①ー11奇襲
①死と転生
11 奇襲
僕らの作戦が、始まった。僕、ドゥガー騎士団長、ムートの三人が、カロス国城を囲う、高い城壁にロープで降りる。城壁の上に着地した段階で、トバリの“隠蔽”の魔術から外れるため、近くにいた見張りの兵を、団長とムートの二人が、素早く魔術で気絶させる。団長はともかく、ムートの動きの速さに驚く。人界四天王として、タローさん達と共に、魔王と戦っていた、実力者の動きを目の当たりにした。
城壁内部の階段を下ってゆく。
飛行船は西塔上部の部屋に、ゆっくりと近づいて行く。飛竜が飛行船に繋がる鎖を口でくわえて、器用に飛行船の高度を調整していた。
「もう少し!もう少しだ!」
エミスが外を見ながら、舵輪を握るレッタに指示をだす。
「どどど、どうしたらいいんだぁ?飛竜がこっち見てるぞぉ?」
「レッタさん、落ち着いてください。飛竜は自分で浮遊できますから、狙撃の準備を」
「はなしていいのかぁ?」
レッタは怯えながら、舵輪離すと、狙撃の為に船体側面に小走りで逃げて行く。
「トバリ―。こっちはいつでもいいよー」
「正門に動きがあり次第、城につけて固定してください」
「りょー」
「わたしは?」
「ヨルは乗り込んでくるご婦人方を、奥へ案内してください」
「りょうかい!」
正門の真上には、騎士達の詰め所があり、門の内側と外側を行き来できるようになっているようだ。数人の騎士を、二人が素早く気絶させる。
「リーニャ姫の地図通りじゃのぉ、騎士が少ない」
「国外に大量に派遣されていますからね、先を急ぎましょう」
門の内側に降りると、さらに数名の騎士がいたが、三人で制圧する。
正門から城までは、馬車一台が通れるほどの幅しかない一本道がのびている。それ以外の場所は、堀というよりも深い谷のようになっている為、もし落ちてしまえば、戻ってこられないだろう。
「気づかれた様じゃ」
城の正面に騎士達が集まってきているようだ。
「出来れば門外の騎士に気づかれたくない。走るぞ!」
僕ら三人は、城への一本道を走り出した。
「デル様、城の正面に侵入者です」
ルルが報告すると、王座の前に置かれたベッドから、勇者はダルそうに体を起こした。両脇に女性達を侍らせているが、皆うつろな目をしている。
「対応しろ。ついでに西塔から追加の女を連れてきて」
「かしこまりました」
「あんまり魔術で頭いじるなよ」
「はい」
ルルは王座の影に消える。
「行きましょうか」
「りょー」
飛行船が西塔に接触する。フェリオが杖を振ると、窓周辺の城壁が組み変わり、部屋から船への橋が架かる。
トバリは、出来上がった道から入ってゆくと、部屋の中の様子を確認する。ドアに人ひとり分の大きさの穴が開いていた為、部屋の外にいる騎士に気づかれたが、素早く魔術で気絶させる。
「皆さま、リーニャ姫から連絡を頂き、救出に参りました。ここから出たい方は、船にお乗りください」
女性たちは、ただただ怯えていた。状況を理解できていないようだ。
一人の女性が立ち上がると、皆に向かって言った。
「こちらの方は、わたくしの知り合いです。私たちを助けに来てくれたのです。国へ帰りましょう」
女性たちはやっと状況が理解できたのか、少し安堵の表情を浮かべて、飛行船に移動し始める。
「あなたは、リーニャ姫の妹さんでしたよね?」
「はい。エリナと申します。タロー様のお付きのメイドさんですね」
「まあ、そんなところです。あなたも船へ」
「…ええ」
エリナは暗い表情で、俯いてしまう。
「エミス、フェリオ、後は任せます」
トバリは城内へ走って行く。
エミスは女性達に手を貸して、順々に飛行船に乗せる。
船内からは、レッタが城壁の上にいる兵を、弓で狙撃する。魔術の込められた矢は、防具に当たると魔術を発動し、兵を眠らせる。
「エミス―!レッタ―!警戒して―」
部屋に降り立ってから、杖を空中でゆらゆらさせていたフェリオが、杖を構える。
ドンッ
突如、飛行船を衝撃が襲い、船体が揺れる。
レッタが下を覗き込むと、数十人の騎士達が折り重なって、城の外壁から船体にしがみついてきていた。
「ありゃ人じゃないぞ!」
部屋のドアの外からも、騎士達が異様な体勢で走ってくる。
「ぼくは船の方をやるから、エミスは走ってくるやつらねー」
「おう!」
エミスが剣に魔力を込めると、炎が立ちのぼる。剣を前方に突き出すと、エミスはさらに魔力を込める。
「燃えろ!」
その瞬間、剣にまとわれていた炎は勢いを増し、向かってくる騎士達へ噴射された。燃え盛る炎に焼かれた騎士たちは、消えてゆく。
一方のフェリオは、窓から身を乗り出して、船にしがみつく騎士達を、杖から放った魔術で撃ち落としていく。
「んー。なんか変だなー」
