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②ー1呼び出し

②黒の団と舞踏


1 呼び出し


 「シャッツー!いつまで寝てるんだい!」

 寒い。布団を引っ張り上げて、頭までかぶる。この時期はベッドから起き上がるのがつらい。ガラー山脈に降り積もった雪で冷やされた風が、このネグロの地まで吹き降ろされるという。

 「あんた、オーロさんに呼ばれてるんじゃなかったかい?!」

 やばい。

 ベッドから飛び起きると、急いで服を着替える。ネマキを床に脱ぎ捨てると、クローゼットから、少し良いシャツとズボンを選んで着る。くせっ毛で爆発した髪を何とか押さえつけると、呼び続ける母のいる下の階に降りて行く。

 「起きてるって!」


 父がテーブルで新聞を読んでいる。俺も席につく。

 「早く食べちゃいな」

 母がキッチンから朝食を運んできてくれる。急いで飲み込みながらも、父の存在に何となく落ち着かない。父は普通の人族よりひと回り体が大きい。父の、父だか祖父だかが魔族だったそうだ。体が大きい以外、見た目に人族との違いはないが、髪の毛はやはり、色が濃いように思う。魔族に寄るほど、髪の色が黒に近づくからだ。ネグロ周辺は茶色い髪が多いが、母と比べると父の髪色は暗い。俺は母の明るい茶色の髪を受け継いでいる。

 「…仕事はどうだ」

 新聞越しに、父がたずねてくる。

 「まあまあかな。…今日、オーロさんに呼び出されてるから、新しい仕事を教えてもらえるのかも」

 「そうか」

 会話はそれ以上は続かない。父は元々寡黙な人で、自分のことは話さないから、血筋の事もあまり知らないし、数年間、魔王討伐軍関係の仕事で家を離れていて、春からまた一緒に住み始めて、お互いに仕事もあるから、何となく…。何となく気まずい。

 父の読む新聞の一面は、数日前に起こったカロス国城襲撃事件について書かれていた。飛び去る飛竜を目撃した者もおり、魔族による犯行とされている。魔族と人族が半々のネグロからすれば、こういった反魔族感情を煽るような事件はやめて欲しい。

 「シャッツ…」

 「ん?」

 「時間いいの?!」

 「やばっ…」

 パンとカバンを持って玄関に向かう。

 「行ってくる!何日かかかる仕事かもしれないから、夕飯はいらない!」

 「はいはい、早くいきなさい。オーロさんを待たせるんじゃないよ!」

 「はーい」

 ネグロ第一商会への就職祝いに買ったお気に入りの靴を履くと、駆け足で家を出た。


 第一商会の事務所の奥に、オーロさんの執務室がある。俺と数個しか歳が違わないにもかかわらず、すでに専用の部屋が設けられ、実質的には第一商会を取り仕切っている。てっきりそこに集合かと思っていたが、事務所の前に着くとオーロさんが外で待っていた。

 「…おはよう」

 「おはようございます!」

 息を整えながら、周りを確認する。この時間、商会の周囲は、物品の運搬の為に、幾人かが出入りしているが、先にオーロさんの前に立っていた二人は、俺と同じように呼び出されたようだ。一人は女の子。俺と同い年くらいだろうか。軽装の鎧を身に着けているので、警護部門から来たのだろうか。第一商会が大きいこともあるが、初めて見る顔だった。オレンジ色のくせっけを短く切りそろえている。俺の視線に気がつくと、うつむいてしまった。もう一人の男性は見かけたことがある。直接仕事で関わったことはないが、何せこの黒髪である。初めて見たときは、相当魔族の血が濃いのかと思ったが、彼と同世代の先輩に聞くと、染めているのだという。なんでも、染料を使って髪をあえて濃い色に染めるのが流行っているらしい。元々は、ネグロの魔族が、人族の社会に溶け込む為に、髪色を明るくする理髪店があったのだが、若い人族がオシャレとして、逆に暗く染めているらしい。男性は背中まで垂れる長い髪を黒く染め、紐で一つにまとめている。

 「三人には、今日から新しい仕事を頼みたい」

 そう言うと、オーロは右手を挙げた。その合図で竜車がやってくる。

 「詳しい話は、車内で」

 四人乗りの竜車にオーロが乗り込み、その隣に男性。向かい合う席に、女の子と俺が座る。走竜が高い声で鳴くと、竜車はどこかに向かって走り出した。

 「まずは、簡単に自己紹介を。私はそれぞれと面識がありますね。オーロ・ネグロ。次の春からは私がネグロ第一商会の、会長職に就かせていただくことになります」

 ついに、オーロさんが名実ともに第一商会のトップ、その上「ネグロ」を名乗ることになるのか。ネグロではあまり見かけない金髪の青年は、いつも通りの落ち着いた表情に、それでいて、その瞳はこれから先のネグロを見据えていた。

