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⑧ー5襲撃

5 襲撃


 夕食は大広間で。高い天井にシャンデリアが輝いて室内を照らす。天井付近には飾り窓がはめ込まれて夜空も見える。壁面の照明器具にテーブルの上の燭台で、ずいぶん明るい。

 いくつもの長テーブルがきっちりと並べ繋がれて、その上に料理が次々と配膳される。こんなに量があって食べきれるのか心配になるが、一部は置かれた先からメイドさんが配膳用のカートに収納して部屋へと運んで行った。部屋で食事をとる滞在者、おそらくドールエルフたちの為だろうと想像する。運ばれていく量と用意された空席の数からして、何十人もいるのだろうと思われる。次々と出てゆくメイドさんたちの後で、その扉の隙間から、ドールエルフの少年少女が顔を出す。気まずそうにとぼとぼ歩くのを手招きして呼ぶ。ふたりは走ってヨルの隣の席に腰を下ろした。

「こんばんは」

 声をかけるとふたりは顔を見合わせてから、手を振った。

 子供たちと食事をとるのは大丈夫なようだ。よかった。トバリを待つ間、ヨルの遊び相手になってくれるといいが。

「それでは皆さん、祈りを捧げましょう」

 長テーブルの先に、メイドさんが立って手を合わせる。僕らもそれに倣う。

「いただきます」

「「「「「いただきます」」」」」」

 さーて、どれからたべようか。大盛食べても、まだあまりそうな量だぞ。子供たちの手が届かない大皿を取ってやりながら、何から食べるか吟味する。その時。

 天井の窓が割れる。

 見上げると、そこからなにか入ってきている。しかも複数人。

皿を置き子供たちをテーブルの下へ隠す。音に反応したメイドさんたちが一斉になだれ込んでくるが、その場に膝をついて倒れこむ。

 何かしらの魔術か。テーブルの向かい側で、ベルガモットが険しい表情をしている。手に持った杖をテーブルの上から上げられないらしい。

侵入者たちは上半身を独特のガラの入った毛皮のローブで覆っているが、見えている両脚は体毛で覆われた獣の脚だ。

 メイドさんたちや、僕らを取り囲むと、新たに降りてきた獣の両脚が、テーブルに着地した。

「んだぁー、こりゃーよー!人族の真似事なんざしやがって。飯がまずくなるだろうが」

 テーブルに乗った侵入者は、他のものとは違い頭を覆うローブが緩く顔が見えている。

 獣と人族の中間のような顔つき。声からして女性というのか雌というのか。髪の毛なのか体毛なのか黒交じりの金の毛髪に頭の上部に二つ、耳が立っている。

 乱暴な口調そのままの乱雑な挙動でテーブルの上を踏み歩くと、鳥の丸焼きの足の部分をむしり取って食べた。僕が狙っていたやつだ。子供たちやベルガモットさんも食べたいかと思って様子をうかがっていたのに。そいつはベルガモットの握った杖に気づくと獣の脚でベルガモットさんの手を踏み付け、引っ搔いた。

「バイアス 踏み荒らせ」

 ベルガモットの表情が苦痛にゆがむ。なぜ精霊を出さないんだ。出せないのか?

「なぜここが、」

 先ほどお祈りの声掛けをしたメイドさんが問う。

「匂いがしたもんで、ディケに向かってたら、このあたりで消えたんだよ。そんなことすんのはあんたらくらいさ。だいたいの場所がわかれば、後は片っ端から“威圧(バイアス)”をかけてやればいい。どうだ、狩りはうまくいったぞ!」

 威圧?場所に対して魔術の効果を及ぼす対場魔術の類か?それでメイドさんたちやベルガモットたちが動けないのだとしたら…。テーブルの下でウルクを抜くと、手元で一回転させた。よし、動く。魔術が使えないのがこんなところで役立つとは。

 口ぶりと態度からして、テーブルの上の女がリーダー格だろう。なんとか彼女を抑えよう。というか、テーブルから降ろす。

 椅子を蹴って飛び上がり、女の首にウルクをかけて引きずり落とす。意外と軽い。いや、こちらの動きに合わせて跳び上がったのだ。首筋のウルクの刀身もまったく刃が立っていない。

 テーブル横に着地すると、間髪入れずに剣を撃ち込む。人の急所となる部分に打ち込んだが、いずれも刃が立たない。それらの部分は魔獣の剛毛で守られているようだった。

「おまえ、なんで動けるんだ。しかも、まさか人族か」

 女は怒りで全身の毛を逆立たせる。対峙する僕の目線では体積が増したように見える。全身の魔術で火花が散る。周りの賊は加勢してこない。

 目の前の敵に集中しろ。見ろ、目の前にいるのはただの獣だ。冷静に捌け。

「いくぞ」

「がぅーっ」

 魔術を散らす腕が伸びるようにこちらへ振るわれる。実際には柔軟な体躯によるものだ。矢のように速い。躱す、だが離れない。

 どうせ魔術一発でも食らえば瘴気で防げない今の僕は終わるんだ。なら、攻め続けろ。的確に急所を狙うアズマの剣技はきかない。なるべく数を打って相手の構成をさぐる。

 当たれば即死の魔獣の爪を躱しながら、剣撃の手は止めない。「黒騎士…」テーブルの下でドールエルフのふたりが漏らした言葉にはっとさせられる。

 そうだ。このリズム。黒騎士の使う剣術。黒騎士の使い剣技の全ての動きをトレースする。

「うおっ」

 魔獣の女が体勢を崩し、こちらが攻勢に転じる。

 独特のリズム、細かく刻む動き。いなしながら相手の弱点を探ってる。

 黒騎士のあの独特の剣技の意味が分かった。自分より大きく自分より力の強い相手に対峙するための技。だから決め手が破砕や崩倒で、それまでは探るように斬りつける動きなのか。

