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⑦ー11討入

11 討入


 曇天の海を、船が来る。

 ラクス国騎士団の船ほどではないが、このしけた海をここまで来られるくらいには大型の船だ。祭礼用なのだろうか、船の至る所に独特の彫り込みによる意匠が施されている。

 乗っているのは、イエンの島の若者だろうか。こちらに手を振って合図している。波が高くて港へこれ以上近づけないのだ。イエンの手漕ぎの小舟に乗り込む。

 聖騎士ジェイル・ジャケット、トゥルフ・クトゥルクフセン。レッタに僕。

(「行くのか」)

 ヒョウエが話しかけてくる。珍しく怒鳴り声じゃなくて、落ち着いた調子の声だ。

(「おいらに気をつかってるんじゃねぇだろうな」)

 ヒョウエはアズマ出身だって言ってたもんな。色々と気になるのだろう。

「お世話になった人がたくさんいるんだ」

 鍛錬を経て、だいぶ彼の人としての輪郭を認識してきたように思う。

 小舟から、イエンの島の船に乗り移る。

 帆は仕舞われている。この風じゃ使い物にならないだろう。

 乗っていたのは四人の青年たちだった。

「イエンさん。やっぱりあれ持ってきた方がよかったんじゃ」

「誰も使うべきじゃない。ソー・ユウは?」

「捕まったままですよ、暴れもしてない。ちゃんと…」

「そうか。島に戻ったらもう離してやれ。森の奥には近づけるなよ…何だ」

「その…」

 青年たちは言い淀み、視線は甲板の端に集まる。

「まさか…」

 イエンがそこに置かれた箱を開けると、一本の棒の魔具“タング・ドラム”が入っている。イエンの島において、代々島長が継承してきた宝物。ソー・ユウが騒ぎを起こして振り回していた魔具である。

「やっぱり要りますよ」

「持ち出すなと言っただろ。第一よくあの場所まで入って行ったものだ」

「…。」

 イエンは気まずそうにする青年たちを見て、彼らが怯えながら森の奥ふかくまで隠しておいた魔具を取りに行った様子が想像した。

「まあいい。ことが済んだら戻しに行くぞ」

 甲板の後方にある舵輪をイエンが握る。魔力を込めると直結した船底の舵に伝わり魔術推進で動き出す。

 とにかく波で揺れる。レッタは船体に持たれながら、イエンが立つ操舵輪の後ろの簡易的な船室に入って行った。風と波の来る方向へ進むのだから、ひどい揺れだ。


 目前に、空まで続く風の壁が現れる。

 向こう側はまるで見えないが、これじゃアズマの位置が丸わかりだ。巨大な台風に囲われている。

 近づくにつれ風は勢いを増し、揺れによる船の軋む音とは違う音が始まる。鞭で打つような、剣を振り回すような音。船のいたるところで鳴る。音がした所を見ると、乱暴に切りつけたような跡が残る。

 腕に痛みが走る。

 船体と同じ、切り傷。

 ただの風ではない。魔術的な攻撃が混じっている。身を守るために瘴気を纏うが、この風のせいですぐに散ってしまう。

「船室に入っていろ」

 ジェイルが声をかけに来る。

仕方なく状況確認を断念して僕も船室へ入る。イエンの指示で、すでに島の青年たちも船室に入っていた。レッタは揺れで体がちょっと浮いている。扉と閉める前に聖騎士ふたりを確認するがふたりとも船室に入るつもりはないようで、マントをなびかせて前方を向いている。イエンは必死に舵を取っていて申し訳ないが、「入れ」と手で合図するので、扉を閉める。


「詠唱を聞かれるのは厄介だ、特に長命のエルフにはな…」

 ジェイルは船首に立ち、銃を構える。

 トゥルフは船体の中腹で、縁にもたれ掛かる。

 手に持った杖を甲板に立てた。

「弾くやざわめく囀る挽歌 相似て背は黒く腹は白く 空に落ちパノラマ星は迫る海の雁行 ほつれた羽で紡ぐ譜音(フネ)

