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②ー3レノエルフ

②黒の団と舞踏


3 レノエルフ


 ガラー山脈の北東には、レノエルフが棲んでいる。獣のような身体感覚を持つ彼らは、エルフ族の中でも異質であった。野性的な暮らしの中で培われた、高い戦闘能力の代わりに、エルフの中では短命。二百歳以上の代表者から選ばれるエルフの長老会に参加することはないが、代わりにその護衛を任されていた。

 事件が起こったのは、カロス国での会議に出席する長老会の護衛中のことである。

 「何をした…」

 護衛にあたる四人のレノエルフの中で最年長のボレアは、目の前で起こったことが理解できなかった。つい先ほどまで、勇者と長老会のエルフたちが話をしていた。連日行われている会議の後、部屋を出た我々に、勇者が話しかけてきたのだ。やたらと距離が近いことに違和感を覚えたが、殺気はなかった。レノエルフの最もすぐれた能力が、この殺気を感じ取る野性的な感覚であった。にもかかわらず、護衛対象である長老会のエルフ達は、一瞬で廊下から姿を消した。ただ一人、その場に残った勇者が、長い溜息をついた。

 「貴様っ」

 仲間の一人が勇者に掴みかかる。何をしたのかはわからないが、状況からして勇者の仕業であることは明らかである。

 勇者がその手を振り払うのと同時に、仲間のレノエルフもその場から消えた。

 ボレアはとっさに残った左右の仲間、デュシスとノトスの前に腕を出すと、後方へ距離を取るように促した。

 「お話があります」

 その後方から、突然声がした。

 頭を覆うほど深くフードを被ったマント姿の二人が立っている。

 この出で立ちには見覚えがあった。最近、隣接するディケ国に出入りする人族の、それも教会の手のもの達。

 「勇者様。このエルフたちは我々がお預かりいたします。どうかお部屋にお戻りください」

 勇者は気だるそうに、城の奥へと消えて行った。

 「ルル、取り繕っておくのですよ」

 マント姿の一人が、誰に言うでもなく虚空に言い放つと、自分はそそくさと行ってしまった。

 「レノエルフの皆さまには、お話があります」

 残った一人は、フードで表情は見えなかったが、その口元がニヤリと歪んだようだった。

 「悪くないお話ですよ…。年齢制限をかけて、レノエルフだけを蚊帳の外へするなんて、酷い話じゃないですか。皆さんの中には、怒りがあるでしょう。不当な扱いを受けて…」

 「貴様一体何を言って、」

 「発するは言の葉。遡る考察、生育する現実。己が存在を支配する種」

 後ずさるエルフに、魔術師はとどめを刺した。

かすかにみえた、その口元から、心地の良い魔術がエルフ達を包み込んだ。

「そう、これはただのお話。やがて残るのは、おとぎ話だけなのですから…」


 長老会の護衛の任を終え、里に帰って来た三人の様子がおかしい。

 レノエルフのリューは、里全体を見渡せるお気に入りの岩場に転がりつつも、三人と、素性のわからないマント姿の人族達が、昨日から籠もっている洞窟を横目に見ていた。

里に戻った時の三人の青白い顔、欠けた一人はどこへ行ったのか。それに人族を招きいれるなんてことは、リューの知る限り一度もないことだった。

 「…ん?」

 風が変わった。リューは半身を起こす。何か、空が揺れた様な、倒錯を覚えた。

 遠く、洞窟の奥から、魔術の香りが漏れ出してくる。それと…、どこか甘いような。先ほどまではなかった、人族の匂いがする。

 リューは岩場から駆け下りて、洞窟の前へ着地した。

 しばらく暗闇を見つめていると、やがて、マントの連中と、ボレア、デュシス、ノトスの三人が出てきた。ボレアの傍らには、毛皮にくるまれた人族の少女が焦点の合わない目で外の景色を見渡していた。

 「リュー、ちょうどよかった。お前に勇者様の世話を任せたい」

 レノエルフの長、ボレアは、リューに低い声でそう言った。

 「勇者?」

 状況を呑み込めていないリューに、ボレアは重ねて言った。

 「まずは奥を片付けてこい」

 ボレアと少女の後ろ、洞窟の奥から、濃い血の匂いがあがってきた。

 それだけ言うと、何らかの儀式を終えた連中は行ってしまった。

 仕方なく洞窟の奥へと進んでいく。やたらと濃密な魔術の香りと、奥から漂ってくる血の匂いが入り混じって、くらくらする。

 一番奥へたどり着くと、そこにはマントの人族の一人、いや、人だったものが、打ち捨てられていた。原型をとどめず、めちゃくちゃに“破壊”されている。壁面に一切痕跡を残さず、おそらく一瞬で行われたであろう、圧倒的な“破壊”を前にして、リューは、このレノエルフの里で起こっているいることの一端を理解した。

 エルフに、それもレノエルフに、勇者の力が。心の奥底に抑え込んでいた、人族や魔族やほかのエルフに対しての鬱屈した衝動が、喉元まで込み上がってくる。

 「ヴぉー―――ン」

 洞窟の外から、仲間たちの遠吠えが聴こえる。

 「ヴぉー―――ン」

 「ヴぉー―――ン」

 遠吠えは共鳴し、里中から挙がっているようだ。

 「ゔっ…」

 リューも後に続こうと、息を大きく吸い込んだところで、この匂いにむせてしまった。

 圧倒的な暴力の残骸の匂いに。


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