②ー5舞踏
②黒の団と舞踏
5 舞踏
皆が寝静まった頃、トバリが甲板へやってきた。
その手には、蓄音器用のディスクを持っている。飛行船での生活も長くなってきて、初めてこの船を借りた時の何もない状態から比べると、今は随分と生活感がある。舵輪のあるこの甲板にも、色々と物が置かれるようになった。船底の荷物の山から引っ張り出された物達だ。その中に蓄音機もあった。
「よく見つけたね」
雑然とした荷物の山から、必要なものを引き抜くのは至難の技で、いつもヨルやエミスが何かを見つけて持ってくる役だったが、使えるものとそうでないものとはフィフティ・フィフティだった。
「古い物のようですが」
確かにトバリがディスクを取り出した紙製のケースは表面が焼けて、ほとんど何が書いてあったのかが読めなくなっている。トバリが丁寧にディスクを蓄音機に置き、針を落とす。
小さなノイズが空気を揺らしたかと思うと、ゆっくりと静かな演奏が始まった。
「さて」
トバリは音楽が問題なく流れるのを確認すると、こちらに向き直った。
「レッスンを始めましょう」
古い時代の宮廷音楽は、素朴で明確な三拍子で進行する。音楽と船外の風の音の内で、僕とトバリの足音が甲板の床板をそっと軋ませた。
「悪くないですね」
トバリの顔が近いのが、気恥ずかしくて目線を逸らす。
「これって何の練習なのかな。てっきり武術を教えてくれるのかと」
「体の使い方ですので」
少しリズムに遅れた僕の腰を、トバリが強く引いて正した。
「いいですか。以前にも話しましたが、アルクさんの動きは直線的すぎます」
「そうなのかな」
段々と動きに慣れてきていたところに、トバリが新しい振りを差し込んでくる。
「所作とは、始まってから終わるまでが一つなのです」
「うん」
僕はトバリの動きについていくので精一杯だ。
「それは戦闘においても言えることです」
「狩りは仕留めるまで、みたいな?」
「そう言うことです。しかし」
音楽の盛り上がりに合わせて、トバリが突然大きな振りを仕掛けてくる。僕がバランスを崩して転びそうになると、トバリが自然に腕を回し、僕を抱きとめた。
「何が起きても、最後まで流れを止めてはいけませんよ」
顔が近い。
トバリに手を引かれ体勢を起こす。ほとんど単調な動きの連続だったのに、息が切れる。
「しばらくは毎晩、ステップの練習ですね」
トバリの呼吸は落ち着いていて、涼やかな顔で今後の練習メニューをつげた。
正直、こんなことで先日のトバリのように動けるようになるのか疑問だ。そんな僕の心の内を読んだのか、トバリが微笑みながら手を差し出してくる。
「踊っていただけますね?」
先ほどまでの優雅な動きと相まって、メイドというより令嬢、いや女王様か。
「もちろん」
僕は恭しく、彼女の手をとった。
船上の舞踏会は、ふたりだけで夜がふけるまで続いた。