 「では、ゼンさんから、お願いします」

 「はい。ゼンと申します。運輸部門に所属してます」

 男は簡潔に挨拶を終える。この中では一番の年長者である。少し間が開くと、女の子に挨拶を促す。

 「あ!…あの、わたしは、シーラ・チャーチです。えっと、…警護部門に配属されたばかりです。お願いします」

 俺と同じでまだ新人なのだろう。同い年くらいだろうか。挙動のせいで、余計に幼く見える。

 俺の番だ。

 「シャッツ・ブルート、事務所の内勤で、いろいろと教えていただいているところです。よろしくお願いします!」

 

 「今回の仕事の内容は、物品の運送。場合によって、戦闘が含まれます」

 そう言うと、オーロは手元の資料に視線を落とす。

 「…。」

 なんだ?まさか今ので説明終わり?

 「あの…、」

シーラが、オーロに質問する。

 「戦闘というのは、護衛と、その…」

 「護衛と考えていただいて問題ありません」

 「そうですか…」

 女の子は俯いて黙ってしまった。もっと突っ込んで聞いてくれればいいのに。

 「あの、護衛であれば、警護部門の仕事ですよね。俺は何をしたらいいんでしょうか」

 仕方なく質問する。

 「護衛する対象は、商会の仕事内容について知りません。そこでシャッツとゼンさんには、仕事のサポートをお願いしたいのです」

 「素人を護衛しながら、仕事も教えるということですか」

 「…。うん、それでいきましょう」

 それでいきましょう?いつも的確な指示をくれるオーロさんが、今日はやけに適当なことを言っているように思う。

 「詳しい内容は、クライアントと合流した時でいいでしょう…」

 そこで一度、三人に向き直って、顔を見ながらオーロは言う。

 「一番重要なのは、クライアントと仲良くなることです」

 この仕事、大丈夫だろうか。


 首都から離れた竜車は、ムート・ネグロ氏の邸宅の横を通りすぎると、岩場にある洞窟に入ってゆく。なかなか不気味ではあったが、隣に座るシーラがやたらと怖がっている為に、逆に冷静になれた。

 開けた場所に出ると、竜車は止まった。

 竜車を降りたところで、御者がムート氏と同世代の、商会でも偉い立場の方だと気がついて、頭を下げる。彼は気さくな笑みを浮かべると、「がんばれよ」と声を掛けてくれた。

 周囲には運搬用に箱詰めされた物資が積まれ、遠くに大きな船が壁面にもたれかかるようなかたちで置かれている。海もないネグロに、なぜあんなに大きな船があるんだろうか。船底に破損があるようで、何人かが修理にあたっていた。

 オーロはどんどん奥に進んでいき、修理にあたっているメンバーに何か話している。しばらくすると、手招きをするので、三人そろって向かう。

 オーロと話していたのは、メイドの女性だった。肩に触れない長さに切りそろえられた黒髪を、邪魔にならないようにカチューシャで留めている。やたらと艶のある漆黒の黒髪に、少しの乱れもない濃紺のメイド服。前に掛けられた純白のエプロンには、しわや汚れが全くない。完璧な立ち姿に、威圧すら感じた。俺たちを一瞥すると、すっと一礼した。

 「メイドのトバリと申します。よろしくお願いいたします」

 トバリと名乗った女性のスカートの影から、小さな女の子が顔を出す。

 「ヨルです…」

 小さな声でそう言うと、またトバリさんの後ろに引っ込んで、こちらを覗き見ている。少女も漆黒の長い黒髪だった。染めた黒髪とは違うように思う。染色した髪特有のパサつきのような感じがない、自然な艶があった。二人は魔族、それも魔界の奥地の出身だろうと思う。

 「すみません、お待たせしました」

 一人の男性が、布で手を拭いながら船を降りてきた。

 「アルク…、アルクと申します。よろしくお願いします」

 アルクと名乗った男性は、ちょうどオーロと同い年くらいだろう。どこか品のようなものを感じた。商人ではない。かといって貴族、王族の類でもなさそうだ。騎士…にしては、騎士の誇りである騎士剣を腰に差していない。代わりに、騎士の長剣よりも短い武具を、布でくるんで腰に結び付けていた。異国の傭兵といった所だろうか。落ち着いた橙色の髪。ジュアンの街中でよく見かける髪色ではある。

