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4.ある青年の憂鬱

前回のあらすじ:あの世じゃなかった。

今回は桃がお酒で寝込んでいる間、別のところでは……。というお話です。

 サムが荷運びの仕事を終えて家に戻ると、友人のミックが追いかけてきた。


「『黒蛇亭で宴会』だって。急用がある奴以外は来いってさ」


 急に集会が開かれることになったらしい。嘘の用事もパッと思いつかなかった為、仕方無く汚れた手袋と上着だけを取り替える。


(一体何があったんだ。面倒事じゃなきゃいんだけど)


 サムとミックは他愛ない話をしながら、集会場へと向かう。


「この辺の道ってさ。一人で行ったら迷いそうだよなあ」


 同じ目的で来ている青年達を見つけ、手を振りながらミックが呟く。そのためにわざわざ呼びに来たのかと内心呆れるサム。


「どうせ隠したかったんだろうけどさ。ぶっちゃけバレてるだろ」


「バレるとまずいの?」


「街の偉い人達が潰しに来る」


「そんなもんか」


 現実には裏社会と表社会、一見対立しているようだが裏では繋がっているのだろう。だから場所が分かっていながら放置を続けている。


(ま、俺たち下っ端が考えるようなことじゃない)


 何の変哲も無い家の扉を叩くと低い男の声がした。


「今日は冷えるな」


 幹部の一人だ。ミックが答える。


「だから黒麦酒を飲みに来た」


「何人いる」


「二人。サムもいる。もうすぐ何人か来ると思う」


「分かった」


 扉が開き、地下に繋がる階段へ通される。その先にあるのが盗賊ギルドの集会場。物騒な名前をしているが、昔は本当に危なっかしい組織だったと聞かされたことがあった。今はそれほど目立った活動はしていない。サムも組織ぐるみの闘争や略奪に参加したことはなかった。


 ギルドとの関わりと言えば、呼ばれた集会に参加して、三日に一日ほど、組織が経営している賭博場で働いているくらいである。


 街の人達が税を納めるように、貧民街に住んでいる人々も盗賊ギルドに金を払うことになっていた。住人からすれば、下手に拒むと盗られるか追い出されるかの二択になってしまうので、仕方無く従うしかなかったのだろう。


 そして動けるけれども払う金がのない貧民街の青年達は、代わりにギルドの構成員になるのだ。そして集会に顔を出したり、仕事の斡旋をしてもらったり、店を回って集金業務に勤しんだりする。金も無ければ手に職もないサムもまた、内心怪しみながらも生きてく為にこのギルドに入らざるを得なかった。


「おら、お前はこれな」


 ミックが机に置いてあったジュースをサムに渡す。彼自身は麦酒を選んだようだ。


「どうも」


 薄暗い集会場には男達が集まっており、中には酒が入っているのか取っ組みあいの喧嘩を始めている人達もいる。


「はあ、このむさ苦しいのなんとかして欲しいよなあ」


「ほんとそれ。早く帰りたいんだけど」


 遠巻きにそれを眺めていたサムとミックは火の粉が飛んでこないことを祈っていた。


「終わったらさ、あの辺のとか誘ってパーっとやろうぜ。店長に掛け合ってみるからさ。近所の女の子とかも連れてきてさ」


 サムの住んでいる家の近くに酒場があり、ミックはそこで働いていた。


(近所の女ってお前の彼女くらいしか居ねえだろ)


「賛成。そうでもしないとやってらんねえや」


 嫌みの一つでも言いたいところだがこらえる。興味あると思わせてしまう様な気がしたからだ。色恋沙汰に首を突っ込みたがる人は案外多い。


 しばらく待っているとギルドの長が部屋の真ん中まで進み出て話を始めた。喧噪が治まると、サムは案外来ていない人が多いことに気がついた。律儀に来た自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。


「やっぱり俺もサボれば良かった」


 隣のミックにぼそっと話しかけると、


「お前の場合、どんだけ断ってもシムさんに連れて来させられるだけだろ。ま、俺もだけどな」


 と返された。シムさんことゲラーシムは、サムが住んでいる家を管理している中年の男である。名前と風貌から異国から来たのではないかと噂されているが、詳しいことは知らない。部屋を貸してくれること以外は迷惑しかかけて来ないのだが、一応上層部メンバーに入っているため、下手に逆らうこともできず困っていた。


 ギルドの長は、今回もそのゲラーシムが変な女を拾ってきたと話している。

言葉を解することができず、どこの国かも判別できない、異国風の服を着た身よりもなさそうな少女だという。そしてゲラーシムは彼女に葡萄酒を飲ませ、相手は顔を赤くして倒れてしまったそうだ。


(馬鹿じゃねえの、あいつ)


 白い髭を蓄えたギルドの長は、小柄ながら歳の割に筋肉がついている。背筋を伸ばして話す姿は、内容に反して凄みがあった。


「幹部で身柄を預かることも考えたが、既に家族のいる者や私のように体にガタが来ている者もいる。そこで、お前達の誰かに保護を命ずることにした。今日集まって貰ったのは他でもない。誰が預かるかを公平にくじで決めるためだ」


