⑦ー14台風の目
14 台風の目
前方で鳴った銃声、周囲を取り囲むシャ達。山を吹き上げる風が、戦闘開始を告げる。
シャは体に魔術を纏い突っ込んでくる。速い。だが見たことのある魔術だ、反応できる。向かってくるという事は、転生者の側についたという認識であっているようだ。このクニのトップは転生者に手出しするなと通達したというのがゼン母の話だった。この先も妨害を受けるなら、今ここで何とか抑えたい。吹き始めた風でまた肌が切れる。島を覆っていたあの魔術混じりの風だ。一瞬の隙を突かれて、斬り込まれるシャの刀を、イエンの騎士剣が受け止める。
「アルク、いつもの瘴気はどうした」
「それがこの風で散っちゃって、うまく扱えない」
「雷閂は?」
「無理です」
風ガシャもろともお構いなしで、山頂から強く吹き下ろす。
「迎雷」
イエンは詠唱と共に体全体を雷閂に似た細かな雷で覆って、僕を守ってくれる。
「雷閂をこのように身にまとうことである程度の魔術は防御することができる。迎雷は俺の島での呼称だ。アルク、お前もまずはこの風を何とかしなければ先には進めないぞ」
風は勢いを増し、山道沿いの木々を切り刻んでいる。破片が飛んでくるので、とりあえず手持ちの布で顔を覆う。シャたちは木々の合間に回避し、体を覆う五行魔術で対策している。風邪のせいで戦闘どころではなくなってきた。
「いったん僕らも木の合間に入って進める道を探そう」
そう言って全力の瘴気で身を包みながら、イエンの影から脇道へ飛び出した。
その一瞬が正確に見えていたかのように、突風が僕めがけて吹く。鎌風の魔術がガチャガチャと音を立てるほどの密度を持って近づいてきた為に気がついたが、瘴気で覆ったウルクで受ける構えをとる事しかできなかった。いきなり視界の端から飛び込んだ魔術鳥が、僕の身代わりとなって風に滅茶苦茶に引き裂かれる。イエンが僕を掴んで脇道へ転がり込む。次の瞬間さらに突風が吹き、ぶつかって爆ける。覆い被さってくれたイエンがいなかったら危なかった。が、そのイエンが僕から引き剥がされるように浮き上がる。大きな魔術鳥、というか巨大な怪鳥と言った方がわかりやすいそれが、かぎづめでイエンの両肩をがっちりと掴んで上昇する。僕の前にも同じ怪鳥が舞い降りる。
「乗レ」
トゥルフの声。彼の魔術鳥か。僕が立ち上がると、イエンと同じように両肩を掴まれ持ち上げられる。結構痛い。この間も狙ってくる風の攻撃を、飛んでくる魔術鳥身代わりとなって引き受けてくれる。こんなに大きな魔術鳥を大量に生成できるのか。というかこれは乗っているというより捕獲されていると言った方が正しいのでは?
魔弾は軌道を逸らされて、転生者ダンの後方へ飛んでいった。遠距離からの超高密度の魔弾での狙撃だったが、効果はない。聖騎士ジェイルは魔術で生成した次弾を、銃型の神器ジュピターに装填し、移動しながら黒の団三名から聴取した、転生者の討伐方法を思い出していた。
「超遠距離からと言っていたな、意識の外というのが重要なのか?」
ジェイルが潜んでいる林の中は、木々が視界を遮っていて、さらに魔術的な隠蔽も施してある。狙撃を受けても転生者はこちらを見てもいない。すなわちそれは…。突風が正確にジェイルの周囲ごと抉るように吹きつける。
「気付かれていたのか」
回避し駆けるジェイルの前方で木々が風で打ち倒される。四方から粉塵をあげて襲い来る風に向けて、いくつか種類を替えて魔弾を打ち込むが、どれも飲み込まれるだけで効果はなかった。すんでのところで飛来する魔術鳥の脚を掴み上方へ退避する。
「狙撃はダメでした。あの風で位置を悟られていた。風で認識するなら少なくとも島を囲む台風の内側にいる限り位置を知られる」
突風が飛んでくるのを、手を離し、別の魔術鳥へ飛び移ることで回避する。元の鳥はバラバラになって落ちていった。
「なれば次は数か。駒を集めるまで待て」
「了解」
鳥から手を離し、散弾を連発する反動で後方へ落ちる。かなりの数を撃ち込んだが、転生者は微動だにしない。
海面が盛り上がり、中から船が飛び出してくる。途端に水圧に耐えかねたのか、木っ端微塵に解体した。木片に乗ったサラサと抱えられたナハトムが、流されてアズマの港に上陸する。
「おい見ろよナハトム。帰りの船がある」
サラサは港の端にイエンの島の船を見つけて言う。
「もう帰りの話か。お前は、」
「お、やってるねぇ。ちょっくら行ってくらぁ。お前はあの青年たちに離しつけといてくれ」
そう言い放つと、サラサは魔術による超人的な脚力によって、山頂めがけて駆け出していってしまった。
道中、サラサ直下のシャ達が合流し、不在だった数日間の動向を報告する。
「知らんぞ。金輪際交際は断たせてもらう」
言いながらも、ナハトムはとぼとぼと船に向かって歩き始める。