 さらに二人。同じ背丈で、そっくりな顔の少年?二人が歩いてくる。

 「二人も自己紹介して」

 アルクさんに促されて、双子と思われる少年の内、黒髪にビビットの赤が混じった方が、俺たちを睨みつけながら挨拶をした。

 「エミスだ!」

 その大声に、隣に立つシーラが、ビクッと肩を震わせた。大体、恰好からしてめちゃくちゃな少年で、騎士の防具を身に着けているのだが、その紋章はバラバラで、どこの国に所属しているのかわからない。いや、どう考えても騎士でないことはわかるのだ。子供が遊びで騎士の甲冑を身に着けている。何より魔族であることは髪色からわかる。魔界出身の騎士など聞いたことがないが、彼が腰に差している剣は間違いなく騎士の長剣で、なんだかその部分だけが様になっている。

 「そんで、こっちがフェリオだ!」

 一向に口を開かないもう一人の代わりに、エミスが紹介する。

 フェリオと紹介された方は、エミスと見た目こそそっくりだったが、彼と違い、とても落ち着いていて、魔術使いが身に着けるようなマントで、体を腰まで覆っていた。中性的な顔つきのせいで、おそらくはエミスと同じ男の子だとは思うのだが、女の子と言われたら、そのようにも見えるような、つかみどころのない少年だった。エミスによる紹介が終わると、踵を返して、船の方へ戻って行った。


 「これが積み荷と届け先のリストです。まずはガラー山脈へ行っていただきます」

 「かしこまりました」

 トバリは、オーロから書類を受け取ると、内容を確認する。

 カロス国での戦闘で損傷した飛行船の修理が終わったので、今は皆で船を塗装している。

 「カロスの件で、続報はありませんが、空飛ぶ船の情報は広まってしまいました。ガラーに向かうのにも、人界付近は避けて通った方がいいでしょう」

 「ええ、そうさせていただきます。ムート氏のご様子は?」

 「義父(ちち)は、隠居だ隠居だと、同世代の仲間たちと遊んでますよ。商会の仕事も、春からは完全に私が引き継ぐことになりました」

 「まだお若いのに、すごいですね」

 「いえ、よそ者の僕を後継者にしてくれる、ネグロの人々がすごいのです。私はその期待にこたえなければ」

 オーロは、首から下げた商会の金庫のカギを、握った。

 「ご迷惑をおかけしなければよいのですが」

 「とんでもない。義父達からも、皆さんとのお付き合いは大切にしろと言われております」

 「ネグロは面白い国ですね」

 トバリは口元に手を当ててほほ笑んだ。


 夜になり、船の塗装と、荷物の積み込みが終わった。ゼンさんもシーラも、黙々と作業に取り組んでいた。この仕事に疑問を抱いているのは俺だけなのだろうか。こんな夜になってから出航するというので、みんな船に乗り込んでいる。甲板から下を見ると、オーロさんと、メイドのトバリさんが何か話してる。

 「だいじょぶか!?おまえ!」

 突然、エミスに背中を強くたたかれる。

 「あ、はい…」

 「ならいいか!」

 エミスは船内へ帰って行く。自由すぎる。

 甲板では、ゼンさんとアルクさんが、頭上を覆っている白い帆のよう物を確認している。さっき聞いた話では、この船の上を覆う帆(というか巨大な袋)に、気体を貯めて船を浮かべるという。空飛ぶ船…。まさか、いや、オーロさんがカロス襲撃など許すとは思えない。

 「それでは、出航いたしましょう」

 船に乗り込んできたトバリさんが号令をかける。

 「笛したい!」

 奥から走ってきたヨルちゃんが、船の相舵輪に掛かった笛を首に下げる。

 笛を吹くと、地面が揺れた。

何事かと思い、船の外を見ると、巨大な走竜の顔が船を覗き込んでいた。悲鳴が上がり、甲板でシーラがすっころんだと思った時には、船が浮上し始める。

 前方の竜は、船よりも先に空へ昇った。走竜ではない。翼を持つ飛竜だ。周りを見ると、皆全く動じていない。

 「飯にしよう!」

 「ちょっとー。こんなところで火をおこさないでよー」

 「さっき夕飯食べたばっかりじゃん」

 「大丈夫か?」

 「ゼンさん!り、りゅうが!ひ、ひ、飛竜が!」

 「ああ、立派な翼だ」

 「えぇっ!?」

 よかった。シーラだけは、俺と同じで状況を理解できていないようだ。

 甲板から身を乗り出して、下を見ると、オーロさんが手を振っている。珍しく、どこかはしゃいでいるようにも見えた。

 「なんてこった…」

 とんでもない仕事が始まってしまったことだけは、わかった。


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