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⑦ー4爪痕

4 爪痕


 飛行船はディケに着いた。第六コロニーに降り立ってみると、そういえば数日引き続いていたあの強風も収まっているようだ。レッタにコロニー内部を案内しながら、ここの長であるベルガモットに引き合わせる。届け物と言うのはなかなか大きな包みで、二人で奥の部屋にこもってしまったので、結局中身が何なのかはよく知らない。うちの双子がリナリル、リナロールと、ごちゃごちゃと何か言い合ってみたり、ヨルを連れて商店街で買い物をしたり、なんだかんだせわしなかったのだ。ひとまずムード・ネグロからの頼み事は問題なく済んだ。

 ベルガモットとの会談が終わったのか、コロニーの奥から上がってきたレッタは、相変わらずどこか口少なで心配になる。やはり早々に引き上げて僕らもネグロに向かおう。

「要件は済んだかな」

「あぁ。それで、ここ数日の大風について少し気になることがある。お前たちが仕事で使ってるカロスの傭兵ギルドの方に情報収集を兼ねて寄っていこう」

「早めに切り上げて、ムート達の帰りをフォローしたほうが良いかと思ってたんだけど」

「よせよ。あいつにそんな心配は要らない」

 そう言った言葉とは裏腹に、心配の表情が顔に張り付いている。顔に出てるよと、ちょっとからかってみようとも思ったが、夫婦というのは僕には全くわからない関係性だ。余計なことを言うのはやめておこう。

 こうして僕らはディケを後にし、カロス国辺境の傭兵ギルドのある街に向かう。



 カロス国領内の傭兵ギルドも、もうずいぶん仕事で慣れたものだ。ギルド内でリオ・レオンがつかまったので、レッタと引き合わせる。というか、ギルド内にいつもより人が多いように思う。

 リオレオンはレッタの顔を見て目をまん丸にしていた。レッタはエルフの中でも有名人なのだろう。そして例の大風とこのギルド内の人の多さについて聞くと、彼は答えた。

「仕事の依頼がパタリと止んで、この有り様さ。風はカロス国のここより反対側の領土を通過して、そこでずいぶんと被害が出ているらしい。今は辺境への物資の運搬よりも、国内で被害状況の把握に努めているとか何とかで、みんなクエストラにありつけず食いっぱぐれてるわけだ。そもそもここまで風が届くなんてなぁ。よっぽどの事のようだぜ」

 人出の少ない街を歩けば、不穏な空気が漂っている。


 結局、情報収集も兼ねて数日滞在しているうちに、だんだんと被害の状況がこちらにまで伝わってくるようになった。傭兵ギルド内にはその被害のあった国内へ向けての仕事が降りてくるようになる。数日間暇を持て余していた傭兵達は次々のその仕事を受けてカロス国内の方へと向かっていった。支援要請は首都圏へ向かう内容だったので、あまり人目を気にしなくていいディケ行きの仕事はしばらくなくなる。僕らの受けられる仕事は減ってしまうなぁ位にその時は思っていたのだが、段々と被害の規模が大きいという情報が入ってくるにすると、それどころではなくなってきた。

 その大風を起こす竜巻は唐突に起こり、ジュアン、カロス、ラクスに多大な被害を出しているという。

嫌な可能性が頭を過ぎる。

 ギルドの仕事を受けて、正式にカロス国内の都市部に近づいていくのは怖いが、飛行船を隠せる範囲で人目を避けて、もう少しカロス・ラクス間の辺境を進んでみようと言う話になり、ギリギリまで進んだところで情報を集めることとなった。

 トバリの隠蔽の魔術もなく、人界の街を歩くとなると細心の注意が必要になる。結果、僕、レッタ、イエンの三人が街で聞き込みをして、そのほかのみんなには飛行船で待機してもらう。

 なかなか正確な情報が入ってこない割には、甚大な被害に対して、人々が慌ただしく動いていく様子が伝わってくる。


 そしてカロス国とラクス国の国境の街に潜入している最中に、僕の背中に硬い銃口が押し付けられる。

「動くな。黙ってこちらの指示に従え」

 銃の魔具の銃口はぴったりと背中にくっついている。体との間に瘴気をまとって、受け流そうにもその隙間がない。

「あんた誰だ」

「聖騎士だ。君は黒の盗賊団の団長なのかな」

 直後に、銃声が鳴り響く。

 振り返ろうとする僕の背中の銃口が強く押し付けられ邪魔をする。顔を傾けて見ると、背中の騎士が、僕に押しつけている銃とは反対の手で持った銃を発砲したようで、先端から白煙が上がっている。レッタの弓による狙撃に反応したのか。向こうの路地の端にレッタは待機しているのだろう。矢の先だけが、ちらりと光る。

 次に、頭上で金属音が鳴る。イエンが別の相手と会敵したのか。

 イエンはもう一人屋上で待機していた聖騎士に向けて、剣を投擲してした。しかし軌道はそらされ、聖騎士のギリギリ側方を通過して後ろの壁に突き刺さっている。

緊張状態に静まり返る。街の住人はこの騒ぎに建物内へ身を隠しているようで人通りはない。最近、街に出ても髪色や挙動を隠したがらないフェリオやエミスが飛行船で待機していたのは結果的に良かった。聖騎士は魔族の天敵というイメージだ。長考の末、レッタは物陰から弓を構えたまま姿を表す。

