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想いは時を超えて二人をつないだ

作者: 日下部良介

 遠い意識の中で見覚えのある風景が映し出された。それはボクが産まれた故郷の風景だった。幼馴染の女の子と遊んだ公園の桜の木が懐かしい。

 そんな思いに耽っていると、ふと、何か聞こえた様な気がして耳を澄ます。

「助けて…」

 そう聞こえた。女の子の声だ。

 その刹那、ボクは足首を掴まれ暗闇の中へ引き摺り込まれた。同時にその声が大きくなった。

「助けて!」

 ハッとして足元を見る。苦しそうにボクの方を見ているのは幼馴染の女の子だった。彼女とは20年以上も会っていないのだけれど、そこにいる彼女は20年前のまだ幼い彼女のままだった。

 次の瞬間、ボクたちは何かに押しつぶされた…。


 嫌な夢を見た…。そう思いながら汗まみれのパジャマを脱いでシャワーを浴びた。

「ん?」

 足首に痣が出来ている。子供の手形のような痣だ。

「なんだろう…」

 そう思いながら浴室を出てテレビをつける。

『〇〇地方で発生した土砂崩れは…』

「おい! マジか!」

 そこはボクが生まれ故郷だった。その土砂崩れの現場の片隅に夢に出てきた幼馴染の子と二人でよく遊んだ公園の桜の木が見えた。改めて足首の痣に目をやる。

「まさか!」

 テレビからは行方不明者名前が読み上げられている。その中に彼女の名前があった。

「なんで? 彼女の家はそこから離れた場所にあるはずなのに…」

 そう思ったところに夢で見たあの桜の木の風景が蘇った。

「彼女はあそこにいる!」

 ボクは会社の上司に電話して休暇を取り、駅へ向かった。


 立ち入り禁止のロープの向こう側で何人もの救助隊員たちが捜索を行っているのが見えた。

「そこじゃないんだ」

 ボクがロープをくぐろうとすると、救助隊員の一人に窘められた。

「危ないから下がって!」

「そこじゃないんです」

「なにが…」

 ボクは救助隊員を振り切ってロープの中へ入ると、傍にあったスコップを手に取り駆け出した。

「おい! こら、どこへ行くんだ。戻って来い!」

 構わずボクは走った。


 桜の木は大量の土砂を受け止めてなおそこに立っていた。ボクはスコップでその桜の木の幹に沿って土砂を掘り始めた。しばらく掘り進めると、土砂に押し流された建物の屋根材のようなものが出て来た。そこに覆いかぶさった土砂をボクは更に掘り進めた。

「そんなところで何をやってるんだ!」

 追いかけて来た救助隊員に声を掛けられた。

「ここに彼女が居るんだ」

「何を根拠に…」

 その時、微かに声が聞こえた。

「助けて…」

 彼にもその声ははっきりと聞こえたようだ。二人で掘り進めて屋根材を撥ね退けると女性の姿が現われた。腰から下が土砂に埋もれて身動きが取れなくなっている。ボクたちは慎重に土砂を取り除き彼女を引き上げた。



 救助され病院に運ばれる彼女にボクは付き添った。彼女は奇跡的にねん挫と打撲程度で済んだらしく、医師も驚いていた。彼女に覆いかぶさっていた建物の残骸が彼女を守ってくれたようだ。それが無ければ土砂に埋め尽くされて窒息していたとのこと。

「どうしてあんなところに居たんだ? しかも、あんな時間に。普通に家に居ればこんな目にあわなかったのに」

「あら、だって約束したじゃない」

「約束?」



 ボクたちはあの桜の木が好きだった。ボクが転校するときもここで彼女と約束した。

「もう少し大きくなって一人で電車に乗れるようになったら会いに来るから」

「うん。その時はここで会おうね」

 ボクたちはそう言って指切りをした。



 そんなことをボクは思い出した。そして、彼女は話を続けた。

「私、アナタが転校してから毎日あの桜の木にお願いしていたのよ。またここで会えますようにって。おかげで再会できたわ。再会できたシチュエーションは最悪だったけどね。でも、こんなことでもなければ、アナタはきっと帰ってこなかったでしょう?」

「毎日?」

「そう、毎日よ。雨の日も、風の日も」

「ボクもずっと、こっちの営業所への配属願を出してはいたんだけど、なかなか聞いて貰えなくて…。それにしても無茶するなあ」

 へへへっと舌を出して笑う彼女。久しぶりに彼女のこの笑顔が見られて、ボクは彼女への想いが高まって行くのを感じた。

「でも、どうして私があの場所に居るって判ったの?」

 そう尋ねられて、ボクは夢で見た場面を思い浮かべた。

「キミがボクに助けを求めたから」

「あら、変ね…。私、アナタたちが来るまでずっと気を失っていたのよ。携帯電話だって使えなかったし」

 ボクはふと、ズボンの裾を捲り上げた。痣は消えていた。

「もしかしたら…」

「なに?」

「あの木だ! あの桜の木が教えてくれたんだ」

 そうだとしか思えなかった。

「そんなことがある? ううん、あるかもね。うん! きっと、そうね」

 彼女もきっとそう感じたのに違いない。ボクたちにとってあの桜の木は特別なものだから。



 あの事があって、ボクたちは頻繁に連絡を取り合うようになった。そして、半年後、ボクは晴れて地元の営業所へ配属されることになった。業務の引継ぎを終えて引っ越しを済ませたボクは真っ先にあの桜の木がある公園へ向かった。

 あの日、辺りを覆いつくした土砂はほとんど取り除かれてはいたものの災害の痕跡はまだあちこちに見受けられる。けれど、この公園のあの桜は満開の花を携えてボクを迎えてくれているかのようだった。

 ボクがそこに着くと既に彼女は来ていた。そして、あの日と同じ笑顔をボクに投げかけてくれた。

「やっと会えた」

「そうね」

「約束は守れたかな」

「ええ、ちゃんと守れたわよ」

 ボクは彼女を抱きしめた。それから、彼女の手を取りポケットから取り出した指輪を左手の薬指に差し込んだ。

「まだ、プロポーズされてない…」

「今した。ダメ?」

「もう、指輪をはめられたわ」

「じゃあ?」

 ゆっくり頷いた彼女の顔を覗き込むのと同時にボクは唇を重ねた。


 満開の桜の花びらが春の穏やかな風と共に舞う。まるでボクたちを祝福してくれているかのように。




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