①ー13勇器“ウルフ”
①死と転生
13 勇器“ウルフ”
「アルクに、これをやろうと思ってる」
タローさんは、手に持った変な形の剣?を自慢げに、僕に見せてくる。
「何ですかそれ」
その剣は、柄から二本の刀身が出ている。楽器のチューニングに使う音叉のような形だ。刀身は、それぞれ、騎士の剣の半分ほどの長さしかなく、片刃が背を合わせるような恰好で、一応両刃と言えなくもないが、二本の刀身の間には隙間がある。
「なんだぁ?あんま嬉しそうじゃないなあ」
「いや、見たことのない形だったので。どこかの国の剣なんですか?」
「東のラクス国の、ある島でもらったものなんだが、元は“刀”って言ってな。片刃のやたら長い剣だったんだが、折れた状態で、その島国の神社に祀られてたんだ」
「祀られてた?そんなものよくもらえましたね」
「まあ、いろいろとな。とはいえ、柄がないから使い道がなくてな。それでガラーの職人に加工してもらってたんだ」
レッタがこの森にやってきた時に、持ってきたのだろうか。
「それでこうなったわけだ」
タローさんは、その剣を空に掲げた。
「ちなみに勇器な」
「いやいやいや、勇器なんてもらえませんよ」
「勇器ってのは、俺のギフトで限界まで“強化”した魔具だが、無限に作れるわけじゃない」
タローさんは、僕のことはお構いなしに話を進める。
「そうなんですか」
「十本。俺の体感だが、神器レベルまで“強化”できる数は、それが限界だった」
「ますます貴重じゃないですか」
「そうだ。力のある武器だからこそ、この世界にバランスよく残ってほしいと思ってる」
「人界四天王が…六本?ですかね、持ってるわけですよね。バランスというなら、エミスに持たせるべきでは?」
「エミスには火の魔術があるだろ。それに俺が騎士の剣を教えてる」
「バランスって、能力的にってことですか?僕が剣術にも限界を感じてるから…」
「それもある。でもな、人族と魔族って、そう簡単に分けて考えられないんだよ」
「…?」
「おまえは、エミスとフェリオとヨルとトバリと、友達になった。もし今後あいつらが、あるいはあいつらと同じ魔族が、困るようなことがあれば、必ず手を差し伸べる」
「それは、まあ」
「そんなやつに、勇器を持っていてほしい。その意志の、力になってほしいんだ」
タローさんは、まっすぐ僕を見た。その時の僕は、「あなたがいれば、そんなおかしなことにはなりませんよ」と心の中で思っていたが、勇者に信じてもらえていることが嬉しくて、照れくさくて、何も言えなかった。
「そんじゃ、使い方を教えるぞ」
タローさんは、その勇器に魔力を込めると、崖の側面に向かって振り下ろした。
刀身から放たれた魔術は、大きな上顎と下顎を持つ、魔獣の様な姿になって、疾走すると、岩肌に食らいついた。硬い岩肌は大きく抉られ、衝撃で地面が揺れた。
「うわぁぁぁあああああああ」
ちょうど崖の上にいたのだろうか、レッタが降ってくる。そこへ巨大な鳥が飛んできて、大きな足でレッタをキャッチする。
「ゔぇっ」
不憫なレッタは、掴まれて悲痛な声をあげると、そのままぶら下がって、運ばれてゆく。初めて見るタイプだったが、大鳥はリーニャが魔術でつくったものだろう。
「…まあ、こんな感じだ」
「はあ」
「魔力が魔獣みたいな形になって、放出される。名前は“ウルフ”だ!」
「“ウルフ”」
「ほれ」
タローさんが“ウルフ”を手渡してくる。手に取って、その不思議な刀身を見ると、騎士の剣とは違って、少しゆがんで、自分の顔が映った。
やってみろと、タローさんが促す。
僕は“ウルフ”を両手でしっかりと持って、魔力を流し込む。
次の瞬間、“ウルフ”は僕を引っ張って前方に吹っ飛んだ。引きずられた僕は崖の側面に激突する。魔力の繋がりがあった為、手はかろうじて離さなかったようだ。
「なんだそれ」
タローさんは、嬉しそうにひっくり返った僕を見ている。
「なんですかこれ」
鍛錬の帰り、水浴びの為に近くの川に寄る。あの後、何度やっても引きずられるばかりで、体は傷だらけだった。僕が川に入ってる間、タローさんは“ウルフ”に強化のギフトをかけて、調整してくれている。
「タローさんは、帰ってからお風呂ですか?」
「おう。アルクはぼろぼろの姿を、リーニャに見られたくないのかな?」
「うっせーですよ。“ウルフ”はどうでした?」
「異常なしだな。練習あるのみ、使いこなせたら、おまえにやる」
「…はい」
「帰るか!」
僕は、“ウルフ”に引きずられまくって、汚れた服を、とりあえず川で洗うと、絞って着た。
「そうだ。俺が死んだら、おまえが着替えさせるのとか、やってくれるか?」
「?その時にまだこの森にいれば。なんでそんなこと」
「同じ理由だよ。あんまかっこ悪いとこ見せたくないんでな」
刀身に映る、自分と目が合う。“ウルフ”を渡されてから、ずいぶん練習したが、結局、刀身から魔獣の様な魔術を放つことはできなかった。魔術を扱えない自分にがっかりしたが、僕にウルフを託してくれたタローさんだけは、失望させたくない。使えないなりに、戦い方を考えた。僕の戦い方を。大切な人を護るために。
先ほどから、隙を見て数人の騎士が脇を通り抜けて、城へ向かって行く。
トーデスと、その背後の騎士達は残って、こちらを睨みつけ動かない。
「僕を認めろ…“ウルフ”!」
全力の魔力を一気に流し込む。刹那に“ウルフ”から瘴気が漏れるのが、初めて見えた。
「なっ…に…」
“ウルフ”は疾走し、トーデスの鎧の中央に突き刺さっていた。貫かれた衝撃で、その周辺の鎧も砕け落ちる。
「止まれだ。…“ウルフ”、よくやった」
刀身が鎧を貫通したが、剣先は皮膚に達する前に、ぴたりと止まっていた。
心臓に剣先を向けられたトーデスがあっけにとられた様子で僕を見下ろす。
「速さにまだ、上があったとはな」
「それよりも、こいつを止めるのに苦労してたんです。止まってくれてよかった」
「はは…」
トーデスは、後輩の騎士の成長に驚いたような、どこかやさしい表情で、剣を持った腕を降ろす。
背後の騎士達が、トーデスがやられたと思ったのか、一斉に襲い掛かってくる。
「僕と走れ。ウルフ!」
再び剣に魔力を流すと、さらに上がったスピードで、騎士達の剣を打ち砕き、払い落としながら、間を疾走し、全員の後ろに達した。誰一人殺すことなく、武装解除することに成功した。
「そうか…君は騎士だったのか」
そうつぶやくトーデスの横を、通り過ぎながら一礼し、僕はその場を後にする。みんなが心配だ。
息を切らしながら、城へ向かって走る。