「待機だ」

 レッタは魔術によってこちらの様子を伺っているであろうフェリオに向けて囁く。その様子を見て、イエンも小走りでこちらに近づいてくる。

「武器を下せ。少し前に会っていたのならば、姿を表す間もなく射殺するところだが…。今は少し状況が変わった」

 聖騎士が手を挙げて合図をすると、待機していたのだろう。どこからか馬車が二台、こちらへ近づいてくる。それ以外の警護は現れない。二頭立ての馬車に御者が一人ずつ。馬車の扉を騎士自ら開く。従者すらいないのが異様だった。一国の騎士で階級付きであれば当然近衛を連れているし、貴族の騎士であれば一人動くだけで騎士団の一部隊を率いて行動する。

 それに対してこの聖騎士を名乗る男は、自分で扉を開け、僕らに手錠をかけながら馬車の中へ押し込むと、自らも乗車してきた。

「話は移動しながらだ」

 窓越しに見るともう一人現れた聖騎士(と同じ格好をした男)が同じようにイエンに手錠をかけながら二人でもう一方の馬車に乗り込んで行った。

 さてと、どうしたものか


 街はずれに停泊した飛行船の中からフェリオは状況を観察し、次の行動を思考する。

「アル、捕まったのか」

 エミスが腰に何本も剣を挿しながら尋ねる。

「いやー、こりゃトバリにばれたらとんでもねーよぉ。でもなー。聖騎士相手じゃなぁ。今動いたら絶対こっちの居場所もばれるかんねー」

「アネさんが待機と言ったのですね。であれば我々は待機でよいでしょう。しばらく様子を伺って、あまり距離が離れるようでしたら、我々が出て追跡します」

と、ライトフェルフのキリス。

「聖騎士は魔族というだけで、平然と剣を振り下ろしますよ」

「いや、弱いもの助けるのが騎士だ」

 エミスはこの状況でも騎士への憧れの方が勝っている。

「ちゃんと帰ってきてくれよー、じゃないとトバリがさぁ、やばいよー」


「聖騎士ジェイル・ジャケット、後ろの車に乗っていったのが聖騎士トゥルフ・クトゥル・クフセン。逃げようとなど考えても無駄だ。彼は君がこの街に入った段階からマークしていた。そしてどこまででも追跡可能だ」

 聖騎士序列十位、ジェイル・ジャケット(J r)。傍に長銃を立てかけると、僕らを観察するようにじっと見る。 先ほど発砲した小型の拳銃も腰にあるはずだ。トリトンハスタと同年代くらいだろか。鋭い洞察によっていつでも攻撃へ移れるという風格がある。隙はない。警戒する僕をおちょくるように腕を組んで、自分の顎髭を触ってみせてくる。

 聖騎士序列九位トゥルフ・クトゥル・クフセン。背丈ほどの長さの杖を抱え込むように持っている。おそらくこれが彼にとっての騎士剣なのであろう。老齢の男であったが、伸びた背筋と素早い挙動から衰えを感じない。杖の上部が樹木のように枝分かれしており、そこに魔術鳥がとまったり、飛び立ったりしている。

「君の名は…。割れる不都合でもあるかな」

「…。」

 何と答えるべきか。どこへ向かっているんだ。トバリがいれば隠蔽の魔術があるから、とりあえずこの場から離れられさえすればなんとかなるで今まで来ているが。レッタは横で堂々と手錠を長い手の爪で開けようとかちゃかちゃとタップしている。

「勇者召喚の儀式が行われた…」

 少しの沈黙。こちらの反応を伺っている。無反応を装っても、自分の顔が強張っているのを感じる。

「それも教会の管轄外の者たちからだ。異教邪教と呼ばれる手のものによると思われる。そしてそれは我々がハスタ国内において庇護観察下においていた勇者が倒されたことを意味する。勇者狩りの黒の盗賊団。君に身心当たりはあるか」

「転生者狩りだ」

 今更こんな言い訳を持ち出しても仕方がない。それでも各国の騎士の最上位にいる聖騎士に、言っておきたいと思ってしまった。

「彼らはこの世界とは…異質の存在だ。関わった事があるなら、それがわかるでしょう」


「まずいなー、どんどん離れていってるよー」

 飛行船内から追跡を行っているフェリオが焦り始める。常に放っている複数の魔術鳥からの反応の返りによって状況を把握しているのだが、その距離にも限界がある。

「よし、追いかけるぞ!」

「お待ちくださいエミスさん、行くなら私たちが…」

「あっ!」

 フェリオが声を上げる。放っていた魔術鳥の反応が、消えたのだ。それも一斉に。

「…やられちったよー、ぜんぶ」

「よし、やっぱり行こう!」

 そう言ってキリスとティアの静止を抜けてエミスが飛行線の舵輪を握ると、それに反応して寝ていたサンドドラゴンが首を上げる。

 エミスは剣を、フェリオは杖を素早く抜く。

「…!?どうなさいましたか?」

「なんかいるぞ!」

「あぁ、もう一人ヤバいのがいるねぇ」


「トゥルフさんのの返りでおおよその場所はわかりましたよ。どうします?」

 後方の馬車内、空いた窓から飛び込んできた魔術鳥が話した。トゥルフはそれを聞くと、あるいは前に座ったイエンにわざと聞かせると、話を続けた。

「新たな勇者はラクス国東方の島“アヅマ”に潜伏していると思われる。ところが、そこへ向かう為の港の船は、須く破壊されていた。一部引き揚げていた小型の船はあるが、風で海は荒れている。小型の船では到達できないであろう」

「…。わかった、俺に心当たりがある」

「今は構うな、待機だ。十二」

聖騎士序列十二位ヒュージ・リズム。木の上で指示を待っていた彼は、トゥルフの魔術鳥の言葉を聞くと、しずしずとと街の方へ下がっていく。



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