②ー9聖域
②黒の団と舞踏
9 聖域
戦闘用の身支度を整えると、船の護衛としてゼンとライトエルフの一人を残し、ファイトエルフの里に入って行った。ここでも素性が知られないように、また、エルフ達を極力刺激しないように、頭には黒い布を巻き、ぱっと見で魔族や人族とわからないような格好をする事にした。
災害が起きた後のように、ファイトエルフ達はひとつ所に寄り集まっていた。その殆どが女性や子供だった。集まりの中心にレッタがいる。皆レッタを頼るように、事情を訴えていた。僕らは少し距離をとった場所で、その様子を見ていた。
レッタがファイトエルフ達の不安に向き合っている間に、先ほど既に大体の事情を聞いていたライトエルフが、状況を説明してくれる。
「つい昨日のことだそうだ。数人のレノエルフが突然やってきて、今後は自分達の指示に従うように言ってきたらしい。戦いに優れたものは、傭兵として働きに出ていて、ここにいるのは女子供ばかりだ。下手に刺激しないようにしていたらしいんだが、奴らが聖域に向かうと聞いて、年長のエルフ達が止めるように言った。さっき上から見た山側の家が、そのエルフ達の家らしい。土砂で埋められた」
「何てことを…」
シーラがポツリとつぶやく。
「年長のエルフほど、聖域に対しての信仰が厚い。私もそうだがな。エルフにとって特別な場所なんだ」
「どこにあるんですか?」
「ガラー山脈の中央。山の底、森の深い場所。一年に一度、夏の最も陽が長い日に、長老会のメンバーだけがその場所に入っていって、エルフの子供達の事を報告にいくのが慣わしになっている」
レノエルフ達がその聖域に向かったということは、ここから近いのだろうか。
ライトエルフと話す、頭を布で隠した集団は、やはり不安を煽るようで、ファイトエルフの一部が、こちらを見てヒソヒソと話し始めてしまった。
「場所を変えよう」
そう言うと、ライトエルフは山の方に向かって歩き出した。
例の土砂崩れの場所に近づくにつれて、足元に細かい砂や小石が増えてきた。それは奇妙な光景で、山が崩れたにしては、それらはやけに乾いていた。進むにつれてシャリシャリと音をたて、足首まで沈み込む。山に近い家々は屋根まで埋まり、おそらく元あった場所から崩れて流されてきたのだろう、壊れた屋根だけが砂利の上に乗っているのも見かける。
しばらく上がったところで、やっと砂の発生源を見上げることができた。
それは山に空いた穴だった。
洞窟とは違う人工的に掘られたような穴で人ひとりが通れる大きさがある。しかし、レノエルフがこの里にやってきたのは昨日のことだ。状況からすると、まるで一瞬で掘られて、中の砂や石を外に排出でもしたかのようだ。
「行ってはいけないよ」
瓦礫を片付けていたのか、一人のエルフが話しかけてくる。くたびれた衣服から察するに、この辺りの崩壊した家の住人だろうか。
「レノエルフを追っている」
ライトエルフが代表して答える。
「ダメだ。聖域に入ってはいけない。奴らだって、帰っては来られないだろう」
フェリオとエミスは警告を無視してさっさと穴を覗きに行ってしまう。
「聖域は人を狂わせる。行けば魔獣になってしまうよ」
そのエルフは、立ち止まった僕ら一人一人を見ながら語りかけてくる。
「それは流石に迷信では?不用意に立ち入ることを戒めるために幼い頃によく聞かされましたが」
「どうだかね」
足を怪我していたのか、不安定な足場でバランスを崩したエルフに、シーラが咄嗟に手を貸す。
「おーい!来てみろよ!向こうまで繋がってる!トンネルだ!」
エミスが上から大声で呼ぶ。
穴の前まで来てみると、なるほど確かに風を感じた。ガラー山脈の内側までつながっているのだろうか。
「一日でこれを…」
にわかには信じ難い。何年、何十年とかかる大仕事だろう。しかし、下方へと流れ出した砂や小石は、不自然に真新しかった。
