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3.見知らぬ街で 後編

前回のあらすじ:桃、知らない人について行く。

 背の高い建物や、見たことのない色、聞いたことのない声の鳥や虫。気になる物は色々あります。しかし道が入り組んでいて、目を離すと紺色の人を見失ってしまいそうでした。急ぎます。


 石の敷き詰められた道をしばらく行くと、人が沢山居る広い道に出ました。皆、桃から見て左の方に向かって歩いています。その先を見やると、ずっと目についていた大きな壁がそこだけ途切れていました。剣を持った人が立つところで立ち止まっている人がいます。その人が背負った籠からカブの葉がこぼれ落ちそうになっていました。


 紺色の人はその道を横切っていきます。桃も体を小さくして人と人の間を縫うように道を渡りました。

途中で石畳の道が途切れ、土がむき出しになった道へ入ります。崩れかかっていて、壁に落書きの描かれた家が増えてきました。


 道の端に座っている人が鋭い視線を桃達に向けてきます。桃は腕に鳥肌が立っているのを感じました。目を逸らしながら歩きます。


 辺りは先ほどと比べて背の低い、木の家が増えてきました。しかし屋根は茅で葺かれていません。筒のようなものから煙が立ちのぼります。


 細い道を通り抜け、建物に丸く囲まれている広い場所へ出ました。村の集会場にどこか似ています。集まって延々とお喋りしている人、敷物を広げてその上に食べ物を並べる人、それを狙っている野良犬。真ん中で見守るように水を湛えている噴水。


 水を見つけた途端駆け寄って噴水の水を手ですくう桃。気を失ってから飲まず食わずで、干上がってしまいそうでした。故郷の小川と比べるとあまり綺麗ではなさそうですが、我慢です。


 何度も何度もすくって飲むうちに、全身へ水が行き渡っていく感じがしました。そのまま顔を洗い終えると、後ろで見守っていた紺色の人の所へ戻りました。一体この人は桃をどこへ連れていくつもりなのでしょうか?


 喉が潤うと、今度はお腹が空いてきます。ここが故郷の村であるなら、栗の木や柿の木、ドングリのなっている木がその辺に立っているはずです。しかしどれもありません。街中のせいか、木そのものが少ないようです。


 お腹が鳴るのを抑えていると、ふとあの世ではお腹が空くのかしら? と小さな疑問が降って沸いてきました。胸に手を当ててみると、どきどきと脈を打っているのが手の平に伝わってきます。


(私、生きてる……。すごく遠くにきちゃっただけで、頑張ればおっかあやおっとうに会える……?)


 家と家の間に差し込む光が桃の目に当たります。眩しくて眼を細めた彼女の胸には希望が芽生えてきました。


 紺色の人は角地にある家の前で立ち止まります。その家の扉に持ち手のついた湯飲みが描かれた板が掛けられていました。彼女の白い手が扉の取っ手をつかみます。


 中に入ってゆくと、人は誰もいないようでした。薄暗い部屋には細長い机が一つ、丸い机が四つ。細長い机の奥にはいくつもの樽と大きな棚があります。棚には木のお皿やお椀が何十個も重なっていました。香ばしい匂いが残っており、桃はお腹を押さえ、空腹をごまかすように唾を飲み込みます。ここは食べ物を振る舞う場所のようです。


 紺色の人が丸い椅子を引き、手招きしてきます。なんとなくそこに飛び乗るようにして座る桃。相手は部屋をぐるりと見渡すと、肩をすくめました。机の上に左手を置いて、何かを呟きながら横にずらします。すると手の周囲が淡く光り、僅かに煙が立ち始めました。指の下から焼き印のような模様が次々と浮かび上がってきます。


 桃はそれが文字だということさえ分かりませんでした。そっと文字の上に指を置いてみます。表面は他と変わらず滑らかでひんやりとしており、こすっても消えるどころか滲むことすらありません。


(どうやって描いたんやろ。不思議やなあ)


 ふと顔を上げると、紺色の人が外に出ようとしていました。慌てて立ち上がります。相手はついてこようとする桃に気がつくと首を横に振りました。


「Tisla bibrif !(ここにいて)」


 と言い置いて部屋を出て行ってしまいました。


「待って下さい。あの、もう一度言ってくれませんか?」


 桃は何を言われたのか分からないでいます。外に出てみると、紺色の人の姿はすっかり見えなくなっていました。行く当てのない桃は部屋に戻り、先ほどの椅子に座り直します。


(さっきから全然お話ができないなあ。そういえば、ずっとずっと遠いところにいる人はうちらと違う言葉を話しとるって栗ちゃん言ってたっけ)


 街の雰囲気も、髪の色や目の色も、来ている服も全然違う。実は妖じゃないかと疑いたくなるほどの人が沢山いるようです。


(もしかしたら、ここはずっとずっと遠いところなのかも。どうやって家に帰れば良いのかな?)


 帰り道の見当が全くつきません。桃は大きなため息をもらしました。


 足をぶらつかせながら考え事をしていると、鈍い足音が聞こえてきました。背筋を伸ばして身構えると、大柄な男の人が部屋の中に入ってきます。白髪のようにも見える髪をしていますが、足腰はしっかりとしていて皺もそれほど多くありません。お爺さんと呼ぶには若すぎる気がします。


(何で髪があんな白いんやろ。でもおじさん、て呼ぶ位の歳かなあ)


 桃は混乱してきました。彼は棚から取っ手のついたカップを一つ取り出し、樽の側に座り込みます。立ち上がり喉を鳴らしながら何かを飲んでいました。半開きになった目が桃を見ています。おじさんは手に持っていたカップを細長い机におき、棚からもう一個カップを取り出します。一旦樽の所に屈み込んで、桃のいる机の上にそれを置きました。


 深い赤色をしています。爽やかな香りがするので血とかではなさそうです。


(これ、飲んでも良いんかな?)


 おじさんは机の上に描かれた文字を見下ろしています。そこには、桃に読めない字でこう書かれていました。



『まずは早朝に挨拶もなく入ったこと、謝罪いたします。この字をご覧になれば分かるように魔術師ギルドの者です。しかし、ゆっくり説明をする時間は残されておりません。


 簡潔に依頼を申し上げます。ここにいる異国の娘を匿ってやって下さい。ギルドの拠点でこの娘が見つかったことが知られれば、何も知らないこの子は危険にさらされるでしょう。今はどの組織からも距離を置いていると噂の貴方様にしか頼めないのです。報酬は後日お渡しに伺います』


一通り目を通したおじさんが焼き印のような文字に触れると、風に流された砂のように消えてしまいました。机は元通りになっており触っても跡が残っていません。彼はじっと文字の消えた所に視線を注いでいました。


 横目で桃を見ながら手の平を上に向け差し出すように動かしました。桃は「どうぞ」と言われているような気がしたので、目の前の赤い液体を口に含みます。ツンとした独特な匂いが鼻を抜けました。なんとなくお祭りの日が思い出される香りです。


(そうだ、大人の人が飲んどるお酒みたいやん)


 苦みがありますが、どこか果物を食べているような感覚がありました。


 もう一口二口飲んでみます。段々体が温かくなって、額の辺りが重たくなって、桃はそのまま机の上に顔をつけたまま眠ってしまいました。


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