①ー15喪失
①死と転生
15 喪失
カロス城襲撃の十日後の夜。ジュアン国城には、さらわれた女性たちが保護されていた。王族たちを国へ連れ帰る為に、各国の騎士達がジュアン国にやって来ている。
「あの部屋かな」
元人界四天王、トリトン・ハスタは、顔の前で手を使ってあたりをとる。
「その、飛ばすっていうのが、いまいち理解できていないのですが」
僕とトリトンは、夜の闇に紛れて、城内に侵入しようとしていた。
カロスを離れた後、僕とトバリ、ムートとドゥガー団長の四人は、数日かけてジュアン国内に帰って来た。飛行船組は先にジュアンに到着し、辺境に船を隠し、保護した女性達をジュアン国城に連れて行ってくれていた。フェリオが飛ばしてくれた魔術鳥の案内で、飛行船の隠し場所に合流すると、そこへ突然、トリトン・ハスタが訪ねてきたのである。
「いやー、間に合わなくて悪かったね」
「トリトン、おぬし今まで何をしとったんじゃ」
「いろいろと調査をね。君らは無事、転生者を撃退したそうじゃないか。カロスは大騒ぎだったよ」
「…。」
「うちの王族も消されたり、監禁されたりで大変だったそうだよ」
「何をゆーちょる。おぬしに愛国心などなかろうに」
「おい、ムート。ひどいじゃないか。僕にだって愛国心くらいあるさ」
「それで、本日はどのようなご用件で?」
トバリが話を進める。
「うーん。結論から言うと、また転生召喚は、行われるだろう」
「なに!?あれだけのことがあったんじゃぞ」
「織り込み済みさ。だからカロスで実験したんだ」
「誰がそんなことを?」
口を開いた僕を、トリトンがじっと見つめる。
「それを調べていたんだよ、僕は。おそらくは教会直属の組織だろう」
「教会…」
「ラミ協会は、ジュアンだけが持っていた転生召喚の術を、何らかの手段で手に入れていた。当然、僕らが魔王軍と戦っていた時にも、追加の戦力として試していたんだろうが、うまくいかなかった。それが突然可能になったわけだ」
「…タローの死か」
「そのようだ。転生召喚によって呼び出せるのは、一人の勇者のみ」
「ふーむ。わしらはうまく使われたわけかの?」
ムートが、トリトンを睨みつける。
「やめてくれよ。僕だって憤ってるんだ。勇者は誇り高き騎士でなくてはならない。だろ?」
「カロスの転生者の側に、魔族がいたんだけどー?」
「転生召喚の儀は、高度な魔術によるものだ。魔族には優秀な魔術使いが多いからね、君みたいな」
「そうかよー」
フェリオは、どこかトリトンを警戒している様だった。
「今後も転生召喚は行われるだろう。それと今回の件で、君らは教会に目を付けられた。気を付けてくれよ?」
話が終わり、みんなこれからどうするかを考え始めた。リーニャのことで、空気が暗い。僕も先のことまで、頭が回らずにいた。
「アルク君」
トリトンが笑顔で話しかけてくる。
「何でしょうか」
「さっきも言った通り、今後も転生者は現れる。教会が仕切っているわけだから、考えが人界側に偏るのは避けられないだろう。そうなれば、君と行動を共にする魔族のみんなにも、危険が及ぶかもしれない」
「そんなことはさせませんよ」
僕は、布でくるんで腰の挿してあるウルフを握る。黒竜の塗料を染み込ませた布には、瘴気を遮断する効果もあると、トバリが教えてくれた。
「転生者にはギフトがある。ギフトに対抗できるのはギフト、だったんだろ?」
カロスの勇者にとどめを刺したのは、タローさんの“コング”だ。
「僕はね、勇器が教会の手に渡るのは危険だと思ってる」
「…。」
「リーニャ姫の杖は勇器だ」
「リーニャの杖が?」
「あぁ。今はジュアン国城にある。しかし今、城には、王族のご婦人方を、連れ帰る為の使いが集まって来てるだろ?どさくさに紛れて、教会の手の物に渡ってしまうのは避けたい」
「…。」
「協力してくれないかい?」
「僕の勇器は、“クロウ”。この三本の槍だ。元々は神器で、ちょっとしたことができる」
トリトンは、三本の槍の端をつなぎ合わせて、三角形を作る。
「三本併せて魔術を発動することで、直線距離上の障害物に当たる手前まで、転移することができる」
トリトンは、槍で作った三角形から、ジュアン国城を覗く。
「一度に飛ばせるのは一人だから、君が行ってくるといい」
「わかりました」
「帰りは自分で何とか抜け出してきてくれ」
トリトンは、どこか楽しそうだった。僕はリーニャの杖を、教会の奴らに渡したくなくて必死だ。
「それでは、いってらっしゃい」
槍で作られた三角形をくぐったかと思うと、城の外壁で、部屋の窓枠に足をかけていた。かなりの高さの為、風に吹かれて落ちそうになるが、何とか堪えて、部屋の中に入る。
暗い部屋の中は、大きなベッドと、机、クローゼットが置かれている。王女の部屋にしては、簡素であった。杖を探し、ベッドの天蓋の向こう側に誰かいることに気がついた時には、すでに体中を植物の蔦のようなもので拘束されていた。
「この部屋に立ち入るとは…」
それは、女王陛下だった。月の光に、頬の涙の跡が照らされていた。
城内には、既に侵入者の知らせがいったのか、騒がしい音がする。
バンッ
ドアが激しく開いてやってきた女性は、背後に騎士達を引き連れていた。
「待って!お母さま」
後に続いて部屋に入ろうとする騎士を押し出して、ドアを閉じる。
「あなた、アルクさんかしら」
ここまで来て嘘をついても仕方があるまい。僕は蔦で首が締まって声が出せない為、うなづいた。
「わたくしは、リーニャお姉さまの、妹のエリナと申します。先日、カロスで助けていただいたときに、あなたもいらっしゃいましたね」
説明したいが、首が締まって息ができない。意識が朦朧としてきた。
「お母さま、彼は私たちを助け出してくださったのです。離してさしあげて」
しずかに蔦が体から離れる。
エリナは部屋の隅に置かれた机の引き出しを開けると、杖を取り出した。
「レッタさん達にお預けしてもよかったのですが、姉からは、何かあればあなたに渡すように言われていたので」
エリナは、姉の杖をそっと撫でる。
「いけません、エリナ。それはリーニャの形見ですよ」
エリナは僕の前まで来ると、杖を差し出した。
「姉さまから、あなたのことは聴かされていました。こんなことになって、本当に残念です」
エリナの目が涙で潤む。リーニャの杖を受け取ると、僕は腰の剣を外し、女王陛下に向き直った。
「お預かりしていた、騎士の剣をお返しいたします」
とても受け取ってもらえるような雰囲気ではなかった為、申し訳ないと思いつつ、騎士の剣を、そっと床に置いた。
窓から外へ出ようと、足を掛けると、エリナが声をかけてきた。
「これから、どうなさるのですか」
「転生者は、またやってくるかもしれません。こんなことを繰り返させるわけにはいかない」
そう行って、窓の外へ飛び降りると、ウルフに魔力を流し込んで、滑空する。城下町に着地すると、トリトンと合流して、城を離れる。
エリナは、床に置かれた騎士の剣を持ち上げると、リーニャの机の上に置いた。
「この方が、姉さまも喜ぶわ」
「…。」
ベッドに腰掛ける女王の横に座ると、エリナはそっと、母を抱きしめた。