フェリオが自分の腕に生成した魔術鳥を、トンネルの内部へ放つ。
「行こう!」
エミスは魔術鳥を追ってトンネルに入ろうとする。
「待ってエミス、レッタがくる」
砂利で出来た坂の下から、ファイトエルフに支えられながら、レッタが登ってくる。
その姿を僕らは無言で見つめ、待っていた。みんな同じようなことを考えていたと思う。レッタの足では、これから先、レノエルフを追うにしても山道をゆくのは難しい。それにもしこの細い道で遭遇したら。今のレッタに近接戦闘は無理だろう。それでもレッタが坂を登り終えた時、誰も何も言えなかった。彼女の瞳に宿る闘志は、ここにいる全員を圧倒するのには十分だった。
「お前はここに残ってファイトエルフを護れ」
「了解」
レッタから指示を受けたライトエルフは、武装を素早く用意しながら、周囲の森の中へ入っていった。おそらく、ファイトエルフの里を見渡せる場所を探しに行ったのだろう。
「ありがとう。行ってくるよ」
レッタは腕を貸していたファイトエルフに礼を言うと、一人で歩き出す。
「ご武運を…」
ファイトエルフの女性は、胸元で守り石を握りしめながら頭を下げた。
「行くぞ!」
「行くかー」
双子が後に続く。
「わたし、灯り出せます、」
「フェリオが魔術で出してくれますから、大丈夫ですよ。シーラ、あなたも武具の準備を」
「あ、はい!」
シーラはずっと傍に持っている鞄を慌てて開こうとして、中身を落としそうになるのを、トバリが素早く手で支える。
「あっ、すみません」
「大丈夫、落ち着いて」
トバリに手伝ってもらいながら、シーラもトンネルに入っていく。
「行くの?」
鞄の中身をゴソゴソと漁って、トンネルに入る準備をしているシャッツに声を掛けると、突如、眩しい光に照らされた。
「あ、すみません」
取り出した魔具を調整して光を抑えると、鞄を背負い直してトンネルに踏み入れたシャッツが振り返って僕に言う。
「行きますよ!アルクさん」
「了解」
僕も最後にトンネルに入ってゆく。
ファイトエルフの女性は、ずっと頭を下げて祈り続けていた。
どれだけ経っただろうか。薄明かりの中、ひたすら狭い路進んでいると、時間の感覚が狂ってくる。
「アル!付いてきてるか!?」
前の方から、時々エミスが最後尾の僕に声を掛けてくる。
「いるよー」
このやり取りも、もう何回やったかわからない。
「コル!パギ!ソーマ!」
「深い森にー住んでいるー」
双子の歌も、最初はうざかったが、今では少し勇気づけられる。
ただ、ずっと同じ“三人のエルフ”なので、流石に飽きてきた。
『三人のエルフ』
コル、パギ、ソーマ
深い森に住んでいる
三人エルフが暮らしてる
三人仲良くずっと居る
三百年も生きている
…
「出口だ。みんな警戒して」
先頭のレッタの合図で緊張が走る。
前方に、確かに薄明かりが見えるが、トンネル内の明かりの方が強いくらいだ。出口に近づくにつれて、トンネルも広くなる。どうやら何らかの力でこの穴を掘り抜いた時に、出口側は一部崩落したようだ。霧が出ているのか遠くの方が見えない。
何時間も閉鎖空間にいたせいか、気が張り詰めていたのだろう、各々自然とひらけた所へ吸い寄せられるようにトンネルから出た。出口側にも入り口側と同じように土砂が広がっていた。その事を確認するように数歩進んだところで、床板を踏み抜いたような感覚に陥る。何が起こったかはわからないが、その違和感が“聖域”に足を踏み入れてしまった事を本能に訴えかけてくる。
次の瞬間には、辺りを濃い霧に囲まれ、みんなを見失ってしまった。
「濃霧、今諧謔を知り。濃霧、嘲る轟々と。
四方あるは三位ゆえ、重なり疑う一のハナ。
瑪瑙の内で、すり合わせ。弾けたものから霧になる」