 そしてこれは、確かに有効であった。隙を見つけた。守りの甘い足元に蹴りを差し入れて転がすと両目にウルクの両の切っ先を寸止めする。やだなぁこのウルクの使い方。

 両肩の内側に押し当てた両膝に全体重をかける。顔をそむけられないよう片手で耳を掴み上げる。

「殺すぞ」

「ひぃぃっ」

 この状況にさすがに傍観を続けていた周囲の仲間たちも動き出す。が、

「…エアリーベル」

 ベルガモットの服の隙間から出た光の玉、妖精たちが周囲を取り囲む。

「ふぅ。なっがいのよ、これは」

 どうやらずっと口元で魔術の詠唱を続けていたらしかった。

「虎姫様っ」

 そう呼ばれた眼下の女は、魔術の光を帯びた目でこちらを睨みながら言った。

「ちょっとタンマ」


 騒ぎでテーブルから落ちた皿を、メイドさんたちが片付けながら侵入者たちを睨む。侵入者たちもこちらを睨みつける。よく見ると彼らの眼も魔獣的であった。

 長テーブルを挟んでメイド対侵入者。僕ら対虎姫と呼ばれた魔人の女がテーブルに着く。

「さ、とりあえずたべよう」

 子供たちに声をかける。

 困惑するベルガモットを横目に、僕も食べたいお皿に手を伸ばす。正面に座った虎姫が、机にのった料理に手を伸ばそうとするので、言ってやる。

「きみはだめだよ。乱暴して食事を台無しにしたんだからさ」

「ぐっ」

 虎姫は、一応話が通じるのか両手を膝に置き直した。

「んー、おいしい。めっちゃおいしいですこの料理」

 テーブル脇に待機しているメイドさんに感想を述べる。

「恐れ入ります」

「おいっ、さっさと話しを着けようぜっ」

 虎姫が言うのでわざとらしくナプキンで口元をぬぐう。

「食事中だったんだから、少し待ちなよ」

 構わず食事を続ける。

「どれもとてもおいしい。一見、素朴そうに見える物にも複雑なおいしさが隠されていて、一品一品とても手がかかっていることがわかる。あ、これってお替りありますか」

「ええ、ございます。心ゆくまでお楽しみください」

 ノリのいいメイドさんだな。

「しかし本当においしいな。よく味わって、みんなゆっくり食べな。ほらベルガモットも」

「ええ、」

 静寂の中に食器の当たる音。食事の音だけが静かに続く。

 ぐぅー

 お手本のようなおなかの鳴る音。虎姫はついに僕らの食事風景に限界をきたし、懇願を始めた。

「昨日の夜からだぞっ!走りづめで。今日一日中森の中を探し続けてぇ。お前らをだぞっ。それをこんな仕打ちかよぉ」

「ごめんなさいしたら?」

 ヨルが同情して声をかける。

「ごめんなさい?ごめんなさいしたら食べてもいいのかぁ?」

「いいでしょ、アル?」

「どうかなぁ、作ったのはメイドさんたちだからなぁ」

「もう城内で暴れないというのなら。良しとしましょう」

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!なあ、たべてもいい?」

「よし」

「わーい、いっただっきまーす」

 虎姫は大きな毛の生えた手で皿を掴んで豪快に食べ始めた。動物的だな。後ろに火たえる彼女の仲間達が頭を抱える。

「うまっ、うまっ、うめっ」

 一口食べるごとに小さく声をもらす。

その様子にメイドさんも笑みをこぼし、お替りの用意を始める。虎姫の仲間たちが首を傾げる中、ふしぎな食事会は続いた。

 すべての料理を食べつくした後、本題に入る前に虎姫は言った。

「おなか一杯になったから寝る」

 結局話し合いは明日へと持ち越された。


 僕らに割り振られた部屋は一人一室で、ヨルのことが心配だったが、ベルガモットとふたりで一緒に寝るとのことだった。それなら安心だな。

 それに、一人で個室で眠れるなんていつぶりのことだろう。心地よいベッドに入ればすぐに眠れると思ったが、以外にも誰もいない一人の部屋というのが久しぶりすぎて寝れない。

 しばらくぼーっと天井を見つめていると足元からもぞもぞと何かが這い上がってくる。僕の脇で停止したそれをベッドをめくってみると虎姫であった。

 しかも全身が体毛に覆われているのがわかる。つまり服を着てないんじゃないか?

「何してんの」

「いっしょにねるにゃー」

「なんで」

「雌は自分より強い雄のものにゃ」

 これはペット。そう思うことにして眠りについた。


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