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⑧ー4司書

4 司書


「こちらへどうぞ」

 そればっかりだなこの人。ドレスルームに戻ると、部屋の前にご案内メイドさんが立って待っていた。そしてベルガモットも。シンプルだが品のあるタイトなドレス姿。上質な生地を使っているのか表面に光沢というか艶がある。 僕の視線に反応してベルガモットが体の全面を両腕で隠した。ただ、その隠し方が露骨すぎてかえってさっきの光景を思い出してしまう。どこに隠していたのか手首から滑るように杖を出して僕に向かって振る。どうやらこっちを見るなという意味らしい。おとなしくメイドさんの後について歩く。

「ヨルちゃん服かわいいねぇ」

 ベルガモットはそう言いながらヨルの両肩に手を置いて若干自分の方へ引き寄せる。たった一歩分の隔たりに意味を感じる。

「あ、鞄おいてきちゃった」

「鞄?」

「ヨルはあのカバンいつも持ち歩いてるんだよね。後で取りに戻ればいいよ。どうせ元の服に着替えないといけないんだし」

「うん」

「むっ」

 僕のアピールにベルガモットがにらみをきかす。

 ヨルと僕の仲に入ろうなんざ千年早いわい。

「ヨルちゃんはこの服着に行ったわよね。すみません、この服いただけますか」

「どうぞ」

「やったねぇ」

「やったねー」

「これから寒くなってくるから、今度この服に合う羽織も買いに行きましょう。ディケにもいい服屋さんがたくさんあるのよ」

「へー。いってみたい」

「行きましょうねぇ」

 ベルガモットがどや顔でこちらへアピールしてくる。

「ぐぬぬ」

「こちらへ」

 メイドさんが廊下の角を曲がる。中庭を横断する石の通路。ということは、ここは地上階なのか?さっき階段がずいぶん下まで続いているのを見たぞ。それにドレスルームへ行くまでにも階段を上がったが、ここにつくまではずっとまっすぐな廊下だった。どうなってるんだ。

 庭へ出て後ろを振り返ると最初に見たのと同じ古城の一面が見れる。立派だが何十階もの高さがあるようには見えない。ベルガモットと目が合うとまだ怒っているのか、ちょっと睨まれる。

「ごめんて」

「最初にそれを言いなさい」

「ごめんなさい」

「はい」

 一応は許されたようだ。事故だったのに。僕悪くないのに。

「ごめんなさいできてえらいねー」ヨルが雑にフォローしてくれる。ありがてぇ。

「こちらへどうぞ」

 メイドさんの言葉に前を向いた途端、景色が変わっていた。さすがにこれはおかしい。目の前に別の建物。絶対さっきまではなかった。

 城と現れた建物の間で影になっている。庭はどこへ行った。

「これって」

「当館の書庫。図書館でございます」

 そう説明してくれたのは、その図書館の扉の前で僕らの為に扉を開けるのを待っているメイドさん。あなたもつい一瞬前までいなかったでしょ。

「どうぞ」

 ご案内メイドさんが僕らをうながす。

 これは入っていいのか?

「行きましょう」

 混乱する僕を横目にベルガモットがヨルと手をつないで図書館へ入っていく。行くしかない。どんどんここのメイドさんたちの術中にはまっていっている気がする。

 図書館の扉が開かれて足を踏みいれる。涼しく乾いた空気。窓はなく陽は入らないようになっていて、人工的な魔術の光が行き渡っていて遠くまで見渡せる。

 とにかく圧倒的な蔵書量を誇っていることはわかる。壁全面が本棚で、通路も本棚でできている。これは一生かかっても読み終わらないんじゃないか。天井まで埋め尽くす壁の本棚の本はどうやってとるんだ。

 本棚の合間、ところどころにまたメイドさんたちがいて、本を整理したり手入れしている。いったいこの古城全体で何人のメイドさんがいるのだろうか。

「いらしたんですね」

 ここに来て初めて、男性の声。本棚の合間の通路から傍らに本を携えた男性が現れた。ヨルの前に片膝をついて頭を下げる。

「ようこそいらっしゃいました。いえ、よくぞお戻りになられました。ヨル様。お会いできて光栄でございます。こちらで司書をさせていただいております、アラン・ハーズと申します」

「ヨルです」

 それだけ答えると、頭を下げ続けるアランハーズに困ってこちらを振り返る。その辺の礼儀については僕もそこまで詳しくない。

 アランハーズはゆっくりと立ち上がると、僕とベルガモットにもそれぞれ頭を下げた。

「ではこれで」

 図書館の奥へ戻っていこうとするアランハーズを、メイドさんが焦って引き留める。

「なんだい。僕がお呼びたてしたことになっているのかい。それはまた。僕はただ、あんなところにいては危ないといっただけなんだがね」

「あんなところ?」

 隣でベルガモットがつぶやくのが聞こえたので顔をみると、冷たい眼をしていた。

「ではまあ、ゆっくりと滞在なされるとよい」

「あの、僕らもうお暇しようかと」

「ええ。安全なディケのコロニーへ帰らせてもらうわ」

「安全ということはあるまい。メイドの粗相とはいえ、連れ去れてしまったのだろう」

「こうして見つけ出して、連れ帰るのよ」

「君の力ではあるまい。精霊の力を借りているに過ぎない。彼らが積み重ねてきた歴史の集積を、あろうことか精霊王の蔵書書を盗み見るとは。同族としてのリスペクトはあれど、司書としては見過ごせない越権行為だね」