エミス、フェリオが、次々に湧いて出てくる騎士達を抑えている間に、女性たちは船に乗り込む。
「フェリオ!いったん高度を上げて、城から距離をとっていいか?!」
「りょうかーい!」
「飛竜さん、ちょっと船を城から離すよ」
レッタは舵輪を操り、サンドドラゴンと鎖を引っ張り合いつつも、城から距離をとる。
「これでいい」
レッタは船体側面、城側に来ると、その場で弓を構える。左足の魔具に魔力を込めて体を支えつつ、大きな弓を引く。
「鳴れ」
レッタが放った矢は、西塔の下階から騎士が沸いて出ている箇所に着弾すると、鋭い石の結晶が八方に広がり、湧き出る騎士達を食い止めた。
「レッター!ナイスー!」
「おう!」
「ちょっとそのまま上空で待機しててー!調べたいことがあるんだー!」
「了解!」
レッタは引き続き、下から上がってくる騎士を狙撃する。
フェリオは、窓から離れると、部屋の入り口を防衛するエミスと並んだ。
「ちょっと下に降りてくるねー。このままここを守っておいてー」
「わかった!」
エミスたちを残して、フェリオは下階に向かった。
城の正面、二十名ほどの騎士をドゥガー騎士団長と僕で、何とか抑え込んだ。皆、団長の魔術で気を失っている。ムートは途中で離脱し、既に東塔へ向かっていた。
「中の様子を見てくる。アルクはここに残って警戒していてくれ。無理はするなよ」
「了解」
団長は扉を開け、城内に入って行く。
城内に入ると、無数の騎士が一斉にドゥガーを見た。直立したまま顔だけをこちらに向ける者、壁や天井にへばりついている者、皆、顔に表情がない。
「カロスがこんなことになるとはな」
魔王軍との戦いが最も激しかった時でさえ、鉄壁を誇るカロス国城は、城内に魔獣一匹入れなかったと聞く。
「行くぞ」
ドゥガーは剣を構え、魔力を込めた。
扉が閉まると、城の前は静かになった。みんな大丈夫だろうか。とりあえず、倒れている騎士達を縛っておこうかと、ロープでも探そうとしていると、遠くで大きな正門が開いていく。馬に乗った騎士達がこちらへ向かってくる。
僕は城への一本道の終わりに立って待ち受ける。
「何者だ、貴様!」
近づく騎士の背後に回り込み、突き倒す。それを見て数人の騎士が馬から降りて、剣を構える。
「残りは城内へ行くぞ」
リーダーと思わしき騎士の指示で、残りの騎士達は馬で城へ向かおうとする。僕は“ウルフ”に魔力を流し込む。その魔力に反応して、“ウルフ”は「疾走」する。
“ウルフ”は僕を引っ張ったまま、横を通り抜けようとする騎士達の前に滑り込む。突如目の前に現れた僕に、驚いた馬がのけぞって、先頭の騎士は振り落とされそうになった。
「変わった剣と魔術だ」
リーダー格の騎士は、馬から降りて剣を抜く。
「私はカロス国騎士団長トーデスだ。名前は…名乗らんのだろうな」
「…。」
トーデスは剣を構えると、魔力を込めた。
僕も覚悟を決めよう。彼は僕が引き受ける。
コンコン
ノックの後、王座の間の扉が開く。
勇者デルの前に、メイド姿のトバリが進み出た。
「お初にお目にかかります。私、前勇者、タロー様のメイドとして、お仕えさせていただいております、トバリと申します」
勇者はじっとトバリを見て、様子をうかがっている。
「本日、前勇者タロー様が、是非とも、新たに転生召喚なさった勇者様と、お話がしたいと、この城に参っております。ご老体の為、ここまでの階段を上がってくることはかなわず、東塔の教会でお待ちです」
「前勇者が?隠居してるって聞いたが」
「デル様。そのメイドは、この部屋の前に突然現れました。いま城に攻め入ってきている奴らの仲間かもしれません」
ルルが、王座の影から現れる。
「何だよ、まだやってたのか?」
「申し訳ございません。女性たちを空飛ぶ船に移されました」
「おい、ルル。ふざけんなよ。早く何とかしろ」
「かしこまりました」
「それであんたは、何しにここまで来たんだ?」
「私と我が主は、城内の騒ぎとは関係ございません」
「ふーん」
勇者は裸足のまま歩いてトバリに近づくと、ゆっくりと手を伸ばし、トバリの髪の撫でる。
「それで、前の勇者が俺に何の用だって?」
「我が主と、直接お話しいただくのが良いかと」
「うーん。ルル、下はどうなってる」
「東塔に一人。この中央塔に一人。正面に一人、騎士団長と交戦中です」
「あまり城の中をうろちょろさせるな。ルルの騎士で捕まえろよ」
「先ほどから試みているのですが、西塔でかなりの数がやられていて…」
「はぁ…。じゃあ俺は下の奴らを片付けるから、ルルは西塔を何とかしろ」
「かしこまりました」
「じゃあ、メイドさん。一緒に下に降りようか」
「はい」
トバリは、勇者を先導して歩き始める。