⑦ー9ラン
9 ラン
風を読む。
鎌のように鋭い風は獲物を仕留め、異常な風圧はこの肉体を生かすのに必要な物を運んでくる。ただこの島の一番高い山の頂上で、全世界に向けてギフトによって巻き起こした大風を送り込もう。この肉体が尽きるまで。誰の言葉も受け付けず、何にもとらわれない。自由な荒神として君臨する。過酷な環境は、すべての生き物に等しく吹きつける。
「だが、この匂いは…」
この島に来て、風を操るうち、気になる匂いが運ばれてくるのに気がついた。まだ先は長い。確認しておくことにしよう。
山頂から、しばらく風に運ばれて下ると、生い茂る木々の開けた場所がある。そこに白塗りの建物があった。この中からだ。
「悪いが、そこは立ち入り禁止だよ」
風の流れで、概ねこの島の住人の動きは把握している。こちらに向けて槍を構える女。そして、もう一人。
「ハナフダさん、みんなは山から下ろしました。私も戦えます」
ハナフダとシオの二人は、山頂に居座る転生者との戦いの始まりに構えた。
「その必要はない。僕は誰とも戦わない。等しく試練を科すだけだ」
そういうとダンの周りの風は四方へ勢いを増しながら吹きつけた。
それが魔術的な攻撃であれば、対人戦に長けた二人も、かわすという選択肢があっただろう。しかし、転生者のギフトは、まるで周囲の空間ごと押しのけて、大風として発する物だった。一律周囲の木々や建物を押し除け、ハナフダとシオもまた、軽々と吹き飛ばされる。
「関わるな。これは神と人との線引きなのだから…」
ダンは風に浮きながら身を翻すと、今度は狙いをつけた風の発射で、宝物庫の扉を破壊した。
中へ踏み入ろうとした瞬間、首を正確に狙って飛んできた槍が、直前で進路を逸らされ、ダンの横を通り過ぎる。走ってくるハナフダの姿を確認すると、ダンは風の制御のタガをはずした。大風が巻き起こる。特定の目的を持たぬ天災。突風はダンを中心に巻き起こり、広がり続ける。ギフトによって生み出された風は魔術的性質を帯び、同じく魔術で守られた宝物庫の壁や屋根を損壊してゆく。荒れ狂う風の音に、ハナフダの叫びも掻き消される。
吹き飛ばされていく古い武具たち。込められた魔術から、歴史や文化的な意味合いを持つことはわかる。だが、その意味を考えることはしない。誰からも、何物も、等しく奪わねば。
ダンが宝物庫の最奥に辿り着く頃には、およそ建物と呼べるものはほとんど残らなかった。気になる匂いの原因を掴み上げ、それを包む布をとる。出てきたのは、刀の柄。刀身は折れてしまったようだ。丁度いい。刃はない、狙いもない。強く握り込むと、ギフトで起こした風を圧縮し、刀身の代わりとする。
なぜ向かってくるのか。それは無駄だとわからないからだ。
大風に肌を切られながら、ハナフダとシオはまだダンに立ち向かう。
「ならば踏みにじり、刈り取ろう」
「ハナフダさん、まだやれますか」
「誰に言ってんだい。やっつけちまうよ」
疾風の刀が振るわれる。
「やはり依り代があった方がいい。明確なイメージが、ギフトの切れ味になるな」
エスサの港。
「つまり、人の肉体的な脆さは同じで、そこをつくか。あるいは領界侵犯の禁術であればギフトにも対抗しうると」
「いふぉーまずずな」
レッタは食べ物を口いっぱいにほおばりながら話している。エスサに移送されてから僕らに提供される食事は、聖騎士達のために用意された最高級の一級品ばかりだ。食べたことのないなんだかよくわからない美味しさだ。美味い。
美味しい食事にほだされたわけでわないが、僕とレッタは、ところどころぼかしつつ、今までの転生者達との戦いを、聖騎士二人に一通り説明した。これって自供になって逮捕されるのだろうか。もうされてるか。とにかく美味しいご飯のせいではなく、今度新たに現れて、先日からの大風で被害を出した転生者の対処にあたるというから、それならまあ、情報共有もやぶさかでは無い。聖騎士が対処してくれるならそれでいいじゃないか。決して美味しいご飯に釣られたわけではない。
「すいません、これのおかわりってあります?」
「あいつら、本当に二人で転生者と戦うつもりみたいだな」
レッタと二人、馬車の中で手足は鎖に繋がれている。
「やってくれるならいいかなと思ったよ僕は。別に僕らだけの仕事ってわけじゃないんだし」
「そうか。なら、あいつらがアズマに行ってる間が逃げ時だな」
「アズマね」
明確に説明があったわけではない。聞かれる質問の内容と、イエンが先行して何かさせられているところから、転生者がアズマに潜伏しているらしいことはわかった。
いくのか、任せるか。
「おい、アルク。お前分かり易すぎるぞ。尋問にうってつけ」
「なんでよ。シュッとするようにしてるよ」
眉間に皺を寄せ、口をキュッと閉める。これが僕が尋問受ける時のスタイルだ。
「全然迷ってねぇんだよ」
「勝手に決めるの怖いんだよ。最近なんか、トバリはあんまり決めてくれないしさ」
「なんだお前ら、うまくいってねーの?」
レッタが口元に手を当ててニヤニヤしてる。
「いや、そういうんじゃないから」
「悩める少年キャラかよ、ぷぷ」
「マジで嫌なんですけど、レッタとふたり。なんか感覚がズレてんだよね、世代かな?」
「んだこら、やんのか」
「やってやんよ、こちとらだいぶ鍛わってきてるからね」
「律儀に戻ったか」
ジェイルの手配した馬でアナモニスから帰ってきたイエンは、馬から降りると開口一番言い放った。
「約束通り、船は用意できる。仲間は解放しろ」
「そうだな、必要な情報は聞き出せた。このまま逮捕して刑に処するのにも十分な自供もな」
「貴様っ…」
「まあそう焦るな。我々が転生者を捕縛するまでここで待機していてくれないか。手筈は整えてある」
見るとエスサのラクス騎士団員たちが遠くに待機している。ここを抜け出すのはなかなか骨が折れそうだ。イエンは腰の騎士剣に手をかける。
「はぁ、ほんと呆れるよ。腕とか剣のぶん回しで、遠距離攻撃に勝てるわけないだろ?ほんと全然だめ」
「ダメダメ言うだけじゃん、まだ見てもないのに。すんごいから、すんごい動けるから、早いよ?」
「お前たち、何をやってるんだ」
軟禁されていた馬車を出ると、イエンが戻ってきていた。
「イエン、アズマに行こうと思うんだけど、どうかな」
「絶対怒られろー」
「怒られませんー、トバリは僕のこと信頼してますー」
「お前たち…」
イエンが頭を抱えてる。
海が見える。波が高いな。曇天だ。
天候が荒れ始める。