 船の両側から湧き上がった大量の魔術鳥たちが、船を啄むように寄り集まってくると、トゥルフの杖の合図で、船の前で陣形を組む。何か見えない糸で引っ張られるように揺れ、船が加速する。

 その鳥の群れが上昇すると、開けた視界にジェイルが魔術を放つ。

()に吐く虎 千里駆る虎耳草(ユキノシタ) 薙げ虎落笛(もがりぶえ)

 轟音が響き、魔術弾が放たれる。巨大な魔力の塊となったそれは、真っ直ぐと風の壁に飲み込まれる。光が爆ぜ、散り散りになりながら風に巻き上げられていった。風の壁はいまだ漫然と立ち塞がっている。風は勢い衰えず、船が進まなくなり、ただ上下に揺れるだけとなる。ジェイルは眉間に皺を寄せて思考する。目の前を魔術鳥が一羽、力なく海面に落ちていった。船が軋む。時間がない。マントを翻し、船室まで歩いて来ると、言い放った。

「いいか貴様ら、転生者を捕縛したら美味いものをいくらでも食わしてやる」

やったー。じゃなかった。レッタ横で口を開けて想像している。

「床に掴まれ、イエン、思い切り込めろ」

床?とにかく伏せて固定された椅子に掴まる。レッタも床に尻をつける。島の若者たちはわたわたとロープを準備している。

「スタアヌラー。ライブラリアウト・ドロウショット」

 船体がゆっくりと横に傾きだす。何事かと立ち上がって外を見ると、甲板の中央でジェイルが銃を構えたまま横に傾いている。彼の動きに船が合わさる。

 船が横転し海面が見えた瞬間、ジェイルは海面に向かって魔弾を撃ち込む。飛沫が上がりそのままその中へ転覆する。

 椅子にすがり付く。レッタは何かしらの魔術で床に張り付いている。こういう細かい所で魔術が羨ましくなる。青年たちが天井に落ちた。ロープをどこかへ括り付ける間もなく、落ちるような浮遊感。そのまま滑るように加速していく。

 銃声がけたたましく鳴り続ける。

 海に向かって魔弾を連打し、開けた穴の中を船で滑り降りているのか。銃声が穴の中をこだまする。台風の下を潜り抜けている。でたらめだ。

船体はぐるぐると上下入れ替わりながら海に開いた穴を滑って進んでいく。激しさに船のいくつかの部分は弾け飛び、船室の扉はバタバタと今にも外れそうだ。イエンが必死に舵輪にしがみついているのが見える。

やがて銃声が止むと、閉じる水圧の勢いで海上に押し出される。天地が戻って海面に着水した。

風の壁を抜けたのか、前方にいきなり山が見える。船が進む勢いはそのままだ。速すぎる。

 開いた扉から叫ぶ。

「速度を落とせ!速すぎる。港がある、突っ込むぞ!」

 声を上げるが、ジェイルは立ちくらみか、体がふらつく。トゥルフの魔術鳥は随分と数を減らし、残ったのが懸命に後方へ向かって飛び、船を減速させようとしている。

レッタが甲板を駆け、船首に飛び乗る。先端に弓をかけた。矢の代わりに船首で弦を引くと、斜め横方向へ、船を放つ。

船体は横に逸れる勢いのまま横転しながら岸へ乗り上げる。

止まった。

船から砂浜に落ちる。周りに建物はない。何とか港から離れたところへ突っ込んだようだ。

漁村は?向こうにそれらしきものが見える。


近づくとそれらは滞留する木材ばかり。岸辺に浮かぶおびただしい量の打ち壊された建物の痕跡。ここが漁村だった場所か?ここに住んでいた人たちは?

「中之町へ進もう」

 少なくとも見渡した範囲では、人の亡骸は見当たらなかった。

 イエンの島の青年たちに船の修理を任せて残ってもらう。魔力の使いすぎでふらつくイエンにも残ってもらおうかと思ったが、肩を強く掴まれる。

「大丈夫だ、俺も行く」

 そのまま肩を貸して、島の内部へと進む。

 吹きちる風の音が、誰かの悲鳴に聞こえた。


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