりませんが、フェリオさんが僕らを守ってくれてるって話でしたよね!?」
「そうだった!」
エミスは急いで後方に跳んで、四人は一定の距離の中に収まる。
「では、わたしから行ってやろう」
霧の向こうの声の主は、そう言うとしばらく黙った。
攻撃が止む。
攻撃の波間に、シーラはその場にへたり込みながらも、次の攻撃に備え、震える手で魔具に魔力を流し込む。
「おまえも火の魔術か!熱いな!」
汗だくになりながらも余裕の態度のエミスに対し、それを見上げるシーラは肩で息をして、今にも泣き出しそうな様子だった。
「それにしても、敵の姿すら見えないんじゃどうしようも、」
シャッツの言葉に重なって、遠くで轟音がする。
「何です、今の音」
「エミスさんっ…。はぁっ…、はぁっ…、あ、あれ…」
シーラが片方の斧で指し示した方向で、霧が晴れて、何者かの姿が浮かび上がってくる。
道の先には、一人のエルフが立っていた。
「ふっ、来てやったぜ…。はぁっ…、はぁっ…」
彼の後ろには、砕けた木々が散らばっていた。
「ここは“聖域”、侵入するものには、容赦、しない…っ」
上裸のエルフの体は、エミスと同じように、汗でぐっしょり濡れていた。
(「「「めっちゃ攻撃されてる!」」」)
ここは聖域。侵入者には魔術攻撃。例外はない。
ここに住まう三人のエルフの一人。ソーマは今日も、防衛魔術と戦っていた。