「ゲラーシムさんで良くねえか?」


 船着き場で働いている男が手を挙げてヤジを飛ばす。長老は杖を握る手に青い筋を浮かべながら肩を落とした。


「結果は目に見えてるだろう」


「あ、確かに」


 周囲から笑い声が起こった。女癖と酒癖が悪い上に、水代わりとはいえ、いきなり酒を飲ませる男である。


(本当はゲラーシムに任せたかったんだろうな。アレと一緒じゃ確かに女の方が気の毒だし仕方無いか)


 とはいえ、上層部が無理というならサム達にとっても無理な話である。

仕方無い部分はあるけれども、ここに住む人々が道端で死んでいくのを何人も見てみぬふりしてきた盗賊ギルド。彼らが少女の保護に積極的なのも妙だとサムは訝しんでいた。


「その代わり、半年納金は無しにしてやろう。喜べ」


 長の響く声に乗って運ばれてきたありがたい特典に男達は歓声を上げた。日々貧困に喘いでいる青年達にとって納金の免除はかなりの好条件。中には女が家に来るというだけでにやけている人もいる。ところがサムはそれと天秤に掛けても女を預かることに乗り気になれなかった。


(そんな不審人物はさっさと街の偉い人達に引き渡せばいい。なぜ貧民街、しかも盗賊ギルドのメンバーで囲い込もうとする?)


 ギルドの上層部は、彼女が何物なのか知っているのではないだろうか。例えば、少女の身元は街の上層部には言えない裏取引か何かと関わっているというようなことと。


(でも、知られるとヤバい情報なら、上層部内で預かるか口封じに殺してしまえばいいだけ。かえって怪しまれるのを警戒しているのか?)


 考えを巡らせれば巡らせるほど疑念が強まっていく。明らかなのはできるだけ深入りしたくない案件だということと、回ってきたくじは引かざるを得ないということ。


 そしてサムの引いた紐の先に赤い印が付いていたということだけ。そう、当たりの赤い印が。


「嘘だろ……」


「おめでとう、良かったな」


 ミックが背中を叩く。


(納金なしは助かるけど、これから引き受ける面倒ごとには釣り合ってないんだよふざけるな)


 腹いせに呑気なミックの髪をつかんで引っ張る。


「痛い、痛いって」


 とはいえ短い髪はすぐに手からすり抜けてしまった。長の話が始まる前、ゲラーシムが女を待たせていると言い置いて集会場を出て行ったのをふと思い出す。自分で連れてきておきながら逃げる態度にますます怒りを募らせた。


(そうか、ハメられたのか俺。人数が少なめなのもそう。まさかはじめから俺に押しつけるつもりで集会を開いたんじゃないだろうな。覚えてろよクソじじい共ぜったい家賃を踏み倒した上にガキの生活費までぶんどってみせる。そんでもってさっさと追い出してやるからな……!)


 運の悪さを嘆くあまり被害妄想まで始めそうになっている。負担をかけさせて申し訳ない云々という長の弁解や周囲のヤジは聞こえないふりをしていた。サムは一歩前へ進み出て、ギルドの長との交渉に出る。


「ホント生活困ってるんで、納金来年もなしになりませんかね」


 長は目を伏せてと首をふる。「がめついぞ」という言葉も飛んで来た。狭い部屋のせいか一層五月蠅く感じられる。しかしサムは食い下がっていく。


「じゃあ、せめて家賃も無しってことで、一年くらい。長老から言伝お願いしますよ」


「そこは本人と交渉しないとどうしようもなかろう」


「是非是非お願いしますよ。頼みますからね。聞いた話じゃその子、しばらく働けないでしょうし。いきなり二人分の生活費を賄うのはちょっと難しいんで。他の人に任せてもいいならそうさせてもらいますけど。人に頼むならそれなりの対価はいただかないと」


「既に対価は出したはずだ」


「納金無しになった位じゃ足りないと言っているんです。いっそのこと、店を持っている人とかに頼んだ方が良いのではないでしょうか?」


 ここに参加する青年の中にはろくに住む場所もないような人もいた。一方、店を持っている人の大半は、集会に参加しない代わりに納金を多めに払っているだけで、ギルドに所属していることは確かだ。ならば比較的ゆとりがあり、安定した収入の見込める彼らに頼んだ方が共倒れせずにすむ。


(集会に来ない人を見張るのは難しい。できるだけ目の届くところにおいておきたいんだろうけど)


