⑧ー2捜索
2 捜索
「消えたって、どういうこと。リモネンは、」
「あ、ちょっとアルク」
第六コロニー最下部は無機質な建物で四方の壁は薄い鉄のような材質でできている。丈夫そうだが、そんなに広くはない。前に来た時に、だいたいの部屋の位置関係は把握している。そういえばリモネンとは魔術通信のやり取りはあるが、直接会って話したことはほとんどない。前の来た時に部屋に入っていく姿を見かけて挨拶したくらいだ。リナリル、リナロールと同い年くらいの女の子で、短髪の黒髪にバンダナを巻いていた。この部屋だ。
「ちょっとアルク!」
リナロールが怒って追いかけてくる。
「リモネンは探知の魔術が使えるんでしょ。ヨルがどこに行ったのか直接話を聞こうと思って」
「だからぁ。わたしが通信して話聞いてるっつってんでしょうが」
リナロールが声を荒げて、自分の耳を指差して見せる。何がそんなに彼女を怒らせたのか。直接話を聞きに行った方が早いじゃないか。
「…いいよ。入って」
部屋の中からリモネンの声がする。
「ふーっ!」
リナロールは頬を空気で膨らませて僕を威嚇してくる。なんなんだ。一応、扉をノックして、開けようとしたら引き戸で、とにかく開けて中に入る。
暗いな。照明のない狭い部屋。
中ではリモネンがこの部屋唯一の光源であるモニターを見ながら、手元で何か魔具を操作している。のぞくとモニターには何か地図のような図形と、複雑な魔術構文が浮かんでいた。昔、軍で作戦会議に使っていたのを見かけたことがあるが、それよりもずいぶん複雑そうだ。
「それで、消えたって?」
「コロニー内の人の動きはここでいつも把握してるの。それでさっきもあなたたちが来た時の様子を見ていたんだけど。ある瞬間にいきなりヨルちゃんの反応が消えたの」
「えっと、それって?」
「何か魔術的な事象だと思う。それも、あまり考えたくはないけれど、外部からの」
トバリの隠蔽の魔術みたいので隠されたってことか。
「ベルガモット様を呼んだわ。精霊魔術ならもしかしたら痕跡が追えるかも」
「待ってられない」
最悪だ。ちょっと目を離した隙にいなくなるなんて。しかも誰かに連れ去られたのかもって。僕はリモネンの部屋を飛び出す。とにかくまだ時間は経ってない。建物内を、そして出入り口付近を。エミスと一緒にひたすらに探した。
「それでこうなったのね」
僕とエミスは、ベルガモットが来る頃には汗ぐっしょりで、互いの背中に寄りかかっていた。ヴァネッサが申し訳程度に手であおいでくれるがまったく風は来ない。
「魔術で隠されたなら、走り回ったってしょうがないでしょうに」
ベルガモットはあきれながら、手元の光の玉と何か話している。
「かなり高度な隠蔽の魔術ね。まったく痕跡がない。だからこそ、こんなことができるのは、お隣しかない」
「お隣って?」
「クティ。人界の言い方をするなら、クティ国」
「それって」
「魔界よ」
どうしてヨルが魔界に連れ去られたのか。魔王の娘だから。それしか心当たりはない。出会う前のことはほとんど聞いたことないからな。ただ、「魔王の娘だ」と。そう紹介されてからずっと一緒にいた。それなのに、一瞬でも目を離すなんて。最悪だ。考えうる最悪のことが起こった。ヨルに何かあったらなんて、考えるのもいやだ。あぁ、最悪。最悪だぁ。
「ちょっとアルク。話きいてますか?」
「最悪」
ベルガモットが色々と質問してきても全然頭に入ってこない。いや、考えてる場合じゃない。
「とにかく行こう、クティに」
「「だぁーかーらぁー」」
双子がハモった。リナリル、リナロールに睨まれる。
「もう外は陽が落ちて、魔獣流が始まっています。ヨルさんをさらった者たちも、移動をある程度は制限されるはずです。ですから我々は、朝を待ち、陽が昇ってから捜索するのでも遅くはない。朝になれば私の精霊術で移動の痕跡を追えるかもしれない」
「それじゃおそいかも」
一時たりともヨルをそんな奴らのところには置いてはおけない。エミスも同じ考えのようで、靴の紐をきつく結び直している。
「魔獣流の中を行くつもりですか?どうやって」
「飛行船、はもしかしたらシオさんの治療関係で必要になるかもしれないし、」
「斬る!」
エミスが剣を掲げる。
「あんたらもう忘れたわけ?ヤバさんだって、あん中にずっとはいられないっしょ」
ヤバさん?
「ほら聖騎、」
「もぉー」
何か言おうとするリナリルの口をリナロールが塞いで連行していった。確かに聖騎士の鎧と神器でも、きつそうだった。そういえばあの人どうなったんだ?
