①ー16結団
①死と転生
16話 結団
翌朝。冷たい空気が野営地に漂っていた。
飛行船のそばに作られた仮設の焚き火跡を囲んで、僕たちは再び顔をそろえる。
それぞれの思いを胸に、これからの行き先を決めるために。
最初に口を開いたのは、ドゥガー騎士団長だった。彼の声は、いつもより低く、鋭い。
「俺は、騎士団に戻る。ジュアン国騎士団長として、人界の国々に働きかけるつもりだ。…こんなことが、二度と繰り返されていいはずがない」
彼の手には“コング”が抱えられていた。数日前から、カロス国の追手が来ないか見張ってくれていたらしい。
そのまま、無言でそれをトバリに渡す。トバリは小さくうなずいてそれを受け取った。
次に口を開いたのは、トリトン。軽やかに片手を上げ、いつもの調子で笑う。
「僕はハスタに帰るよ。引き続き、転生召喚について調べてみる。何かわかったら、すぐ連絡するからね」
そう言って、僕の方にウインクを飛ばしてきた。
「どうせまた、間に合わんのじゃろ」
ムートは低く笑った。分厚いマントを肩にかけ、どこか豪快な雰囲気を漂わせている。
「わしも国に戻るが…どうじゃ、お前たち。しばらく一緒に来んか?」
トバリが静かに応じる。
「…しばらくは、身を隠しておいた方がよいでしょう」
ムートはにやりと笑って頷いた。
「なら、飛行船でわしの仕事でも手伝ってくれ。サンドドラゴンも懐いちょるし、飛び回っとった方が安全じゃろ」
「では、そうさせていただきましょうか」
トバリの声は淡々としていたが、その目が一瞬だけ僕を見た。その視線は、いつもより冷たく感じた。
…やっぱり、昨夜こっそり抜け出したの、バレてる。
僕は視線を逸らし、小さくため息をついた。
「私は一度、ガラーに帰るよ」
そう言ったのはレッタだった。彼女は真っ直ぐ僕らを見て、優しく笑った。
「長老たちのことも、ちゃんと伝えないといけないし。でも、また何かあったら、すぐに飛んでくるからな」
「その時が来たら、飛行船に集合かな?」
トリトンの言葉に、ムートがふっと鼻で笑った。
「おぬしには知らせても無駄じゃろ」
「そんなこと言うなって」
トリトンが肩をすくめて返す。
「そういえば、名前はなんていうんだい?」
「名前?」
「この集まりのさ。呼び名があったほうが便利だろ?」
言った瞬間、皆の視線がトバリに集まった。彼女はちょっと驚いたように目を瞬かせた。
「…何でしょうか」
「いや、なんとなくトバリがリーダーかなって」
「困りましたね…」
戸惑うトバリの言葉が終わらないうちに――
「くろのだん!」
ヨルの明るい声が、場に飛び込んだ。
彼は両手を腰に当てて、得意げな笑顔を浮かべている。
「黒いし! ちょっと怖そうだし! かっこいいし!」
その場にくすくすと笑いが広がる。
「“黒の団”…うん、悪くないな」
トリトンが頷く。
「覚えやすいし、言いやすいか」
レッタも笑う。
僕も思わず笑った。いい名前だと思う。悪事を働いていそうだけど。
「では、それで決まりですね」
トバリがそう言うと、少しだけ口元に笑みが浮かんだように見えた。
「これから何かが起こったら、“黒の団”として動きましょう」
こうして、みんなはそれぞれの道へと散っていった。
ドゥガー団長とトリトンは、それぞれの国へ戻り、
僕たちはまず、レッタをガラー山脈へ送り届けてから、ネグロへと向かうことになった。
飛行船に乗り込んで間もなく、僕は背後から襟首をつままれた。
「…誰ですか、この泥棒猫は」
トバリだった。振り返ると、彼女の目がいつも以上に鋭い。
「ご、ごめんなさい…」
「ちょっと勇器を使えるようになったからって、調子に乗ってはいけませんよ」
「……はい」
「動けるようになったなら、それを活かした武術を身につける必要があります。これからは私が修行をつけます。…覚悟しておいてくださいね」
「は、はい。ありがとうございます……」
「よろしい」
トバリはくるりと背を向け、船の奥へと進んでいった。
その直後、飛行船がふわりと浮上する。
船体が揺れ、飛竜の鳴き声が響いた。
サンドドラゴンがロープを引き、空へと旅立つ。
これが、“黒の団”による転生者狩りの始まりだった。