 サムの詭弁のような物言いに苛立ちを抑えられない人もいれば、頷く人もいた。長の表情は変わらない。


「くじの結果は結果。押しつけ合ってもなにも始まらないだろうが。まあ、仕方無い。話だけでもしてみよう」


「ありがとうございます」


 心の中で(自分達が押しつけているくせに)と毒づいているのを悟られぬよう、満面の笑みを浮かべる。そして大げさな程に頭を垂れてみせた。


「もし明日都合がつくなら彼を連れて伺いますよ。そこで家賃についで話し合わせて下さい」


「ああ、分かった、分かった。明日の昼からな」


「ぜひお願いします」


 口だけの『話だけなら……』などというのは信用できない。放っておいたら今までどおり家賃が請求されるに決まっている。サムとしては長老を交えて話をすれば、流石のゲラーシムも折れるだろうという算段だった。


 少女の話に区切りが付き、簡単な情報交換をすませて解散となった。サムは集会の間近くに居た人達に手伝わせながら少女を家まで運ぶ。結局飲みに行くどころではなくなってしまった。


 家が近づくにつれて一人と別れ、二人と別れ、最後はミックだけが残る。辺りは暗くなっていて足元が覚束なかったが、こんな光景を見られるよりかはずっとマシだとサムは思っていた。


 そして、声を掛けたにも関わらず、くすんだ色の服を着た少女は目を覚まさない。


(起きてくれれば歩かせるのに。随分図太い女だな)


 少女を運び続けた疲れか、これから起こることへの煩わしさなのか、大きなため息を漏らす。


「お前さあ、もっと楽しめばいいのに。結構可愛いよこの子」


 足元を持ち上げていたミックが少女の顔を覗き込む。


「だったらお前が引き取れば?」


「えー、それはちょっと」


 ミックはすっと目を逸らした。彼は自身の職場である酒場の近くに構えるパン屋の娘と親しくしているのだ。


(くじが外れて安堵していたくせに勝手なことを言う)


 実際見知らぬ少女を預かることになったら、不和の種になっていただろう。


「そんでもってぶん殴られれば面白かったのに」


「酷え」


 家に着くと、少女を藁敷きのベッドに横たえた。一人でいれば何とも思わない部屋も、三人入ると窮屈に感じられる。


「助かった」


「おう。じゃ、もう遅いし俺帰るわ」


「気をつけろよ」


「すぐそこだから大丈夫だって」


 そう言ってミックは自分の家へと戻っていった。静かな部屋を竈の炎が照らす。たった一つのベッドには黒くて真っ直ぐな髪を垂らした少女が寝息を立てていた。その様子を見下ろしながら一言呟く。


「俺はどこで寝れば良いんだよ」


 いつ少女が起き出すか分からない。作り置きしたスープは火にかけたものの、取っておくべきかどうか悩む。結局、鍋が煮立ってもなかなか口にできないまま今日の給料を数えたり、ナイフを研いだり、しばらく使っていない弓の弦を張り直したりする。何をしても集中できず、サムは手にしていた弓を投げ出し床に寝転んだ。


 水の匂いが風に乗って部屋に入ってくる。やがて雨の音が聞こえてきた。落ち着かないのは部屋に人を入れているせいかもしれないと、サムはぼんやり考えていた。


 冷たい床の上で寝返りを打つ。勢い余って小指を机にぶつけてしまった。


「痛っ」


 少女の寝顔が目の前に来る。少し日焼けしているような肌にこぼれる黒い髪。十歳くらいだろうか。一枚の布を胸の前で重ねたような服を着ている。ところどころ穴が空いていて、場所によっては明らかに違う柄の布が縫いつけてあった。


 それにしては節くれ立った傷だらけの指が僅かに見える。サムは彼女のことを何も知らない。ただ、金持ちの娘じゃないことだけはすぐに分かった。


(そういえばこいつの靴、みたいなの。結構土がついてたよな)


 まるで森の中を歩いてきたみたいだった。街の中で見つけたと聞いていたのに。こんな小さな子が森を歩いて街まで来るだろうか。来たとして、親とはぐれた様な子を乗せる船があるだろうか。ましてや金のかかる橋を渡ってくるはずがない。


 随分と奇妙な形の服、自分達とは明らかに違う顔だち。


(何となく、南の方から来たって感じ)


 幼い頃、サムは大蛇が住む遙か南の国の話を聞いたことがあった。大蛇に連れ去られた村の娘はカラスのように黒くて艶やかな髪をしていた、と話していたことを思い出す。


 彼の傍にいる黒髪の持ち主は、容姿端麗とはいえなかった。けれども、その風貌はまるでおとぎ話の世界から飛び出してきたかの様に思われた。


 少女のまぶたが動いた。唸るような声を微かに発している。サムはもう一度寝返りを打って少女に背を向けた。


(起きたらなんて言えばいいんだ? そうだ口がきけないって長が言ってたんだ。結局どうしようもねえってことかよ)


 投げ出したままになっていた弓を手に取る。滑らかなさわり心地で吸い付くような心地さえしてくる。


(ナイフも出しっ放しだったな。流石に物騒か?)


おもむろに体を起こして、刃物類を棚の中にしまい込んだ。振り返ると焦点の定まっていない黒い瞳が半開きになっている。駆け寄ってその顔を覗き込むと、少女は大きく目を見開いた。



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