「ちゃんと精霊たちの了承は得てるわよ。協力関係を結んでいるの」

「了承だって?精霊達の概念と共通するとでも?かどわかしの類じゃないのかい」

「なんですって」

 ベルガモットが胸の前に精霊たちを展開する。

 僕には全く理解できない光の玉だが何か意味があるのだろうか。

「ないさ」

 アランハーズが僕を見て言う。

「ただひけらかして見せているだけさ」

「あの…。」

「すまない。君のことも少し読ませてもらったよ。感覚的な言葉ばかりで、状況描写が少ないね。特に人物の外見については、もっと腕を磨いた方がいい」

「考えていることがわかるんですか」

「いや、少し違うな。わかるというんじゃなく、意図的に覗こうと思えばのぞけるということさ。もうやめたよ。これは疲れるし、なにより嫌われてしまうからね」

 ベルガモットが何かに思い至ったのか再び体の全面を隠した。頼むから蒸し返さないでくれ。

「文字データだけだよ。閲覧できるのは。やめたまえ、はしたない。しかし一つ言わせてもらえるのなら、人族でありながら髪色に対する描写がないとは、これは意外だったね。ヨル様の美しい黒髪について以外まるで気にしていない。それはつまりなにかい、興味がないのかい?女性の裸体に匹敵する重要情報だと思うがね」

 何だこの人。だが、僕らよりも魔界の情報には詳しそうだ。

「あの、なんにせよ。あなたの発言から今回の騒動が始まったのなら、きちんと説明してください」

アランハーズは目線をきょろきょろと動かして、周囲のメイドさんに助けを求めるが、彼女たちの表情はそれを断っている。ここの主というわけでもないのか。

「わかったよ。お茶でも飲みながらゆっくりと話そうじゃないか。だが先にこれだけは、はっきりと言っておくが、こうなったのは僕のせいじゃない。だから絶対謝らないぞ」

 そういってアランハーズは、図書館の奥へ僕らを案内する。この人は人に責められてくないらしい。

 図書館の隅に置かれたテーブル。

 そこへ腰かけるとアランハーズは紙を取り出してペンで書き始める。

「えー、びー、しー、でー…。」

 縦横四つずつ。十六国を一番簡単に表した簡略図だ。

「魔王様がみまかられて、魔界は精神的支柱を失った。魔王様は絶対存在であり、ほとんど魔界そのものであった。人界がその不在に付け入り魔界の領地を狙う中、我々も早急に新たなる治世者を決めなければならない」

新しい魔王を立てるということか。魔界の事情だけに僕が口を挟む余地はない。

「魔王選出が行われる。奇しくも今、このクティにキングとクイーンがあるわけだ」

 クティ国の横にヨルとベルガモットの名前が書き入れられる。

「ちょっと、私たちは帰らせても買うわ。面倒な争いごとに巻き込まれるのはごめんよ。ディケは独立国家をめざすわ」

 そういうとベルガモットはペンを奪ってディケを丸で囲んだ。

「君たちがどうしようが、周りの者はどう考えるかな。魔王様の血統を重要視する者は一定数いるだろう。今回彼女をさらったのがうちの手のものでよかった。そうでなければ、それこそ本当にどうなっていたかわからない」

 ベルガモットは黙ってしまう。ヨルが危ないというのならいろいろ聞いておきたいところではあるが、僕はそもそもこの話を聞いていてよかったのだろうか。

「わたしは、わたし、アルクたちと一緒にいる。」

「もちろんいいよ」

 すばらしい。大の大人たちを前に自分の意見をはっきり言えるなんて、なんて立派なんだろう。成長してるなあ。

「飛行船で移動してるのが一番安全なのかな」

アランハーズとベルガモットの表情は芳しくない。あれ、今まではそれで何とかなってきたんじゃなかったのか。

「今までは、トバリさんの魔術で存在自体隠されていたけれど、もう存在も所在も、魔界全体に知れ渡ってしまっていると考えた方がいいわね」

「ああ、そして」

 アランハーズは地図のアルバの近くに二名の名を書き入れる。

「魔王様の血族は三名。ご長男様はすでに亡くなられている。」

上の一名の名前に斜線を入れる。

「そしてこの次男様が、次期魔王候補筆頭だ。その血統ゆえにね。だが、」

 下の一名の名前の下に強調するように下線を引く。それと同じようにヨルの名前の下にも下線を入れる。

「血族は二名だ。このままいけばいずれ魔界の勢力は二分するだろう。そうなったとき、どちらかが魔王になる」

 沈黙。はっきりと言葉にされると、考え込んでしまうな。

「とりあえず、トバリと合流できれば、また隠蔽の魔術で今まで通り隠れられるんですよね」「ああ、黒竜の隠蔽を抜けられるものはそういないはずだ」

 よかった。トバリに隠してもらって、飛行船で定期的に移動すればいい。何としてもヨルを魔界の騒動に巻き込まれないようにしてやらなくては。逃がし続けて、その後は?

「トバリさんが戻るまではここにいましょう。くやしいけど、魔界からも狙われているなら、ここの方が安全他も知れない」

「そうだろう。そんなようなことをぼやいただけだったのさ。それでさらってきてしまうとは。うちのメイド連中が失礼したね」

 アランは周囲のメイドたちから冷たい視線を浴びる。明確によろしくない意味合いのジェスチャーをするメイドさんもいた。

「ではまた。本が読みなくなったら堂々とくればいい」

 そう言い残してアランハーズは本棚の合間に消えていった。

 ここでトバリを待つか。当面の予定は決まった。だが、その後のことも考えなきゃな。


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