②ー10非接触魔術
②黒の団と舞踏
10 非接触魔術
周囲を深い霧に囲まれた状況で、僕は“ウル・ク”を腰から引き抜くと、魔力を流し込みながら構えた。数秒前まで近くにいたみんなのことは完全に見失ってしまった。気配も感じない。
「フェリオ!」
こうした事態に一番に対応できているであろう仲間の声を呼んでみるが、返事はない。
誰の声も聞こえない。代わりに、何か沢山のものが周囲に蠢いている。いつどの方向から斬りかかられても対応できるよう、気を張り詰める。
真っ白の霧の壁に一つ、黒い影が映る。人型のそれは、一心不乱にこちらに向かってくると、勢いそのままに襲いかかってくる。
素早く斬り返すと、全く手応え無く霧散して消えてしまった。
「何だ?」
思わず声が出たのも束の間。四方八方から、黒い影達が襲いかかってくる。
その場でステップを踏みながら体重を移動させ、次々とそれらを斬り捨てる。幸い一体一体の戦闘能力は皆無に等しく、斬られたものから散って消える。ウルクになだらかに魔力を流し、瘴気の噴出を体の動きに合わせる。全力の魔力を一気に注ぎ込んで体ごと移動させる“疾走”とは違い、斬撃に合わせてウルクの刀身だけを移動させる戦い方。トバリのダンスレッスンで身に付けたものだ。魔力をセーブしながら、ウルフの特徴も活かせる。さらにホークが組み込まれたことで、太刀筋は滑らかに、剣撃は多彩になった。
しかし、影の応酬は終わらない。斬っても斬っても、延々と襲い掛かってくる黒い人型の影は、顔がはっきりとせず、笑っているようにも、泣いているようにも見えた。いったいどれだけいるのだろうか。数も減らずに終始襲い掛かられているうちに、段々と対応が追い付かなくなる。こちらの攻撃が遅れると、黒い影の手の先にある爪の様な鋭利な部分で腕や肩を引っ掻かれた。戦闘で昂っているせいか、傷痕に痛みを感じない事が、不気味だ。
このままでは埒があかない。周囲の様子がわからないこの状況であまり使いたくはなかったが、ウルクを強く握りこむと、瘴気を噴出して疾走することで、その場から離脱する。
しばらく進んだところで立ち止まったが、辺りの景色は相変わらずの白い霧のままだ。出できたトンネルがどちらの方向にあるのかもわからない。それでも皆を探さなくては。ほてった体をクールダウンする為、ゆっくりと歩きだす。
刹那に衝撃を受ける。
目をやると、手先の爪をまっすぐに心臓に向けて突き刺そうとする黒い影を、ウルクが受け止めて防いでいる。無意識下で何とか反応できたようだ。危なかった。ウルクは刀身からゆっくりと瘴気を吐いた。
振り切ったつもりが、また囲まれている。これが魔術による攻撃なら、距離を取ることに意味はないのか?まるで自分を中心にして、周りから湧き出ている様だ。
「影…。自分の影ってことか」
魔術攻撃の特性に思い当たると、周囲の影は一斉に動きを止め、無い顔でじっとこちらを見た。
「嫌だ…」
「「嫌だ…」」
影たちの発した声は、僕の声だった。
白い雪の上を、裸足で歩いていた。遠く遠く、どこか遠くへ。両足は真っ黒だ。肌が裂けて流れた血が固まって変色したのだ。手を見ると、寒さで強張り、鬱血し、やはり黒く染まっていった。どれだけ歩いただろうか。後ろを振り向いて確認しようとはしない。ただ寒さも痛みも感じなくなった、弱々しく硬い足で前に進む。私はなんで歩いているのでしょうか。
何かが燃える匂いがした。
そうだ。家が襲われたんだ。
とても不安定な時代だった。流行病と、感染に怯える人々。あるものは閉じこもり、あるものは暴徒と化した。
「−−−!逃げろ!逃げるんだ!」
炎上する家から、父の叫び声がした。母に抱き抱えられながら、炎に包まれた小さな家を思い出す。
「−−−、行って。誰か助けてくれる人を探すのよ」
誰も助けてくれる人などいない街の路地裏で、母は言った。
父は、母と私を逃し。母は最後まで私を生かそうとしてくれた。
だから私は進むのだ。後ろは振り返らない。歩き続けることしかできなかった。
真っ白い雪の路を、私の足跡が汚す。血と皮膚と、それから煤。わたしもビョーキになったんだろうか。胸が熱い。身に纏ったボロ切れが、熱に焼かれたか、灰のように端から崩れて落ちた。
黒い汚れは全身へ広がって、硬い鱗となる。
「わたしは、どこにいけばいいの?」
少女はあてもなく、何年も何十年も何百年も、彷徨い続けた。
「うわぁぁぁぁっ!!」
「どうした!?」
周囲に霧が出た瞬間から、フェリオはその場に倒れ込み、髪を掻きむしりながら苦しみだした。
「フェリオさんっ」
シーラがフェリオを落ち着かせようとするが、暴れて手がつけられない。
「どういうことです!他のみんなは!?」
シャッツも状況に混乱し、誰も答えてくれない質問をする。
エミスは剣を抜くと、辺りに目を凝らした。
背より高い植物が植えられている。手入れがなされた植物たちは、緑の壁となって道を造っている。城の庭に施された緑の迷路みたいだと思った。
発狂するフェリオを背に、エミスは剣に魔力を込めた。騎士剣は発火する。
シーラは多少、回復魔術の心得があるようで、暴れるフェリオに無理やり回復をかける。
「エミスさん!どうします」
シャッツはそう言いながら、自分の鞄から助けを呼ぶのに使えそうな道具を探す。
「俺の後ろにいろよ」
道の先から、何か大きなものがこちらに向かってくる。
エミスが炎上する剣で、何とか受け止めたのは、巨大な木の幹だった。
「熱剣!」
剣の火力を上げると、触れた部分が焼け落ちて炭になる。
「とんでもない事をするなぁ…」
攻撃がやってきた方から声がする。霧で姿は見えない。
「周囲に対しての魔術攻撃を、全て自分一人で受ける魔術か。即死系だったら終わりじゃないか」
「誰だお前!」
声の主は、エミスの問いに答える代わりに、再び複数の木の幹を、蔦のように這わせて寄越した。エミスはそれらを薙ぎ払う。
「お、でももう押さえ込んだか?」
シーラの回復魔術が効いたのか、エミスの叫び声は止み、苦しそうではあるがその場で意識を失って、眠っているようだった。
「シャッツさん、フェリオさんをお願いします」
「お、おう」
シーラは立ち上がると自分の荷物から、トランクケースを引き出すと、エミスの横に並んだ。
「わたしがこの仕事に選ばれた理由が少しわかりました」
シーラがケースから取り出したのは、小ぶりな二つの斧だ。
「相性です」
魔力を込めると、二振りの斧は熱を帯びて赤く発光した。
「おぉ、やるか!」
「はい!」
二人は魔具を構えると、見えない敵に立ち向かった。




