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①ー1勇者の死

①死と転生


1 勇者の死


 勇者が死んだ。


 冬の訪れにはまだ早く、青天の過ごしやすい日だった。メイドのトバリが勇者の死に気が付くと、皆に気づかれないようにそっと僕を呼んでくれた。

 部屋に入ると勇者タローは簡素なベッドで眠っているようにみえた。

 魔王討伐からたった半年。

 この世界に転生召喚されてから十三年間、圧倒的な力を誇る魔王軍と戦い続けた男の余生としては、あまりに短すぎる。しかし彼自身にはわかっていたのであろう。生前、タローさんに頼まれていた通り、僕は彼の死に装束を整え始めた。


 勇者召喚の地、ジュアン王国の辺境。普段は人が立ち入らない森の奥で、僕たち八人は半年間を過ごした。皆で協力して建てたいくつかの小屋と、タローさんが張り切って建てた小さな教会がある。異世界からやってきたタローさんが、この世界の教会をそこまで信仰していたのは意外だったが、この教会で彼の葬儀が執り行われることとなった。


 勇者の死の三日後、彼の訃報を受け、かつての戦友たちが集った。

 勇者を召喚したジュアン王国の騎士団長ドゥガーは、勇者の死の翌日に駆け付け葬儀に必要なものをあれこれ取り揃えてくれた。ドゥガー団長は勇者がこの世界にやってきたその日から彼と生活を共にした親友でもあった。おかげで勇者手作りの小さな朴訥とした教会が、綺麗に装飾された。勇者は棺の中で騎士の装備を身にまとい、彼の大剣“コング”が傍らに収まっている。

「本来であれば国葬が行われ、世界中の人々に彼の死が伝えられてしかるべきではあるが、今はまだ魔王討伐後の混乱の中にある。よって彼と親交の深かったこの十名で、彼を送り出そうと思う。これはタローの意向にそったものでもある。よろしいか?」

 ドゥガー団長が葬儀に集まった皆に問いかけた。

 葬儀に出席したのはたったの十名。勇者の功績に対してあまりに少なすぎる人数ではあったが、皆、異論はなかった。この手作りの協会で行われる小さな葬儀に、むしろ彼らしさを感じた。

「それでは一人ずつ、タローに花を」


 教会内の十人は、彼との思い出を胸に、一人ずつ勇者の棺に花を入れてゆく。

 まずは、人界四天王として、勇者と共に戦った三人。三本槍使いのハスタ国王子、トリトン・ハスタ。爆盾使いでネグロの大商人、ムート・ネグロ。(セイ)剣使い、ラクス国第二王女ラプソディア・ラクス。

 続いて、勇者とこの半年間を過ごしたメンバー。

 ジュアン王国、王女リーニャ・ジュアン。彼女は幼い時に転生召喚の儀に参加している。勇者を兄のようにしたい、成長してからは魔王討伐軍に参加していた。

 ガラー山脈のエルフ、弓使いレッタ。勇者が魔王討伐の旅の途中で出会い、一時期そのパーティに加わっていた。

 双子のエミスとフェリオ。勇者に保護され、以降生活を共にする。

 メイドのトバリ。勇者の亡骸から離れようとしないヨルを人界四天王の三人が来る前に何とか引きはがして参列。魔王の娘であり、存在を隠さなければならないヨルは、かわいそうだが葬儀には参加せずに、離れた場所にある小屋に隠されている。

 そして僕、ジュアン王国騎士団四番隊の元隊長アルク。騎士学校卒業後、王国騎士団に入隊。比較的剣術が得意だった為、若いメンバーが集められた四番隊の隊長として魔王討伐軍にも参加したが、二年間、仕事の内容はほとんどが雑用であった。それが勇者タローの指示であると知り、直接文句を言いに行ったのが彼との出会いであった。彼は嫌な顔一つせずに僕の文句を聞き終えると、笑顔で僕の頭を撫でてこう言った。

「みんなが大切なんだ」


 最後にドゥガー団長が棺に花を入れ、蓋を閉じた。火葬場に棺を運び、燃え尽きるまで、誰も一言も口に出さなかった。

 墓に遺灰と、鉄をも溶かす魔術の炎の内からも当然のように残った勇者の大剣“コング”を埋め終えると、一人、また一人とこの地を去って行った。


 王女リーニャは、団長と城に帰る前に、僕に声を掛けてくれた。

「私は城に戻ります」

「はい」

 僕が彼女に何を言えるだろうか。

「アルクはこれからどうするの?」

「わかりません。騎士団の勤めを半年もほっぽりだしてますから」

「私から…騎士団に進言してもよいのですよ?」

「騎士団に戻るのは…」

 長い沈黙。リーニャが何かを言おうとしては思いとどまるのを、僕は案外冷静な気持ちで見ていた。一介の騎士であった、現在無職の自分には、彼女を引きとめることなどできない。

「ヨルのこともあります。うるさい双子と暮らすのもなれてきましたから、まあ、何とかやってゆきます」

 僕のその言葉を聞いて、リーニャの心も決まったようだ。

「わかりました。…またいつか…またお会いできる日を楽しみにしております。その時にはタローのような、立派な騎士になっていてくださいね」

 リーニャのその笑顔を見て、自分の無力さを再確認して、リーニャと団長があるべき場所に帰ってゆくのを見送った。


 僕は勇者の死にどこか皆とは違った印象を抱いていた。彼の死に装束を整えたからかもしれない。ベッドに横たわるタローさんの体から、まずは服を脱がそうと上体を起こすと、その軽さに驚いた。魔王との戦いで右腕を失っていることはわかっていたが、残った腕も、あの大剣をふるうには筋肉がおちていた。この半月、稽古をつけてもらっていた時も、タローさんが“コング”を使うことはなかったが、もうその力も残っていなかったのではなかろうか。顔面の特徴的な傷の他にも、全身は傷だらけで、傷のないところが無かった。たった二年ではあるが、魔王討伐軍に加わり、後方支援として傷を負った仲間の治療にも立ち会ってきたが、そこで見たどんな傷とも異質だった。この世界で誰よりも戦い、誰よりも傷ついた男の体をみて、なぜか僕は異質を感じた。人にも魔族にも、対等に接していた優しい彼が、彼だけがこの世界の存在ではないのだと、その亡骸に直接触れてわかった。軽装備ではあるが彼の体を防具に収めて、傍らに大剣“コング”を置く。その大剣は元は騎士団の使う普通サイズの長剣だったそうだ。タローさんが転生の際に得たという強化のギフトにより、上から魔術で何層にも強化、圧縮されつづけ、もはや原型をとどめない巨大な剣に成っていた。“コング”の様相はタローさんに似ていた。

 世界を大きく変えた転生者が去り、これから世界はどうなってゆくのだろうか。不安と、どこか新しい世界への期待も抱きつつ、その日僕は眠りについた。


 このようにして葬儀が執り行われた日は終わった。それとともに、魔王を討伐し、世界を救った勇者タローの物語は幕を閉じた。



 そのたった一か月後、新たな勇者が転生召喚される。


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