「おい、船長待ってくれよ」
「ついてくるなと言っただろうが」
吹き付ける風を木の影に隠れてやり過ごしながら、ロイバー船長は山へ向かう。それに気づいたショーンは船長を追ってきていた。
「どうしたっていうんだよ」
同じ木の影にぴったりついて、ショーンは問う。
「飛行船の親玉がいるんだろ」
「あぁ!?アルクのことか?あぁ、山へ向かったらしいが」
船長は、手に持った銃の魔具に魔力を込めながら言う。
「ケジメってもんがある」
「お、おい!アルク撃ち殺す気かよ」
「あないご苦労」
上之町から山の中腹へ続く秘密の抜け道から、トゥルフとフブキの二人が出てくる。早々にフブキは来た道を引き返す。
フブキは古い言い伝えを思い起こした。
島の外からやってきた男が、この島の姫君に恋したが、血の汚れを忌避され、姫は山をも覆い隠す霧の中へ閉じ込められた。男は霧の中を、恋する人を探して彷徨ったという。
嵐に霧が散り、樹齢を重ねた古樹が傷つく様に、古から続くこの島の神秘性が剥がされたようだ。終わるなら終われと、投げやりな気持ちにもなる。
「ロイバー船長が、船を離れました」
偵察に出していたシャの一人が報告する。十年以上沈黙を続けていた男が、今動くか。
「そう」
台風の目は、何を見る。皆を動かすその中心にいる誰かに、吹雪も興味が湧いてきた。
「出揃ったか、行くぞ。雷閂」
トゥルフの声は魔術鳥を介して皆に届く。
「雷閂」
「迎雷」
「わーごめんなさい、僕できない」
「ん、この声はアルク殿かな?攻め入るなら加勢するぜ。雷閂!」
「「「「「「雷閂」」」」」」
山中所々で起こる稲光。山肌をおびただしい数の魔術鳥が覆い、ジェイルが山頂へ魔弾を降らす。着弾によって生じた爆発音を、かき消すように、暴風が山頂から広がる。山を吹き下ろし、一息に木々を薙ぎ倒す。あとにはちぎられた魔術鳥と、土砂にまみれた木々がさらされる。
土砂の中から這い出る。
魔術鳥と木々のおかげで風の直撃を免れた。
山の視界が開け、山頂から空へと昇っていく転生者の姿が見える。上空にはどす黒い雲が寄り集まっている。近づこうとした次の瞬間、降り出した大雨によって視界が遮られる。当たる雨粒が痛いくらいの降水量で、伸ばした手の先ほどの視界しかない。あっという間に全身がぐっしょりと濡れ、前に進む足が重い。
次の行動への決断が最も早かったのはトゥルフであった。手に持った杖の神器トルトーンを前に構えると、詠唱した。
「マスタ・ブレイド」
神器の内側で高密度に圧縮された魔力を燃焼し、魔術でくり返しを起こす。反復し、流転し、増長する。臨海を越え、暴発しようとする熱を抑え込む。神器の強度と柔軟性、刻まれてきた魔術構文があってこそ制御できる術。高魔力存在となった剣は、魔術を歪め、使用者の欲望を具現する。我執で秩序を介入する。
杖は中からヒビ割れ、中から金色に輝く騎士剣が姿を表す。
トゥルフが剣を握ると、周囲の剣の魔具と共振する。
「これよりは私の指示に従ってもらう」
それぞれが手に持った魔具から、トゥルフの声がする。
「トゥルフさん、使ったんですね」
ジェイルの表情から、その魔術に対する敬意と覚悟がみえる。各々の魔具から、トゥルフの生成する魔術鳥が飛び出してくる。自身の共振する他の魔具の複数同時使用。それがトゥルフのマスタブレイドであった。
魔術鳥の導きで、再び全員が上空の転生者ダンに挑む。
降りしきる雨の中。視界を遮られた状況で、ダンだけが島内の状況を風の魔術によって把握できている。はずだった。しかし舞い上がってこちらへ近づいてくる魔術鳥の軌道から、鳥たちもこちらの位置を掴んでいることがわかる。再び暴風を吹き下ろそうと手を構えたところに、魔弾の連撃が正確な位置で飛んでくる。風の壁を形成し全てを防ぐが、その間に接近した魔術鳥からイエンが斬撃を放つ。それを吹き飛ばしたところへ、サラサが小刀の魔具で斬りかかる。これも腕に纏わせた風で受け止める。
「じゃりきん」
サラサの挙動と込められた魔力量にそぐわない力で、小刀が食い込んでくる。風の密度を上げ、解放した風圧でサラサを吹き飛ばす。
その間にもジェイルの魔弾は絶え間なく飛来する。落下するイエンが騎士剣を投擲する。
どれも風で止められた。イエンが切り込んだ時、上方へ飛び上がっていた僕が、落下しながら切り込む。
「無駄だ」
こちらへ振り返った転生者は、袂から刀の柄を取り出すと、風で刀身を形成してウルクを受け止める。同時に吹き上げられた突風を、僕を連れてきた魔術鳥が二人の間に割り込むようにして防いでくれる。
刃を交えた瞬間、奇妙な感覚に襲われる。
「吹き飛べ」
足場のない状況で、風に押し込まれる。ウルクから次々と湧き出てくる魔術鳥が緩衝となって散りながら、僕は落下する。