「やるしかないな」
エミスが剣を腰に納めて、外へ向かう。えっと、とにかくエミスに剣をぶん回してもらって、抜けてくる奴は僕がウルクで斬って、それでそのまま進む。クティ国まで、どれくらいの距離があるのだろうか。でも飛行船はなぁ…。
「わかりました」
ベルガモットが深いため息とともに首肯した。
「何か方法があるの?」
「いえ、トバリさんの苦労が、わかりました」
なんだよ。もう行っちゃうぞ。
「私が飛んで、一人なら何とか運べます」
「やった、ありがとう。そういえばリナリル、リナロールも飛んでなかったっけ?」
「あれは飛ぶというより一時的に浮かんでいるだけで、長くは持ちません。リモネン、地図をお願い」
「エミスー!連れてってくれるって」
「おお、そうか」
「どっちか一人」
「まじか」
「僕行きたい」
「お・れ・も」
「軽い方にしてください」
「それならエミスになっちゃうか」
「どうかな」
「うわっ」
エミスに腰を掴まれて持ち上げられる。まじか。僕のほうが背も高いのに。エミスはムキムキで僕より重かった。まじかよ。なんか、はい。
「はい」
リモネンが部屋から出てきて紙の地図を渡してくれる。
「クティに入ったら私の魔術も届かなくなると思うから、姫様の事、よろしくお願いしますね」
「了解」
リモネンと目線が合う。思い起こしてみれば、いつもばたばたしていて、まともにあいさつしたことなかったのか?リモネンのことは声で認識している。
「アルクです、よろしく」
「え?ああ、リモネンってよばれてる、貴方もそう呼んで」
「わかった」
握手握手。
「それじゃ、いってくるね。フェリオ達にも、説明しておいてもらえるかな。ああ、でも、シオさんの治療が最優先で」
「わかったわ、いってらっしゃい」
飛ぶというより浮かべるベルガモットに、体に結んだロープを持ち上げてもらう。
飛行船が見える。一応キリスとティアにも相談したかったなぁ。飛行船でぱっと行って帰ってこれるかなぁ。でも、シオさんが使うとなったら緊急だしなぁ。
「トバリ…」
「落としますよ?」
道中、暇なので、今までの僕らの動きや知っている範囲での各人の事情などをベルガモットに話す。情報漏洩の心配とかあるのかもしれないけども。ひとに自分たちのこと知っておいてもらうのは、何かの役に立つかもしれないし。
「魔王様のご息女でしたか」
急に改まった言い方。そういえばベルガモットの父親は魔王軍の幹部だって言ってたな。面識とか、そのあたりの人間関係についても知っているのだろうか。
「あの、ごめんなさい」
「なに?」
「一人ならっていったけど、リナリルリナロールくらいの感じで言ったの。もっと言うと、ちょっと強がってた」
「まじですか。限界?」
「限界っ」
背中のロープがベルガモットの手から離れる。下は真っ暗だが、魔獣流じゃない。背の高い木。森だ。ウルクを抜いて、木に突き刺して止まろうと思ったが、この落下で全然バランスが取れずに枝に激突した。そのまま枝に何度かぶつかりながら地面に落ちた。いったいけど生きてる。下が土で助かった。
「ごめんなさい。わたし、前見た時のように瘴気で移動できるのかと」
「それはちょっと、お休み中というか」
「それはいったい…」
「使えないっぽい」
「ええ!?」
枝の揺れる音。瞬時にふたりとも武器を構える。
森には入ったが、まだ魔獣はいるらしい。木々の合間にこちらを狙う眼が光る。
「走ります」
「了解」
ベルガモットに続いて走る。
瘴気の噴出なしでは魔獣に追いつかれるな。ベルガモットのまわりを周回する光の玉が、後方へ飛んでいき、魔獣を撃退する。
「もう少しです!」
「はい」
もう少しって、目的地に着くまで?それとも、もう一度飛べるようになるまで?聞いている余裕はない。真っ暗なうえに木の陰になって月明かりも届かない。とにかくベルガモットを見失はないように走ってついていく。
走って、限界が来たら飛んで。また限界が来たら降りて走って。それを何度繰り返しただろうか。一晩中。
「ここよ」
立派なお城の門を飛び越えて、広い庭に降り立った時には、朝日が昇って明るくなっていた。
体中ボロボロで、葉っぱや枝が絡まっている。だがその甲斐はあった。
輝く朝の庭に、一台の黒い馬車がとまる。中から降りてきたのは、ヨルと、同じ服装をしたメイド?二人であった。
「アル!」
「ヨルー」
ヨルは庭でくずおれている僕を見つけるとかけよってきてくれる。
「ヨルー。ほんとよかったよ。大丈夫?」
「うん、大丈夫。起きたらいつの間にか馬車に乗ってたの。私に会いたい人がいるって。今着いたところだよ」
「よかったよぉー」
「だから朝になってからでいいって言ったじゃない…」
ベルガモットは芝生にあおむけになって倒れた。